考察
本研究の目的は目的@感情制御能力尺度の作成、目的Aとして感情制御能力から自尊感情への影響、目的B感情特性、公的自己意識から感情制御能力への影響の検討の3つであった。
感情制御能力
1-1感情制御能力尺度
感情制御能力尺度について因子分析を行った結果、「自分の行動と気持ちがどう関係しているのかわからなくなることがある。」「自分の身体の調子がどうなっているか分からないことの方が多い。」といった項目から構成される「感情の自覚・受容」、「ある場面で他のことに求められることに気がつけば、それに応じて自分の行動を調整していくことができる。」、「ある場面で求められていることが分かれば、それに合わせて行動を調節していくことはたやすい。」といった項目から構成される「行動調整」、「怒りや悲しみなどネガティブな感情をあまり持ちたくない時は、その状況についての捉え方を改める。」「ポジティブ感情をより強く持ちたいと思ったときは、その状況についての捉え方を改める。」といった項目から構成される「状況の再評価」の3因子が抽出された。
第1因子において自己の身体感覚に関する項目に対して負荷量が大きかったことから身体感覚は感情の自覚・受容に重要な1側面であるといえる。この点は浜(1981)の感情は心的状態における変化であるが、身体の生理的な変化に伴って体験されるものでもあるとの見解や松下・石田(2012)の感情が言葉で表れる過程を観察すると、感情はからだで感じられており、はっきりとした形を持っていない身体的な感覚であることが知られているという指摘とも一致する。
以上の結果から本研究における感情制御能力は(1)自己感情を自覚・受容する能力(2)感情にかかわらず、周りの状況から行動を変容できる能力(3)自己感情をコントロールすることで状況を再評価する能力の3領域であることが示唆された。Gratz&Roemer(2004)や山田・杉江(2013)では感情制御能力を(a)感情を自覚する能力(感情自覚困難)(b)感情を受容する能力(感情受容困難)(c)状況に応じて柔軟に感情制御方略を用いる能力(感情制御方略の少なさ)(d)ネガティブ感情を感じた際に衝動的な行動を抑えて目標志向的に行動する能力(行動統制困難)の4領域を仮定していたが、本研究では感情の自覚と受容が1因子となった。感情の自覚と受容に関連して臨床的な観点からマインドフルネスという考え方がある。マインドフルネスとは、「ある特定の方法で自分の体験に対して能動的に注意を向けること:意図的に、いまこの瞬間に、判断することなく注意をむけること」と定義されている(KabatZinn,1994)第3世代の心理療法である。Brown & Ryan(2003) はマインドフルネスをある意識の特質と表現し,内的・外的環境に対して目を向けている状態である「気づき(awareness)」と,感受性を提供しながら、ある事象に対して焦点化している状態である「注意(attention)」の両方を包含していると考えている。Brown & Ryan(2003) によると,これらの気づきと注意が一致することが指摘されている。
臨床的な観点からみて、感情・身体感覚の自覚・受容は近いものであり、感情の自覚が受容につながっていると考えられるため、本研究での結果は妥当であると考えられる。
感情特性、公的自己意識から感情制御能力、感情制御能力から自尊感情への影響
(1)感情特性、公的自己意識から感情制御能力への影響
分析の結果(Figure4,5)から男女ともに、不安・抑うつといった感情を強く感じている者ほど自己の感情や身体感覚を自覚・受容しにくいことが明らかになった。福西(2007)は社会不安障害患者は発作が起こると、自動的に頭が真っ白になったり、または死ぬのではないか等の破局的な認知が復活されたりすることを報告しており、杉浦(2008)では破局的な認知はパニック障害患者に特徴的な認知であると述べている。このことから山田・杉江(2013)は社会不安障害患者やパニック障害患者は不安という感情の扱いが苦手であるため、不安の喚起と同時にどのように制御してよいか分からず極端な認知が起こってしまうことが推察されると述べている。
また心身症患者に見られる特徴として失感情症(アレキシサイミア)というものがある。
