【まとめと今後の課題】

    

 本研究では,活動への熱中のしやすさというフローパーソナリティを身体的活動でフローに入りやすい人(K-AP者),社交的活動でフローに入りやすい人(S-AP者),どちらの活動でもフローに入りやすい人(KS-AP者)に分類し,それぞれのパーソナリティで身体的活動,社交的活動での経験の質や実際に行う活動の種類,フローの種類,疎外感,自己知覚,心理的well-beingなどで,どのような違いが出るのかについて検討をした。その結果,ESMとの関連は見られなかったため,マイクロフローとパーソナリティに関係性はないことが示唆されたものの,少なくとも同じ時点での質問紙調査の結果からK-AP者,S-AP者,KS-AP者というフローパーソナリティが存在する可能性が示された。また,疎外感,自己知覚,心理的well-beingにおいては,フローよりも活動の種類の方が関係性が強いことが示された。そして,日本人は協調性を重んじる傾向にあるため,身体的活動よりも社交的活動の方がポジティブな経験をしやすいことが示唆された。  

 浅川(1999)は,フローは「自己効力感をともなう楽しい経験」を指し,日常生活の中で人が経験する生きがいや充実感と密接な関係を持つと述べている。本研究でも同様に,フローは充実感や満足感,楽しさなどを含む非常にポジティブな経験であることが示された。また,フロー状態の人々は深い注意集中を活動自体に注いでいるため,活動に関わる周囲の情報に敏感となるメタ能力を持っていることが明らかとなった(チクセントミハイ・ナカムラ,2003)。つまり,アパシー状態よりもフロー状態の人々の方が,むしろ活動に関係する他者や周囲の情報に注意を向けていることが示唆された。  

 そして,Csikszentmihalyi & Graef(1975a)の調査では疎外感や自己知覚とフローに関係が見られたにも関わらず,本研究ではフローとそれらの関係性はあまり見られなかった。先行研究と本研究の違いより,日本と欧米における文化価値の違いが示唆された。また,心理的well-beingとフローの関係性もはっきりとは見られなかったが,フローの質が高ければ,心理的well-beingに影響を与える可能性が示唆された。そして,疎外感,自己知覚,心理的well-beingに共通してみられる傾向として,フローとの関係性よりも,活動の種類との関係性の方が強いことがあげられる。日本と欧米の文化差からも明らかなように,日本人は他者とともに生きるという精神が強いため,身体的活動よりも社交的活動の方により価値を見出しやすい可能性が示唆された。つまり,日本と欧米では価値を感じる活動の種類が異なるため,各要因がそれぞれの活動種から受ける影響に文化的違いがある可能性が示された。そして,日本の文化的価値観を踏まえると,社交的活動でフローの質を高めることが心理的well-beingの向上につながると考えられる。  

 また,本研究ではESMとの関連は見られなかったものの同じ時点での質問紙調査の結果から“活動の種類によって価値の見出しやすさが異なる”というフローパーソナリティが存在する可能性が示された。従来の研究では,ESMレポートをもとにフロー経験の多い人をオートテリック・パーソナリティ(AP者)としたり,質問紙調査でフロー頻度を尋ね,そこからAP者の分類を行ったりしていた。しかし,本研究では新たにフローパーソナリティ尺度を作成し,質問紙調査とESM調査を併用することで,フローパーソナリティと実際の活動経験の整合性が見られないことを明らかとし,どちらかの調査方法だけでフローパーソナリティについて議論することに限界があることを示した。そのため,フローパーソナリティ尺度の結果だけでパーソナリティの存在について断言することはできないが,マイクロフローとパーソナリティは関係していない可能性が考えられ,少なくとも同じ時点での質問紙調査の結果からK-AP者,S-AP者,KS-AP者というフローパーソナリティが存在する可能性は見出されたといえる。これより,フローへの入りやすさに活動への価値の見出しやすさが関係しているといえるのではないだろうか。  

