自己概念とは
 自己概念は、自分自身についての個人の認識と定義される(杉浦,2009)。 また山本・松井・山成(1982)によると、自己概念は自己全体に向けられる評価である「自己評価」と自己を構成する諸側面の認知の2つから構成される。 平松(2008)は、人は他者との相互作用の中で形成した自己認知を評価しており、自己にとってそれが満足できるものか否かが重要となると指摘している。 つまり、自己概念の形成には他者が大きく関与しており、他者からの評価の良し悪しを常に判断し、自分が納得できるものか否かによって自己評価に影響するかが決定すると言える。
 自己概念は自分を客体視する中で形成されるものであるため、自分を客体としてみることが可能になる2歳前後を起点として、徐々に形成されていく(富岡,2013)。 人は発達段階に応じて何を重視して生きるのかが変化していくものであるため、自己概念を形成する側面にも発達段階によって違いが出てくると考えられる。
 榎本(1998)はKeller & Meacham(1987)を基に幼児期の自己概念について紹介しており、それによると幼児期の自己概念は 「行動(習慣・能力・援助)」「関係」「身体イメージ」「持ち物」「個人的ラベル」「性別」「年齢」「評価」「個人的特徴や好み」の9つのカテゴリーに分けられるという。 また富岡(2013)はGuardo & Bohan(1971)を基に児童期の自己概念について紹介しており、 児童期の自己概念は「人間性」「性別」「個別性」「連続性(生まれてからずっと自分は同じ人間であるという感覚)」の4つのカテゴリーに分けられるという。 さらに若本(2011)によると、中学生の自己概念は「中核的自己(友人関係、思いやりなど自己の中心的な要素)」「勤勉性」「積極性」「身体」「対人魅力」の5つのカテゴリーに分けられるという。 以上のことから、幼児期においては自分自身に関する事柄が自己概念の中心となっているが、 児童期になると自分と外の世界とを区別して捉えることができるようになり、青年期前半では他者との関係によるものが自己概念の多くを占めるようになることが窺える。 つまり、発達と共に他者関係の中における自己の在り方が重視されるようになるのだと考えられる。
 平松(2008)はHarter(1985)の子ども用自己知覚プロフィールを基に、大学生の自己概念について研究している。 それによると、大学生の自己概念は「運動能力」「容姿」「友人関係」「品行」「学業能力」の5つのカテゴリーに分けられるという。 ここから大学生は比較的中学生と似た自己概念が構成されていると言えるが、「品行」「友人関係」のように他者から評価されることの多い事柄がより多く見られる。
 これらの研究から、本研究では、自己概念に加えて他者の視点で見た自己評価に着目したいため、 より他者の視点が関与すると考えられる自己概念を形成する大学生を対象に研究を進めることにする。また、大学生の自己概念については平松(2008)の結果を引用する。

自己概念と他者

 自己概念には他者の存在が大きく関与する。 他者の視点が関わる自己としては、James(1890)の社会的自己やCooley(1902)の鏡映的自己が有名である(高石,1992)。 James(1890)の社会的自己は、自分が関わりを持つ人たちが抱いている自分に対するイメージのことであるが、 Cooley(1902)は、社会的自己の概念を継承・発展させ、自分自身を規定する概念として、他者との関わりから生じ、他者の目を通して現れ出る自己のことを鏡映的自己と呼んだ(富岡,2013)。 つまり、社会的自己は他者の目に映る自分のイメージを指すが、鏡映的自己は自分がどのように他者の目に映っているかを想像することによって得られた自己像を指すと言える。 さらに楠見(1989)は、Cooley(1902)の鏡映的自己における個人の自己観の重要な要素として、 @他者に見られている自分についての想像Aそれをその人がどのように判断しているかについての想像B誇りや卑下のような自己感情という3つがあると指摘している。 ここから、単純に他者にどのように見られているのかだけでなく、どのように見られているかを自分がどう判断するかも重要な視点であることが窺える。
 自己概念に影響する他者要因として、他者の視点だけでなく、他者との相互作用も自己を形成する要因になり得るだろう。 富岡(2013)はMead(1934)の自我形成を取り上げ、人間には自身のしていることを他者の立場から自身を見ることを通して知る能力があると述べている。 つまり、私たちは自身の行動の意味を他者との相互作用の中で知ることができ、社会に適応するために行動を調整していくものであると言える。 またMeadは象徴的相互作用派と呼ばれ、象徴的相互作用論を提唱している。 象徴的相互作用論では、他者との相互作用の中で鏡映的自己が形成され、形成された鏡映的自己が自己概念に反映されるとされている(杉浦,2014)。
 自己概念に反映された鏡映的自己について、Rosenberg(1981)は反映的自己という言葉を用いて、「他者が自分をどう認識しているかについての個人の認識」と定義している(杉浦,2011)。 つまり、他者が自分をどう見ているのかを想像することによって得られた自己像を、自分自身で認識することによって内在化された姿が反映的自己であると言える。 Cooley(1902)の鏡映的自己では、他者が自分をどのように見ているかを想像するまでにとどまっていたのに対し、反映的自己は想像した自己の姿を内在化した状態にある。 自己概念は自分の視点で見た自己が内在化されたものであるため、自己概念と対比されるものとして、同様に他者視点で見た自己が内在化されたものである反映的自己が、他者視点における自己認知を最もよく表していると考える。 そこで本研究では、他者視点が関与する自己として、Rosenberg(1981)の反映的自己を取り上げたい。 さらに他者が関与しない本来の自己の認識として、自己概念も同時に取り上げる。
 以上の通り本研究では、杉浦(2009)とRosenberg(1981)の定義に従い、自分自身についての個人の認識を自己概念、他者が自分をどう認識しているかについての個人の認識を反映的自己として区別して使用する。