樫村(2009)は大学生における状態アレキシサイミアに関して研究している。アレキシサイミアの特徴として@自分の感情を認識し表現することが困難であることA身体的な感覚と情緒的喚起を区別することが困難であることB空想力(想像力)が貧困であることC機械的・操作的な思考スタイルといった4側面から構成される(Sifneos,1973)ことを述べており、状態アレキシサイミア(state alexithymia)は身体疾患、もしくは他のストレッサーに起因して起こるものであり、個人の身に何らかのストレスイベントが生じた際に何も感じまいと防衛として一時的にアレキシサイミア状態に陥ると述べている。
これらの研究の成果から不安・抑うつを強く感じやすい者は心身障害になりやすいことが知られており、極度なストレスイベント、慢性的なネガティブ状態では健常な大学生も自己感情・身体感覚の自覚・受容の困難に陥る場合もあることが示唆され、本研究の結果と一致し仮説1は「抑うつ・不安」においてのみ支持されたといえる。
活気のある、元気いっぱいのといった快感情を強く感じている者ほど場面にあわせて行動を調整できること、状況における認知を再評価できることが明らかになった。「活動的快」には「はつらつとした」、「元気いっぱいの」といったポジティブな項目が多く活動的な感情を自己が強く認知しているため、ポジティブな特性を持っていると考えられる。
活動的快から行動調整への影響について、水子・手崎・金光(2002)は肯定的感情特性はある行動をとることによって報酬、あるいは罰がもたらされる確率がどの程度かと予期する結果予期、ある結果を生み出すために必要な行動をどの程度うまく出来るかに関する予期である効力予期をともに高め、その結果、対人相互作用量が増加することを示した。これは肯定的感情特性が高いほど対人相互作用の結果が自分に報酬をもたらすだろうと予期したりする傾向が強く、対人相互作用をうまく出来るだろうと予期する傾向が強く、それらの予期が対人相互作用量を増加させるということである。本研究でいえば、「快感情」という肯定的感情特性をもつ者は、結果予期、効力予期の高さから、行動を調整するということにつながる。
「活動的快」から「状況の再評価」の正の影響について北村・木村(2006)では外向的、社交的、意志が強い、知的といったよいパーソナリティをもつ者、自らのパーソナリティ特性についての認識、自己概念がポジティブな人は「再評価方略」をとりやすく適応的であると述べられており、本研究では先行研究と同様の結果が得られたといえる。以上より仮説2は「活動的快」においてのみ一部支持されたといえる。
さらに、男子においてのみ自己の外面に注意が向きやすい者ほど場面に合わせて行動を調整できることが明らかになった。本研究では男子においてのみ公的自己意識から行動調整に対して有意な正の影響はみられたものの.16という低い影響である。
崔・新井(1999)では感情表出の制御行動と公的自意識との関連を検討しているが、有意ではなく低い正の相関しかみられていない。この理由について他者から観察できる自己の側面に注意を向けやすい人は、他人からの評価を気にはしても、他人に合わせて自分を表現したり、自分を押さえたりすることは少ないことが考えられ、それに比べ他人からの評価に心配と不安を持っており、どう行動していいかわからず、対人関係に緊張したり硬直するような対人不安の方が,感情表出の制御と一定の関連性を持つと述べられている。山田・斎藤(2011)では、公的自己意識の高低とセルフモニタリング傾向について私的自己意識、外的自己意識が高いほどセルフモニタリング傾向は高いが、公的自己意識では有意な差はみられなかった点について他者に見られている自分の外見や動作を意識することよりも、 自分自身が他者の目線から自分を見た時の意識によって、 セルフ・モニタリングを行う可能性が考えられると指摘している。上野(1999)らでは同調性の高い交友関係を取る青年は公的自己意識が高く、友人からの評価懸念が高いことを見出している。しかしこれらの研究は相関関係を見ただけであり、因果関係は検討されていない。つまり公的自己意識と自己調整行動の関連は大きいが、崔・新井(1999)や上野(1999)からもいえるように公的自己意識の高さが直接行動につながるわけではなく、対人不安や他者評価など他の要因からの影響の方が強いと考えられ、仮説3は一部支持されたといえよう。
