問題と目的
1.問題
(1)社会的背景
近年、若者による残虐な事件や、いじめなどの問題行動がニュースなどで報道され、注目を浴びている。内閣府の調査によると、刑法犯少年や触法少年、虞犯少年の補導人員は減少傾向にあるものの、家庭内暴力の認知件数は急増傾向にあり、2014年には2,091件にもなっている。文部科学省の平成26年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」によると、小中高等学校における暴力行為の発生件数は前年度に比べ減少しているものの、未だ合計54,242件発生していると報告されている。その内訳は、対教師暴力は8,835件、生徒間暴力は32,423件、対人暴力は1,452件、器物損壊は11,532件である。また、いじめの認知件数は、小学校122,721件(前年度118,748件)、中学校52,969件(前年度55,248件)、高等学校11,404件(前年度11,039件)、特別支援学校963件(前年度768件)の合計188,057件(前年度185,803件)と報告されている。
また、いじめや学校での問題によって引き起こされる問題行動に不登校がある。不登校に関しては、小学校で25,866人(前年度24,175人)、中学校で97,036人(前年度95,442人)の合計122,902人(前年度119,617人)、高校で53,154人(前年度55,655人)と、小中学校では増加しているが、高校では減少している。大まかな不登校のきっかけとしては、小中学校では、不安などの情緒的混乱が29.8%、無気力が25.9%、いじめを除く友人関係の問題が14.5%を占めており、高校では、無気力が30.8%、不安など情緒的混乱が18.0%、非行・遊びが10.4%を占めている。
このように、法に触れる犯罪行為に走る青少年は減少傾向にあるが、いじめや校内暴力などの学校における問題行為は依然多くみられる。青少年の問題行動を引き起こす要因について研究することが急務であると考えられる。
(2)攻撃性
青少年の問題行動を引き起こす要因として、攻撃性というものは臨床心理学をはじめ、人類学、生物学などのあらゆる分野で以前から研究が行われていた。動物行動学者のLorenz,K(1963)は、比較行動学の面から攻撃性を捉え、攻撃性の研究に多大な貢献をしたとされている。彼は、動物に備わっている攻撃性というものは種の維持と進化のために必要な本能であるとし、自己保存的要素及び自己破壊的要素とそれを抑制する機能が備わっているとしている。これは、人間にも共通に備わっているものであるとされるが、人間独自の攻撃性の特徴も存在する。
Storr.A(1968)は、人間が精神的存在である所以は、同一視、投射、記憶の3つの能力にあり、これらの能力がある故に、相手に激しい憎悪を抱いたり、相手の気持ちを知りながら相手に苦痛を与える働きかけを行ったりすることがあると述べた。
攻撃とは、辞典では「力による行為又は措置、敵意的、あるいは破壊的な行動」などとされ、本来は悪い意味を多分に含んだ言葉だったと思われる。しかし、Storr.A(1974)は、攻撃性を「我々皆が非難するような形の攻撃心」と「生き残るためにはどうしても持たざるを得ない攻撃心」とに区別し、後者は知的努力や克服する力の根源であると述べている。廣井(2002)もまた、攻撃性は自己を守り外界に対する適応行動であり、積極性、主体性につながる心的エネルギーが等値していると述べている。このように、攻撃性を理解するためには、攻撃性を「能動的な力」と「破壊的な力」の2側面からとらえることが必要であるといえるだろう。
攻撃性に影響を与える要因の先行研究として、相良ら(2006)は自己愛をあげ、青年期において自己愛は言語的攻撃と正の相関があること、加齢とともに自己愛の在り方が変化し、自己主張性が強くなることを示した。また、斎藤ら(2008)は自己志向的完全主義と攻撃性の関連を検討し、不適応的な完全主義が自己への敵意を強め、結果攻撃性に影響を与えることを示した。他者に対する暴力や自らを直接傷つける行為は、人間の心身に直接的な危害をもたらす重大な問題であり、不適切な行為である。だが、古市(1995)は、主張性と攻撃性に有意な相関があることを示し、攻撃性は他者とのコミュニケーションにおいて重要な働きをするとも考えられるとしている。