日常生活において,複数人で構成されたグループでの話し合い場面では,他者の意見に同調してしまい,本当の自分の意見を主張できないということがしばしば見られる。例えば,大学生が授業のグループ活動の際に,何か案を出さなければならないが,他の人は全員同じような意見を提案していて,自分は異なる意見を持っておりそれを提案したい時,場の空気を考えて自分の意見を言わずに他の人に合わせようとする,つまり同調することがあると思われる。そのような時に,自分の意見を表明し主張できなければ少数派の意見は淘汰され,多数派の意見が無条件で採用されるが,もし主張できれば話し合いに深みが生まれ,よりよい結論を導き出せる可能性が生まれるのではないだろうか。現に,そのような中で,自分の意見がその話し合いにおいて少数派意見だとしても曲げずに貫き通す者も存在する。
本研究では,同調する要因や少数派意見を継続的にもつ人のあり方を通して,話し合いの中で自分の考えを同調せずに持ち続けて主張する方法を検討する。
同調とは,自己本来の意見や行動を,異なる他者の行動や意見に合わせて変えることであるが,黒沢(1993)は,同調を2つに分類しており,自らの判断に自信がない,あるいはどちらの行動を選択しても良い場合に,他者の判断や行動を参考にするものと自らの私的な判断や行動傾向とは反対に他者と同じ判断や行動をとるものであるとしている。前者は,他者に判断を依存しており,後者は,自分で判断したにも関わらず,故意に他者に合わせたと考えられるが,両者とも「他者」に意識を向け,他者志向的であると言える。そして,同調は二者間だけではなく,集団内で同調が起こることはよく知られている。
また,同調が起きる要因については多くの研究がなされている。例えばAsch(1951)は,自ら行った線分の長さを知覚刺激として用いた集団圧力実験から,多数派意見が全員一致の時に,集団の斉一性への圧力が高まり同調行動が生じやすくなると述べている。集団内で多数派が形成されて自らが少数派となった時,その人数比による圧力から自分が元々持っていた意見を曲げ,多数派意見に同調するのである。それは,多人数での話し合いの際にも同様に起こると考えられるが,これまでの同調に関する研究おいては,知覚実験によるものが多くを占める中,実際的な多人数での話し合いの中での同調行動を取り上げた研究はあまり行われていない。
先行研究では,同調の程度には個人差の影響が示唆されている。吉武(1989)は,同調は他者に合わせるために自己の元々持つ意見を表面的にでも変えること,非同調は自分の持つ意見を貫くために他者と食い違うこととし,このような同調行動と非同調行動は,自己意識と深く関わる行動であると述べており,個々の自己意識のあり方が,意見の一貫性に影響を与えていると考えられる。
自己意識のあり方として自己意識特性について考えていく。自己意識特性には,社会的対象としての他者から見える自己側面である行動スタイルや容姿などについて注意を向けやすい性質である公的自己意識と,自分の内面である思考,感情,態度,動機などについて注意を向けやすい性質である私的自己意識に分類される(Fenigstein,Scheier,& Buss,1975)。これまで同調行動と自己意識特性との関係については,Froming & Carver(1981)において,被験者に4人でのCrutchfield型同調状況でメトロノームの音数を判断させた結果,同調と私的自己意識間にr=-.43(p<001),サクラの判断が正解と大きくずれる場合,同調と公的自己意識間にはr=.26(p<06)の相関が見られており,私的自己意識の高者が同調行動を起こしにくいこと,逆に公的自己意識の高者は同調しやすい傾向があることが示されている(押見,2008)。特に公的自己意識が同調行動と正の相関にあるという研究結果は,Crutchfield型同調状況を用いた吉武(1989),黒沢(1993)の実験でも公的自己意識高者の方が私的自己意識高者より同調行動が多いという結果が示されている。
これらのことから,多人数での話し合い場面においても,公的自己意識の高い者の方が周囲の意見に同調しやすいと考えられる。
Asch(1951)は,自ら行った集団圧力実験から,集団の中に自らと同じ意見を持つ人間(=味方)が1人でもいれば,多数者への同調は急激に低下することを示している。またAllen(1975)も,集団内に少数派の信念と一致した行動をとる「社会的支持者」が存在する場合に,多数派への同調が低減することを示している。さらに松村(2001)は,少数者が社会的支持者の存在を感じることで,行動意図を維持し,実際の行動も起こしやすくなることから,社会的支持者がいると感じることで,主観的にサポートを受容していると感じるという「主観的なサポート受容感」の重要性を明らかにしている。つまり,社会的支持者から得られる主観的なサポート受容感の高まりによって安心感を得ることができ,個人の態度や行動が維持されると解釈できる。
社会的支持者と自己意識特性との関連について,先述した様に公的自己意識の高者は,社会的対象としての自己側面により注意を向けやすいことから,同じ方向の意見を持つ社会的支持者による主観的なサポート受容感を強く感じやすいと考えられるため,不安感はより低減し,自らが少数派側であっても自身の意見の維持につながるのではないだろうか。
少数派は,ある特定の属する集団の中で人数の少ない派のことである。野波(2001)は,共通の属性を持つ成員で構成されている集団内において,「マジョリティ」を,一定の態度・行動パターンを共有する多数者,「マイノリティ」を前者と異なるパターンを持つ少数者であると述べている。また,江崎・深田(2002)は,少数派を,意見や行動において多数派と区別される個人あるいは下位集団で,その他では多数派とは同質であると定義づけている。本研究では話し合い場面を取り上げるが,以上のことから本研究の話し合い場面では,少数派と多数派を,その人々の持っている意見によって2つに区別するため,少数派の定義は,集団内である一定の意見について,多数派とは異なる意見を持つ人数の少ない個人あるいは下位集団であるとする。
