問題と目的】

1.競争と協同の動機づけとの関係

Deutsch(1949) が「同一の目標に向かって努力する人々の中で目標を達成するのがただ1人である場合」を競争状況であると定義しているように、競争とは同じ目標を獲得することを目指すことにより高め合うことを目的とした対人関係であると考えられている。その一方で、関田(2004)は協同学習を「協力して学び合うことで、学ぶ内容の理解と習得を目指すとともに、協同の意義に気づき、協同の意義を磨き、協同の価値を学び、内化することを意図した教育活動」と定義したように、協同とは協力して、学び合うことや高め合うことを通じて目的を達成するものと考えられている。競争の特徴として、勝敗の存在があると考えられる。競争で何らかの課題を行うということは、競争に勝利した人と敗北した人が必ず存在する。そして、競争に参加した以上は勝利したいと考えるのが当然であり、川瀬(1994)が児童の大多数が競争で相手に勝ちたいという動機を持っていることを明らかにしたように競争場面において勝利したいという欲求は強い動機づけになると考えられる。この相手に勝利することは様々な影響を及ぼし、黒石,佐野(2006)は競争に勝利することによってその結果に満足することや喜びをおぼえるなど、正の感情表出が起こることを明らかにしている。他にも競争に勝利することで他者よりも優れているという認識を持つことが自尊心を高めるのではないかと考えられる。このように競争に勝利することは良い効果を及ぼすことが明らかにされている。しかし、その一方で競争に敗北してしまった場合は良くない効果を及ぼすことが考えられる。佐野,黒石(2006)は競争に敗北することが残念さや諦めなどの負の感情表出が起こることを明らかにしたように、競争で敗北することが課題そのものへの興味を失わせてしまう可能性があると考えられる。また、競争は勝敗だけではなく、競争を行う相手によっても競争が及ぼす影響が変化するといわれている。たとえば相手の実力に関する研究として、山下,大久保(2011)は競争相手と自分の実力が対等である時に楽しいと感じやすいことを示唆している。逆に、佐野,黒石(2006)は相手との実力が離れすぎている場合は意欲が低下することを明らかにしている。さらに、競争相手との関係性に着目した研究として太田(2005)は仲の良いライバルを持つことが自己の成長を促すことや、ライバルとの仲を深めることを明らかにしたことや、室山,堀野(1991)は競争で敗北した場合に勝者からポジティブなフィードバックを受けることによって良好な関係を維持することが出来ることを明らかにした。このように競争は結果を強く意識する特徴を持ち、相手との関係性や実力差など競争相手によって及ぼす影響が異なるものであると考えられてきた。一方協同は競争のように一方が勝てば一方が負けるということが無く、協同に参加した全ての人が課題に成功することが出来る。よって、競争と異なり、協同で問題の解決を行う場合は結果よりも協同した人同士の仲間意識を重用視するといわれている(鈴木,邑元,2009)。そのため、協同においては結果よりも協同する相手やどのように協力していたかという研究が多くみられる。協同する相手について、町(2009)は協力する相手とあまりにも学力に差がある場合は協同学習について好ましく思わない可能性があることを示唆した。また、どのように協同するかということについては、古畑(1957)は教示により協同状況で課題を行うという状況になったとしても、普段から関わりが無かった場合や課題を行う際に話し合いがほとんど行われない場合においては、その教示の効果が実際によく現れないことを明らかにした。このように協同は結果を意識するというよりは協同を行う相手を重視する特徴を持ち、相手との関係性や実力差など協力相手によって及ぼす影響が異なるものであると考えられてきた。このような協同と競争についてはよく対比的に扱われ、どちらを行う場合の方が良いのかということについて様々な議論がなされてきた。古畑(1957)は競争事態と協同事態におけるコミュニケーションに着目し研究を行い、競争事態と協同事態はともに親密なもの同士で課題を行った方がコミュニケーションの量が増加するが、親密な物同士で比較した場合は競争事態より協同事態の方がコミュニケーション量は多くなり、競争事態は協同事態よりも一人言が多く見られることを明らかにした。このように協同場面においてコミュニケーションが促進されることから、コミュニケーションを重要視する教育場面においては、よく協同が重要視される。また、Kohn (1992)は一般に協同は個人や社会にとって有益で健康的であるとされるのに対し、競争は個人および社会にとって有害であるとした。しかし、競争について様々な研究が行われた結果、Stane, Johnson & Johnson(1999)は競争は多様な方法で定義されており、競争の種類によってその影響は異なることを示唆した。すなわち、競争の結果勝者がすべてを得るゼロサム競争は生産性の低下などネガティブな影響をもたらすが、競争が適切な形式である場合は協同と同程度に遂行を高める点で有効であった。適切な競争とは、勝つことに重きをおかず勝利を強く意識しないこと、競争に関わるすべての人に勝つための現実的な機会があること、明確で具体的なルールに則って競争が行われること、競争による互いの進歩をモニターでき社会的比較を行うことができること、の4つの要素によって定義されている(Johnson & Johnson, 1989)。このように、競争でも競争の質によっては動機づけに対し、優れた効果がもたらされることがわかっている。一方、有益であるとされている協同に関しても、高橋(1999)は単語や文章やビデオ映像などを協同想起する場合に,個人当たりのパフォーマンスは悪くなることはあっても促進されることはないと結論づけている。このように、有益であるはずの協同でも協同想起のような課題の質によってはその効果がもたらされないといわれている。以上のことから競争・協同ともに行う課題の質によって動機づけがどのように変化するか決まると考えられる。よって、本研究では課題の質の違いによって競争と協同にどのような動機づけの変化が起こるかを検討していく。そのなかでも、Johnson & Johnson(1989)が述べた適切な競争であるための条件の1つである競争に関わるすべての人に勝つための現実的な機会があることと関わりがあるであろう結果に実力が影響するかどうかに着目し、それを競技性と定義したうえで検討を行っていく事とした。そこで、本研究において競技性とはトレーニングしないと出来ない行為や 知識、経験の蓄積、運要素のコントロール技術がスコアや勝敗に正しく反映されるかどうかとし、それが正しく反映されるものを競技性が高いとし、正しく反映されないものを競技性が低いと定義する。なお、本研究での成功・失敗を競争・協同それぞれの定義に従い、競争ならば相手に勝利することを成功、相手に敗北することを失敗とし、協同なら2人が協力して一定の基準に到達することを成功、到達しなかったことを失敗とする。

