問題と目的
1. 社会的背景
近年、子どもの学校生活における問題は複雑多様化しており、発達障害、いじめ、不登校といった問題が着目されている。不登校とは、文部科学省(2003)の定義では「何らかの心理的、情緒的、身体的あるいは社会的要因・背景により、登校しないあるいはしたくともできない状況にあるために年間30日以上欠席した者のうち、病気や経済的な理由による者を除いたもの」とされている。文部科学省(2013)によると、平成24年度の小学校の不登校児童は約21,000人、中学校の不登校生徒は約91,000人であり、全児童・生徒数の92人に1人にあたる。平成19年度以降減少に転じてはいるものの、依然として無視できない数字である。このように、不登校は今や大きな社会的な問題であるといえる。不登校になったきっかけについて文部科学省(2013)はいじめ、学業不振など「学校関係に係る状況」、親子関係の問題、家庭内の不和など「家庭に係る状況」、無気力、不安など情緒的混乱などの「本人に係る状況」、「その他」の4種類に分類している。「学校関係に係る状況」では「いじめを除く友人関係をめぐる問題」が、「家庭に係る状況」の中では「親子関係をめぐる問題」が、「本人に係る状況」では「不安など情緒的混乱」が最多となっている。不登校の原因は多岐にわたり、子ども一人一人に応じたきめ細やかな支援が必要であるといえる。
2-1. 不登校の現状と支援
文部省(1992)は、何らかの心理的な要因により学校に行けない神経症型の子どもたちを「不安など情緒的混乱の型」としている。保坂(1999)によると、相談機関に現れる多くはこのタイプであり、学校と相談機関の共通理解、援助体制なども整ってきている。一方、文部省の調査(1992)では「無気力型」や「遊び・非行型」に分類される脱落型の子どもたちは、不登校研究の中であまり注目されてこなかったとされているが、中学校において学年とともに激増している。しかし、先行研究の中であまり注目されてこなかったために、学校も相談機関も彼ら及びその家庭に有効な援助体制が取れず、対応に苦慮している現状があると考えられる。
安川(2009)は、不登校児童生徒の学校復帰には教育的指導と心理的援助の2側面からの援助が必要であるとしている。しかし、現在ではまだ模索段階であり、心理的援助の立ち遅れを課題として指摘している。
2-2. ソーシャルサポート
子どもの精神的健康や学校適応感に影響を与える要因として、ソーシャルサポートがあげられる。
ソーシャルサポートとは、岡安・嶋田・坂野(1993)によれば他者との間の社会的支援関係を指し、(1)社会的包絡:個人の持つ社会的ネットワークの大きさやネットワークを構成する成員間の緊密性などのような人間関係の構造、(2)知覚されたサポート:他者から援助を受ける可能性に対する期待あるいは援助に対する主観的評価、(3)実行サポート:他者から実際に受けた援助、の3つの次元に分類されるという。
しかし、ソーシャルサポートの分類は研究者によってさまざまである。片受・大貫(2014)は先行研究におけるソーシャルサポートの定義と尺度を概観した上で、大学生における新たなソーシャルサポート尺度を作成した。片受ら(2014)はソーシャルサポートをサポートの次元の観点から、社会的包絡、必要とするサポート、知覚されたサポート、実行されたサポートの4つに分類している。これらの中で最もメンタルヘルスに資すると考えられるのが、知覚されたサポートである。また、ソーシャルサポートはサポート内容の観点からも様々に分類され、例として情緒的サポート、情報的サポート、道具的サポート、評価的サポートの4分類(House,1981)、心理的サポート、娯楽関連的サポート、道具・手段的サポート、問題解決志向的サポートの4分類(嶋,1991)などがある。和田(1989)は先行研究に基づき、信頼、共感、愛などの情緒的サポート、遊びなどの時間を一緒に費やし、社会的友好をもたらす所属的サポート、アドバイスや指示など問題を解決する際の助けとなる情報的サポート、必要なサービスや金銭的、物質的援助の道具的サポート、尊重され受容されているという情報をもたらしてくれる評価的サポートの5つに分類している。
