結果と考察
Aと観察者のやりとりを記録したものの分析結果と期ごとの考察を以下に示す。10月から12月までを「T期:観察者とAの関係作り、U期:観察者に対するAの気持ちの表現、V期:観察者に対するAからの関わり」という3期に分け、分析と考察はエピソードごとに行った。エピソードは話題の転換、かかわる者の転換、行動の転換を基準に区切り、エピソードごとに関わっている人とエピソード番号を記入している。記録にあたってはA:観察対象、B:Aと同学年の生徒、観:観察者、N先生とH先生、K先生と略称を用いて表記した。例えば「A-観(1)」という表記は、Aと観察者の2者関係の場面でエピソード1であることを示す。観察者が行ったソーシャルサポートについては、共行動的サポートは太い実線、道具・情報的サポートは二重線、情緒的サポートは実線、評価的サポートは波線を引き、括弧内にサポートの種類、○数字としてTable3の項目番号を示した。なお、一連の会話としてとらえることができるものについては、そのやりとりの最後の発話にサポートの種類と数字を記入している。
1 第T期(9・10月)観察者とAの関係作り
1-1 第T期の考察
第T期(9・10月)は観察者とAとの関係づくりの時期である。この時期のAは適応指導教室に慣れていないこともあって表情も硬く、A-観(2)では「暑いね。タオル持ってくれば良かった」「運動好き?」「スポーツで何が一番好き?(共行動@)」という言葉かけに対して、うなずくか単語で答えるのみであった。Aは新しい人間関係を築くことに時間がかかり、自分からかかわることが難しい。こうしたAの様子からは新しく参加した観察者に対する警戒心や不安がうかがわれた。そこで道具・情報的サポート、情緒的サポート、評価的サポートよりも、「結果として援助的な効果をもたらす日常の何気ないかかわりや娯楽の共有」(細田ら,2009)としての共行動的サポートを重視して関わりを行った。第T期は、共行動的サポートの「1 おしゃべりをしたり、冗談を言い合ったりして過ごす」「5 一緒に遊びに出かけたりする(一緒に遊ぶ)」を中心として、Aの内面を過度に侵襲しない関係を心掛けた。
観察者が共行動的サポートを行う中で、Aは観察者への興味を示す(A-観(8))といった反応が見られるようになった。また「おなかがすいた」(A-観(15))というつぶやきや、観察者の問いかけに対して「思ったよりかわいかった」(A-観(30))と短い言葉で気持ちを伝える様子がうかがわれた。
この時期、指導員に対する不満を言葉で表現する様子がみられるようになっていたが(A-観(14):指導員の中で一番なついているH先生が別の子どもと卓球をしていることに文句を言う)、小声でつぶやく程度であり、はっきりと観察者に対して不満を訴える行動には至らなかった。また観察者に対しては、言葉遣いや言動は指導員に対する時に比べ丁寧であり、一定の距離を感じていることがうかがわれた。しかし、10月には観察者に対して遠慮のない言動を見せるように変化した。例えばA-観(21)では、観察者が上着の前を合わせて「寒い」というそぶりをして見せると、正面(一番遠い位置)にいたAも真似をするなど、観察者の共行動的サポートに呼応するように反応したり、(A-観(29))では一緒に卓球をする時に今までより容赦がない態度で打って来たりといった言動がみられる。これは、顔を合わせて日常のなにげない会話をし、行動を共にすることが積み重なった結果、観察者とAの間の距離が縮まり関係が形成されてきたと考えることができる。
2.第U期(11月)観察者に対するAの気持ちの表現
2-1 第U期の考察
第U期(11月)はAが自己の家庭や学校について語り始めた時期である。筆者からAへのサポートは、第T期から継続して共行動サポートが多い(たとえば場面36、37、39、40,41など)。共行動的サポートで関わる中で、Aが観察者に対して気軽に友だちに対するような言動を見せる様子も見られるようになった。たとえばA-観(49)ではふざけたような言い方でA「きっと毒キノコやで」観「ええー、毒キノコ?」というやりとりが行われている。A-観(48)では「寒いなあ。その服、薄着やない?」という観察者の言葉ではじまったやりとりの中で甘えた様子を見せている。
この時期、共行動的サポートと並行して、観察者は道具的サポート、特に「個人的な悩みごとについて話し合う」場面や情緒的サポートを行う場面が出現するようになった。これは観察者が意図的に主に行うサポートを変えたというよりも、Aの求めに応じて変化した部分が大きい。Aとのやりとりの変化が顕著に表れている場面がA-観(33)である。観察者の問いかけに対し、Aは「たまには自分のものを買って!って家族に言う」と返している。A-観(38)ではA「今日、Bおらんでつまらん…」と、このころ親しくなったBが不在の気持ちを自分から観察者に伝えるという行動が見られる。
これは第T期に共行動的サポートを中心としたかかわりを行った結果、Aが筆者をサポート源として認識し、「悩みごとを話したら聞いてくれる」存在としてとらえたことによるものではないかと考えられる。
その一方で、適応指導教室での人間関係が形成される中、Aが小集団で行動する場面も増えてきた。そこでは運動の最中、唐突に離脱したりひとつのことに対する興味が長続きしないなど、気まぐれな面が見受けられるようになった(A-B-H先生-観(44))これはAの対人関係の課題の一つと思われるが、この課題に対して観察者は評価的サポートや道具的サポートをしていない。共行動的サポートを中心とした関わりで友だちに近い関係を築くことと、対人関係の問題を修正していくことの両方を行うことが難しく、観察者自身がどのように関わるべきか迷いがあったためととらえている。
3 第V期(12月)観察者に対するAからのかかわり
3-1 第V期の考察
第V期(12月)は観察者に対してAからのかかわりが増え始めた時期である。Aから観察者に話しかける場面がみられるようになり、また会話が長く続くことも増えた。例えばA-観(52)の場面ではA「ねえ、見て」観「何?」A「これな、足して一桁にするんやけど、やったら1になってしまってできやん」観「あ、ほんと。こんなことあるんやな」とAから会話を開始して話題を提供している様子がうかがえる。第T期、第U期とかかわりを続ける中で、相互のやり取りができるようになったと考えることができる。
観察者からAへのサポートは、第T期、第U期から継続して共行動的サポートが多く、他のサポートは第U期に比較して減少した。Aとの関係が構築されるに伴い、指導員が行うこともできる道具・情報的サポート、情緒的サポート、評価的サポートよりも、「共に遊ぶ」ことが学生ボランティアの役割として重要(中野・高木,2009)だと考えたためである。
Aの行動上の課題については、Aと1対1の場面でサポートを行っている。たとえばA-観(56) ではAが鉛筆を放り出したままだったので観察者が渡す(道具・情報E)と、Aは箱に投げ入れるようにして片づけた。Aが反発を感じない程度に、道具・情報的サポートによって適切な行動を促していくことが今後の課題であろう。