考察


 本研究の目的は,あこがれの人はどのような人物が対象となりやすく,あこがれた時期やきっかけ,どのようなところにあこがれ,あこがれることでどのような効果が得られるのかということを検討することであった。さらに,あこがれの人を想起することと自ら率先して成長しようとする主導的な自己成長(PGI)との関連を検討することも本研究の目的であった。
 あこがれの人に関して,SCATによる分析とPGI,20答法の分析から,あこがれの対象,あこがれるところ,あこがれる時期,あこがれたきっかけ,あこがれの人を意識することで得られる効果,あこがれの対象ごとの特徴,あこがれの定義について考察する。




1.あこがれの人について
 本研究であこがれの対象は,<身近な年上の人>,<身近な同年齢の人>,<メディア上の人>,自分の就きたい<職業>に就いている人という順であった。家島(2006)による研究においても「身近な人」で「こうなりたい」人物として,家族,先生,友人が多く挙げられている。それ以外にクラブ・サークルの先輩やバイト先の上司といった人物が挙げられ,自分より年下の後輩は挙がりにくかった。また上地(2011)は,運動・スポーツ場面おいて,湯川(1981)の提唱した理想的他者への同一視をあこがれの概念とし,運動やスポーツを行う上で強い影響を受けた人物への同一視と動機づけとの関連を検証した。その結果,プロスポーツ選手,先輩,先生・コーチなどが対象として挙げられている。つまり,影響のある人や理想や生き方を学ぶ対象となりやすいのは,一緒にいる時間の長い「身近な人」であり,自分よりも長い人生を生きている「年上」であることが考えられる。

 次に,あこがれるところについて,<行動・態度>,<コミュニケーション>,<考え方>と大きく3つに分かれた。これは,あこがれの対象の技術や能力の高さだけではなく,日常的に必要な力や対象そのものにあこがれていると考えられる。家島(2006)の研究では,身近な人に対して内面的魅力を感じている人が多く,メディア上の人に対しては外見的魅力を上げる人が多いという結果がみられる。上地(2011)の研究からは,対象となる要件には高い能力だけではなく,関心のある事柄への信念や真摯な姿勢も含まれている可能性が高いと示唆している。このことから,あこがれの対象となりやすい「身近な人」という結果とも合わせると,あこがれの対象自身の成果や功績よりも,自分と近い環境・状態で生活する対象と自分とを比較しやすい行動や態度にあこがれる傾向があると考えられる。

 あこがれる時期については,<大学生の時>,<中学生の時>,<高校生の時>,<小学生の時>という順であった。上地(2011)の大学生を対象に行った研究では,中学生の時期にスポーツや運動場面において他者から強く影響を受けたと回答した人が最も多く,その影響が大学生まで残っていたということから,本研究においては,スポーツや運動場面と限定しているわけではないが,2番目に<中学生の時>が挙げられており,同じような結果がみられたと思われる。一方で,本研究では大学生が最も多く挙げられた。松田(2007)は,将来の目標や目標モデルを蓄積的に修正し直すことは,将来の職業に結びつく重要なものとなることが多く,モデルが変化することを示唆している。このことから,大学での新しい環境の中で,大学生として,その時に一番必要としている能力や理想的な姿を有している対象との新たな出会いを経験することが多いという理由から,大学生の時が多く挙げられた可能性が考えられる。

 あこがれるきっかけについては,特別な経験や出来事が自分の周りで生じたことがきっかけとなるわけではなく,<直接的な関わり>,<対象について知る>ということがきっかけとなることが示唆された。松田(2007)は,身近な人との間に生まれた信頼感や周囲の人々への感心は,さまざまな人との出会いや体験によりあこがれを生み出すと述べている。さらに,玄田(2011)は,自分がリアルな目標を持つためには直接人から話を聞いてみることや,他者とつながることで,新たな発見ができたり,自分の進むべき道が見つかったりするということを述べている。また,きっかけとなったのは,特別な経験や出来事によるものではなく,偶然知ったり,関わったりする機会があったことであるという結果について,齋藤(2012)は,個人のキャリアは予期せぬ偶発的な出来事によって決定される面があるとし,偶然を積極的・創造的に活用することの重要性を示唆している。このことから,あこがれるきっかけは,他者との偶然の出会いや日常的に接する中に存在するもので,何か特別な出来事が重要なのではなく,きっかけが生じるような他者と関わる機会を多く作ることが重要であると考えられる。




2.あこがれの人を意識することで得られる効果について
 PGIS-U日本語版の下位尺度である計画性と変化への準備の相関が強い傾向があるが,これはRobitschek et al.(2012)と,コ吉・岩崎(2014)の研究においても同様の結果が確認されている。これについて, Robitchek et al.(2012)は,計画性と変化への準備は,何らかの自己成長への準備ができていても十分な計画が伴わないことがありえること,また計画が十分されていても自己成長への準備が整っているとは限らないことから,2つの因子については慎重な検討が必要と述べている。また,コ吉・岩崎(2014)はRobitchek et al.(2012)の指摘を受け,3因子モデルを想定して分析を行ったが,4因子モデルの適合度とほぼ同じ値であったとしている。このことから,本研究においても,原著の因子構造を尊重することとする。

