罪悪感の意味について「悪いこと,非難されるべきことをおかしたという気持ち」(大辞林第3版)とある。ネガティブな意味をもつ漢字から構成されている言葉であるため,肯定的な印象を持ちづらい言葉である。しかし,罪悪感は,向社会行動を促進し,攻撃性を抑制する要因として近年注目されている(Tangney,1995)。久崎(2006)は,罪悪感は自己利益追求を抑制させ,他者のケアや保護に働くことを明らかにしている。久崎(2005)は罪悪感の定義について,「自己の行為をネガティブに評価し,その行為が他者に及ぼす影響に関心を向けた場合に生起し,その影響の修正や他者への弁明・謝罪といった表出行動を顕在化させる情動」としている。本研究では,この久崎(2005)の定義を採用する。
これまでに,罪悪感は,様々な要因と関連して検討されてきた。石川・内山(2002)は,青年期の対人場面と規則場面における罪悪感と共感性,役割取得能力との関連について検討した。その結果,対人場面における罪悪感には男女共に共感性が関係していることが明らかになった。これについて,「対人場面での罪悪感は友達や相手を傷つけたり,また迷惑をかけたりすることから喚起されるものであるが,その相手の痛みを罪悪感として経験することと共感的反応が関係する(石川・内山,2002)」ことを示唆している。また,青年期の罪悪感について,大学生が中学生,高校生よりも対人場面における罪悪感が高いことを明らかにしている。久崎(2006)は,恥と罪悪感の違いについて,恥は他者に対する敬意や服従と自分自身が他者と比較して価値のない存在であることを伝達するものであることを明らかにしている。それに対して罪悪感は,他者や周囲へのダメージの修復を動機づけて,自分自身が何が適切な行動か知っているということや,適切な行動をとらなかったことに対する後悔,今後は適切な行動をとるという意図を伝達することを明らかにしている。つまり,恥は相手に対する謙遜や,自分を卑下した感情を伝えるものであるが,罪悪感は自分自身の相手に対する反省の気持ちも含まれたものであると言える。石川(2010)は,児童の対人場面と規則場面における罪悪感と学校適応感の関連について,小学校4・5・6年生を対象に検討している。その結果,女子小学生の方が男子小学生よりも罪悪感を経験しやすいことを明らかにしている。さらに小学校6年生において,問題場面で強く罪悪感を強く感じる子どもに,良好な友人関係が関係していることを示唆している。本研究では,友人グループ外の人に対する感情を抑制する要因として罪悪感に着目し,友人グループ内における居心地の良さや安心感と関連づけて検討する。
有光(2002)は日本人青年が罪悪感を喚起する状況について,4つの因子があることを明らかにした。1つ目は人を傷つけ侵害したことに対する罪悪感である「他傷」因子,2つ目は他人に対して責任のある行動ができなかったことに対する罪悪感である「他者配慮不足」因子,3つ目は自分だけが利得を得たことを不適切であったと後悔することから生まれる罪悪感を表す「利己的行動」因子,4つ目は自己や社会的な期待や常識以上に何かを獲得したことに対する他者への後ろめたさである「他者への負い目」因子である。4つ目の他者の負い目因子は欧米の研究では見られなかったものであり,日本人は人から受けた恩は必ず返さなければならないといった義理を重んじる傾向があるためであることを示唆している。隈・三浦(2014)は罪悪感の喚起要因と喚起後の行動に関して実験をしている。罪悪感は非協力の場合に喚起されやすく,他者の期待する自己と現実自己の不一致によっても喚起され,自己を修正する行動を導くということが明らかにされた。つまり,他者が期待していたことよりも,自分が至らないと思った時に,相手の期待に近づくために自己の行動を修正することを示唆している。
久崎(2006)は,もし他者の困っている様子を見つけたら,できる限りその他者に手を差し延べるべきであるという社会的なルールが内在している人は,他者が困っている様子を目の前にして自分自身の目的達成のための行動を遂行することを理由に,その他者を回避しようという意図が働いたり,自覚したりすることで,罪悪感あるいは恥を喚起することを示唆している。さらに,この概念について予期的な罪悪感に近いものであることを示唆している。このことから,自分がある行動をとろうとした際に,他者が困っている様子を見て,その行動をとることに対する罪悪感を予期することにより,とろうとしていた行動をとらなくなることがあると考えられる。大西・黒川・吉田(2009)は,いじめの加害傾向に及ぼす罪悪感予期の影響について検討している。罪悪感予期を,いじめの加害傾向と同じ話を提示して,もし自分がいじめを行ったら罪悪感をもつか否かについて質問した。その結果,いじめに対する罪悪感の予期は,異質性排除・享楽的いじめ加害傾向に影響を及ぼすことを示しており,いじめに対する罪悪感を高く見積もる児童・生徒ほどいじめの加害傾向が低いことを示唆している。さらに,罪悪感の予期は,加害者にとっていじめを行うことのメリットを低くしデメリットを高める役割を担っていることを示唆している。したがって,罪悪感の予期を強くもっている生徒ほど,自分自身が不愉快な感情を持つことを避けたいと思い,友人グループ内の人であるかどうかによって態度を変える行動傾向を抑制すると考えられる。罪悪感が,向社会行動を抑制する可能性があることは,これまでに様々な研究で示唆されてきたが,友人グループ外の人を仲間に入れず,グループ内の人のみで行動することに対する罪悪感に焦点をあてた研究はこれまでにない。