問題と目的
はじめに
われわれは日常において,いろいろな場面で意思決定をしている。その際,他者の意見を参照したり,直接説得されたりして,元々持っていた(あるいは持っていない場合もある)自分の意見を修正することがある。たとえば集団での話し合い場面においても,他者の意見に同調することがある。このときの「同調」は,表面的で本心からは納得していない場合と,本心から他者の意見に同意している場合があると考えられる。本心から納得していれば,その話し合いの結論にも納得できるだろう。同調に関する研究では,同調が生起しやすい状況要因や,同調しやすいパーソナリティについて検討されているものが多い。そこで本研究では,話し合い場面における個人の内面に着目し,話し合いの結論に本心から納得できるのはどのような場合なのかということについて検討する。
態度の変容と同調について
●態度の変容について
態度とは,ある対象や状況に対する心理的な傾向,または行動の準備状態のことをさすとされる。この個人がもつ態度は,内的要因・外的要因によって変容することが示されている。例えば,Festinger(1957)は,自分の意志や信念に反した行動をとった後に態度変容が起こることを示すいわゆる強制承諾型の意見変容実験から,意に反してとってしまった行動と本来の自身の態度との間に生じた不協和状態を低減しようとするために,態度変容が起こるとしている。
また,他者から説得されたことで影響を受け態度変容が起こることもあるだろう。Petty & Cacioppo(1981,1986)は,認知反応アプローチに基づいて態度変容過程を説明し予測する説得の精緻化見込みモデルと呼ばれるモデルを提唱している。このモデルでは,態度変容への経路として,中心的経路と周辺的経路が仮定される。前者は説得メッセージそのものに対して熟考することで認知的反応を示し,態度変容が生じるというものであり,後者は説得メッセージの内容の周辺的な手がかり(情報源の専門性やイメージなど)に注意が向けられた結果,態度変容が生じるというものである。中心的経路から生じる態度変容は持続的なものとなり,態度と行動の一貫性も高まると予測され,これに対して周辺的経路から生じる態度変容は一時的なもので,行動との一貫性は低下すると予測されている。態度変容過程がいずれの経路をたどるかについて,説得の受け手が持つ,説得メッセージについて考えようとする動機の高さによって決まると考えられている。つまり,その話題に対する興味関心の高さが態度変容の過程やその後の態度に影響を及ぼすと考えられる。
また,集団での意思決定場面においての態度変容についても多くの研究がなされている。集団状況のなかで個人が態度や意見を変容させる要因について,先に挙げた説得によるものもあれば,周囲からの圧力による変容もあるだろう。また,集団状況において,表明する意見と実際の自身の態度とは食い違っている場合もあると考えられる。
●同調行動について
態度の変容ということに関して,同調行動が挙げられる。同調行動とは,ある個人が,周囲の人々の設定する標準や期待に沿うように行動することと定義される。
同調行動には,表面的なものから実際に態度が変容するものまで,様々な形態が存在すると言われている。Deutsch & Gerard(1955)によれば,同調への動機づけとして「規範的影響」と「情報的影響」があるとされる。
前者の規範的影響は,多数派から受け入れられたいという欲求から生じるものであり,他者からの圧力を感じる状況で生じやすいとされる。これに対して情報的影響は,正しい選択をしたいという欲求からなるものであり,特に自身の判断や行動が正しいかどうかを直接確かめることができない場合に他者の意見や行動を判断の拠り所とすることで生じるとされる(横田・中西,2010)。
二種類の同調行動を比較すると,前者の規範的影響による同調は,周囲からどう見られているかを意識することで起きるため,本心とは異なる表面的なものになりやすいと考えられる。その点,後者の情報的影響による同調は始めからその状況における正しい選択を追求するものであるので,結論として取られた行動は自分の本心を反映したものと考えられる。
これらのことから,集団のなかでの意見表明場面が,どちらの影響を強く受けているかにより,納得了解の程度が異なってくると考えられる。また,どちらの影響を受けやすいかという,個人の特性による違いも見られるのではないだろうか。同じ状況であっても,個人によってその話題に対する態度や重視する情報は異なり,態度が変容する際の過程も異なってくるため,その後の態度の持続性や一貫性に影響があるのではないかと考えられる。
また,同調が生起する際の個人の内面に着目し,同調を分類している研究もある。Festinger(1953)は同調を,私的受容を伴う同調と,私的受容を伴わない同調とに分けており,Kelman(1958)は同調を服従,同一視,内面化の3つに分類している。このときの私的受容は伴う・伴わないというように二極で分類されるが,私的受容の程度は,状況や個人の特性によって差があるのではないかとも考えられる。この私的受容について,程度という面での研究はあまりなされていない。
自己決定感と自己決定欲求について
意思決定に際して,自己が何者にも拘束されず自発的に行動しているという感覚を「自己決定感」という (碓井 1992)。この自己決定感は,動機づけ研究において広く用いられており,たとえば,選択された行動が自己決定的であることで,良い学業成績や精神的な健康がもたらされるとされている。
また,自己決定感に対して,その前の段階で自己決定的でありたいという自己決定欲求がある。桜井(1993)は,この自己決定感と自己決定欲求の間に正の相関があることを示している。つまり,自己決定感が高い者はより自己決定的でありたいと望んでいるということを意味している。