細田・田嶌(2009)は中学生の自己肯定感、他者肯定感と周囲からのソーシャルサポートとの関連を検討している。彼らによれば、ソーシャルサポートは大まかに道具的なサポートと情緒的なサポートに分類されるが、近年、「結果として援助的な効果をもたらす日常の何げないかかわりや娯楽の共有」が注目されているという。彼らはこれを共行動的サポートと名付け、父親、母親、友人、教師の4サポート源からのサポートとの関連を研究した。その結果、教師以外の3サポート源に関して有意差があり、日常の何気ないやり取りが中学生の自他への肯定感や不適応問題と関連していると述べている。
岡安ら(1993)は、中学生が日常よく接する人々に対して抱くサポートの期待の特徴を調査し、それが学校ストレス過程にどのような影響を与えているかについて検討している。その結果、ソーシャルサポートのストレス軽減効果は、性別、ストレッサーの種類、サポート源、ストレス反応の種類の組み合わせによって異なることが明らかにされた。ただし、彼らは実行されたサポートではなく知覚されたサポートについて研究しており、知覚されたサポートは出来事の認知的評価に影響する個人的特性の一つとみなすべきであると述べている。
菊島(1999)は、中学校時代における不登校傾向の要因とソーシャルサポートがどのような状態にあるのか、また不登校傾向にある者に特徴的なストレス体験の内容と、不登校傾向に陥らないための援助資源の必要性を明らかにすることを目的として研究を行った。その結果、「学校が嫌だと思う」ことが「よくあった」と答え不登校傾向群に分類された被験者は、他者とのコミュニケーションが円滑にいかないこと、そのような自分自身についてもストレスを感じていると推測された。また、学校が嫌でも登校を続けられる場合と、実際に欠席に至ってしまう場合との違いに情緒的サポートと道具的サポートの2種類が関係していることが推察された。また、中学生ではいったん不登校傾向に陥ってしまうと、ソーシャルサポートを受けても効果が表れにくいこと、そのような者に対してはカウンセリングなどのより専門的なサポートが必要になることを指摘している。
大対(2011)は、高校生の学校適応と社会的スキルおよびソーシャルサポートとの関連を研究した。その結果、「学校が楽しい」「学校に行くのが好きである」という学校肯定感と最も関連した要因は「友人関係」であった。また、不登校生徒は一般高校生に比べ、攻撃行動が高い傾向が見られた。大対(2011)は、このような違いが見られたことには、一般の生徒と不登校生徒のソーシャルサポート源の違いが関係しているのではないかと推察している。
五十嵐(2011)は、中学生の不登校傾向の変化に関して、1学期段階であらゆるソーシャルサポートを受けることがその後の様々な不登校傾向低減に有効であることを示した。
これらの先行研究の結果から、不登校の子どもの問題状況の改善にはソーシャルサポートが影響していることが推察される。
2?3. 適応指導教室における支援
不登校児童生徒の問題に関しては、適応指導教室がその支援策の一つとして挙げられる。文部科学省は2003年に全国に適応指導教室(教育支援センター)を設置し、設置の目的として「不登校児童生徒の集団生活への適応,情緒の安定,基礎学力の補充,基本的生活習慣の改善等のための相談・適応指導(学習指導を含む。以下同じ。)を行うことにより,その学校復帰を支援し,もって不登校児童生徒の社会的自立に資すること」を掲げ、指導員や臨床心理士などが通級生の支援、指導に当たっている。
適応指導教室の設置数は年ごとに増加し、利用率も少しずつ増加し続けてはいるものの、指導員の質・量両面での不足が指摘されており(文科省,2003;中野・高木,2009)、指導体制の充実が急務であると考えられる。
適応指導教室における支援の効果については、これまで指導員が行う支援を対象に調査研究されてきた。安川(2014)は、適応指導教室における効果的な支援について研究し、その結果、適応指導教室は不登校児童生徒の支援のために設置された場ではあるが、全国の不登校児童生徒の1割程度しか通級できていないという実態を明らかにした。また適応指導教室の10年間の支援を分析し、教育的支援と心理的支援の役割を分けることと並行して実践することの重要性、不登校の状況に合わせて支援の方法を変えていくことの重要性を示した。