2.動機づけに関わる諸理論

2-1. Atkinsonの期待価値理論

様々なやる気に関する理論の中で、競争・協同ならびに競技性と関係が深いものとしてAtkinsonの期待×価値理論が挙げられる。Atkinson(1964)の期待×価値理論とは期待と価値によって動機づけが決定されるとする理論である。課題の困難度が高く主観的成功確率が低い場合、成功したときは価値が高くなる。主観的成功確率が低い場合、失敗したときには恥などの不快な感情が大きくなる。これらの期待と価値を掛け合わせたものが動機づけを決定すると考えられており、成功の主観的確率が50%のときに、動機づけが最も強くなると考えられているものである。(奈須,1995)

このように、Atkinsonの期待×価値理論では課題の成功の主観的成功確率がどのようなものであるかによって動機づけが変化するというものであった。一方、競技性は自分の実力が正しくスコアや勝敗に正しく反映されるかというものであり、競技性の高いものは主観的成功確率が自分の実力と見合わせる事によりはっきりと分かってしまい、主観的成功確率が50%よりも遙かに高く、もしくは低くなるためやる気は生起されにくいだろう。逆に競技性が低いものは主観的成功確率が予測しづらいため、競技性の高いものに比べ主観的成功確率が50%に近くなるのでやる気は生起するだろう。これは成功・失敗状況のどちらにおいても競技性の高いものは主観的成功確率が50%よりも遙かに高く、もしくは低くなるためやる気は生起されにくく、競技性が低いものは主観的成功確率が50%に近くなるのでやる気は生起すると考えられる。また、競争・協同との関係を考えると、競技性の低いものを行う場合、競争では自分の結果はもちろん、成功の基準となる相手の結果も運によって決定される部分が大きいため、より成功の主観的確率が50%に近くなるのでやる気は生起しやすいと考えられるが、協同の場合は成功の基準となるものは一定であり、運によって決まるのは自分たちの結果のみなので競争に比べ主観的成功確率が50%から離れやすいと考えられる。

