【問題と目的】


1. はじめに
 「恋愛」は常に人々の高い関心を集めてきたが,2000年代に入り,日本の恋愛に関する事情は大きく変化している。
 例えば,1990 年代に比べ,恋人がいる者の割合や交際経験がある者の割合が低下していることが示されている(日本性教育協会, 2013)。また,草食男子(深澤, 2007)に代表されるように,恋愛に積極的ではない若者や恋人を求めない若者が注目されるようになってきている。留まることなく進行する晩婚化・未婚化現象,それと連動して起こる少子化の傾向を問題視してか,昨今は人々に恋愛や結婚を過剰に意識させるようなメディア情報があふれている(大森,2014)。さらに,セクシャルマイノリティ(LGBT)が広く認知されるようになり,同性間での恋愛関係も徐々にではあるが受容されるようになってきている。
 このような現代の恋愛事情の背景として,スマートフォン,そしてソーシャルネットワークサービス(以下SNSと表記する)の普及がありそれらが人々の生活を大きく変化させたことは言うまでもない。その意味で,スマートフォンのような情報ツールが青年に広く普及したことにより,交際の仕方がこれまでとは異なっている可能性も考えられる(高坂,2016)。特に若者において,SNSは対人関係の構築や維持に大きな影響を与えている。恋愛関係においても,勿論例外ではない。SNSの普及以前も,親密な男女や恋人同士の間で,メールや電話等で連絡を取り合うことはしばしばあったであろう。しかし,InstagramやTwitter等のSNSメディアを利用することで,出会う人の幅が広がったり,一緒にいない時でも相手がリアルタイムで何をしているのかを知ることができたりするようになった。また,LINE等を利用することで通話料金を気にせず通話を楽しめたり,あるいはメッセージでのやりとりがしやすくなったりもした。これらのことは,恋愛関係を構築するうえで重要なコミュニケーションの手段となりえる。
 そしてSNSの多くは文字ベースの非対面型コミュニケーションであり,対面場面よりも伝えづらい,あるいは伝えることのできない感情を表出するための手段として,顔文字(emoticon)や絵文字(pictogram),LINEにおいてはスタンプ等がある。利用者はこれらを自在に駆使することで,自分の気持ちを上手く伝え,相手とより親密になれるよう円滑なコミュニケーションを図っていると考えられる。

2. 恋愛関係の構築について

2-1. 日本における恋愛に関する質的研究

 世間の高い関心のもと,恋愛に関する心理学的実証研究は,欧米では 1970年代から始まり,日本においても 1980 年代以降,徐々にその数を増やしている。松井(1990)は,1990 年までの日本における恋愛研究のレビューを行い,日本の恋愛研究には,「恋愛の発達」,「恋愛中の意識や行動」,「性行動の発達」のような青年心理学の分野における研究と,「恋愛の進行と崩壊」,「恋愛感情と意識」,「恋愛に対する態度や認知」,「異性選択と交換理論」などの社会心理学の分野における研究に分けられるとしている。
 また,立脇・松井・比嘉(2005)は,1985年 4月から 2004年 3月の間に6つの学会と5つの学会での大会で発表された研究を対象に,恋愛研究の動向を検討している。その結果,第一に,1995 年以降,恋愛研究は,①コミュニケーションなど特定の内容に関して詳細に検討する方向(内容の細分化),②交際中に限定せず,恋愛の前後の現象を扱う方向(対象の時間的拡大),③対処行動が必要となる恋愛の負の側面を扱う方向(恋愛の捉え方の多様化),④恋人関係を独立して捉えず,他の人間関係の中に位置づける方向(恋愛関係の相対的理解),という4つの方向で発展した。第二に,青年心理学分野における研究発表はほとんどなく,恋愛研究は社会心理学分野を中心に発展してきた。そして第三に,調査方法の多くが質問紙法であった,などの知見を示している。立脇ら(2005)が示したように,調査方法に偏りはあるものの,日本の恋愛研究は着実に知見を積み重ね,また対象とする現象を広げてきているといえる。