 PGIS-Uの各下位尺度について,男女差を検討したところ,あこがれの人想起後の「post資源の活用」においてのみ,男性よりも女性の方が有意に高い得点を示していた。水間(2004)は,理想自己への志向性についての検討を行い,日常において,女子の方が男子よりもこうありたいという理想の自己というものをより自分にとって大事なものとして意識していると述べている。資源の活用には「自分自身を変えようとするとき,積極的に支援を探し求める」,「成長しようと思うとき,資源を活用する」といった項目が含まれており,あこがれの人を想起すると,あこがれの人が理想の自己と重なったり,将来の理想像が思い起こされたりした可能性がある。つまり,男性よりも女性の方が,あこがれの人を大事なものと認識し,あこがれの人に近づくために支援を求める傾向が高いということが考えられる。

 次に,あこがれの人想起前と想起後のPGIの違いの検討を行ったが,どの下位尺度においても有意な差はみられなかったことについて考察する。PGIS-Uはもともと自己成長のプロセスが必要とされる個人的,職業的な転機について悩む人や日常生活において新しい何かを発見したいと考えている人を対象に実施された教育プログラムの評価として作成された経緯がある。本研究では,大学1年生から3年生が調査の対象であったため,将来についてまだ十分に考えていないことや,特に大学1年生は普段から新しいことに挑戦する機会が多いことが考えられ,適切にPGIを測定することができなかったと思われる。

 また,あこがれの人想起前と想起後の20答法の回答数の差の検討を行ったが,有意な差はみられなかったため,あこがれの人の想起が回答数に影響するかどうかを明らかにすることはできなかった。一方で,20答法の内容について,あこがれの人を想起することによって「したい」といった前向きな記述がみられたかどうか検討した結果,あこがれの人想起後に「したい」と記述した人は24人/32人中であった。また,あこがれの人を意識することで起きる自分自身の変化には,模倣行動や物事に取り組む姿勢といった<行動面>の変化と,やる気やモチベーションの向上,あこがれの人に近づきたいという思いが高まるといった<心情面>の変化があった。玄田(2010)は,希望は現状の維持を望むというよりは,現状を未来に向かって変化させたいと考えるときに表れるものと述べている。そして,希望を持つためには,厳しい現実から目を背けず,受け止めることで状況を変えようとする思いが生まれるとし,同じ変化を希望する人たちと,一緒に行動できるかが変化の実現にかかってくるとしている。このことから,あこがれの人を想起することは,やる気の向上や現状から変わりたいという気持ちが高まるということが推察される。また,<行動面>での変化がある人は<周りから肯定的な評価>がある割合が高いことから,あこがれの人を意識し,努力した自分を周りからの評価によって肯定的に捉えることできれば,さらなる成長に向けての促進作用につながると考えられる。




3.あこがれの対象ごとの特徴について
 あこがれの対象ごとの特徴について考察する。あこがれの対象が<身近な年上の人>である人は,<大学生の時>に<直接的な関わり>があったことがきっかけで,<行動・態度>にあこがれるようになるという経緯が考えられる。そして,あこがれの人と<同じ状況・立場となる>時に意識することで,<行動面>と<心情面>の両方に変化が起こると自覚しており,その変化に対する周りの変化に対しても自覚があるという特徴を持っていると考えられる。次に,あこがれの対象が<身近な同年齢の人>である人は,<身近な年上の人>があこがれの対象である人と同様に,<大学生の時>に<直接的な関わり>があったことがきっかけで<行動・態度>にあこがれるようになる傾向があると考えられる。一方,あこがれの人と<同じ状況・立場となる>時に意識するが,<身近な年上の人>が対象の人と比べて,<心情面>の変化に影響を与える割合が多く,自分自身の変化に対しては自覚があっても,周りの変化に対しては自覚がないという特徴を持っていると考えられる。次に,あこがれの対象が<メディア上の人>である人は,<中学生の時>に<対象について知る>ことがきっかけであこがれるようになる傾向があると考えられる。対象が<身近な年上の人>と<身近な同年齢の人>である人は,少数ではあるが,<コミュニケーション>や<考え方>にもあこがれている一方で,あこがれの対象が<メディア上の人>である人は,<行動・態度>のみにあこがれるようになる。また,あこがれの人と<同じ状況・立場となる>時や<見聞きする>時など,あこがれの人を意識する時ははっきりと区別ができず,自分自身の変化に対しては自覚があっても,周りの変化に対する自覚の有無についても区別ができない。これは,<メディア上の人>が,年齢や性別,分野などの細かな分類を行えておらず,対象として挙げた人数が少なかったことが原因であると考えられる。最後に,あこがれの対象が,自分の就きたい<職業>に就いている人である人は,<大学生の時>に<対象について知る>ことがきっかけで<メディア上の人>と同様に,<行動・態度>のみにあこがれるようになる傾向が考えられる。また,あこがれの人と<同じ状況・立場となる>時に最も意識し,自分自身の変化に対しても,周りの変化に対しても自覚があるという特徴を持っていると考えられる。