 以上より,本研究ではフローやフローパーソナリティについて,多くの成果が得られた。その中でも,フローパーソナリティがK-AP者,S-AP者,KS-AP者に分類できる可能性を見出せたのは大きいだろう。一方,本研究ではフローを測定する質問紙調査やESM調査の限界点についても明らかにすることが出来た。そのため,本研究は今後のフロー研究で進めていくべき方向性を示した重要な研究になったといえる。  

 

 しかし,本研究において四つの課題が残された。  

 一つ目は,フローと楽観性の関係性についてである。本研究では,フローと自己知覚の関係性や,心理的well-beingの関係性しか検討してこなかった。しかし,フロー理論は近年ポジティブ心理学の主要な理論として注目されている(浅川,2012)ことと,本研究でフロー経験が多いと自己をプラスに捉える傾向が明らかにされたことを踏まえると,フローと楽観性は関係している可能性が考えられる。つまり,楽観的な人ほどフロー経験をプラスに捉え,心理的well-beingの向上へとつなげやすいのではないだろうか。そのため,今後,楽観性とフローの関係性について検討を進めていくべきだといえる。  

 二つ目は,フローの質とその他の要因との関係性についてである。本研究においては,フロー状態と活動の質や,フローの多さとの関係性については検討をしてきた。しかし,フローの質と他の要因との関係性については検討ができなかった。心理的well-beingとフローの質に関係性がみられることが示唆されたため,フローの質と他の要因との関係性を今後,明らかにしていくべきであろう。ただし,この点に関し,フローの質をどのように定めるかといった点にも問題がある。単純に,挑戦と能力の質が高ければフローの質が高いとするのか,集中度,充実度,楽しさなど経験の質も含めてフローの質の高さを決めていくのか,といった様々な見方ができる。フローという経験がポジティブな経験であるならば,後者のように経験の質も考慮したうえでフローの質を定めるほうが適しているように思えるが,チクセントミハイ(2016)がフローを生み出す活動が複雑か否かで経験の質に変化が生まれると述べていることから,活動自体の複雑さも考慮すべきであるともいえる。フローの質の扱い方や,そのフローの質と他の要因との関係性についても明らかにしていく必要があるだろう。  

 三つ目は,文化圏の違いについてである。本研究では身体的フローと社交的フローというマイクロフローの型についても検討をしてきた。また,これらのマイクロフローの型と疎外感や自己知覚について検討しているのはCsikszentmihalyi & Graef(1975a, 1975b)だけであり,他には研究されていない。そのため,フローと疎外感,自己知覚についての関係性について再現性を確かめる重要な研究となった。しかし,本研究では再現性が示せなかった。そこで,疎外感や自己知覚とフローの関係性の違いについて文化的側面から考察を進めた。しかし,調べた国も時代も違うため,必ずしも文化の違いとは言いきれない。そのため,フロー種と疎外感や自己知覚において文化的な違いが見られるのかについて,さらに検討を進めていく必要があるだろう。  

 四つ目はESM調査と質問紙調査の併用についてである。本研究では,初めてESM調査と質問紙調査を併用してフローパーソナリティの実態について調査を行った。そのため,従来のフローパーソナリティの測定の仕方に問題があることが明らかとなった。しかし,本研究のESM調査は通常よりも一人あたりから得られるデータ数が少なかった。そのため,ESM調査を従来の回数と日数に戻し,再度,質問紙との整合性について検討をする必要があるだろう。そして,ESM調査はフロー経験が深いフローかマイクロフローなのかを区別することが難しいため,ESM調査の扱い方についても吟味していく必要がある。また,ESM調査や質問紙調査だけではなく,実験を用いて検討することにより,フローパーソナリティによって活動で得られる体験に違いが見られるのかといった研究法もあるだろう。これより,フローパーソナリティについては新たな研究法も加え,更なる検討を進めていく必要がある。  

 

 以上のことを踏まえ,検討を進めることでフロー研究がさらに発展することを期待したい。