2-2. 恋愛関係における親密化のプロセス
 ところで,男女が親密になっていく過程にはいくつかのルールがある(大坊,2004)。基本的には,カップル二者の親疎に対応してコミュニケーション特徴は変化し続けるものと言えよう。金政・大坊(2003)は,親密さが基本的には具体的な当該の対象者との関係に依存するものではあるが,一種の基本傾向と言える心理性の存在を仮定している。これを「恋愛へのイメージ」とし,現在の親密な異性関係の有無や特定の親密な関係の特質に影響されることの少ない,比較的長期に渡って安定し得るであろう個人の持つ恋愛観や恋愛に対して抱くイメージとして捉えている。 Berscheid,Snyder,&Omoto(1989)は,二者関係における相互依存性を重視し,相互依存性の高い関係が親密な関係であると規定し,その相互依存性の程度は4つの行動特性によって表されるとしている。すなわち,(1)互いに影響を与え合う頻度,(2)その影響の強さ,(3)影響を与え合う活動内容の多様性,(4)頻度が多く,影響が強く,多様な活動を行っている期間の長さ,である。そして,これらの行動特性を測定する尺度(Relationship Closeness Inventory;RCI)を作成している。大坊(1992)は,RCI尺度の日本語版を作成し,オリジナル項目の改訂および追加を行い,RCI尺度を構成する各行動特性について,性別と対象者との関係などとの関連を検討している。その結果,恋人関係は友人関係よりも会う頻度 は少ないが,電話による会話回数や一日の接触総時間は長いことや,排他的デート相手との方がそうではないデート相手(複数)とよりも接触機会が多く,接触時間が長いことなどが明らかになっている。
 関係の変化は環境や個人的特徴や関係の条件によっても影響され,しかもこれらの要因は両者のその後のエピソードにも影響する。フィルタリング・モデル(Kerckhoff & Davis,1962)では,配偶者選択のプロセスは,互いの特徴についての当てはまりのよさについての判断の連続と考えている。互いが相手のことを知るにつれて,当該の段階に応じたフィルターを通して互いの情報を得ることにある。関係の初期では,入手できる情報は相手の外見や社会的な地位などに限られているが,しだいに相手の相互作用的な表現法や態度や価値観について類似しているか否かが分かってくる。さらに,双方の欲求や役割を理解でき,相手の不足を補う傾向が重要になっていく。このモデルでは,時点ごとに,現在得るものや将来の展望が好ましければ,互いに相手との関係を続け,そうでなければ関係を冷却しようと決めるとしている。このように,相手の特徴如何によって,ふるい分けを行なうことで,関与の程度を増減させ,現在の水準に応じて関係を続けていくことになる。
 大坊(2004)によると,関係の始まりは,新奇さや覚醒を経験することによって特徴づけられるのに対して,関係の中期の特徴は,なじみ,予測性や認知的,情動的緊張の低減にあるという。さらに次の段階は,結婚の満足度の変化,子の出生や配偶者の重篤な疾患などの重大な出来事が生じ得る時期である。安定した関係から崩壊の段階へと変化するプロセスについて,関係の崩壊は両者の快適な結びつきの強さ,多様性,頻度が減少することに対応している。関係によって得るものに満足できないという感情が伴うものでもある。相互の解釈を尊重するならば,一方かあるいは両者が以前の状態よりも現在を望ましくないと見なした時に関係の崩壊が始まる。そして,自分に益をもたらさないと認知した相手に対して支持的な行動をあえてとろうとはせず,ついには双方の判断の変化も起こる。また,互いに相手を非難し合ったり,文句を言い合ったりするなどの相互作用も見られる。関係を展開していく際に築き上げられてきた個人と環境の要因問の連携が決裂してしまえば,パートナーとの間に硬く結ばれた連携を再構成しなおさなければならない。

