考察
本研究では,津市の伝統ある津観音に続く大門商店街の景観に焦点を当て, 景観色彩の違いによる印象について検討した. これらの目的をふまえ,本研究では以下の4つの仮説を立てて検討を行った.
仮説1:ノスタルジア傾向が高い人はノスタルジア傾向が低い人に比べてにぎやかさ・伝統性を感じやすい
仮説2:彩度を落とした茶色は伝統性を感じやすく,四つの画像パターンを比較した時,暗い茶色の評価が高い
仮説3:彩度を落としていない茶色や観音風はにぎやかさを感じやすい
仮説4:大門地区住民とそれ以外の住民とで色彩印象に差が出る
1. 各画像評価の比較
一般回答のにぎやかさ評価順位はそれぞれに有意な差があった.高い順から,茶色,観音風,暗い茶色,無加工の順であった.これはノスタルジア傾向の低群・高群どちらも同じであった.また伝統性評価もノスタルジア傾向の低群・高群どちらもにぎやかさ評価順位と同じでそれぞれに有意な差があった.高い順から,茶色,観音風,暗い茶色,無加工であった.大門関係者回答は以下にまとめる.
大門商店街のノスタルジア傾向低群のにぎやかさ評価は高い順から,観音風,茶色,無加工,暗い茶色.伝統性評価は,茶色,無加工,暗い茶色,観音風であった.ノスタルジア傾向高群のにぎやかさ評価は高い順から,観音風,茶色,暗い茶色,無加工.伝統性評価は茶色,観音風,無加工,暗い茶色であった.
景観保全のために景観条例を掲げている市区町村は多く,津市も色彩を,周辺のまちなみとの調和に配慮するように,マンセル表色系(色彩基準表参照)において各色相に応じ明度・彩度の上限を定めている.そのため,彩度を落とした茶色に対して伝統性を感じやすく,評価が高いことを予想した.しかし本研究の結果では四つの画像パターンを比較した時,総合的に見て暗い茶色の評価は低く,一番に茶色,次いで観音風の評価が有意に高いことが示されたため,仮説2は支持されなかった.刺激画像の作成に関して,配色が不自然でなく自然に近い配色が高評価になる傾向が明らかになっている(長内・川端,2020).このことからも大門商店街に馴染みの深い津観音の朱色で作成した「観音風」と生活でよく目にする「茶色」が支持されたことが推察される.
2.一般回答と大門関係者との比較
一般回答でも大門関係者回答でもにぎやかさ評価の上位は茶色と観音風であり,仮説3は支持された.結果では,彩度を落としていない茶色が総合的に評価が有意に高く,にぎやかさも伝統性も感じやすいことが明らかになった.一般解答者のノスタルジア傾向高・低群どちらでも茶色の写真がにぎやかさ・伝統性共に得点が高く写真が評価された.しかし大門関係者のノスタルジア傾向低群ではにぎやかさ得点は観音風の写真が高く, 伝統性得点は茶色が高かった.大門関係者回答のノスタルジア傾向高群は茶色の得点とは僅差であるが,にぎやかさ・伝統性得点共に観音風の写真で一番評価された.このことから大門商店街に馴染みのある人と馴染みのない人で評価が異なることが示唆される.佐藤(1999)は地域住民の無意識心理のうちにはエリアアイデンティティカラーが根強く潜んでおり,それは地域住民の色の嗜好を調査することで引き出せるとしている.また,そもそも場所とはこれらのことから大門地区の地域住民には無意識にエリアアイデンティティカラーが根強く潜んでおり,今回の調査においても地域のランドマークである津観音の朱色を評価したように揺るがない心理が影響したのではないかと考察する.住民は生活地としての側面もあり,普段から見慣れた風景であることから津観音の朱色は生活風景の一部であり,朱色に対しての馴染みが一般回答者よりもあったことが考えられる.
