問題と目的

1. はじめに

周囲の人たちとコミュニケーションを取るとき,自分の使っている言葉と相手が使っている言葉に違いを感じたことがある人は少なくないだろう。昔に比べて国内旅行等が容易になった現在では,様々な地域に行き,その場所の言葉に触れる機会が増えたと考えられる。また,大学進学をきっかけに,今まで自分が接したことのない地域の言葉に触れる機会ができたという人もいるだろう。

コミュニケーションをとるときに,言葉の違いとしてあげられるのが「方言」である。日本における方言とは,地域差を反映する地理的な方言であり,共通語・標準語とは異なるものである(町・樋口・深田,2006)。このような方言があることで,地元から離れた場所で現地の人と会話をする際などには聞きなれないイントネーションや単語を耳にすることがある。方言を使用するかどうかにはもちろん個人差が認められ,井上(1995)は,言語地理学において地域社会の言語体系を変化させているのは,個人が使用する単語が周囲に影響されて変化しているからであるとしている。関西地方であれば「関西弁」,東北地方であれば「東北弁」というように,一言でまとめてしまうこともできるが,実際の方言は個人差や詳細な地域差が反映されているため,多岐にわたっている。

このような言葉の違いを意識していなければ,自分が本当に伝えたいことが相手に上手く伝わらないことがある。コミュニケーションにおいて,意思を伝えるための道具である「言葉」は大変重要な役割を果たしていると考えられる。その言葉の中でも,特に個人差が大きく表れている「方言」に着目し,様々なパーソナリティをどのような関連があるのかを取り上げていく。

2. 方言について

2-1. 従来の方言研究

方言研究の歴史は古く,多くの学者が研究を重ねている。以前から,方言に関する研究は方言の収集や記録に重点が置かれていたり(町ら,2006),井上(2007)は方言イメージを都道府県ごとといった,地域ごとの大きなくくりで述べていたりと,地域全体へ目を向けてなされている。このように,地域ごとの方言状態を実際に調べて概況報告としてまとめている研究は,国語学,国文学の分野で多くなされている。

しかし,地域ごとの方言についてまとめられているからと言って,実際方言使用者と会話をするときに役に立つ場面というのは少ないだろう。

そこで,藤原(1966)は,方言研究を推進するために,「方言の現実は,会話の現実である」として方言会話の研究を進める意義を唱えた。そして,生き生きとした言語研究をするためには,方言の使用状況だけでなく,会話の中で実際に生きた方言として使用されているものを調査していく必要があるとした。現代の方言を研究していくためには,その地域ではどのような方言が用いられているのかという単語レベルだけでなく,会話場面を想定することが重要であると考えられる。そのため本研究でも,会話場面で方言を用いることに着目して検討を進めていく。

2-2. コードスイッチ

現代の方言について,佐藤(1989)は,地域言語とは伝統方言と共通語で構成されているものであり,これにより人はフォーマルな場面では共通語を用い,カジュアルな場面では地元方言を使用する傾向があるとしている。このような共通語と地元方言の切り替えについて,岡本(2000)は,公的場面では私的場面に比べて方言が使用されにくい傾向があると述べている。確かに,身近な場面で考えると,授業中や発表の場などでは共通語を使用するが,休み時間や雑談の場などでは方言を使用する人は多いように考えられる。このような方言と共通語の切り替えのような,話題による言葉の使い分けをすることをコードスイッチと言う。町ら(2006)は,方言を使用する話し手に対する印象評価についてコードスイッチを用いて検討し,適切な場面でコードスイッチを行う話し手に対して高い評価を受けることを明らかにした。また,方言を一貫して使用する話し手は,人柄の良さや社交性は高く評価されるが,知性についての印象は低められることが示された。反対に,共通語を一貫して使用する話し手は,知性は高く評価されるが,人柄の良さや社交性が低められることが示された。このことについては,岡本(2013)も多くの研究に共通して,社会経済的に有力な言語・方言を話す実験条件の方が,有力でない言語・方言を話す実験条件に比べて,知的・能力的な次元で話し手が高く評価されている,と述べている。このように,人は共通語や方言に対してもともと持っている印象がある。これらの印象が,場に応じたコードスイッチを行うかどうかの判断に関係していると考えられる。

3. コミュニケーション活動について

周囲の人たちとコミュニケーションをとるときに用いる言葉,特に方言について述べてきた。その中で,場面に応じて使用する言葉を使い分けるコードスイッチが,会話場面における方言を研究する際に重要であると考えられる。先に述べた通り,方言を使うか共通語を使うかという選択には正解があるわけではないため,個人差が現れる。場面に応じて使用する言葉を使い分けるかどうかには,その場の状況をどう捉えて行動に移しているのかという個人差が関わってくる。つまり,人とコミュニケーションを取るときに自分がどのような言葉を使うのかということには,状況などを判断して自分の行動をコントロールすることや,どのような言葉を使えば対人関係を円滑にはかれるか考えることなどが関連すると考えられる。