2-3. 恋愛関係の構築におけるコミュニケーション
 和田(1990)や大坊(2003)の諸研究によると,関係の初期から親密さが増す過程においては,いずれのコミュニケーション・チャネルにおいてもその活発さは上昇する。しかし親密さがある程度高くなった段階で停滞する。さらに親密さが増すと現象としてのコミュニケーションの直接性は減退するという曲線的な関係があるという。加えて大坊(1990)は,親密さ上昇時には主に好意機能が発揮され,さらに高度に親密な段階になると察知や以心伝心が発揮される(メタ・コミュニケーションの発揮)ので,むしろ現象としてのコミュニケーションが減退するとしている。さらに,崩壊時には,監視・支配の機能が優先されるというように,コミュニケーションに込められる機能が変化する。これを「コミュニケーション機能の多段階変容説」としている。
 またHarvey&Omarzu(1997)は,当該の両者間に行われる相互作用のあいまいさを低減し,率直に示された自分を示し合うことを対人関係の前提としている。互いに自分を開示し合 い,かつ,推測し合うことを繰り返すこと(互いの意を伝え合うこと)が,自他の当該の場の親密さを維持し,崩壊を避ける重要な保守過程と言える。
 良好な恋愛関係に影響を及ぼす要因(変数)はいくつか考えられる。Cate, Levin, & Richmond (2002) は,自己開示,相手と会う時間,行動の多様性,互いに影響を及ぼし合う程度, 代替可能性の低さ (相手以外のパートナー候補がいないこと)などを,関係の安定性(stability) と関連のある要因として挙げている。そのほかにも,大坊 (1990) や和田 (1996) によれば,発言の頻度や視線の交錯の増加, 相手と話すときの物理的距離 (パーソナルスペース)の短縮といったノンバーバルコミュニケーションの直接性 (immediacy) が,関係の親密化と関連するとされている。
 さらに,日々のやりとりや習慣化された行動などの日常的に行われるコミュニケーション(以下「日常的コミュニケーション」と記す) も恋愛関係の良好さと関連する。Duck, Rutt, Hurst, & Strejc (1991) は,日々の出来事や状況に目を向け,日常的な習慣となっているようなコミュニケーションを検討すべきだと述べている。ここで言う日常という言葉の字義は,「普通のこととして毎日のように繰り返し行われること」 (山田・柴田・酒井・倉持・山田, 2005) である。Goldsmith & Baxter (1996) によると,会話の相手を恋人に限定した結果をみると,その日にあった出来事の報告,朝の習慣的な会話,冗談,うわさ話,好意や愛情の表現,遊びの計画などが頻繁に話されていたという。そのうち,他の関係 (友人や家族など) と比較すると,その日にあった出来事の報告,朝の習慣的な会話,好意や愛情の表現が多いことが特徴的であった。その日にあった出来事の報告は,自己開示の1つと考えられるが,自己情報を即時的に伝達する点に特徴がある。このような即時的伝達という視点からの自己開示研究は少ない。自己開示は,対人関係の親密化において,自他の類似性・異質性を認知し,互いの行動調整を促すことが主な役割と考えられている (下斗米, 1990)。また,好意や愛情の表現と朝の習慣的な会話はいずれも,相手への愛情や親密感を伝達する行動と考えられる。このような自己情報の即時的伝達,愛情や親密感の伝達が,恋愛関係における日常的コミュニケーションの特徴と考えられるだろう。

