まとめと今後の課題


 大学では,中学校や高校であった“部活”に加え,“サークル”が存在するが,学生の多くが「クラブ」「サークル」「部活動」などのサークル集団に所属し,大学生の充実感にはサークル集団への所属が,時には学業以上に大きな役割を果たしている。また,大学生は,趣味やスポーツに関連したサークル本来の活動だけではなく,人間関係を求めてサークルに参加している(新井・松井,2003)。履修する授業が個人で異なり,特定の人物との交流が少なくなりがちな大学生にとって,部活やサークルといった特定のメンバーと交流する場というのは個人に様々な影響を与えていることが考えられる。そして,こうした部活やサークルに所属すると,世代交代に直面する。世代交代を行うと,自分たちの世代がその集団の主な役割を果たしていく世代となると同時に,個人に役割が与えられる。こうした世代交代に伴う役割の有無は,「他者から必要とされている存在である,自分自身を価値ある存在としてとらえる気持ち」である“自尊感情”に影響を与えていると考えられる。しかし,こうした自尊感情の変化には,役割の有無だけではなく,個人の向上心や「他者のためを優先として物事に取り組む動機」である他者志向的動機との関連も考えられる。  

 そこで,本研究では,個人が元々持つ他者志向的動機の高低や,世代交代後の役割の有無,役割の種類,個人の特に向上心に関する特性の違いによって,世代交代前後の自尊感情の変化に影響を与えているかどうかについて検討を行った。  

 結果として,以下のことが明らかとなった。第1に,大学生の多くが部活やサークルに所属しているということが分かった。こうした部活やサークルに所属する理由には,「友達ができそう」「将来役に立ちそう」「活動が楽しそう」「大学生活を充実させたい」など様々な理由がある。新井・松井(2003)が提唱しているように,大学生の多くがサークル集団に所属していることが再確認できた。  

 さらに,部活の所属・無所属によって自尊感情(事前事後)に有意な主効果があることが分かった。このことは,世代交代前後関係なく部活やサークルに所属している人の方が,自尊感情が高いことを示している。安藤(2000)が提唱しているように,集団に属することや,他者との関わりが自尊感情に影響を与えていることが再確認できた。  

 そして,代表・キャプテン・リーダーなどと副代表・副キャプテンなどで,自尊感情(事前事後)の得点の変化の仕方に違いが見られることがわかった。このことは,代表は副代表に比べて,自尊感情が上昇した人の割合が多く,副代表は代表に比べて下降した人の割合が多いということを示している。この結果から,役割を与えられるといっても,与えられた役割や仕事によって自尊感情の変化の仕方が異なることが分かった。代表は副代表に比べて,集団において中心的な人物であり,前に立つことが多く,仲間との関わりも自然と多くなるため,自分自身に価値を感じられる場面が多いように考えられる。そのため,自尊感情が上昇した人の割合が多くなったのだと考えられる。それに対し副代表は,代表のサポートを行ったり,集団を陰でサポートするような役割であるため,目立って感謝されることが代表に比べて少ないことが考えられる。そのため,自分が行っていることが本当に集団の役に立っているのか,自分はこの集団にとって必要な存在であるのかが明確にわからないことから,自尊感情が下降した人の割合が多くなったのだと考えられる。  こうした結果から,集団内で必要な存在であるということを感じられる環境を整えることが重要なのではないだろうか。その手立ての一つとして,感謝の言葉を伝えあうことで,メンバーそれぞれが自分の存在価値を実感することができることが考えられる。そのため,役割の有無だけではなく,自尊感情の上昇が見られた代表などの役割を与えられている人について研究を進めることが有効であると示唆される。  

 しかし,課題がいくつか残された。  

 本研究での今後の課題として,まず所属するサークル・部活の規模についての調査が必要であったことが挙げられる。規模が小さい集団であれば,個人に役割が与えられることが通常のこととなり,自尊感情への影響があまりないことが予想される。しかし,規模の小さい集団でも役割を与えられない人物が少しでもいる場合は,役割を与えられた人物よりも与えられていない人物に自尊感情の変化が見られるのではないだろうか。これに対し,規模の大きな集団であれば,特定の個人に役割が与えられるため,与えられた人物と与えられなかった人物ともに,自尊感情の変化がみられたのはないかと予想する。したがって,本研究では調査を行わなかったが,今後の課題として,部活・サークルの規模についても調査を進めることが求められる。  

 そして,本研究では,役割を与えられることは「自分が他者から認められている」「他者から必要とされている人間である」というプラスな点であるとして検討を進めた。しかし,実際には役割を与えられる=めんどうなことを任されたと感じる場合もあるだろう。そのため,役割を与えられることに対して,どのようなイメージを持っているのか,どう感じるかについても調査を進めることが求められる。また,こうした役割をどのように与えられたかということも重要である。役割を与えられ,他者から認められていると感じられるのは,例えば友人や先輩から「あなたにはこうした良い所があるからこれはあなたにぴったりの役割だと思うからこの役割を任せたい」といわれるような場合である。しかし,じゃんけんやくじ引きなどの運まかせで与えられた役割であれば,役割の有無や特性が自尊感情の変化に与える影響は少ないことが予想される。そのため,役割をどのように与えられたかということについても検討を進めることが求められる。  

 最後に,本研究では世代交代直前と直後の自尊感情について実際に事前事後で調査を行うことが難しかったため,想定して回答をしてもらったが,実際に世代交代直前と世代交代直後を分けて調査を行うことで,自尊感情の変化に今回の研究で取り上げた個人の特性や役割の有無,他者志向的動機との関連性が見られる可能性も考えられるため,調査を進めることが求められる。

 また,往信の記述内容を悩みの種類に応じて分類を行ったが,記述した悩みの深刻度や,どれだけ自身にとって重要な問題かについて尋ねていない。筆記療法は,最もストレスフルな出来事を題材として実施されているが,ロールレタリングで用いられる題材は統一されておらず,実施する集団や場面に応じて設定されている。今後の調査において,往信で記述した悩みの重要度を測定し,ロールレタリングの効果との関連について,今後検討する必要があるだろう。