考察
本研究の目的は、友人グループにおける心理的居場所感が攻撃性に及ぼす影響について検討し、またそれらに対して対人依存欲求と仮想的有能感がどのような影響を与えているかを検討することであった。
1.友人グループにおける心理的居場所感と攻撃性
心理的居場所感と攻撃性の重回帰分析の結果から、男性は「役割感」が「積極的行動」に正の、「自責感」「猜疑心」に負の影響を与え、「被受容感」が「自己破壊行動」に負の影響を与えること、女性は「役割感」が「自責感」に負の影響、「安心感」が「積極的行動」に負の影響を与えることを示した。グループの中で自分に役割があり、必要とされていると感じることは、男性においては、心中で自分や他者を攻撃することを抑制し、能動的な行動を活性化させ、女性においては、心中で自分を攻撃することを抑制していることが明らかになった。また、グループ内で受け入れられていると感じることは男性が自分に対し攻撃をすることを抑制し、グループに所属していることへの安心感は、女性が能動的に行動することを抑制するといったことが明らかになった。これらの結果から、仮説1は一部支持されたといえる。
松木(2011)の研究は、大学生における心理的居場所感と攻撃性を検討し、友人居場所感が男子・女子の積極的行動に正の影響、男子の自己破壊行動に負の影響があることを明らかにしており、本研究を一部支持している。田島ら(2015)の研究は、心理的居場所感と学校生活充実感、日常的な意欲の関連を検討し、心理的居場所感の下位因子である「自己有用感」が、日常的な意欲の下位尺度である「バイタリティ」に正の影響があることを明らかにした。「自己有用感」は、「自分に役割がある」などの他者との関係において役割があることを測るものであり、本研究における「役割感」にあたると考えられる。また、「バイタリティ」は「できるかわからないことでもとりあえず挑戦してみようと思う」などの積極的に物事に取り組む姿勢を測るものであり、本研究における「積極的行動」にあたると考えられる。このことから、「役割感」は「積極的行動」に正の影響があることが示された。田代ら(2011)は、心理的居場所感と無気力感との関連を検討し、「役割感」が満たされることで、他者への不信・不満足が低くなることを明らかにした。これは、男性において「役割感」が「猜疑心」に負の影響を与えるという本研究の結果を支持するものといえる。紺ら(2011)は、青年期における攻撃性の研究の中で、個としての自己が確立されていることは対象攻撃行動、自責感や猜疑心といった破壊的攻撃性を抑制し、積極的行動といった建設的攻撃性を高める傾向にあると指摘している。高橋ら(2008)は青年期における「居場所」の研究を行い、高校生における「友人所属」の感覚は「アイデンティティの確立」に関連があることを示唆した。高橋ら(2008)の研究における「友人所属」の感覚は、「友人場面において自分の役割がある」などの「役割感」的要素を含んでおり、本研究における結果を支持しているといえる。
本研究で注目すべきは、女子においてのみ「安心感」から「積極的行動」に負の影響がみられたことである。多和(2012)は、高校生女子の友人グループは閉鎖的・排他的であることを示した。また、高校生の女子にとって、友人グループに所属することは、学校生活を過ごすうえで半ば義務化されているものであり、自らがグループから排斥されないために周囲に同調しなければならないという義務感を持っていると指摘した。大嶽ら(2010)は、青年期前期の女子が友人グループに所属する理由は、自らの安全を確保しているという安心感を得るためだとし、青年期後期にかけて互いを尊重する付き合い方に移行していくとしている。榎本(2000)は、友人と親しくなりたいという欲求の裏には、自分のしたい行動や自分の思いが、友人と一緒にいることで表出できないという葛藤があることを指摘した。また、特に女子は自分の意志を表に出さないことも指摘した。このことから、高校生女子は、友人グループを維持し安心感を得続けるために、能動的な行動を起こさないのではないかと考えられる。
