【本稿のまとめと今後の課題】

 本研究では個人特性の他者理解に着目し,アイロニー発話の肯定的・否定的な受け取りやすさについて検討してきた。その結果,極めて親しい友人を想起した場合では,他者理解度が高い方が,同じアイロニー発話であっても肯定的に受け取りやすいということが明らかになった。また,アイロニー環境を把握していなくても,他者理解度が高ければ極めて親しい友人を想起した場合にはアイロニー発話を肯定的に受け取りやすく,極めて親しい友人以外を想起した場合にはアイロニー発話を否定的に受け取りやすいという傾向がみられた。
 以上から,他者理解という個人特性はアイロニーの受け取りやすさに影響を及ぼす要因になっていると考えられる。

 今後の課題として以下の点が挙げられる。
 大学生を対象とした調査を行おうと考えていたので,身近で想像がしやすい旅行の場面を本研究では用いたが,旅行はそこまで親しくない人とは行く機会が滅多にないため,想起する人物との親密さに違いをはっきりとさせることができなかった。先行研究では「極めて仲の良い友人」と「親友とまではいえない友人」を想起させそれぞれ別の被験者に回答を求めていたが,本研究では同じ人物にA・Bの評価を求めたためわかりやすくするためにBの説明を「Aほどではない仲の良い友人B」とした。他の場面を提示し,「頻繁に話す極めて仲の良い友人A」と「同じ学部であいさつを交わす程度の友人B」といった説明に変えることで極めて仲の良い友人Aを想起した場合と,Aほどではない仲の良い友人Bを想起した場合との比較がきちんとでき,アイロニー評価が変化するのではないかと考えられる。
 今回提示した場面設定で社会人を対象に調査を行っていたら,仮説通りの結果が得られていた可能性がある。調査対象の集団による結果の違いを検討することも有効であると思われる。
 また,本研究ではアイロニー環境を把握しているかどうかを確認するための指標がなかったため,「話し手の期待」に関しては自由記述で回答を求めた。被験者が期待を読み取れている場合でも,回答の言葉が足りずに読み取れていないとみなしてしまったものがあるかもしれない。今回無回答は読み取れていないとしたため,記述が面倒で実際には期待を読み取れているのに,無回答としたものがアイロニー環境を把握していない群に含まれていた可能性がある。ちゃんと信頼性のあるアイロニー環境を把握しているかどうかを確認するための指標があれば,結果が変わっていたかもしれない。これらの点については本研究では明らかにすることができなかったため今後検討するべき課題とする。