3. コミュニケーションツールとしてのLINE
 現代青年の対人関係の形成・維持は対面だけでなされるわけではなく,先述の通りソーシャルメディアとしてのインターネットは欠かせないものであろう。実際,SNSの利用は,それが日本社会で普及され始めた当初から,青年が積極的に利用している様子が観測されており,平成30年の『情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査』にもそのことが表れている(総務省情報通信政策研究所,2019)。SNSの中でもLINEは,比較的多く利用されており,その利用率は10代で94.4%,20代で95.7%と非常に高い(総務省,2020)。LINEは,主なコミュニケーションツールの1つであると言えるだろう。
 LINEはSNSの中ではインターパーソナルなものとして分類され,情報発信や相互作用する相手が限定された比較的クローズドなメディアとされる(鈴木・遠藤・神野・松下・安岡・新島,2015)。つまり,一般的なSNSとは異なり,既知の他者とのコミュニケーションのために用いられることが多いといえる。
 また,LINEでのやりとりは,視覚的匿名性の高い状態でのコミュニケーションであり,自己開示の比率や中程度の親密度の自己開示が展開されやすいことが示されている(Joinson, 2001; Tidwell & Walther, 2002)。古谷・坂田・高口(2015)は,そのような状況下での自己開示は対面での自己開示を土台として相手との関係の親密さに寄与するという。さらに,非対面での自己開示は人間関係維持行動へと関連し(Abeel, Schouten, & Antheunis, 2017),自己開示がソーシャルサポートを受けることにつながり,対面と非対面両方の自己開示を促すという循環が生じることも示されている(Trepte, Masur, &Scharkow,2018)。加えて,ネガティブ,ポジティブの両方の感情をコミュニケーションの中で表現することを適切とする規範は他のソーシャルメディアよりも受容されている(Waterloo, Baumgartner, Peter, & Valkenburg, 2018)。
 以上のことから,本研究では,恋人関係の構築,維持と発展における非対面型コミュニケーンとして,主にLINEを取り上げて検討する。

4. 絵文字について
 現代では,携帯情報端末の普及・浸透によって,メールやLINEを通じた非対面型コミュニケーションは日常の生活のなかに普通に組み込まれている。それらは言語情報が中心で,表情や身振り,声の調子など非言語情報が利用できないことが多い。そこで,非言語情報の欠如や不足を補完するため,メールの文章の中に顔文字や絵文字がしばしば付加される。顔文字とは,文字や記号を組み合わせて表情を表現する文字/記号列であり(e.g., Rezabek & Cochenour, 1998; Thompsen & Foulger, 1996), 欧米では“:-)”のように反時計回りに90度回転させた倒立型の顔文字が一般的であるのに対して,日本では“(^^)”のように正立型の顔文字が一般的である(荒川,2007)。
 近年は,従来の顔文字に加え,表情,気持ち,食べ物,動物,天気,乗り物などを表現した小さな画像である絵文字が実装され,頻繁に用いられている。絵文字の方が顔文字よりも感情伝達を促進する効果が強く,付加した場合に外向性や友好性を高めること(竹原・栗林,2006),現在絵文字の方が広く使用されていることが報告されている。サービス開始当初は日本特有の文化だとされていた絵文字だが,2010年には文字コードの国際標準Unicode 6.0でサポートされるようになり,iPhoneでは2011年のiOS5から日本語以外の言語設定でも絵文字キーボードが使用可能になった(ITmedia, 2011)ことで,今や絵文字を用いてメールを装飾するようなコミュニケーションスタイルが国際的にも確立されつつある。
 このような絵文字の普及を考えると,電子メールにおける絵文字の付加が感情伝達に及ぼす効果を明らかにし,顔文字の付加による効果と比較することは,非対面型コミュニケーションでの円滑なやり取りを促進するために重要な手がかりを提供するものと考えられる。