このことから、攻撃性を測定する際は適応的側面と不適応側面の両面を測定すべきであると考えられる。安立(2001)は、攻撃性を「能動的な力と破壊的な力の二面性を持つ。前者は、外界への適応行動を発動させ、自尊心の基礎ともなる。後者は、無意識の次元から発せられた衝動・欲動が、内的対象関係の次元で処理されることによって自他に方向づけられる、破壊的な行動及び情動・衝動であり、憎しみや愛情欲求といった両価的感情を伴う。両者にはそれぞれ多様な形態があり、相反するものでなく、両者を包括した力自体に生きる原動力が存在する。」としている。本研究では、この安立(2001)の定義にならい、青少年の問題行動に影響を与えると考えられる攻撃性について研究することとする。
(3)心理的居場所感
1980年代、いじめや非行、不登校が社会問題として取り扱われ始めたこの頃から、「居場所」という言葉が使用されるようになった。1992年には、文部科学省の学校不適応対策調査研究協力者会議によって「登校拒否(不登校)問題について−児童生徒の「心の居場所」づくりを目指して−」という報告書が作成された。報告書の中で「学校が児童生徒にとって「心の居場所」となることが必要である」との方針が提示され、以降心理的居場所を作るという目的で適応指導教室が各所に作られるなど、教育分野において「居場所」という概念が浸透していった。2004年には、子どもたちの問題行動の深刻化や家庭における教育力の低下が懸念され、文部科学省により「子どもの居場所づくり新プラン」が策定され、今現在まで様々な活動が行われている。
そもそも、「居場所」とは一体何なのだろうか。辞書を引くと、「居場所」とは「人がいるところ。いどころ」とでてくる。これは、「居場所」という言葉が本来物理的な場を指す言葉であったためであるが、先程の記述からわかるように、現在では物理的な場だけでなく、その場において抱く感情などの心理的な側面を含むようになった。本研究では、この心理的側面から見た居場所というものに着目する。
則定(2008)は、心理的居場所を「心の拠り所となる関係性、及び、安心感があり、ありのままの自分を受容される場」と定義し、そのような場を持っているという感情のことを心理的居場所感と定義した。また、心理的居場所感の発達的変化を検討し、青年期における他者に対する心理的居場所感は、共通して安心感を持てることを明らかにした。さらに、両親に対しては被受容感、親友に対しては本来感を強く抱き、また、親友に対する心理的居場所感は、男女ともに高校生で高いことを明らかにした。
また、石本(2010)は、青年期の心理的居場所感が学校適応や心理的適応に与える影響を検討し、心理的居場所感を感じていることが心理的適応に結びつくことを明らかにした。
(3)-1.心理的居場所感と攻撃性
心の居場所というものは、青少年の問題行動に影響を与えると考えられている。近年、テレビや新聞などで、「居場所を失った」ことによって引き起こされた事件がいくつも報道されるようになった。このような大きな事件だけでなく、「心の居場所」というものは多くの問題行動に影響を与えると考えられている。藤岡(2001)は、少女の非行について、多くは薬物乱用などの自己破壊的な行動であり、それは「誰かに頼りたい」意志の顕れであり、彼女たちは「居場所」を切に求めていると述べている。また、国分(2003)は、自傷行為も「心の居場所」を求めるための行為であると指摘している。松木(2013)は、青年の心理的居場所感が攻撃行動に及ぼす影響を検討し、家族に対する居場所感は直接的に攻撃行動を抑制するが、親友における居場所感は無価値感などを媒介にして間接的に攻撃行動を抑制することを明らかにした。しかし、松木の研究(2013)では親友における居場所感を最も仲の良い一人に設定しており、友人グループにおける心理的居場所感の検討は行っていない。
佐藤(1995)は、高校生女子が学校生活においてグループに所属する理由の分析を研究し、高校生女子の9割以上がグループに所属していることを明らかにした。また、保坂(2000)は、近年の友人関係の傾向として、チャムグループの肥大化、ピアグループの遷延化を指摘している。現在、青少年が自らの所属する友人グループに対してどのように感じているかを検討することは重要であると考えられるが、友人グループにおける心理的居場所感を研究した論文は少ない。よって、本研究では、心理的居場所感を則定(2008)の定義にならい、友人グループにおける心理的居場所感を調査し、攻撃性に及ぼす影響を検討することとする。
