【結果】


1.課題易群で使用した課題に関して有効性の確認


  課題易群を設定する条件として、被験者が課題を簡単だと感じなければならない。そのため、課題後の質問紙において「課題は難しく感じた《ということを7件法(1.まったくあてはまらない、2.ほとんどあてはまらない、3.あまりあてはまらない、4.どちらとも言えない、5.ややあてはまる、6.かなりあてはまる、7.非常にあてはまる)で確認した。課題易群(N=23)の平均点は2.8であったため、題易群としての条件は満たしているといえる。

2.フロー得点に影響の与えている要因の検討


2-1.課題の取り組む群ごとのフロー得点の比較

  課題易群と課題選択群によってフロー得点に違いがあるかを検証するために、各群のフロー体験チェックリスト3下位尺度の平均点を算出し、t検定によって比較した(Table 15)。また、フロー体験チェックリストの3下位尺度は石村(2014)のものを参考とした。
  その結果、【能力への自信】、【肯定的感情と没入による意識経験】、【目標への挑戦】の3下位尺度のうち【能力への自信】において有意な差がみられた(t=3.08, p< .01)。平均値を比較すると、課題易群のほうが高くなっているため、【能力への自信】は課題易群のほうが高いことが示された。【肯定的感情と没入による意識経験】と【目標への挑戦】においては、有意な結果は得られなかった。しかし、【肯定的感情と没入による意識経験】においてほとんど群差はみられなかったが、平均値を比較すると【目標への挑戦】はわずかに課題易群のほうが高くなっている。

群ごとのフロー得点の平均値と標準偏差

2-2.パズル課題に取り組んだ経験・好き嫌いがフローに与える影響の検討

  本実験で使用したナンバープレースを今までの取り組んだ経験があるかどうかを、事前質問紙で「はい《か「いいえ《で調査をした。経験が有るか無いかによって、フロー状態に差がみられるかを検証するため、「はい《を有群(N=37)、「いいえ《を無群(N=8)とし、t検定によって比較した(Table 16)。
  その結果、フロー体験チェックリスト3下位尺度の【能力への自信】、【肯定的感情と没入による意識経験】、【目標の挑戦】すべてにおいて有意な差はみられなかった。
  経験と同様に、本実験で使用したナンバープレースに取り組むのが好きか嫌いかによって、フロー状態に差がみられるかを検証するため、事前質問紙「課題に取り組むのが好きか《ということを4件法にて測定した。その結果に基づき、「好き《、「まあまあ好き《を好き群(N=37)、「まあまあ嫌い《、「嫌い《を嫌い群(N=8)とし、t検定によって比較した(Table 17)。その結果、【能力への自信】、【肯定的感情と没入による意識経験】、【目標への挑戦】すべてにおいて有意な差はみられなかった。

経験の有無でのフロー体験チェックリスト下位尺度得点の平均値と標準偏差

好き・嫌いでのフロー体験チェックリスト下位尺度得点の平均値と標準偏差

2-3.フロー体験チェックリスト下位尺度得点と各要因の相関

  フロー状態に影響の与えている要因を検討するため、事前質問紙にて測定したGSE尺度得点、Big Five尺度得点、preのSSE尺度得点、本実験で解答した問題数とフロー体験チェックリスト下位尺度得点との相関係数を算出した(Table 18)。なお、2-1.において群差で有意な差がみられたのが3下位尺度のうち1つしかなかったため、被験者全体(N=45)で相関係数を算出した。
  その結果、Big Five尺度の【外向性】は【能力への自信】(r= .314, p< .05)、【目標への挑戦】(r= .348, p< .05)と正の相関を示した。【情緒上安定性】は【能力への自信】(r= -.319, p< .05)と負の相関を示した。【開放性】は【目標への挑戦】(r= .366, p< .05)と正の相関を示した。【調和性】は【能力への自信】(r= .297, p< .05)、【目標への挑戦】(r= .341, p< .05)と正の相関を示した。preのSSEの【SSE-T】と【SSE-R】は【能力への自信】(SSE-T: r=.380, p< .01, SSE-R: r= .294, p< .05)と正の相関を示した。【問題数】は【能力への自信】(r= .501,p< .001)、【目標への挑戦】(r= .307, p< .05)と正の相関を示した。GSE尺度とSSE-Aにおいて、【能力への自信】、【肯定的感情と没入による意識経験】、【目標への挑戦】すべての下位尺度と有意な結果は得られなかった。また、【肯定的感情と没入による意識経験】はすべての要因と有意な結果は得られなかった。
  また、フロー体験チェックリスト下位尺度間において相関係数を算出した(Table 19)。【能力への自信】は【肯定的感情と没入による意識経験】(r= .404, p< .01)と【目標への挑戦】(r= .496, p< .001)で中程度の正の相関がみられた。また、【肯定的感情と没入による意識経験】と【目標への挑戦】の間に弱い正の相関がみられた(r= .396, p< .01)。結果として、すべての下位尺度間において正の相関がみられた。