2-2.原因帰属理論

他にも関係が深いものとして原因帰属理論も挙げられる。Weiner(1972)のモデルでは、帰属される原因は統制の位置と安定性という2つの次元から、統制の位置として内的・外的、安定性として安定・不安定の4つの要因が存在するとされている。(Figure1)統制の位置とは、原因が自分の内側にある要因か、外側にある要因かを区別する次元である。安定性とは、原因が変化しにくい安定した要因か、変化しやすい不安定な要因かを区別する次元である。内的・外的および安定・不安定という2×2の次元から能力,課題の困難度,努力,運という4つの要因が考えられている。また、安定性の次元は期待の変化に影響を与え、統制の位置は感情の変化に影響を与えると考えられている。たとえば、成功もしくは失敗の原因を安定要因である能力や課題の困難度に帰属すると、次の機会も同じ結果になるだろうと期待する。成功または失敗の原因を内的要因である能力や努力に帰属すると,成功の場合は自分が成功を導いたとなるため誇らしく、失敗の場合は自分が失敗を導いてしまったとなるため恥ずかしいというような感情を持つと考えられている。このように結果を自分が導いたということから、次も同じ結果を得られると考えるため成功の場合は動機づけが上昇し、失敗の場合は動機づけが低下すると考えられている。また、失敗したときに運が悪かったとか努力が足りなかったという不安定な要因に帰属すれば、次は違う結果になるだろうと考えられるため動機づけは低下しないといえる(杉原,2008)。すなわち、原因帰属理論は成功の原因を安定的で内的なものに帰属すると、次の行動に対する期待と価値が最も高くなり、次の機会に対する動機づけは、最高になると考えられている。また、失敗の原因を、不安定で内的なものに帰属することが次の動機づけを高めるというものであった。この理論において、競技性の高いもので成功した場合は、成功の原因を安定的で内的な実力に帰属しやすいと考えられるため動機づけは最高となり、逆に失敗した場合は失敗の原因を安定的で内的な実力に帰属しやすいと考えられるため動機づけは生起しないだろう。一方、競技性の低いもので成功した場合は成功の原因を不安定で外的な運に帰属しやすいと考えられるため動機づけは生起せず、逆に失敗した場合は失敗の原因を不安定で外的な運に帰属しやすいと考えられるため動機づけは生起するだろう。また、競争・協同場面についても考えると、競争場面においては競技性の低い場合に成功の基準である相手の結果も自分の結果も運で決まると考えられるため、結果の原因をより運に帰属しやすくなると考えられ、協同場面においては成功した場合と失敗した場合のどちらにおいても成功・失敗の原因を協力方法や協力相手という不安定で内的なものに帰属することが可能であるため成功・失敗に関わらず動機づけは高まると考えられる。

2-3.自己効力感

また、次の行動に対するやる気に関してはBandura(1977)の提唱した自己効力感が挙げられる。自己効力感とは、ある具体的な状況において適切な行動を成し遂げられるという予期、および確信であり、結果予期と効力予期の2つのうち、効力予期の方を指す。効力予期とは、ある結果を生み出すために必要な行動をどの程度うまく行うことが出来るのかという予期のことである。そして、自己効力感を生み出す元となる「遂行行動の達成」「代理的経験」「言語的説得」および「情緒的喚起」の4つの要素がある。遂行行動の達成とは、成功体験や達成感を得ることで「自分にはできそうだ」という自己効力感を高めことである。これは4つの内で最も強力な情報源となる。代理的体験とは、他人の行動を観察し代理的に行動を体験することで、「自分にもできそうだ」という認識を持つことである。言語的説得とは、自己暗示や他者からの言葉かけにより「自分にもできる」という認識を得ることである。情緒的喚起とは、自分の体調などの生理的・情動的な情報で、これならできるという自己の生理的状態を知覚することである。たとえば、体調が良いという生理的・情動的な情報を得られれば「よいパフォーマンスが発揮できるだろう」というように考え、自己効力感は高くなる。逆に、体調が悪いという生理的・情動的な情報を得られれば「思うようなパフォーマンスを行えない」と考え、自己効力感は低くなる。自己効力感は、これらの情報源に影響されて高くなったり低くなったりすると考えられており、これらの4つの情報源を操作することによって自己効力感を高めることができると考えられている。すなわち、自己効力感は最も強力な情報源である遂行行動の達成経験が得られたかどうかにより動機づけが変化すると考えられる。よって、成功した場合は遂行行動の達成経験が得られているため、動機づけは生起すると考えられ、失敗した場合には遂行行動の達成経験が得られないため、動機づけは生起しないと考えられる。なので、競技性の違いによって自己効力感の変化は見られないだろう。しかし、競争・協同場面について考えると競争は相手に勝利することを目的とするので、相手より勝ることを目的とするが、協同はより高い遂行を目指すため、成功した際により好ましい遂行行動の達成経験が得られるため、競争に比べ協同は自己効力感が上昇しやすいのではないかと考えられる。

