総合考察


 本研究では,役割期待が異なる状況において自己呈示がどのように変化するのか具体的な自己呈示の変化の方向を明らかにすることを目的とした。役割期待が異なる状況として期待が異なる場面と所属している異なる集団を想起させ,それぞれの状況での自己呈示と普段の自分の振る舞いの差をみることによって自己呈示の変化を検討することとした。本研究の目的について,以下の3つの仮説を立てて検討した。

 仮説1:調和性期待場面と誠実性期待場面のそれぞれで自己呈示は期待に沿って変化する。
 仮説2:フォーマル集団ではインフォーマル集団よりも誠実的に振る舞い,インフォ―マル集団ではフォーマル集団よりも調和的に振る舞う。
 仮説3:インフォーマル集団ではフォーマル集団よりも場面に合わせた自己呈示の変化が大きい。

 結果として,以下のことが明らかになった。

 第1に,調和性期待場面においてフォーマル集団,インフォーマル集団ともに一般的自己よりも調和性得点は高い値を示した。また,誠実性期待場面においてフォーマル集団,インフォーマル集団ともに一般的自己よりも誠実性得点は高い値を示した。この結果から,調和性期待場面ではより調和的に,誠実性期待場面ではより誠実的に振る舞っていることが示唆された。したがって,調和性期待場面,誠実性期待場面のそれぞれの場面で期待に沿って自己呈示が変化したと判断できるため,仮説1は支持されたといえるだろう。

 第2に,調和性期待場面,誠実性期待場面ともに,フォーマル集団ではインフォーマル集団よりも誠実性差得点は高い値を示した。誠実性差得点が高い値を示したということは,一般的自己よりもより誠実的に振る舞っていることを意味している。特に,誠実性期待場面においてフォーマル集団では誠実性差得点が他の調和性差得点,情緒安定性差得点よりも有意に高い値を示した。
 一方,調和性期待場面,誠実性期待場面ともに,インフォーマル集団ではフォーマル集団よりも調和性差得点で高い値を示したものの,調和性差得点において2つの集団の間に有意差はみられなかった。
 誠実性差得点の集団間の差異の結果から,集団内での地位や役割が行動を規範していることが考えられる。本研究で想起されたフォーマル集団において役割がある人は約半数いたのに対して,インフォーマル集団では役割がある人は10%だけであり,フォーマル集団で挙げられた役割には,所属する部活の部長やサークルの長などの役割が多数挙げられていた。フォーマル集団内での役割は,社会的に特定される地位や役割であり,個人が誰であってもその役割に変更はなく,成員に共有された期待がある(黒川・吉田,2006)ことから,どの場面であっても一定の誠実さは求められていたことが考えられる。
 これに対して,調和性差得点の集団間の差異の結果から,集団でいることや活動すること自体,調和性が期待される状況であったと考えられる。また,一般的自己の合成得点をみると,調和性得点が誠実性得点,情緒安定性得点よりも1近く高い値を示した。この結果から,普段の自分の振る舞いで調和性得点が高かったために,調和性差得点において集団の差がみられなかったことが考えられる。
 以上の結果から,フォーマル集団ではインフォーマル集団よりも誠実的に振る舞うことは示されたといえるだろう。しかし,インフォーマル集団ではフォーマル集団よりも調和的に振る舞うという結果は得られなかった。したがって,仮説2は一部支持されたと判断できるだろう。

 第3に,一般的自己と状況ごとの自己呈示の差の検討したところ,フォーマル集団,インフォーマル集団ともに調和性差得点と情緒安定性差得点における場面ごとの差は小さかった。差得点は普段の自分と状況ごとの自己呈示の差を表している。つまり,フォーマル集団において調和性と情緒安定性については,調和性期待場面と誠実性期待場面で自己呈示にあまり変化はないということがいえる。インフォーマル集団でも同様のことがいえる。
 これに対して,誠実性差得点はフォーマル集団,インフォーマル集団ともに場面ごとの差が大きかった。調和性期待場面ではインフォーマル集団での誠実性差得点が負の値を示し,誠実性期待場面ではフォーマル集団の差得点は0.75という高い値を示した。
 以上の結果から,自己の側面のうち,誠実性が場面ごとに大きく変化するということが推察され,集団の違いによってというよりも,自己の側面が自己呈示の変化に大きく関係していたと考えられる。したがって,仮説3は支持されなかったと判断できるだろう。しかし,本研究で示した誠実性が他の自己の側面よりも場面ごとに大きく変化するという結果は,調和性期待場面と誠実性期待場面の2場面に限った話である。今後,他の場面も含めた自己呈示の変化の検討が必要となるだろう。