3.大門商店街に合う色の検討
一般回答と大門関係者の結果を総合的に見ると,にぎやかさ・伝統性ともに「茶色」と「観音風」の評価が有意に高く,「暗い茶色」と「無加工」の評価は低かった.景観計画に沿って明度や彩度を落とした暗い茶色が定められているが,今回の結果では反対の結果となった.このことから,必ずしも景観計画に沿った落ち着いた色が景観に合うということではなく,景観計画はあくまで景観を崩さないために定められたものであることが考えられる.「茶色」の評価が高かった要因には,茶色が馴染みの色だったことが考えられる.「茶色」は木造家屋やフローリングなど,住まいの中に取り入れられることが多く,身近に接している色である.家の中を見ると家具やインテリア,内装にも使われ,木や大地の色でもあることから,私たちにとって馴染みの深い色であることは確かである.「観音風」の評価が高かった要因には,津観音に続く商店街として,津観音に合わせた周りの景色との調和が反映され,色が評価されたことが考えられる.このことからエリアアイデンティティを意識した色合いが大門商店街にはふさわしいのではないかと考える.現在大門地区には,景観計画がなく,景観を保全する動きが強まっていないが,これから景観計画を進めるのであれば,今回結果で高く評価された「茶色」や「観音風」のような色を検討することが効果的であろう.
4.ノスタルジア傾向
一般回答のノスタルジア傾向高・低群それぞれのにぎやかさ・伝統性得点を比較するとノスタルジア傾向高群が高かった.大門関係者回答でも一般回答ほどの差は見られなかったがノスタルジア傾向高群の方が高かった.仮説1は支持された.
また仮説とは別にノスタルジア傾向の低群高群で群分けした時の平均年齢は低群42人の平均年齢は40.26歳(10代1人,20代12人,30代0人,40代22人,50代8人),高群48人の平均年齢は30.12(10代3人,20代27人,30代5人,40代9人,50代3人)であった.このことから青年期はノスタルジアを経験しやすい時期であるという長峯・外山(2016)の結果が支持された.
5.にぎやかさと伝統性について
にぎやかさと伝統性について捉え方の違いで評価が分かれると予想したが,にぎやかさを感じれば,伝統性も感じている結果が示唆された.にぎやかさ・伝統性を感じる要因として,大門商店街の風景や様子が反映されたのではないか.今回は,大門商店街の一部の景観を切り取った画像での実験だったため,大門商店街の景観を全体的に見渡せるように工夫すれば結果は変わったかもしれない.また,ネットでのアンケート調査でスクリーン上での画像の閲覧となったため,各々のスクリーン画面の明るさも影響した可能性が推察される.
千利休が大切にしていた侘び寂びはこの世の儚さや人生の儚さ,落ち着いた寂しい枯淡な感じとされている(吉村・山田,2017).これはノスタルジアと少し似た感情が含まれている.侘び寂びの美意識を内包した伝統的建築物は多く,例えば,世界遺産である東山慈照寺(銀閣寺)や国宝で重要文化財に指定されている妙喜庵などがあげられ,現在古き良き景観の一部として保全されている.侘び寂びを大切にした色彩は自然界の素材の色を活用し,自然界に見られる色合いとの馴染む簡素な色彩であり,木や土などの自然の素材の持つ美しさと味わいを持った茶色や緑系を中心とした彩度の低い「渋い中間色」を表している(吉村・山田,2017).さらに日本文化では観音時に使われている紅白をめでたく喜ばしい,明るいという意味で受けとられている.例えば,祝いの席の紅白幕や,紅白の水引,紅白餅,紅白まんじゅう,紅白かまぼこ,紅白なますなど縁起物として用いられる(吉村・山田,2019).これらのことから,「茶色」や「観音風」ににぎやかさや伝統性を感じる傾向が見られたのだと考察する.また,刺激画像の作成に関して,配色が不自然でなく自然に近い配色が高評価になる傾向が明らかになっている(長内・川端,2020).このことからも大門商店街に馴染みの深い津観音の朱色で作成した「観音風」と生活でよく目にする「茶色」が支持されたことが推察れる.観光地としての大門商店街であっても,居住地としての大門商店街であっても,にぎやかさ評価と伝統性評価は同じ傾向であったため,にぎやかな印象も伝統的な印象も保ちながら保全していけるはずである.この結果から地域による色嗜好を反映しながら景観計画を進めることができるのではないかと考察する.