次に公的自己意識から行動調整への影響が女子には見られなかった点について、行動調整をすることはある種、自己呈示的な行動になることが予測され、自己呈示研究においては性差が見出されている。成田・松井(2009)の自己呈示研究では自己呈示に対する否定的意識に関して、男子においては自己呈示に対する認知の影響を受けていないこと、女子においては自己呈示に対する認知を経て生じることを示し、否定的意識を伴う自己呈示時の呈示者の内的過程の3段階(動機・理由、認知、否定的意識)にしたがって生じると考えられると述べている。本研究では感情制御能力のうちの行動調整についてその動機・理由、認知などに触れていないため、女子においては公的自己意識から行動調整への直接の影響がみられなかったと考えられる。
(2)感情制御能力から自尊感情への影響
自己の感情や身体感覚を自覚・受容できる者ほど自尊感情が高く、これは男子よりも女子の方が高いことが明らかになった。山田・杉江(2013)ではTull&Roemer(2007)らのパニック発作経験者と未経験者では感情制御困難のうち”Lack of Emotional Acceptance(感情の受容欠如)”、“Lack of Emotional Awareness(感情の明瞭さの欠如)”の得点に差があるという報告から、感情制御困難性の中でも感情認識にかかわる側面が重要であると述べている。本研究でも感情制御能力の中でも「感情の自覚・受容」からのみ「自尊感情」に中程度の影響を示した。
臨床的な観点からはマインドフルネスの獲得が自尊感情につながることが明らかにされている。杉浦(2008)では「注意の集中・受容」、ネガティブな思考や感情に気付き、距離を置くスキルである「アウェアネス」が自尊感情に正の影響を与えていた。「注意の集中・受容には「私は、私が持つ考えや感覚を受け容れることができる。」という感情の受容に関する項目が、「アウェアネス」には「私にとって、私の考えや感覚を見逃さないことは簡単だ」という感情の自覚に関する項目が含まれており、「感情の自覚・受容」が「自尊感情」に正の影響を与えるという本研究の結果と一致する。
また男子に比べ、女子の方が有意に強い影響がみられた。三田(2004)は発達的な観点から女子における青年期女子の自己の構造と自己認知の特徴を検討しており、青年期女子の self-esteem の自己認知的側面の特徴として,自己の内面的-外面的な否定的側面が内的準拠枠として機能していると考えられると述べている。本研究での「感情の自覚・受容」は自己の感情や身体感覚、ネガティブな感情をどう自覚・受容するかという項目で構成されており自己においては否定的に捉えられるものであると考えられる。自尊感情の自己認知における女子の特徴から、女子においてはネガティブな感情をどう自覚して、どう受け止めるかが自尊感情により強く影響したのだと考えられる。
また男子においてのみ場面に合わせて行動調整が自尊感情に影響を与えていることが明らかになったが、女子ではみられなかった。北口(2008)はセルフモニタリングと自尊感情との間に他者からの印象・評価の媒介変数があると仮定して研究している。北口がここで使用したセルフモニタリング尺度の自己呈示変容能力は、本研究での感情制御能力の行動調整と項目内容が類似しており、比較的近い概念であるといえるだろう。つまり、自己行動を調整できることが直接自尊感情につながるわけではなく、何らかの媒介変数があると考えられる。佐久間・武藤(2003)では関係的自己の可変性と自尊感情との関連について検討している。関係的自己とは自己は単一不変でなく、関係や文脈 に応じて多面的かつ可変的であるという考え方である。本研究での行動調整は求められている場面における行動の調整という項目に対して負荷量が高く、関係性に応じて行動調整が続けば、自己の可変性も見られると考えられる。佐久間らでは関係に応じた自己の変化しやすさだけでは、自尊感情には影響が見られないこと、また女子において変化に対する否定的意識と嫌いなところや弱いところを隠す「演技隠蔽」という動機が自尊感情への負の影響を与えていた。つまり女子においては、関係性の変化に対する意識と変化の動機が自尊感情に大きく関わっているといえる。また佐久間らでは関係的自己の変化動機について「関係維持」「自然・無意識」について男子よりも女子の方が得点が高く、変化の動機において差がみられ、男子よりも女子の方が変化に対して明確な動機をもっているという結果を得ている。
本研究で女子において、「行動調整」から「自尊感情」に直接の影響はみられなかった理由として、対人関係において自己行動を調整できるかどうかが直接自尊感情につながるわけではなく、行動を調整することにおける考え方や行動調整の動機という媒介変数の存在が考えられる。また、男子において「行動調整」から「自尊感情」に正の影響がみられた理由として、関係に応じて様々に変化をしても、それが見せかけの行動ではなく、自然な行動と捉えている人は自己肯定感が高い(佐久間・無藤,2003)という記述からも男子は女子と比べて変化を自然と捉えているため、自尊感情に影響がみられたと考えられる。