フロー下位尺度と各要因の相関係数

フロー体験チェックリスト下位尺度間相関

2-4.問題回答数によってフロー体験チェックリスト下位尺度得点の違いの検討

  2-3.の相関係数において有意な結果が得られた問題の回答数に着目して、フロー体験チェックリスト下位尺度において尺度得点の違いを検討する。問題の回答数においてはTable 20に示す。課題選択群は課題の難易度が自分で選べるため、難しい課題を選んだ場合は1問にかかる時間も長く、課題易群と比較すると問題の回答数は少なくなっている。そのため、課題易群と課題選択群をわけて考える。それぞれの平均値に基づき、課題易群では9問以上回答した人たちを多群(N=9)、8問以下であった人たちを少群(N=14)とする。課題選択群では、3問以上回答した人たちを多群(N=12)、2問以下であった人たちを少群(N=10)とする。フロー体験チェックリストの下位尺度得点の違いがあるかを検討するため課題の群別にt検定を行った(Table 21, 22)。その結果、課題易群では問題数多群と少群による群差が、【能力への自信】のみ有意であった(t=2.4, p< .05)。問題数多群のほうが【能力への自信】は高いことが示された。また、課題選択群では問題数多群と少群による群差が、【能力への自信】において有意であった(t=2.12, p< .05)。【肯定的感情と没入による意識経験】において有意な傾向がみられた(t= 2.04, p< .10)。

群ごとの問題回答数の平均値と標準偏差

課題易群多群・少群のフロー下位尺度得点の平均値と標準偏差

課題選択群多群・少群のフロー下位尺度得点の平均値と標準偏差

3.フロー得点の高低が与える影響の検討


3-1.フロー得点高低群とpre/postのSSE得点の比較

  フロー体験チェックリスト3下位尺度の合計点をフロー得点とし、被験者全体の平均値を算出した。平均値は、50.93であった。そのため、51点以上をフロー得点高群(N=23)、50点以下をフロー得点低群(N=22)とする。フロー得点高低群によってSSEの変化に違いがみられるかを検討するため、各SSEを従属変数とした2(pre/post)×2(フロー得点高群・低群)の2要因分散分析混合計画を行った(Table 23)。
  その結果、SSE-TとSSE-Aにおいてpre/postの主効果が有意であった(SSE-T: F(1,43)=5.55, p< .05, SSE-A: F(1,43)=26.88, p< .001)。また、SSE-Tにおいて群の主効果が有意であった(F(1,43)=6.73, p< .05)。しかし、すべてのSSEに交互作用は有意ではなかった。
  2要因分散分析混合計画において交互作用で有意な結果が得られなかったため、フロー体験チェックリスト下位尺度のどの要因が強くSSEに影響を与えているかを検討することを目的として、従属変数をpostの各SSE尺度、独立変数をpreの各SSE尺度、フロー体験チェックリスト下位尺度と関連がみられると思われるGSE尺度得点とし重回帰分析強制投入法をした(Table 24~26)。その結果、SSE-Tでは、【能力への自信】との関連がみられた(β= .63, p< .001)。SSE-Rでは、【能力への自信】(β= .46, p< .001)と【肯定的感情と没入による意識経験】(β=-.31, p< .01)に関連がみられた。SSE-Aでは、SSE-Rと同様【能力への自信】と関連が見られた(β= .50, p< .01)。なお、preの各SSE得点とGSEにおいては関連がみられなかった。

フロー得点高低群とpre/postのSSE得点の平均値と標準偏差

SSE-Tとフロー下位尺度得点の重回帰分析  SSE-Rとフロー下位尺度得点の重回帰分析  SSE-Aとフロー下位尺度得点の重回帰分析

3-2.課題に取り組む群とSSE得点の比較

  SSE得点が課題易群と課題選択群において違いがみられるかを検討するため、preの各SSE得点を共変量とし共分散分析を行った(Table 27)。SSE-Aにおいては、共分散分析の前提条件を満たさなかったため、分析を行えなかった。そのため、分析対象はSSE-TとSSE-Rとした。その結果、SSE-T、SSE-Rともに有意な差がみられた(SSE-T: F(1,42)=6.57, p< .05, SSE-R: F(1,42)=10.79, p< .01)。postのSSE-T、SSE-Rの平均値を比較すると課題易群のほうが高くなっていた。

課題の群の違いによるSSE得点の平均値と標準偏差

4.課題後の感想の分析・検討


  ナンバープレース課題後の質問紙において、被験者がすべての質問項目に答えた後に任意で課題に取り組んでいる時の感想を書くように求めた。
  課題易群において、「楽しかった《や「おもしろかった《などといった快感情を意味する感想を記述している人が23吊中12吊いた。課題選択群では、快感情を意味する感想を記述していた人は22吊中10吊いた。また課題選択群では、快感情とは逆の上快感を意味する「イラッとした《や「くやしかった《、「あせった《、「集中がきれてしまった《などといった感想の記述もみられた。「集中がきれてしまった《の理由としては、「ミスをしたときに《ということが挙げられていた。課題易群においては、「もうちょっと難しいのをやりたくなった《というような課題への飽きが感じられる記述もみられた。
  課題易群では、問題が簡単だからこその目標の指標を示す記述もみられた。「全部できるかもしれない《や「前の問よりはやく解くことのできたときの充足感《といった記述から読み取れるだろう。また、「他者と競うイメージで取り組んだ《といった目標を示すものもみられた。課題選択群では、難易度別になっているということもあり「難しいのを解きたい《という目標を示す記述がいくつかみられた。難易度に挑戦するという目標であったため、「挑戦したら失敗した《といった難しいのに挑戦してみたものの難しくてうまくできなかったというような記述もみられた。
  両群を通して、ひらめいたときや要領よく解答ができたときに楽しさや充足感を感じたというような記述が多くみられた。「コツがわかってくるとたのしくかんじた《や「慣れてきて楽しくなってきた《といった記述も6人みられた。

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