普段の自分自身の行動が,自己決定に基づいてなされているのか,また自己決定欲求がどの程度強いのかということについては個人差が大きいと思われる。また,その意思決定の前提となる話題によっても異なると考えられる。たとえば,興味関心が強い(以下,コミットメントが高い)分野においては自己決定欲求も高いと考えられ,最終的な自身の選択決定についての自己決定感は高いと考えられる。例えば,サイクリングが趣味の人が,どの自転車を購入するかという場面での最終選択決定については自己決定欲求も高いし,意思決定後は自己決定感も高いと考えられる。一方,通学通勤に使う自転車を探している人が店員に勧められたものを購入すると決定した場合は,もともとの自己決定欲求もそれほど高くないし,自己決定感も高くない可能性がある。
このような自己決定感や自己決定欲求が,集団での議論のなかで自己の意見や態度を表明する際にどのような影響があるのか検討する。自己決定欲求が高い場合,自分で決めたいという意思があるために強い態度を示し,一貫した主張がなされると考えられる。対して自己決定欲求が低い場合は,どちらでもよいというような弱い態度となり,意見変容が生じやすいのではないかと考えられる。
また,集団で議論している内容が,自分にとってコミットメントが高いものであれば,そこでの議論は自分の意見を主張しやすいことも考えられ,意思決定が必要な場面であれば,自己決定欲求も自ずと高まると考えられる。
したがって,意思決定に関わる個人差変数としての自己決定欲求と話題へのコミットメントの高さが相互に影響を及ぼしていると考えられる。またそれらは意思決定後の自己決定感に影響を及ぼすと考えられる。
集団での議論後の自分の意見について
ところで本研究では,集団で議論を行い,一旦意思決定をした後,その決定についてどの程度納得できるのかということについて検討する。一般的にはその意思決定は「本心か,本心でないか」といった「1」か「0」かでとらえられがちであるが,実際には本心でなくても渋々受け入れて了解していることも多いと考えられる。そのような場合は,「1」でも「0」でもない状態だと考えられる。
この点に関して,Wallachら(1965)はいわゆるリスキーシフトの実験で,個人で形成した意見が集団討議による統一意見形成の過程で,全体的にリスキーな方向で統一意見が形成され,メンバーの多くは意見変化が起きることを示したが,集団討議後に個別に意見確認がなされた際には,統一意見が自分の意見であるという結果になった。これは,変容後の意見を自分の意見として受容している(納得している)ということと考えられる。この実験では,メンバー全員が話し合いに参加し,また最初から統一見解を出すようにとゴールも定められているため,メンバーの作業目標が明確であったことが影響していると考えられる。
それに対して,いわゆる同調行動に関する実験は,個人の回答を拘束するものではないので,そこで必ずしも同調しなくてもよいはずであるが,結果的に同調してしまうということで,このような場合は,表出した意見を自分の意見としてあまり受容していない(納得了解していない)と考えられる。
集団のなかで意見形成を行う場合には,その話し合いの過程や目的によっても変容後の自分の意見についての納得了解の仕方が異なることが考えられる。
本研究について
話し合い後の納得度について検証するために,本研究では質問紙上での場面想定を用いることとする。質問紙を用いる理由としては,実際に話し合う形の実験では内容や展開の統制が困難であり,それによる結果のずれが生じると考えられるということ,そのために可能な限り他の要因を排除し統制するという目的がある。この方法について,実際の話し合いと同じ反応が得られるかという懸念はあるが,ひとつひとつの意見に対しての反応を求めることで,当事者としての意識をできうるかぎり損なわないようにすることができると考えた。
また,話し合いには,「大学生がダイエットをすることについて」というテーマを用いることとした。このテーマに基づいて,まず賛否を問い,当初の意見として,大学生がダイエットをすることに賛成なのか反対なのかを考えてもらう。その後で,ダイエットに関するいろいろな意見が提示され,それを聞いているうちに(実際には質問紙上で読んでもらう)態度意見が変わるかどうかを見るものである。もし態度意見が変わった場合は,変容後の自分の意見についてどの程度納得了解しているのかどうか調べるというものである。このダイエットに関することをテーマとして扱う理由としては,大学生にとって比較的イメージしやすく,実際にダイエットをしている学生もいる可能性が高く,そういう意味で個人によりコミットメントの程度が異なると考えられること,また世間にはダイエットに関する賛否両論さまざまな意見や情報が出ており,規範的影響・情報的影響の双方からの影響による意見形成が期待されることが挙げられる。おそらく実際の話し合いの場面であっても,このテーマであれば意見表明がしやすく,いろいろな意見が出て,それなりに賛否も分かれると予想される。それゆえに,賛成から反対,反対から賛成,いずれの方向での意見変容も想定することができ,どんな条件を持った人がどのように意見を変容させるのかが見えやすいものと考えている。
本研究の目的
本研究では,集団での話し合いで出たグループとしての結論は,どの程度納得されるのかを検討する。まず,規範的影響・情報的影響の受けやすさの違いによって話し合い後の結論への納得度の違いがあるか検討する。また,自己決定欲求の強さとその話題に対する興味関心の強さの要因についても検討し,話し合い後のグループの結論に対する納得の程度を測定し,関連を検討する。