次に「状況の再評価」から自尊感情へ影響がみられなかった点について、「状況の再評価」はネガティブな状態からその状況の捉え直そうとする方略であり、自分ではうまく再評価できたと思っていても、それが直接に自尊感情につながることはないと考えられる。再評価方略とは感情の原因となる出来事を再解釈することにより感情の生起そのものを調節する方略(Gross,1998)であり、感情が生起する前の段階における先行焦点型感情調節である。山田・杉江(2012)では、感情制御、感情を調整するという課題は非常に困難かつ高度な課題であると結論付けられていることや木村(2005)の意識的な感情制御はなかなか難しく、感情制御や自己制御の上手い個人が問題解決場面や脅威状況で「再評価しよう」と思いながら暮らしているとは考えずらいと述べていることからも感情の意識的な制御は困難なものであり、たとえ状況を再評価がうまくいっても、そのことのみが自尊感情につながるのではないといえる。つまり状況の捉え直しよりもその後の自己内における感情の自覚・受容の方がより自尊感情への影響が高いという結果につながる。
また、「状況の再評価」に対して負荷量が大きかった項目の中には「ポジティブ感情をより多く持ちたいと思ったときは、他のことを考える。」「怒りや悲しみなどネガティブ感情をあまり持ちたくないときは、ほかのことを考える。」などある種、状況から逃れる回避的な方略な内容が多かったことも理由の1つであると考えられる。結城(2008)では感情抑制後の対処方略が精神的健康に与える影響について検討している。対処方略として「カタルシス」「熟慮」「放棄」「回避的思考」「楽観」の5つを方略としてあげており、GHQ-12に対して、「カタルシス」、「熟慮」が負、「楽観」が正の影響、また状態自尊心尺度に対しては「放棄」が負の影響、「楽観」が有意な正の影響を与えていた。抑制方略、再評価方略という違いはあるがこの研究では対処方略から精神的健康への影響について、有意ではあったものの影響は小さく対処方略の効果はあまり得られなかったと結論付けており、抑制方略、再評価方略という違いはあるが、放棄が自尊感情につながらないという本研究の結果と一部一致する。
(3)感情特性から自尊感情への直接効果、感情特性から感情制御能力を介した自尊感情への間接効果、感情特性から感情制御能力を介した自尊感情への総合効果
男女ともに不安・抑うつを強く感じている者ほど自尊感情が低いことが明らかになった。特性と自尊感情の関連について塗師(2005)では自尊感情は男女ともに否定的感情の中でも抑うつ・不安との負の相関が大きいことを見出している。中間・小塩(2007)の研究では1週間中に感じる否定的感情が自尊感情に負の影響を与えており、本研究の結果と一致する。また間接効果として不安・抑うつを強く感じている者ほど感情の自覚・受容はしにくいが、感情の自覚・受容ができることは自尊感情に正の影響を及ぼすことが明らかになったが、間接効果の値は負で、負の影響が示された。また直接効果・間接効果を合わせた総合効果として「不安・抑うつ」から「自尊感情」へ負の影響がみられたことから「不安・抑うつ」からの直接影響とともに、「不安・抑うつ」から感情を自覚・受容できないことを介した間接効果から総合効果としてさらに影響が強められたと考えられるだろう。また自尊感情への影響に関しては感情特性からの直接の影響よりも、不安・抑うつという感情が感情の自覚・受容」を困難にし、それがより自尊感情の低下につながるということである。本研究では男女別に検討したが、間接効果において男子が小さな影響だったことに対し、女子では.32と中程度の影響がみられ、総合効果(男β=-.29 女β=.-50)も大きかった。この点については三田(2004)は自己の内面的-外面的な否定的側面が内的準拠枠として機能しているという青年期女子のself-esteemの自己認知的特徴から女子においては自己の否定的感情をどう捉えているかがより自尊感情につながったと考えられる。
