考察
【考察】
1.対人的志向性と遠慮・察しコミュニケーション
重回帰分析の結果より,対人的志向性と遠慮・察しコミュニケーションの関係では,
親密性高群においてメッセージの解釈(察しあり)に友人関係志向性が正の影響を与
えていた。両群共通では,配慮ある情報伝達と適切な察し(適切な遠慮察しあり)に
友人関係志向性が正の影響を与えており,特に親密性高群でより高い影響を与えてい
ることを示していた。友人関係を大切にする気持ちから,相手の意図を察し,自らの
主張を相手に配慮するようになる。分散分析の結果より,配慮ある情報伝達と適切な
察しに対して友人関係志向性の主効果がみられ,友人関係志向性が高い人の方が,配
慮ある情報伝達と適切な察しを行うことが示された。友人関係を大切にする人は,相
手の心情を上手く察しつつ,話すときには相手に配慮した,傷つけない程度の曖昧な
コミュニケーションをとると考えられる。親密性が高いということは,相手の性格や
考え方,プライベートな事柄まである程度理解している状態だといえる。そのため,
これらの相手の情報から,聞き手は何が言いたいのか,あるいは何が言いたくないの
かを敏感に感じ取ることができるといえよう。親密性高群で友人関係志向性による配
慮ある情報伝達と適切な察しへの影響が高く見られたのみならず,メッセージの解釈
(察しあり)にまで友人関係志向性が正の影響を及ぼしていたのは,このような理由
があるからだと考えられる。
一方,無関心・孤立性の与える影響は,高群と低群で異なっていた。親密性高群ではメッセージの解釈(察しあり)に負の影響を与え,配慮ある情報伝達と適切な察しには影響を与えていなかった。親しい間柄でも,人間関係に煩わしさを感じていれば相手の心情を適切に察することはなく,自らのメッセージも配慮して伝えることもない。しかし親密性低群では逆に配慮ある情報伝達と適切な察し(適切な遠慮察しあり)に負の影響を与え,メッセージの解釈(察しあり)には影響を与えていなかった。人間関係に煩わしさを感じていれば,親しくない相手に自らコミュニケーションをとることはまずないだろう。よって,配慮して情報を伝える機会もあまりないといえる。分散分析より無関心・孤立性はメッセージの解釈(察しあり)への主効果が示されており,無関心・孤立性の得点が低い人の方がメッセージの解釈(察しあり)の得点が高くなっている。つまり人間関係の煩わしさを示す無関心・孤立性得点が低いと言うことは,反対に対人的志向性が高いということにもつながり「察し《ができているといえる。
対人恐怖傾向の与える影響は,群共通して過剰遠慮行動 (遠慮のしすぎ)と過剰察し行動(察しのしすぎ)に正の影響を与えていた。分散分析の結果では,対人恐怖傾向の主効果が見られ,対人恐怖傾向が高い人の方がこれら2つの遠慮・察しコミュニケーション得点が高くなることが示された。他人からどう思われているかを気にする気持ちが遠慮したコミュニケーションをもたらすことは,すでに複数の先行研究でも示唆されている。高濵・沢崎(2014)は非主張性の研究の中で,主張に対する上安と後悔に最も影響を与えるのが対人上安であることを明らかにしている。また,中山(1989)は,過剰配慮が「自分がよく思われたい《とする自分自身への配慮と表裏一体であるとし,過剰配慮のもたらす「ぼかし《コミュニケーションが,“心証を害した相手が自分に対して否定的なイメージをもつという当然の結果を回避する”ことを意図しているのは明らかである,と述べている。したがって,対人恐怖傾向が過剰遠慮行動をもたらすのは先行研究にも基づいた結果であるといえよう。反対に先行研究に見られなかった点では,まず,対人恐怖傾向の高い者による遠慮・察しコミュニケーションは上適応をもたらす過剰な遠慮・察しであり,スキルとしての遠慮・察しコミュニケーションとしては機能しないことが示唆された。他者からどのように思われているかを過度に気にしているのであれば,曖昧なメッセージや心情の推量といった行動は「自分が傷つかないか《という動機に比重が置かれたものになる。利己的動機が強く働いている以上,従来の日本文化的な意味合いの,「相手を大切にする《つまり適切にメッセージを解釈したり,配慮ある情報伝達と適切な察しなコミュニケーションとはならないと考えられる。
親疎による違いもあまりみられなかった。友人関係の親密性は,パーソナリティとしての対人恐怖傾向をあまり左右しないものであると考えられる。
2.ENDCOREsと遠慮・察しコミュニケーション
ENDCOREsと遠慮・察しコミュニケーションの関係では,多くのスキルとメッセージの解釈(察しあり)および配慮ある情報伝達と適切な察し(適切な遠慮察しあり)との間に相関が見られた。ENDCOREsの得点の高さは,遠慮・察しコミュニケーションのスキルの高さを示す一因であるといえる。大坊(2007)の3つの階層構造が示すところのストラテジーに,遠慮・察しコミュニケーションをスキルとして位置付けが可能であることが示唆された。ただし,実際に重回帰分析でENDOCOREsの影響がみられたのは一部であり,疑似相関が多く示されたことに注意しておかなければならない。重回帰分析の結果では,解読力がメッセージの解釈(察しあり)および配慮ある情報伝達と適切な察しに正の影響を与えるのは両群に共通であったものの,それ以外は共通性のない関係が見られた。