ところで,話し合いとは,問題解決のために自分の考えを語り述べ合うことであり,足立・石川・岡本(2003)は,会議などの話し合いにおいて,多数派意見は多くの人に表明や支持されることによって共有情報としての妥当性が増すが,少数派意見のような非共有情報は表明されることが少なく,他のメンバーの支持も得られにくいため,再投入されることはさらに少なくなると述べている。そのため少数派側の人々にとってはさらに共有情報の表明を許すという負の連鎖が生じてしまうのである。
また,少数派は話し合い場面において発言しにくいということではあるが,そもそも話し合いでは発言回数には人によって個人差があることは否めない。この点について,古賀・谷口(2014)は,多くのコミュニティの話し合いでの発言の偏りは,地位や知識量の多さなどの社会的要因だけでなく,話好きやケンカが強い,同じ事を繰り返し発言する,などの個人的要因によっても頻繁に起こるとしている。このような社会的要因と個人的要因において発言数の多いメンバーが多数派に存在すれば,なおさら少数派の人の発言する機会は失われてしまうのである。逆に重要な知識や意見を所有する人が,口下手や年少であることで発言を遠慮してしまうとも述べており,少数派のメンバーが口下手であればなおさら多数派の発言を許し,発言できなくなってしまう。
したがって,少数派側であるときは,自らの意見を支持する他者の存在の有無が発言機会の多寡に影響しており,多様な意見や考えから答えを出したり,問題解決を目指したりする話し合いにおいて,少数派側にも発言を促せられるような,いわば「支持者」の存在が重要であると考えられる。
話し合い場面において自分の意見を主張する際,個人の発言する頻度や積極性などの発話態度に関わるものとして,コミュニケーション・スキルが挙げられる。
コミュニケーション・スキルとは,コミュニケーションを円滑に行うための能力であるが,藤本・大坊(2007a)は,言語・非言語によって直接コミュニケーションを適切に行う能力と定め,@自己統制,A表現力,B解読力,C自己主張,D他者受容,E関係調整の6つのカテゴリーに分類しており,また各スキル4つのサブスキルを有している。この中でも特に自己主張において,話し合う際に自分の持つ意見を主張する能力を有する,あるいは有していると自覚していることは,自分の意見を他者へ発する自信に繋がるのではないだろうか。そして,この自己主張は,支配性,独立性,柔軟性,論理性をサブスキルとして有している。また,他者受容のサブスキルは,共感性,友好性,譲歩,他者尊重であり,この2つのスキルは,能力的側面を持つとともに,コミュニケーションの指向性を含んでいるとされている。他者の発話を聞いて相手を受け止めているスキルの程度が普段の発話行動に表れているならば,他者の話をよく聞いた上で返答するパターンや他者の発話よりも自分の主張したいことを優先して発言するパターンなど,様々なタイプが存在すると考えられ,発言回数に影響しているのではないかと考えられる。発話行動に関してコミュニケーション・スキル高者は必然的に積極的に発言をするということは飛躍的意見である(藤本,2008)と否定的な考えもあるが,自己主張と他者受容は指向性も含んでいるため,話し合い場面においても所有するスキルが関わってくると考えられる。
本研究では次のような話し合いの場面を想定する。
一般に,「話し合い」というと,結論を出すための議論である場合や,指示・説明・質疑応答といったミーティングのような場合もあるが,本研究では前者に近い場面を想定し,大学生が意見交換をしながら一定の結論を導く過程という形式で場面設定をする。
話し合いも,その参加人数によっては様相が異なるが,意見交換の場合,それぞれが意見表明できるのは10名以下の場合であろうから(人数が多ければ意見表明をしない者も出てくる),自由な雰囲気の中で意見表明ができる人数として,本研究では6人による集団討議を設定する。想定する話題は,当該参加者が元々持っている意見として,社会的に様々な条件を根拠に結論を導くことができ,一定の態度が形成されているような話題を想定する。具体的には「大学生が旅行に行くなら,国内か,海外か」というものである。これはどちらの意見が正しいとか望ましいということはなく,またその結論に至るまでの思考過程としても,意見形成のための情報,根拠になり得る情報が様々有り,どちらの意見が多数派になるか,少数派になるかといった傾向性がすぐにはわからない話題である。
このような話題を用いることで,話し合いの参加者は,話し合い開始時点においては,自分の意見の正当性や方向性については全くのニュートラルの状態から始まると考えられ,他者の意見を聴くことによって,意見の変容も自由に行える状況を作り出すことができる。また,自分の意見が当初と変わっても,特に罪悪感を抱かずに済むような話題として適当であると判断した。
したがって,先行研究等を参照したものではなく,あくまでも筆者が本研究のために検討した上での話し合い場面とその設定になるが,この状況の中で,実験協力者を用意して,実験参加者が少数派となる状況を作り出し,その中での意見変容の生起過程を観察するものである。
以上より,話し合い場面で社会的支持者の存在による主観的なサポート受容感によって少数意見者が多数派意見に同調せずに自分の意見を維持し,グループ内の他者に向けて主張することができるのかということを検証する。また,公的自己意識に着目し,主観的なサポート受容感による不安感低減への効果についても検討する。