3-1. セルフモニタリング

人とコミュニケーションを取るときに自分がどのような言葉を使うのかには,状況などを判断して自分の行動をコントロールする,ということが関連すると考えられた。その場の状況をどう捉えて自分の行動に移しているのかについて,セルフモニタリングの視点から検討していく。セルフモニタリングとは,「状況や他者の行動に基づいて,自己の表出行動や自己呈示が,社会的に適切なのかを観察し,自己の行動を統制すること」である(岩淵・田中・中里,1982)。西田・浦・桑原・榧野(1988)は,一対一で対話をする際に関わる要因として,このセルフモニタリング傾向の高低をあげている。そこでは,対話の場面においてセルフモニタリング傾向の高い人ほど,自分の行動がその場の状況や対人的に適切であるかどうかということに関心があると述べている。一方,セルフモニタリング傾向の低い人は,自分の行動がその場の状況や対人的に適切かどうかについてはあまり関心がないと指摘している。このようにセルフモニタリング傾向の高低が対話の仕方や流れに関係するということは,会話場面において方言を使うか共通語を使うかといった判断にも,セルフモニタリング傾向が関わってくると考えられる。

3-2. 社会的スキル

その場の状況をどう捉えて自分の行動に移しているのかについては,セルフモニタリングの視点をあげたが,実際に行動をする能力が伴っているかどうかについて,社会的スキルの視点から検討する。社会的スキルの定義については,菊池(1988)による,対人関係を円滑にはこぶためのスキルとする。具体的には,相手から肯定的な反応をもらうことができ,相手からの否定的な反応を避けることができる,という能力である。この社会的スキルについて有沢・小林(2005)は,相手からの否定的反応を避けるということについて,相手との対話を避けたりする意味ではなく,否定的な反応を起こさないように円滑に対人関係を運ぶことであると述べている。また,仮に否定的な反応が相手から返ってきた場合でも,適切に応じることができる,というのが社会的スキルであるとも指摘している。

また,菊池(2000)によると,自身が作成した,社会的スキルを測定する尺度である「KiSS-18」は,セルフモニタリングの傾向と相関があると述べている。このことからも,会話場面における個人の傾向には,その場の状況を判断し行動するかということと,円滑に対人関係を運ぶ能力のどちらともが関わるのではと推測される。

以上より,対人関係を円滑にする能力の有無と,会話場面における言語の選択には関係があると考えられる。

4. 地元への愛着について

これまで,その場の状況を適切に見極められるかどうかというセルフモニタリング傾向や,対人関係を円滑にする能力である社会的スキルの視点をあげてきた。会話の場面で自分の使用する言語を選択することには,そのような能力が関連すると考えられるが,方言を積極的に使うかどうかということには,方言に親しみがあるかどうかという視点からも考えられる。

田中・林・前田・相澤(2016)は,2015年夏にWeb調査における大規模な方言,共通語意識についてのアンケートを実施している。地域,世代ごとに区分されているが,地元の方言を好きである人ほど日常会話において,方言を使用する頻度が高い。このように,普段の言語生活における方言と共通語の割合と,地元方言への好悪の感情には関連があった。このことから,方言そのものに対する考えと方言使用の頻度には直接の関係があると考えられる。

さて,方言への直接の好悪だけではなく,自分の「地元」の方言として認識をしているのであれば,地元への愛着があるかどうかということも,方言を使用するかどうかに関連すると考えられる。

町ら(2006)は,地元方言の話し手に対するイメージについて出身地が同じ聞き手の方が,そこの方言に対する好意度が高いとしており,人は,自分の地元の方言について好意を抱きやすいことを述べている。自分の地元とは関係のない方言には強い好意を抱かないが,自分の地元方言について好意を抱くことには,地元そのものへの親しみがあるからだと考えられる。

米原・田中(2015)は,「地元」を「ある程度個人が自分の育ってきたと認知する地域」と定義し,地元志向と心理的特性との関連について述べている。その際,「地元への定住志向」と「地元への愛着」の2下位尺度からなる「地元志向尺度」を作成している。このうちの,地元への愛着と方言の使用頻度については関連があるのではと考えられる。

5. 本研究の視点

以上のことより本研究では,会話場面における方言の使用傾向と,セルフモニタリング,社会的スキル,また地元への愛着との関連を検討することを目的とする。

これまでの方言やコードスイッチに関わる研究では,方言使用者やコードスイッチをしている人について,どのような印象を受けるのかを調査するものであった。つまり,聞き手側としての印象を尋ねるものが主流であり,話し手の立場で使用する言語について尋ねた研究がなされていない。そのため,話し手の立場であるとき,実際に自分がどのような言語を使用するのかという視点で検討することは有益であると考えられる。

さらに,会話場面における方言の使用傾向については,方言を使用する・しないだけではなく,先述したコードスイッチに着目していく。コードスイッチを行う目的が,会話を上手く進めるためであるのならば,コードスイッチをする人,しない人でセルフモニタリング傾向等に差が現れると考えられるためである。

以上より,本研究の目的は,場面による言語の使い分け,すなわちコードスイッチの傾向と,セルフモニタリング,社会的スキル,地元への愛着との関連を検討することである。

6. 本研究の仮説

  1. コードスイッチをする傾向のある人は,セルフモニタリング傾向,社会的スキル,地元への愛着がともに高いだろう。
  2. コードスイッチをする傾向のない人のうち,方言を主に使用する人は,セルフモニタリング傾向,地元への愛着が高いだろう。
  3. コードスイッチをする傾向のない人のうち,共通語を主に使用する人は,社会的スキル,地元への愛着が低いだろう。