【はじめに】
私たちは日常生活で苦境に立たされたとき,その状況から心理的に不快な思いを抱くだろう。このとき,私たちは他者からのソーシャルサポートを受け,心理的な不快感の軽減をしている。ソーシャルサポートとは,生活において,他者から与えられるさまざまな物質的,心理的援助のことを指す。ソーシャルサポートは,道具的サポートと情緒的サポートの2つに分けることができる。道具的サポートは問題解決のために必要な行動や手段などの具体的援助を提供するサポートである。情緒的サポートは個人の心理的な不快感の軽減や傷ついた自尊心の回復を促すような働きかけをするサポートであり,共感することや慰めることが含まれる。慰め行為は人を気遣ったり励ましたりすることであり,相手に対して同情を感じることが主な動機となっている (Hoffman,2000)。共感については,数多くの研究がなされており,向社会的行動の実行,思いやり,良好なコミュニケーション,対人葛藤の軽減と,その適切な処理,あるいは良好な社会的相互作用に影響を与えるなど,ポジティブな影響を及ぼすことが明らかにされてきた。その一方で,同情が受け手側にどのような影響を与えるかについての研究はあまり多くされていない。しかし,同情は情緒的サポートに関わる感情の1つであり,対人関係に及ぼす影響を明らかにすることは重要であると考えられる。
また,「同情」という言葉を聞いてポジティブよりもネガティブなイメージを抱く人も少なくないのではないだろうか。同情を表す英語には「sympathy」,「pity」がある。前者は相手の悲しみ,苦しみを理解し,ともに悲しんだり苦しんだりする気持ちを表し,後者は自分より劣っていたり,弱い立場にある人に対するあわれみの気持ちを表すことが多いとされている。このように,同情を表す英語にはポジティブ,ネガティブ,どちらの意味合いのものもある。先行研究においても,同情が受け手に与える影響について,ポジティブになると述べた研究もあれば,ネガティブになると述べた研究もある。ポジティブな影響を与えることを示した例としてSamter, Burlseson, & Murphy(1987)の研究がある。Samter et al.(1987)は落ち込んだ友人を慰める会話を大学生に提示して友人に抱く印象を評定させた。慰める会話の内容は,友人の気持ちを無視したり変えさせたりしようとする言葉,友人に対する自分の認識を伝える言葉(同情を示す言葉),友人の感情や知覚を理解して承認し,思い遣っていることを示す言葉(共感を示す言葉)の3つであった。その結果,同情を示す言葉と共感を示す言葉は受け手に好意的に評価されることを示した。
これに対して,ネガティブな影響を与えることを示した例としてGraham(1984)の研究がある。Graham(1984)は教師の示した同情や怒りが生徒自身の行う原因帰属や成功の期待に及ぼす影響について検討している。Graham(1984)は教師が6年生に達成課題を失敗させた後,一方の子どもには失敗したことに対して怒り,もう一方の子どもには失敗したことに対して同情していることを伝える実験を行った。その結果,怒られた子どもよりも同情された子どもは自分に能力がないから失敗したと考え,今後の課題が成功できるという自分自身への期待が低くなることを示している。さらに,Blaine, Crocker, & Major (1995)は求職者の気持ちに立って回答を求めた質問紙調査で,人種差別や身体障害に対する同情によって求職者が雇用者に採用された時のほうが,求職者の能力が認められて採用された時よりも仕事のやる気や自尊心が低く,敵意や抑うつの感情が高いことを示している。
また,小川(2011)は,同情が受け手にとってポジティブ,またはネガティブになる要因や出来事を検討している。要因として,同情をした相手との親密さ(親しい人,あまり知らない人),ネガティブな出来事の原因帰属(内的帰属をした人,外的帰属をした人)を取り上げ,感情の違いを検討した。この研究では,病気,学業の失敗,対人トラブルに対して同情される話を設定しており,同情されたときのさまざまな感情について評定を求めた。その結果,全ての場面において,ネガティブな出来事の原因を自分自身の能力に帰属した人のほうが落ち込み感情(情けない,恥ずかしいなど)は高くなり,同情した人が親しい人のほうが喜び感情(嬉しさ,安心など)は高くなり,反発感情(相手に対する怒り,苛立ち)は低くなることを報告している。しかし,佐藤(2010)は,同情においては同情をする側とされる側に優劣の関係が生ずることがあると述べており,劣等感を想定して他者との関係を検討する必要があると考えられる。さらに,小川(2011)の研究では感情を左右する要因として同情の受け手側のパーソナリティに焦点が当てられていない。しかし,パーソナリティ要因も同情されたときの感情に影響してくる可能性もあるため,考慮していく必要があるだろう。