2.依存欲求と友人グループにおける心理的居場所感、攻撃性
先行研究において、依存欲求は性別によって異なるとされているため、依存欲求を分析する際は性別ごとに分析することとした。
依存欲求と友人グループにおける心理的居場所感の高低と、攻撃性における2要因分散分析から、男性では「積極的行動」「自己破壊行動」「猜疑心」に心理的居場所感の主効果が、女性では「対象攻撃行動」「自責感」「猜疑心」で心理的居場所感の主効果が、「自己破壊行動」で心理的居場所感と依存欲求の主効果がみられた。このことから、心理的居場所感が高い男性は積極的行動を起こしやすく、心理的居場所感が低いと男女問わず自他への攻撃性を起こしやすいことが明らかになった。これらは、前述した心理的居場所感と攻撃性の関連及び松木(2011)や田代ら(2011)の研究から支持されていると考えられる。
また、依存欲求が高い女性は、低い女性より自己破壊行動を引き起こしやすいことが明らかになった。自己破壊行動の一種であるリストカットは、抑うつに伴って現れることが先行研究で言われている。このことから、依存欲求の不適応的側面が自己破壊行動として表出したのではないかと考えられる。
依存欲求と心理的居場所感・攻撃性の重回帰分析の結果から、男性では「情緒的依存欲求」から「積極的行動」、「道具的依存欲求」から「本来感」に正の影響がみられた。女性では、「情緒的依存欲求」から「被受容感」「安心感」に正の影響、「道具的依存欲求」から「対象攻撃行動」「猜疑心」に有意な正の影響がみられた。このことから、情緒的依存欲求・道具的依存欲求共に一部の心理的居場所感と攻撃性に影響を及ぼすことが明らかになった。これらの結果から、仮説2は一部支持された。
竹澤ら(2004)は、依存欲求の高い者は自己や他者への信頼感を持ち、他者と信頼関係を築ける人物であると指摘した。長谷川ら(2014)は、情緒的依存欲求の高さが、話し手が利き手に求めるもの及び社会的共有後の満足感に与える影響を検討し、情緒的依存欲求が高い者は、社会的共有において自らの感情を詳しく話し、社会的共有後は高い満足感を感じていることを明らかにした。また、吉川(2015)は、大学生の依存と相談の心理を研究し、情緒的依存欲求の高い者は、相手から冷遇、拒絶される心配がないため、相談の結果として望ましい効果が得られることを予期し安心して相談することができると指摘した。これらのことから、情緒的依存欲求が高い者は、自らの所属するグループにおいて「被受容感」「安心感」を得ていると考えられる。
先行研究から、男性は社会的・伝統的性役割観の影響で、社会的に独立心が強いことが期待され、他者に頼ることが望ましくないとされている。しかし、もし男性が自らの依存欲求を表出したり、欲求に応えてくれる他者がいる居場所を持っていたりするとしたら、依存欲求は積極的行動や本来感といった形で表出する可能性があるのではないかと考えられる。
吉川(2015)は、道具的依存欲求の高い女子は問題や悩みを自らの力で解決することを望んでいないと指摘した。このことから、道具的依存欲求の高い女子は、問題や課題の解決を他者に依存し、他者が望んだ成果を出さなかった時、攻撃性が他者へ向いて表出するのではないかと考えられる。
ただし、本研究では依存欲求の高さのみを検討し、他者がその依存欲求に応えられているかについては測定していないため、今後さらに検討していく必要があるだろう。
3.仮想的有能感4類型と心理的居場所感、攻撃性
仮想的有能感と自尊感情の平均値を基準に、「仮想的有能感」「自尊感情」がともに高いHH群(以下全能型とする)、「仮想的有能感」が高く「自尊感情」が低いHL群(以下仮想型とする)、「仮想的有能感」が低く「自尊感情」が高いLH群(以下自尊型とする)、「仮想的有能感」「自尊感情」ともに低いLL群(以下萎縮型とする)の4群に分類した。