また男女ともに「活動的快」から「自尊感情」に直接に正の影響を与えていた。特性と自尊感情の関連について塗師(2005)では「活動的快」と正の相関が示されている。中間・小塩(2007)の研究では1週間中に感じる肯定的感情が自尊感情に正の影響を与えており、本研究の結果と一致する。また男子のみ影響は小さかったが、間接効果として「活動的快」から「行動調整」を介して「自尊感情」に正の影響がみられた。また「活動的快」から「自尊感情」への総合効果として正の影響がみられた。「活動的快」から「自尊感情」に対して間接効果は見られたものの、「活動的快」から「自尊感情」への直接の影響の方が大きかった。梶尾(1998)は男子の自己評価的意識の特徴として自己に対するまなざしに関わるもの (自分に自信を持っている,自分がいやになるなど) の比重が大きいことを指摘しており、
自分が感情をどの程度感じているかという特性からの影響が強かったと考えられる。
総合考察
本研究の目的は目的@感情制御能力尺度の作成、目的Aとして感情制御能力から自尊感情への影響、目的B感情特性、公的自己意識から感情制御能力への影響の検討の3つであった。目的@の感情制御能力尺度作成について、本研究では感情制御を困難にする要因ではなく、感情制御能力の高さを測る尺度を山田・杉江(2013)の感情制御困難性尺度を基に作成した。因子分析の結果、先行研究とは異なる結果が得られ、「感情の自覚・受容」「行動調整」「状況の再評価」の3因子が抽出され、感情制御能力に必要な能力として3領域が挙げられた。Gratz&Romer(2004)や山田・杉江(2013)などの先行研究では感情制御能力を4領域とされていたが、臨床的な観点からも感情の自覚は受容につながるものであり、結果は妥当であるといえる。
目的Aとして感情制御能力から自尊感情への影響について検討した。先行研究の多くは「感情の変容」、「感情制御行動」といった個々の能力から内的適応への影響を検討していたが、本研究では目的@で作成した尺度を使用し、包括的な感情制御能力から内的適応への影響を検討した。男女ともに「感情の自覚・受容」が自尊感情に正の影響を及ぼしており、その影響は女子において強くみられた。三田(2004)では青年期女子の self-esteem の自己認知的側面の特徴として,自己の内面的-外面的な否定的側面が内的準拠枠として機能していると述べられており、女子における自尊感情の特徴からこのような結果が得られたと考えられる。本研究では適応の指標として自尊感情尺度(山本・松井・山成,1982)を用いたが、青林(2008)では主観的幸福感尺度を用いており、適応の指標によっては能力の中でも影響を与える要因が異なる可能性もある。また感情制御能力の中でも自尊感情に対して有意で大きく影響したのは「感情の自覚・受容」であった。山田・杉江(2013)の感情制御困難性の中でも感情認識にかかわる側面が重要であるという記述と同様に、感情制御能力の中でも感情を自覚して受容できるかどうかという感情を認識する側面の重要性が示唆されたといえる。
目的Bとして感情制御能力を規定する要因として感情特性、公的自己意識を想定した。感情特性の中でも「不安・抑うつ」が「感情の自覚・受容」に負の影響を与えていた。不安障害、鬱病などの精神病患者は不安・抑うつといった感情がうまく制御できないことが指摘されている。本研究では一般大学生を対象としたが、不安・抑うつを強く感じやすい者、極度なストレスイベント、慢性的なネガティブ状態では自己感情・身体感覚の自覚・受容の困難に陥る場合もあることが示唆される。また「活動的快」が「行動調整」に正の影響を与えており、活気のある、元気いっぱいのといった快感情を強く感じている者ほど場面にあわせて行動を調整できること、状況における認知を再評価できることが明らかになった。ポジティブな特性は結果予期、効力予期を高め、それらは対人相互作用量を増加させること(水子・手崎・金光,2002)が示されており、そのような中では行動を調整することが多く行われると考えられる。また「活動的快」はネガティブな状況での認知を変えることができるという「状況の再評価」にも正の影響を与えており、北村・木村(2006)の外向的、社交的といったよいパーソナリティをもつ者、ポジティブな自己概念をもつ者は「再評価方略」をとりやすいという先行研究と同様の結果が得られた。
公的自己意識からの影響について男子においてのみ「公的自己意識」から「行動調整」に有意な正の影響がみられたが影響は小さく、「公的自己意識」から感情制御能力への影響は小さいといえる。公的自己意識と行動調整についてはその関連は多く示されているが、公的自己意識が行動調整に影響する過程には行動を調整する自分の意識、動機、理由や他者評価懸念など他の要因が媒介する可能性が示唆される。