問題と目的



2.後悔


2−1.後悔の定義

後悔の定義は研究により様々であり,一貫して用いられている明確な定義はいまのところ見受けられない。
道家・村田(2009)は,後悔を過去の意思決定を振り返る際に生起する「経験後悔」と,
意思決定をする前に予期することで当座の意思決定に影響を及ぼす「予期的後悔」の2つに分類し,概念を整理している。
これまで経験後悔は「もし〜だったら」のような反実仮想の文脈において研究されてきている(小宮他,2007など)が,
それ以外にも結果の全体的な評価としての後悔(結果後悔:〜したことあるいはしなかったことを後悔している)や,
劣った選択肢を選んだことにより生じる後悔(選択後悔:他の選択肢を選んでおけばよかった),
失敗の原因を自己に求めるために生じる後悔(自己非難後悔:自分の判断が間違っていた)といった様々な後悔の存在が示唆されている(廣田,2015)。
これらの先行研究から後悔の多面性が示されてきている。

本研究では,道家・村田(2009)で言及されている後悔の2つの分類のうち,
意思決定の結果が望むようなものでなかった場合に生じる経験後悔に着目し,
後悔を行動選択の結果が自分の予想や期待と悪い意味で異なる場合に生じる感情(上市・楠見,2004)と定義した上で,検討を進める。

また,本研究が想定する相談を伴う意思決定の後に生じる後悔には,これまで意思決定研究の文脈で扱われてきた,
「どうしてそのような選択をしてしまったのか」といった後悔のみならず,
「なぜ人に相談してしまったのか」といった後悔が生じうると考えられる。
本研究では前者を「選択後悔」,後者を「相談後悔」として検討を進める。
先行研究において,1つの後悔を多側面から測定しているものは見受けられるものの(武田,2010),
1つの意思決定場面で異なる2種類の後悔について検討しているものは見られない。
しかし現実に起こりうるような複雑な意思決定において,
人が何に後悔をしているのかを検討することはより現実に則した後悔について検討するうえで意義のあることであると考えられる。


2−2.後悔の意味 

多くの研究において,後悔は意思決定の結果をフィードバックする指標として扱われてきている一方で,
その適応的意義についても言及されてきている。
例えば,ある失敗に対して後悔を感じることで,行動変容が促される(Gilovich & Medvec,1994)。
上市・楠見(2000)によれば,予期的後悔は個人的利得−損失状況(スキーのコース選びなど)や個人的損失状況(道路横断行動など),社会的利得−損失状況(原子力発電所建設の賛否)といった,あらゆるリスク行動の決定を規定する重要な要因の1つである。
また,小宮・渡部(2013)によると,他者に対して後悔を表明することで,表明しない場合に比べ,他者から信頼を得ることができる。
上市・通谷(2012)は後悔をその後に生かせることができるか否かは,反省や合理化といった後悔への対処法が関係していることを示唆している。
このように後悔の様々な機能が議論されているものの,上市・楠見(2004)の後悔の定義からも後悔はネガティブな感情であることが示されており,
従来の意思決定研究において小さくすべきものとして扱われている。
どのような意思決定,パーソナリティによって後悔が小さくなるのかを検討することは精神的に健康な意思決定のために依然として意義深いものであると考えられる。
よって本研究においても後悔をネガティブな感情と捉え,後悔がどのような場合に小さくなるのかを検討する。


2−3.後悔の類似概念との異同

後悔と類似しており,心理学の研究によく用いられる概念として,ネガティブな反すうがある。
ネガティブな反すうとは,「その人にとって,否定的・嫌悪的な事柄(ネガティブなこと)を長い間,何度も繰り返し考え続けること」(伊藤・上里,2001)であり,
近年うつ病の原因として注目されている。
両概念はともに過去の出来事に関するものであるが,反すうが,起きた出来事それ自体に注目する行為であるのに対し,
後悔は,中西・井川・志和(2015)が反実仮想と関係する感情と述べているように,起きなかったことについて考えることにより生じる感情である。

また楠見(2000)は意思決定によって生じる後悔と失望を比較し,
後悔は「選択の誤りの反復」や「情報不足の決定」のときに失望に比べて有意に高く,
「他に選択肢がなく」「自己決定をおこなった」場合に有意に低くなることを示した。
更に後悔と失望は時間経過とともに大きくなるが,その後失望が急速に低下するのに対して,後悔はあまり低下しないことも明らかにしている。
つまり,後悔はその原因となる出来事が,自身の力で変えることができる余地がある場合に生じる感情であると言えるだろう。


2−4.後悔生起のプロセス

後悔がどのように生起するかに関しては,規準理論(Kahneman&Miller,1986)が参考になる。
規準理論とは,意思決定後に生じる情緒的反応の心理プロセスを示すモデルであり(上市・楠見,2000),
人はある行動を選択した後,それによって生じる結果のみならず,選択しなかった行動や生じたかもしれない他の結果に関しても様々な情報を収集した上で規準を構成する。
そして実際に得られた結果とその規準を比較することで情緒的反応が生じる,というものであり,
ここで言う情緒的反応の代表的なものの1つが後悔である。


2−5.後悔の測定方法

後悔を変数として扱う場合,様々なアプローチがとられている。
小宮他(2007)や道家(2009)は,被験者に課題を行ってもらい,それに失敗した場合に被験者が感じている後悔について評定を求めている。
塩崎・中里(2010)は身内を亡くした遺族が実際に体験した看病生活を回顧してもらった上で,どんなことを後悔しているか回答を求めている。
尺度を構成し,個人の後悔のし易さという観点からアプローチを試みている研究も存在する(廣田,2015;上市・楠見,2010)。
しかし最もよく扱われる方法として,実験協力者にシナリオを読んでもらい,それが自分自身であった場合にどの程度後悔を感じるか想起してもらうという方法がある(上市・楠見,2004;中西他,2015)。
この方法で測定される後悔は想起されたものであり,現実場面での後悔と異なっている,回答される段階ですでに合理化されてしまっている可能性があるといった問題が指摘されているが(上市・楠見,2004),
条件を統制しやすいこと,様々な状況を仮想場面として提示できることなどから,本研究でもこの方法を採用する。