さらに,予想とは異なる結果も見られた。例えば,親密性高群では上適応な言動 (遠慮察し無し)と過剰察し行動(察しのしすぎ)に,友人関係構築が正の影響を与えていた。友人関係を第一に考えて行動し,その関係を維持しようとするのであれば,これらのような過度あるいは上適応な遠慮・察しコミュニケーションを行うとは考えにくい。考えられるのは,親疎の統制による影響と,友人関係の構築に遠慮・察しコミュニケーションスキルを含むとは必ずしもいえない,という点である。
親密性高群では,設問が親しさゆえの察しのなさや多少の無遠慮さを含む関係を想定させた可能性がある。さらに,友人関係構築の項目は,「21.友人としてのつながりを第一に考えて行動する。《「22.友人としての関係を良好な状態に維持するように心がけ,行動している。《であり,これは解読力や表現力とは異なり,具体的なコミュニケーションについて尋ねたものではない。遠慮や察しを問わない積極的なコミュニケーションもまた,友人関係の構築に含まれると思われる。これらのことから,高群での友人関係の構築とは,配慮ある情報伝達と適切な察しなコミュニケーションよりも,むしろ積極的なコミュニケーションの中で配慮に欠けたと感じる場面を喚起させるものだと考えられる。
一方で親密性低群では,過剰遠慮行動(遠慮のしすぎ)に,友人関係構築が正の影響を与えていた。親密性低群では高群とは逆に,察し合いつつ様子を見て遠慮したコミュニケーションをとる関係を想定させた可能性がある。親密でない関係で友人関係を構築しようとするからこそ,配慮ある情報伝達と適切な察しなコミュニケーションよりずっと消極的なコミュニケーションの中での,配慮を重視する場面を喚起させたと考えられる。
両群でみられた大きな違いとしては,配慮ある情報伝達と適切な察しに他者受容が比較的強い正の影響を与えていたのに対し,低群では表現力と対立対処傾向が正の影響を与えていた。親しい関係では他者を受け容れ尊重する態度が,そうでない関係では他者と積極的に関わっていく態度が,相手に配慮したコミュニケーションにつながると考えられる。また,親密性低群のみ,過剰遠慮行動と過剰察し行動に他者説得力が比較的強い負の影響を与えていた。相手を論理的に説得させるスキルは,立場や主張を明確にしない日本文化的な遠慮・察しとは対極だといえるため,過剰な遠慮・察し行動がなされないのは当然だといえる。低群のみその傾向が見られた理由として,グループワークやディベートといった,親密な他者がおらず,かつ他者説得力を発揮する場面を想定させた可能性がある。
以上のことから,全体としてのENDOCOREsの高さがスキルとしての遠慮・察しコミュニケーションの高さを示すことにはなりえるが,一つ一つのENDOCOREsスキルの違いと親疎の違いを見ていくと,具体的にどのような遠慮・察しコミュニケーションをとるかは異なってくることが示唆された。
3.Kiss-18と遠慮・察しコミュニケーション
Kiss-18と遠慮・察しコミュニケーションの関係は,両群に共通してメッセージの解釈(察しあり)および配慮ある情報伝達と適切な察し(適切な遠慮察しあり)と対人ストレス対処スキルとの間に正の相関が見られた。特に親密性低群では,重回帰分析の結果でも,メッセージの解釈(察しあり)および配慮ある情報伝達と適切な察しに対人ストレス対処スキルが正の影響を与えていた。一般的に,対人ストレスの背景には他者との対立や葛藤が考えられる。また,小山・池田(2011)によれば,遠慮・察しコミュニケーションが前提としているのは調和的な対人関係の維持である。したがって,ストレスを避けるための調和的な関係を作るために,もしくはこれ以上の対立した関係を作らないために,遠慮・察しコミュニケーションを駆使することが対人ストレス対処スキルの一つだといえる。
一方で,問題解決スキルと社交性スキルは,高群と低群で異なる相関が見られた。親密性高群では対人ストレス対処スキルと同様に,メッセージの解釈(察しあり)および配慮ある情報伝達と適切な察し(適切な遠慮察しあり)との間に正の相関が見られたが,親密性低群では,過剰遠慮行動(遠慮のしすぎ)および上適応な言動(遠慮察し無し)との間に負の相関を見せていた。ここに,親疎の違いによる遠慮・察しコミュニケーションの積極性の違いが見てとれる。すなわち,問題解決スキルと社交性スキルとは,親しい間柄では相手の意図を上手く読み取り,自らの気持ちを相手を傷つけないやり方で適切に伝えることに努め,良好な関係を維持することだと考えられる。しかし親しい間柄ではない場合,気を配りすぎず,そして相手を上快にさせない程度に留め,親しくないままの関係を維持することが,問題解決スキルや社交性スキルに含まれると考えられる。
菊池(2004)は,社会的スキルを対人関係を円滑にするスキルだと広く定義している。しかし,あらゆる人間関係で高い親密性を築くのはまず上可能なことだろう。ゆえに,円滑な人間関係とは,必ずしも互いに仲良く話し合える関係とは限らないと考えられる。菊池は円滑な人間関係を定義づけていないが,立場や相性の違いから親しくなる必要がない人とは心理的に距離を置くことも,円滑な人間関係では必要なことだろう。社会的スキルとしての遠慮・察しコミュニケーションとは,他者との関係に合わせて積極性や消極性を発揮していくことだといえよう。
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