考察



話し合い場面で社会的支持者の存在による主観的なサポート受容感によって少数意見者が多数派意見に同調せずに自分の意見を維持し,グループ内の他者に向けて主張することができるのかということを検証した。また,公的自己意識に着目し,主観的なサポート受容感による不安感低減への効果についても検討するものであった。



1.社会的支持者による意見維持について

まず,少数意見者が社会的支持者の存在によって生起される主観的なサポート受容感により,実験前後で二者択一のテーマに対しての意見が維持されるのか検討した。これは,「仮説1:少数派側であっても,社会的支持者の存在によって主観的なサポート受容感が高まり,自身の少数派意見が維持される」ということを検証するものである。


1-1.主観的サポート受容感と意見維持の関連

支持者有群と支持者無群の間の主観的なサポート受容感の平均値の差について,t検定の結果より,支持者有群の方が支持者無群よりも有意に高い得点が示され,特に「話し合いのメンバーの中に,同じ考えを持っている仲間がいると感じた。」など社会的支持者に関する3項目において有意差が見られたことから,社会的支持者が存在していると感じることによって主観的なサポート受容感が生起されたことが示された。しかし,実際の意見の変化については,支持者有群の方が支持者無群よりも意見を維持した者は多かったが,群間に大きな差は見られず,支持者有群であっても意見を変容させる者や,支持者無群でも意見を維持する者がいた。よって,社会的支持者によって多数派への同調が低減され,行動意図を維持するという先行研究(Allen(1975),松村(2001))とはやや異なる結果となった。したがって,社会的支持者の存在によって一定の主観的なサポート受容感は生起されるが,必ずしも意見維持につながるとは言えないということになる。元々同調の程度には個人差が見られる(Asch,1951)ということから意見の維持・変容には主観的なサポート受容感以外にも要因があり,本実験では支持者有群の中でも人数比による多数派の圧力を強く感じた者や,他者からより正確な情報を得ようとして同調する情報的影響(Deutsch& Gerard,1955)によって,1人の社会的支持者よりも4人の多数派の意見内容を参考にして意思決定を行う者がいたのではないだろうか。
 また,抽出したサンプルに焦点を当てると,支持者有群の中で意見が維持された被験者Aは,主観的サポート受容感得点が被験者全体の中で比較的高く,被験者自身COMPASSの能動的参与について高く評価しており,社会的支持者の存在が被験者に大きく影響していたと考えられる。また,支持者有群の中で意見が変容した被験者Fについては,主観的サポート受容感の得点が被験者の中で最も高いが,映像データからサクラ4人の発言する情報に対して納得している様子が見られたことから,社会的支持者の影響よりも多数派4人分の情報や圧力からくる影響が勝ったのだと考えられる。さらに,支持者無群の中で意見が維持された被験者Gは,感想として最初少数派であることを認識したときに焦ったことを述べている。しかし,少数派でも自分の意見を言うことができることも述べており,実験前後でテーマに対する理由に変化は見られなかった。映像データを見ても,語尾が「〜ですよ。」や「全然大丈夫ですよ。」などと自分の意見に自信を持って発言している様子が見られた。これは,被験者Gが海外出身者(外国人)であったことによって,海外についての情報を多く有していたことや,ENDCOREsの自己主張の得点が高いことから,普段から積極的に発言できるために,多数派の圧力に屈さずに自分の意見を曲げずに主張できていたと考えられる。


1-2.社会的支持者と不安感低減の関連

群間の状態不安差について,t検定の結果より,「ホッとしている」の項目は支持者有群と支持者無群の間に差が見られた。支持者有群は,社会的支持者の存在によって,自分と同じ意見のメンバーがいると認識することで安心感が被験者に与えられていたと解釈できるが,「平静である」「安心している」のような騒がしくなく安らかである様子を意味する「ホッとしている」と似通った項目では有意な差が見られなかったことから,必ずしも不安感低減に効果があるとは言い切れないことが示唆された。しかし,被験者サンプルを見ると,支持者有群で意見が維持された被験者Aに関しては,被験者の中で最も不安感が低減しており,社会的支持者の存在が強く影響したのではないかと考えられる。逆に支持者無群で意見が変容した被験者Kは,不安感は少ししか軽減されず,映像データを見ると「説得」という言葉を意識はしているものの,感想ではもっと自分の意見を主張できるようになりたいということを述べていた。多少不安感は軽減されたが,上手く多数派を説得できなかった後悔から不安感はあまり軽減されなかったのではないかと考えられる。
 したがって,仮説1は社会的支持者によって主観的サポート受容感は高まるという点で一部支持されたが,被験者によって意見の維持・変容は異なるため,全てにおいては支持されなかったと言える。



2.社会的支持者と発言回数について

少数意見者は,社会的支持者の存在によって発言機会が増えて発言が誘発され,社会的支持者がいない場合よりも発言回数が多くなるのかどうか検討した。これは,「仮説2:社会的支持者の存在によって,話し合いの中での発言回数が増える」ということを検証するものである。