 また,あこがれの人の想起前後でPGIの差得点が大きかった人は,あこがれの対象が<身近な年上の人>または<職業>であり,あこがれるところが<行動・態度>,きっかけが<直接的な関わり>,意識する時が<同じ状況・立場となる>と類似している点が多く,意識することで<行動面>,<心情面>ともに自分自身に変化が起きていることが示唆された。つまり,<身近な年上の人>や自分の将来就きたい<職業>に就いている人と<直接的な関わり>があったことがきっかけで,<行動・態度>にあこがれるようになった経緯があると考えられる。さらに,あこがれの人のことをあこがれの人と<同じ状況・立場になる>時に意識することで自分自身に変化が起きる人は,今の自分自身の能力や状態に満足せず,より良いものを目指して自ら積極的に成長しようとする傾向が高いということが考えられる。

 以上より,あこがれの対象ごとの特徴は,対象との関係性が影響すると考えられる。あこがれるところと,あこがれるようになったきっかけから,親密な関係である身近な存在としての<身近な年上の人>と<身近な同年齢の人>,親密な関係ではないといった意味で,身近ではない存在としての<メディア上の人>と<職業>で大きく2つに分類できると考えられる。きっかけについては,実際に行動や態度を目にする頻度の高さの違いも考えられるが,マクゴニガル(2012)が,私たちが愛情や尊敬,親しみを抱いている関係の人同士では,振る舞いが感染しやすいと述べていることから,身近な関係であるほど行動や態度だけでなく,コミュニケーションや考え方へも影響を与えると考えられる。 一方で,あこがれの対象が自分よりも年上またはなりたい職業である場合は,積極的に自分自身を高めるような行動をとったり,自分自身でモチベーションをコントロールしたりする傾向があると考えられる。ハルバーソン(2013)は,私たちは,目標に向けて邁進する他者の姿を見ることで,同じ目標に向かおうとする傾向があり,必ずしも目標を追いかけている人が知り合いである必要はなく,その人の目標がポジティブに見えることが大事であると述べている。このことから,あこがれの対象が目指していると思われる目標,あるいはあこがれの対象自体が将来のありたい自分と重なると,自分も同じように目標に向かって頑張りたい,理想に近づくために変わりたいという気持ちが高まるということが考えられる。




4.あこがれの定義について
 あこがれについては,<目標>,<モチベーションを上げる存在>,<自分に気づきを与える存在>の3つに大きく分かれた。その他に「自分の好きなものとして一番上のもの」「すごいと思える人の中でも別格,頂点」といった回答があった。あこがれについて,神谷(2014)は,「具体的な行動方法,技術や行動事例を習得するために,模倣となる人物」,青木・中島(2011)は,「自分が経験したことのないフィールドにいる人」,松田(2007)は,行動の模範となる存在のことを「ロールモデル」といった意味で用いている。このことは,本研究で得られた<目標>とも関係し,あこがれには目標やロールモデルという意味が含まれていると考えられる。また,今村(2009)により,身近にあこがれの人を見つけることは,モチベーションを引き出すことにつながることが述べられていることや,松田(2007)により,あこがれの人を通して夢や希望が意識されると,それは生活意欲・学習意欲につながっていくということが述べられていることから,あこがれがモチベーションを上げる機能を持っていることが示唆された。さらに,松田(2007)によると,ロールモデルは自分のフィルターを通して選ぶことになり,生き方・考え方のすべてに共感することがあってもよいし,対象の持つ一側面のみに共感することもあるとしており,あこがれを持つことが,自分に足りない部分や自分にとって大切なものを気づかせてくれるきっかけになると考えられる。つまり,あこがれの定義は,目標や理想像であると同時に,私たちにとってのモチベーションの向上を促す存在であり,自己について客観的にみるための指標となったりする存在であると考えられる。

 また,調査についての感想を聞いたところ,あこがれの人を想起することでモチベーションの向上につながったという内容や,あこがれの人を思い起こすことで自分自身について見つめ直すいい機会になったという内容の感想が挙げられた。本研究では,あこがれの人を意識することで自己成長との関係を明らかにすることはできなかったが,あこがれの人について言語化することは,将来についてポジティブに捉えられるようになったり,自分自身について客観的に考えたりできるような手立ての一つとして,活用可能なものであると考えられる。

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