2-4.内発的動機づけと外発的動機づけ

他にも、動機づけにも種類があり、その中に内発的動機づけと外発的動機づけがある。Young(1961)は、これらを外発的動機づけでは他者のために行うなどの課題以外の要因から動機づけされるのに対し、内発的動機づけでは、課題そのものに価値が置かれ、自分自身のために行いたいと動機づけされる。Murray(1964)は、内発的動機づけとは、活動それ自身のために従事されるものであるのに対し、外発的動機づけとは、活動と報酬の問に固有の結び付きがなく、活動が報酬を得るために遂行される場合を指すとした。また、競争・協同ではこれらの2つの動機づけのうち異なる動機づけが高まりやすいと考えられている。競争場面にでは、川瀬(1994)は競争状況において、他者をしのぎ競争に勝ちたいという動機を大多数の児童が示すことを明らかにしており、競争は課題そのものに価値を置くというよりも他者に勝つという課題以外の要因により動機が生起されることが多く、外発的動機と強い関係があると考えられる。一方、協同場面において、篠ヶ谷(2014)は他者との相互作用場面において学習者が設定する目標には、他者の理解まで視野に入れた目標も存在し、学習内容に価値を見いだし、深い理解を重視する学習者ほど、相互作用時に他者の理解状態まで意識しながら活動しながら取り組んでいることを明らかにしており、協同を行うということには学習内容に価値を見いだすなど内発的動機づけに強い関係があると考えられる。また、競技性との関係を考えると、競技性が低い課題は運で結果が決まるためそのような課題に対して価値が置かれることは少ないだろう。よって、競技性の低い課題は内発的動機づけが上昇しにくいのではないかと考えられる。

3.競技性の違いにおける動機づけへの影響

競技性の違いが動機づけに様々な影響を及ぼすことが各理論から考えられた。では、競技性が低いものを成功したときに次同じ事を行おうとするやる気はどうなるのだろうか。期待×価値理論に関していえば、競技性の低いものは成功確率が50%に近くなるためやる気は十分生起されるといえるだろう。しかし、原因帰属理論においては成功の原因を、運などの不安定で外的なものに帰属されるため、やる気は生起されにくいといえるだろう。また一方で、自己効力感によると成功によって達成経験がなされるため、やる気は生起されるといえるだろう。ただ、競争・協同間での違いは見られないと考えられる。また、競技性が低いものを失敗したときについて考えると、協同の場合に比べて競争の場合は競争相手の実力や関係性に左右されるため、成功する見込みが十分にあると考えられるためやる気は生起するといえるだろう。競技性が高いものを失敗したときについて考えると、競争の場合は失敗した原因を自分の実力という内的で安定的なものに帰属するためやる気は生起しないと考えられるが、協同の場合は失敗した原因を協力方法や協力相手という不安定で内的なものに帰属するに帰属できるためやる気は生起すると考えられる。以上のように協同と競争、競技性の高低、成功か失敗かという条件組み合わせによっては今までの理論では動機づけがどのようになるか不明な部分が生まれるため、本研究では競技性の違う競争の成功・失敗体験が競技後の動機づけの量や質にどのような影響を及ぼすのかを同じような状況を協同でおこなった群と比較することによって検討していく。

4.仮説

仮説1:競技性が高く、競争で成功したときは原因帰属を自分の実力のみに帰属するため強く外発的動機が生起するだろう。また、成功経験がなされるため自己効力感は高まり、競技性が高いもののため成功する見込みは高まるだろう

仮説2:競技性が高く、競争で失敗したときは原因帰属を自分の実力に帰属するため、動機づけは高まらず、成功経験がなされていないため自己効力感は低くなり、競技性が高いもののため成功する見込みは低くなるだろう

仮説3:競技性が高く、協同で成功したときは原因を自分の実力に帰属するため強く内発的動機づけが生起し、また、成功経験がなされるため自己効力感は高まり、競技性が高いもののため成功する見込みは高まるだろう

仮説4:競技性が高く、協同で失敗したときは原因帰属を自分の実力以外にも協力方法などにも帰属できるため、弱く内発的動機づけが生起し、成功経験がなされていないため自己効力感は低くなり、競技性が高いもののため成功する見込みは低くなるだろう

仮説5:競技性が低く、競争で成功したときは原因帰属を運に帰属するため、動機づけは高まらず、成功経験がなされているため自己効力感は高まり、競技性が低いため成功する見込みは少し高まるだろう

仮説6:競技性が低く、競争で失敗したときは原因帰属を運に帰属するため弱く外発的動機づけが生起し、成功経験がなされていないため自己効力感は低くなり、競技性が低いため成功する見込みは少し低くなるだろう

仮説7:競技性が低く、協同で成功したときは原因帰属を運に帰属するためやる気が生起せず、成功経験がなされているため自己効力感は高まり、競技性が低いため成功する見込みは少し高まるだろう

仮説8:競技性が低く、協同で失敗したときは原因帰属を運以外にも協力方法などにも帰属出来るためやる気が生起せず、成功経験がなされていないため自己効力感は低くなり、競技性が低いため成功する見込みは少し低くなるだろう