2-1.社会的支持者と発言割合,発言時間の関連

各回のサクラの発言数が異なり,発言回数の比較ができないため,実験でのサクラと被験者の発言回数全体に占める被験者のみの発言回数の割合(発言割合)と被験者の発言時間を算出した。t検定の結果から,発言割合では両群間に有意な差は見られなかったが,発言時間は支持者無群の方が支持者有群よりも発言時間が長いことが示された。これは,支持者無群の被験者は,異なる意見を持つメンバー5人に対して自分が5人を説得しなければならないという責任感が生起されたためであることや,自分以外に発言する人がいないために選択した意見についての自分の考えを制限なく思いつく限り発言できるからであると考えられる。支持者有群では,主観的なサポート受容感の「話し合いのメンバーの中に,自分の考えを代弁してくれる人がいたので,心強く感じた。」の項目において,支持者無群よりも有意に高い得点を示しており,社会的支持者が被験者自らの意見をある程度代弁していたと考えられ,社会的支持者が発言することで自らの発言する負担が軽減され,個人よりも集団での作業時に作業量が低下する社会的手抜き(Latane,Williams,& Harkins,1979)の現象が起こり,発言抑制されたのではないかと考えられる。また,自分が言おうと思っていた意見を先に社会的支持者が発言したことから,発言が抑制されたことも考えられるであろう。
 抽出したサンプルに焦点を当てると,支持者有群の意見が維持された被験者Dは,被験者の中で最も発言割合が低く,「少数派となり少しひるんだ」ということを感想として述べている。また,映像データを見ると口調は弱く,自分の発言時や他者の発言時では他のメンバーを見るという動作は見られない様子や頻繁に手を組みかえて落ち着きのない様子が見られた。社会的支持者がいるものの,自らが少数派であることを意識し,多数派の圧力によって発言が抑制されたのではないかと考えられる。支持者無群の意見が維持された被験者Jは,被験者の中で最も発言割合と発言時間が共に多かった。映像データを見ると,会話の主導権を掌握しており,被験者と多数派サクラが交互に発言し,司会者は司会の役割を果たせず,感想として「もっと他のメンバーに発言してほしかった」と述べている。口調も比較的強く,沈黙時には笑うことや発言をし,沈黙を破ろうとしている様子が見られた。これは,被験者Jが話し合いを活発にしたいと思っており,その結果発言割合や発言時間が多くなったのではないかと考えられる。


以上より,支持者無群の方が支持者有群よりも発言割合や発言時間が長いことが示され,発言に関して支持者無群の方が活発であったことから,仮説2は支持されなかったと言える。




3.公的自己意識による不安感の低減について

最後に,「仮説3:話し合いの中で社会的支持者が存在する場合は,公的自己意識高者は公的自己意識低者より,不安感がより低減される」ということについては,被験者のデータが12人で各群6人ということでデータ数が絶対的に不足していたため,十分に検証することはできなかった。そのため被験者個人に焦点を当てて検討する。


3-1.公的自己意識と主観的サポート受容感,不安感の関連

公的自己意識の高い者は,他者に見られる自分を強く意識しており,自分の考えを受け入れ支えてくれる他者の存在をより感じると考えられる。よって,同じ方向の意見を持つ社会的支持者による主観的なサポート受容感をより感じやすく,公的自己意識の低い者より不安感は低減し,自らが少数派であっても意見が維持されるのではないかと考えたが,支持者有群の公的自己意識得点が全体を通して高いため,公的自己意識を高群と低群には分類できなかった。しかし,支持者有群の中で公的自己意識の平均得点の高い被験者AとFを見ると,支持者有群の主観的なサポート受容感の平均得点に対して,被験者AとFは比較的高い得点が示されていた。公的自己意識の高さの要因については,菅原(1984)において,大学生の公的自己意識の平均得点は男性よりも女性の方が有意に高いことが示されており,本研究の被験者全体としても女性を対象としているため平均得点が高かったと考えられる。
 さらに,状態不安差に関して,被験者Aは被験者の中で状態不安の軽減が最大であったが,被験者Fは軽減の程度は少なかった。被験者Fについて,公的自己意識以外にも不安感を抱く要因が存在し,被験者FはCOMPASSの消極的参与の得点が比較的高く,ENDCOREsの自己主張の得点が低いことから,あまり発言できなかったという後悔からの不安感を抱いていることや自らの自己主張スキルを低く評価していてコミュニケーション自体に自信を持てていないのではないかと考えられる。その点,被験者Aの消極的参与得点は比較的低く,自己主張は高い得点を示しており,所属が英語関連の学科であることでテーマに対する関心度が高かったこともあり,映像データを見ても口調強めに発言できていたと言える。


以上より,公的自己意識の高い者は,社会的支持者の存在よって主観的サポート受容感を強く感じるが,不安感の軽減については個人差があるという傾向が示され,複数データによる十分な検討はできなかったが,仮説3に合致する被験者は見られた。


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