反映的自己とその対象となる重要な他者

 反映的自己を扱った研究は日本においてもいくらか為されている。 杉浦(2011)はRosenberg(1981)の研究を取り上げ、反映的自己が自己概念に影響するか否かを決定する要因を3つ述べている。 1つ目は、他者が誰であるかという点である。 個人が普段関わる他者は、それぞれ異なった視点で個人を見ているため、そのすべての視点を受け入れることはできず、個人にとって重要な他者視点の反映的自己が自己概念に影響するとされている。 2つ目は、自分が自己のどの側面を意識するかという点である。 自己概念を構成する要素は数多いが、自己概念が既に確立されているものについては反映的自己がほとんど影響しないため、まだ確立されていない側面において反映的自己が自己概念に影響するとされている。 3つ目は、自分が他者の視点を受容するか拒絶するかという点である。 人はネガティブなものよりもポジティブなものを取り入れたいと考えるため、ポジティブな反映的自己が自己概念に影響するとされている。 このことから反映的自己を取り上げるに当たり、 @想起する他者が個人にとって重要な人物であることA自己概念を構成する様々な要素別に見ていくことB反映的自己評価が個人にとってポジティブかネガティブか自己評価と比較すること、以上の3点を踏まえたいと考える。
 反映的自己の研究において、重要な他者が誰であるかに焦点を当てたものが多く見られる。 小松(1999)によると、児童期においては子どもに評価やフィードバックをもたらす親が重要な他者であるが、青年期以降になると親の役割が小さくなるため、反映的自己の対象が変化するという。 次に梅本(1990)によると、青年期は対人関係の中でも友人関係が重要な位置を占めるという。 さらに杉浦(2014)によると、大学生を対象とした研究では、重要な他者を友人に限定したものが多いという。 また杉浦(2014)は反映的自己の自己概念への影響について、他者が誰であるかという点だけでなく、重要な他者に「どのような機能を求めるか」という点から研究している。 そこでは大学生を対象に、支援機能・同朋機能・モデル機能・対立機能の4つの機能について想定される人物を、父親・母親・きょうだい・友人・恋人・その他から選択させている。 その結果、どの機能においても友人の占める割合が多く、次いで支援機能において母親の占める割合が多くなっていた。 しかし、他の人物についても選択はされているため、重要な他者を固定してしまうのは難しいと考えられる。 そこで、本研究では大学生を対象に調査を行うが、重要な他者を友人とは固定せず、選択肢を設けた上で、回答者が自由に重要な他者を設定できるようにする。


自己概念と反映的自己

 自己概念と反映的自己は完全に一致するものではないと考えられるが、その差異の大小には個人差があるだろう。 ところで、自分自身が捉える自己である自己概念と、他者視点で捉える自己である反映的自己の間に大きな差異がある状態は、望ましい状態とは言いにくい。
 杉浦(2011)はHiggins(1987)の提唱した自己不一致理論を紹介し、理想自己や義務自己と現実自己との不一致が不快感情に関連すると述べている。 小平(2004)によると、義務自己とは人が「あるべき」観念を持って自己評価や行動決定を行う様子である「自我の強迫性」の表れであり、「ありたい」自己の状態である理想自己と比較されるものであるという。 また藤瀬・古川(2005)は大学生を対象に、「他者からみられている自分の姿」に着目した研究を行っている。 それによると、本人視点の現実自己だけでなく、他者視点の現実自己を基準とした本人視点の現実自己も自尊感情に影響を及ぼすという。 ここでの本人視点の現実自己は、反映的自己と同様の概念を指すと言える。 また青木・松本(2001)は自尊感情について、自分自身を基本的に価値のあるものとする感覚であると定義しており、自尊感情の低さは精神的不健康や抑うつ状態を招くことを明らかにしている。
 以上のことから、反映的自己による評価を自分が理想の姿であったり、義務の姿であったりと捉えるのであれば、自尊感情が低下すると考えられる。 つまり、自己評価と反映的自己評価との差異は、精神的不健康や抑うつ状態を招くと言える。 一方で水間(1998)は理想自己と自己評価及び自己形成意識との関連を研究しており、理想自己を高く設定している者は、自分自身をもっと向上させたい、自らの可能性を追求していきたいといった意識を持つことを明らかにしている。 そのため、反映的自己評価の自己像を理想の姿と捉えることは、その姿に近づけたいという行動志向性を生むのではないかと考えられる。
 そこで本研究では、反映的自己評価と自己評価との差異に着目していく。