河内・上原(2013)は、不登校児童生徒を不登校状態になった状況から社会的不登校と心理的不登校に分類し、適応指導教室での参与観察から不登校児童生徒の人間関係づくりについて研究した。社会的不登校の生徒は、初めこそ他の通級生と衝突したり、かかわることを避けようとしたりしたが、やがて適応指導教室の中で居場所ができると日常に活力を得ることができ、不登校状態から脱しようとするエネルギーをもつことができた。一方、心理的不登校の生徒は原因が本人の特性であるために、なかなか変化が見られなかった。しかし、徐々に変化した様子から、適応指導教室で過ごすことが本人の安定につながったということは確認できたことを報告している。
樋口(2013)は適応指導教室を4類型に分類している。利用料が月平均4万円近くかかり、設置が都市部に集中している民間のフリースクール等と比較して、教育委員会の設置する適応指導教室は基本的に無償であり、小都市にまで広がっている。しかし、このように経済的・地理的に困難を抱える子どもたちの受け皿となることができるはずの適応指導教室の内実は、ほとんど明らかになっていない。樋口の調査の結果、適応指導教室では「学校復帰」よりも「心の居場所」を支援目標に掲げる教室のほうが多い傾向にあることが明らかになった。また、単に「学校復帰」のみを支援目標とする場合の効果よりも、「心の居場所」支援から「学校復帰」支援へと2段階の支援目標を設定する方が、学校復帰率が高くなるという結果も得られた。
適応指導教室においての指導員の関わりは、子どものタイプによって効果的な支援が異なること、心理的な支援と教育的な支援の双方が必要であること、心の居場所として機能していることがこれまでの研究によって明らかにされてきたと言える。
中野・高木(2009)は適応指導教室における学生ボランティアの役割について、教職員との差異を中心に検討している。彼らによれば、適応指導教室の臨時スタッフのうち、大学院生も含めた学生ボランティアの割合が67.4%で最多となっている。その理由としては適応指導教室における質・量両面での指導員不足が指摘され、それを補うために学生の力が必要であるということが挙げられる。また、通級生と指導員との年齢差による世代間ギャップを改善するためにも学生ボランティアが多く配置されていると考えられている。しかし、学生ボランティアを導入する際の問題として「学生ボランティアの役割・立場が明確でない」という点を挙げている。彼らの研究では、適応指導教室の指導員は学生ボランティアに対して「年齢の近さを生かした、兄・姉的な存在としてのかかわり」「楽しい時間を過ごしたり、遊んだりするかかわり」を求めているとされている。また、学生ボランティアが通級生にどこまで関わってよいかという問題に関しては、教室の指導方針と自分の関わりが同じであるかを一つの基準として考えていくことが望ましいとしている。
中野・高木(2009)の研究からは、適応指導教室における学生ボランティアは指導員とは異なった立場で支援を行うことが効果的であることが示唆されているが、具体的にどのような支援を行うことが子どもの問題状況の改善に寄与するかについてはさらに検討していく必要があるであろう。
3. 本研究の目的
適応指導教室においては、指導員、カウンセラーなどの専門家が不登校児童生徒を支援・指導する。その場に大学生のボランティアが加わる場合もあり、また中野・高木(2009)にも指摘されるようにその存在は指導員不足を補うために重要なものとなっているが、大学生ボランティアという存在が適応指導教室の通級生にとってどのような意味を持ち、大学生ボランティアのサポートが児童生徒の問題状況の改善にどのように関連するのかについて検討した研究はまだ見られない。よって、本研究では、適応指導教室に通う中学生に焦点を当て、不登校児童生徒の問題状況の改善のために大学生ボランティアがどのようにサポートを行っていけばよいのかを検討することを事例研究の目的とする。不登校の原因、状態はそれぞれの児童生徒によって千差万別であり、行使可能なソーシャルサポートも異なることから、すべての不登校児童生徒・登校忌避感情保持者に有効なサポートを見つけることは難しい。しかし、個別の事例からより有効なサポートを検討することは可能であろうと考える。