総合考察


 本研究において,あこがれの対象には,身近な年上や同年齢の人が多く挙げられ,自分よりも優れたところにあこがれる傾向があった。 また,あこがれには自己を高めるための行動を起こしたり,心情面にポジティブな影響を与えたりすることが示唆された。 さらに,あこがれは,実現可能な目標・理想像,モチベーションの向上を促す存在,自己を客観視するための指標となる存在であることが示唆された。 一般的に,自分よりも優れている他者と比較することは,私たちにとって否定的な影響を与える可能性の方が高いと考えられている。 一方で,坪田(2011)は妬みを良性妬みと悪性妬みがあるとし,ともに他者と比べて自分の方が劣っているという状況ではあるが,前者が他者の優れた業績を素直に喜んだり,時にはとてもかなわないと諦めたりする羨望にあたり,後者はそれをなんとしても手に入れようとする本来の日本語における妬みのことであるとしている。 このことから,あこがれは良性妬みと悪性妬みの両方を兼ね備えていると考えられ,肯定的な他者との比較もあると推察される。 そのため,テストや部活動などで他者と比較する機会の多い学生や,就職活動中の人にとって,ポジティブな影響を与えるあこがれの人の存在は,夢や目標の実現に向けて有益であると考えられる。

 また,本研究において,あこがれと主導的な自己成長との関連について,あこがれの人の想起前後でPGIの変化を検討したが明らかにすることはできなかった。 井上・船津(2005)は,子どもが学習し成長するということは,そもそも親や周囲の大人に憧れてその身振りを「模倣」することであると述べている。 本研究では,あこがれの人を意識することで,模倣行動をとったり,あこがれの人に近づきたいという思いを強くしたりすることが示唆されたことから,あこがれと自己の成長には何らかの関連があると考えられる。 Hamilton , S.F.ら(2004)は,青年がだんだんと複雑なスキルや課題を習熟していくように導くことで青年の性格や能力を発達させるよう努める年長で熟達した人のことをメンタ―と定義している。メンターは青年と一緒に活動し,一人ひとりの青年の能力に近接する課題から始めて,徐々に能力を獲得させて有能感を持たせていく人であり,「こんな人になりたい」というモデルにもなるとされている。 このことから,あこがれの人もメンターと似た機能を果たす可能性が考えられる。近年,問題視されている若年無業者や中途退学者といった若者を取り巻く現状の改善のためには,困難を抱えた青年に問題を減少させるために行う介入的支援や社会的不利をかかえた青年に対する予防的支援だけでなく,すべての青年の肯定面(青年のエンパワメントや有能感など)を伸ばす促進的支援が必要である(白井,2006)。 また,将来,自己の能力向上や精神的な成長が求められる現代社会に適応していくためも,あこがれについて更なる研究を積み,未来を担う子どもたちが目標を達成するために必要な知識や技術を獲得したり,自ら進んで成長しようとする意志を身につけたりできるようにすることが大切であると思われる。

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