(4)仮想的有能感
近年の若者の心性を表す概念として、速水(2004)は「仮想的有能感」という新たな概念を提唱した。仮想的有能感とは、「自己の直接的なポジティブ経験に関係なく、他者の能力を批判的に評価・軽視する傾向に付随して習慣的に生じる有能さの感覚」と定義されている。似たような概念として自己愛があげられるが、どちらも自己を甘く捉えつつも、その甘さが他者軽視に起因しているのが仮想的有能感の特徴である。速水(2004)は、他者軽視という他者評価と仮想的有能感という自己評価では、後者は日常でほぼ自覚されず、他者軽視を通して潜在的に有能感を感じると考えた。そして、実際に意識される他者軽視の強さを測ることによって、その背後にあるほぼ意識されない仮想的有能感を測定するとし、そのための尺度として仮想的有能感尺度(ACS)を作成した。高木(2007)は、仮想的有能感と自他評価の関連を検討し、他者評価において仮想的有能感高群は低群よりも低い評価を下すということを明らかにした。これは、速水(2004)における仮想的有能感の概念の妥当性を保証するものであるといえる。山田・速水(2004)は、仮想的有能感と性格検査の一種である16PFとの関連を検討し、仮想的有能感が高い者は、情緒不安定で動揺しやすく、猜疑心が強く現実的であるという性格特性を明らかにした。
仮想的有能感を質問紙で測定することには問題も存在する。速水(2004)の方法では、仮想的有能感とは他者軽視のこととなるが、他者を軽視することで有能感を得る場合もあれば、もともと自らに自信がある者が、他者を軽視する場合もある。速水・小平(2006)は、これらを区別するべく自尊感情の尺度を使用し4つの型に分類した。自尊感情は「自己概念と結びついている自己の価値と能力の感覚」(遠藤,1992)と定義され、自己の直接的なポジティブ経験によって形成されると考えられる。つまり、偽りの有能感である仮想的有能感の対照的なものと考えられる。速水・木野・高木(2005)は、仮想的有能感と自尊感情は全く異なる概念であること、互いはそれぞれ無相関であることを明らかにした。速水・小平(2006)が設定した類型はそれぞれ、他者軽視も自尊感情も高い全能型、他者軽視が高く自尊感情が低い仮想型、他者軽視が低く自尊感情が高い自尊型、他者軽視も自尊感情も低い萎縮型の4つである。
(4)-1.仮想的有能感4類型と心理的居場所感、攻撃性
鈴木(2010)は、他者を見下す若者の性格的特徴を検討した。その結果、仮想型の特徴として情動性が最も高く、愛着性及び統制性が最も低いこと、自尊型の特徴として情動性が最も低く、愛着性及び統制性が最も高いこと、また、全能型は遊戯性が最も高いことが明らかになった。それぞれの性格特性を構成する要素として、情動性は抑うつや自己批判、外向性は支配や興奮追求、愛着性は信頼や共感、統制性は執着や責任感、遊戯性は空想や奔放などがあげられる。また、鈴木・速水(2015)は、大学生を対象に仮想的有能感と不安傾向、防衛機制及び精神的健康との関連を検討し、仮想型は不安傾向が顕著に見られ、自らの脅威に対して攻撃的な行動を行うことで自らを守ろうとする傾向が強いことを明らかにしている。このことから、他者軽視傾向が高く自尊感情が低い仮想型は、他者への信頼が低く、破壊的な攻撃情動・行動が高いと考えられる。松本・速水・山本(2009)は仮想的有能感といじめとの関連を検討し、仮想型・全能型の仮想的有能感の高い2つの型は、言語的・間接的・身体的ないじめの加害経験が多いことが示された。この研究において、身体的いじめは直接的な身体への攻撃を、言語的いじめは悪口、間接的いじめは無視するといった項目によって構成されており、この結果からも仮想的有能感から攻撃的な行動・情動への影響が予想される。
また、箕浦・成田(2009)は、他者軽視傾向と自尊心及び所属欲求の関係を研究し、全能型は所属欲求が低く他者からの受容感を形成しやすいこと、仮想型は所属欲求が高く他者からの受容感を形成しにくいことを明らかにした。これより、他者軽視傾向と自尊心は、他者との関係において居場所を持っているという感覚である心理的居場所感に影響を与えると考えられる。しかし、現在他者軽視傾向と心理的居場所感を直接的に研究したものは少ない。よって、本研究では他者軽視傾向及び自尊心と心理的居場所感、攻撃性の関連を検討することとする。その際、速水・小平(2006)が設定した4類型を使用し、特に現代の若者に多いとされる仮想的有能感高群である「仮想型」の特徴を検討することとする。