仮想的有能感4類型と心理的居場所感の一要因分散分析の結果から、「本来感」では「自尊型」「萎縮型」が「仮想型」より高い得点、「役割感」では「全能型」「自尊型」が「仮想型」「萎縮型」より高い得点、「被受容感」では「自尊型」が「仮想型」より高い得点、「安心感」では「自尊型」が「仮想型」より高い得点を示した。このことから、「仮想型」は心理的居場所感を持ちにくい性格特性であることが明らかになった。
心理的居場所感の高低と仮想的有能感4類型、攻撃性の2要因分散分析を行った結果、攻撃性の下位尺度全てで仮想的有能感4類型の主効果が有意であり、自責感以外の攻撃性の下位尺度で心理的居場所感の主効果が有意であった。多重比較の結果、「対象攻撃行動」では「仮想型」、「萎縮型」、「自尊型」の順に得点が高く、「全能型」が「自尊型」より得点が高かった。「積極的行動」では「全能型」と「自尊型」が「萎縮型」より得点が高く、「全能型」が「仮想型」より得点が高かった。「自責感」では「仮想型」と「萎縮型」が「全能型」と「自尊型」より得点が高かった。「自己破壊行動」では「仮想型」、「全能型」と「萎縮型」、「自尊型」の順に得点が高かった。「猜疑心」では「仮想型」、「全能型」と「萎縮型」、「自尊型」の順に得点が高かった。このことから、「仮想型」は「積極的行動」以外の自他への攻撃性を持ちやすいことが明らかになった。これらの結果から、仮説3は支持された。
伊田(2008)は、仮想的有能感と生活価値観の関連を検討し、「仮想型」の特徴として、安楽志向と集団志向の高さをあげた。安楽志向は「自分の生活と直接関係のない事柄にはあまり関心がない」といった自己中心的な人間関係志向を指し、集団志向は「自分の考えを主張するより、他の人との和を尊重したい」といった志向性を指す。このことから、「仮想型」は自己中心的な志向を集団の中で隠し、自分の意見を抑圧して表現できない息苦しい状態で過ごしていると考えられる。また、「全能型」は「萎縮型」と比べて自己決定志向が有意に高い得点を示した。自己決定志向は「危険を冒してでも、自分のやりたいことを貫きたい」といった本研究における「積極的行動」と同義の要素を含んでいると考えられる。これらの先行研究から、本研究の結果は支持されていると考えられる。
山田ら(2004)は、仮想的有能感が高い者の性格的特徴として、情緒不安定で動揺しやすく、猜疑心が強く現実的であることをあげた。松本ら(2009)は、仮想的有能感といじめの関連を検討し、仮想型は言語的いじめ・間接的いじめ・身体的いじめの加害経験・被害経験を多く経験していることを明らかにした。小平ら(2007)は、仮想型の人間は、常日頃から感情的に不安定で強い抑うつ感情や敵意感情を抱いていると指摘した。これらの結果から、仮想型の人間は日頃から自他に対しての攻撃性を持っており、ある時それが破壊行動として表出すると考えられる。
今後の課題として、本研究では調査しきれなかったものをあげる。一つ目は、依存欲求とそれが満たされたことによる満足感が心理的居場所感にどのように影響するかである。本研究では、依存欲求の高低のみを測定し、その依存欲求が他者によって満たされているかどうかは測定していない。依存欲求と心理的居場所感は強い関連があると思われるため、今後も並行して検討していきたい。
二つ目は、友人グループの構造による心理的居場所感の変化についてである。本研究では、友人グループを三人以上の友人関係と定義し、得られたデータから友人グループを形成しているものを分析に使用した。先行研究から、友人グループを複数持つ傾向にあることやグループによって目的が異なることなどがあげられている。今後は、友人グループの機能を追究しつつ、それが心理的居場所感にどのような影響を及ぼすのかを検討していきたい。
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