(5)依存欲求
青年期は、親から自立し、一人の人間としての自己を確立させる時期であり、親から自立した少年は、同性の友人へ悩みや不安を語り合うようになる。長尾ら(2003)は、友人は青年期の自己形成に大きな影響を与える「重要な他者」の役割を担うとし、親しい友人関係の確立を重要な発達課題としている。
青年期の友人関係を捉える観点の一つに依存が挙げられる。従来、依存は自立の対極の概念であり、未熟なもの・病理的なものと捉えられていた。アメリカ精神医学会が1994年に発表したDSM-W(精神障害の診断・統計マニュアル第4版)では、依存性人格障害が取りあげられている。依存性人格障害とは、世話をされたいという過剰な欲求があり、従属的でしがみつく行動をとり、分離に対する不安を強く感じる特徴を持つ人格障害であり、悲観、自信のなさ、受動性、忍耐心のなさなどを極端に表す人格特徴である(中島ら,1999)とされている。また、依存性はうつ病との関連も指摘されている。
一方、最近の研究で、依存性は必ずしも不適応なものではないという見方がなされている。関(1982)は、依存性を「援助・慰め・是認・注意・接触などを含む、肯定的な顧慮・反応を他者に求める傾向であり、人間に対する関心の向け方を記述する1つの概念である」と定義し、依存性は人に普遍的なもので、発達に伴って消失するのでなく、より成熟したものに変容していくとした。竹澤ら(2004)は、田中ら(1997)の研究から、依存には、「他人との情緒的で親密な関係を通して自らの安定を得る情緒的依存」と「自信の課題や問題解決のために、他者からの具体的な援助を求めようとする道具的依存」が存在するとし、依存欲求が高い者は自己や他者への信頼感を持ち、それらを元に他者との信頼関係を築ける人物であることを示唆した。これらから、依存は適応と不適応の二つの側面を持っていると考えられる。
(5)-1.依存欲求と心理的居場所感、攻撃性
竹澤ら(2006)は、適応的な依存が機能するためには、「相互依存性」や「依存状況においても自己決定や自律性を失わないこと」などが必要なものであるということをあげた。また、竹澤ら(2004)は、依存欲求を「情緒的依存欲求」「道具的依存欲求」の二つからなるものと定義している。「情緒的依存欲求」は「いつも誰かに見守っていてもらいたい」といった他者と接触することによって情緒的な安心感を得たいという項目を含んでいる。このことから、依存欲求、特に情緒的依存欲求は心理的な居場所感に対して何らかの影響があるのではないかと考えられる。
廣井(2002)は、攻撃性と依存性は表裏一体の自我機能を形成するものであり、攻撃性が非行・犯罪などの攻撃行動や、主体的に生きる力を失ったりするネガティブな反応として発現するのは、他者との依存性の歪みを反映したものであると考えられるとした。
これらのことから、本研究では、依存欲求を竹澤ら(2004)の定義にならい、「是認、支持、助力、補償などの源泉として他人を利用ないし頼りにしたいという欲求」とし、友人グループにおける心理的居場所感と攻撃性にどのような影響を及ぼすかを検討することとする。また、先行研究では、依存欲求に性差が見られるものと見られないものが存在するが、今回は男女を分けて検討することとする。
2.目的・仮説
本研究では、友人グループにおける心理的居場所感が攻撃性に与える影響を検討する。また、友人グループにおける心理的居場所感と攻撃性に、仮想的有能感と依存欲求がどのように関連するかも検討する。
本研究で検証する仮説として以下の3つをあげる。
1.友人グループにおける心理的居場所感は、積極的行動に正の影響、それ以外の攻撃性に負の影響を与える。
2.依存欲求は、友人グループにおける心理的居場所感、攻撃性両方に正の影響を与える。
3.「仮想型」は心理的居場所感が低く、積極的行動が低く、それ以外の攻撃性が高い。
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