4-1.絵文字及び顔文字の機能と対人関係に及ぼす影響
   メッセージに付加された顔文字は受け手の印象や感情に影響を及ぼす。田口(2005)によれば,メッセージに顔文字が付加されると「明るくおもしろい」といったポジティブな印象を与えるという。一方,メッセージに顔文字がある場合の方が,ない場合に比べて,受信者のネガティブな感情を緩和すること(荒川・鈴木,2004),送信者がより外向的でフレンドリーであると評価すること(Fullwood&Martino,2007;竹原・佐藤,2003)が報告されている。また,北村・佐藤(2009)は表情以外の絵文字の付加による影響について検討しており,絵文字を付加することで親近感やポジティブさの印象が全般的に増加することが分かっている。さらに,顔文字が付加されたメッセージの印象は,年齢にかかわらず日頃からの顔文字への接触頻度に依存する(荒川・中谷・サトウ,2006)。具体的には,普段から顔文字への接触頻度が高い受信者では顔文字が付加されたメッセージは付加されていないメッセージよりも印象が良く,逆に顔文字への接触頻度が低い受信者では顔文字が付加されたメッセージへの印象が低下した。
 また,先行研究によると,メッセージが有する感情価に一致した感情を表現する顔文字を付加することで,受信者がメッセージから感じる感情の度合いが促進されうることが示されている。竹原・佐藤(2004)は,喜びの感情を表す内容を含んだメッセージに喜びを表現した顔文字を付加することによって,顔文字を付加しない同じ内容のメッセージに比べて,喜びの感情を強く伝達することが可能であるという感情伝達促進効果を報告した。喜びの感情を表す顔文字の付加による感情伝達促進効果は,その後の研究でも一貫して認められており(竹原,2007;竹原・栗林・武川・水岡・瀧波,2005),その頑健性が示唆されている。一方で,悲しみと怒りの感情については,メッセージの内容と一致する顔文字による感情伝達促進効果が認められる場合(竹原,2007)と認められない場合(竹原・栗林・武川ら,2005; 竹原・佐藤,2004)がある。感情伝達促進効果が発揮されない場合においてはむしろ感情の伝わり具合が弱くなるという結果が得られており,深い悲しみや大きな怒りを伝えたい場合には顔文字の付加は適さないと考えられることが分かった。この原因として,顔文字を付与することで外向性や友好性が上昇する一方で真実性や誠実性が低下する(竹原・佐藤,2003)こと,顔文字を付与するくらいの心の余裕があるならば悲しみや不安の程度もそれほどではないだろうという推測が働いたことが考えられる。このことから,大きな悲しみや不安など強いネガティブ感情を伝えたい場合には顔文字や絵文字の使用が抑制されると考えられる。
 また,Rezabek&Cochenour(1998)は,顔文字が用いられる場合,笑顔の顔文字の使用頻度が最も高いことを明らかにした。これらのことから,喜びなどポジティブな感情を伝えたい場合には特に顔文字や絵文字の使用が促進されると考えられる。

4-2.絵文字及び顔文字の使用スタイル
 メッセージの送信者側について,荒川(2005)は,3種類の顔文字の使用スタイルがあることを報告した。第1のタイプは自立的使用型であり,相手が使おうと使うまいと関係なく顔文字を使用するのが普通であるタイプ。第2のタイプは自立的不使用型であり,相手が使おうと使うまいと関係なく顔文字を使用しないのが普通であるタイプ。第3のタイプは従属的使用型であり,相手が顔文字を付与している場合には使う,相手が使ってこない場合には使わないというタイプである。また,メールにおける顔文字の付与には性差があること(Witmer&Katzman,1997;Wolf,2000;村瀬・井上,2003),および男性同士が顔文字のやり取りをするのは気持ち悪いという規範が一部の人間の間で存在していること(荒川,2005)がこれまでに報告されている。
 木村・山本(2017)は,非対面型コミュニケーションにおける顔文字の使用にも,対面場面における表情表出と同じように返報性の規範が影響していることを指摘した。ここではメッセージの交換相手として友人を設定している。上下関係がある場合には返報性が生じにくく,対等関係の場合には返報性が生じやすいからである(Goulder,1960)。例えば,送受信メールともに顔文字が付与されていない(返報性がある)場合に比べて,自らが顔文字を付与したにもかかわらず友人からの受信メールに顔文字が付与されていない(返報性がない)と,ポジティブ感情が低く,ネガティブ感情が高くなる。このことをふまえると,多くの人は顔文字の使用スタイル(荒川,2005)において従属的使用型の態度をとると考えられる。   

4-3.絵文字及び顔文字の使用とメッセージ交換相手との親密度
   相手との間柄も顔文字の使用スタイルに影響を与える。加藤・赤堀(2006)によれば,親友など親しい関係において顔文字がより使用される傾向があるという。一方,山本・木村(2016)によると,親しい友人関係では顔文字があまり使用されないのに対して,未知関係では顔文字の使用が促進されることが分かっている。親しい関係においては,相手は自分のことを理解してくれているという透明性の期待が高まることにより,顔文字使用が抑制され,反対に未知関係では一時的に公的自己意識が高まることで,相手からの評価を気にするとともに親しさの自己呈示を狙って,顔文字使用が促進されるという。また,加藤・島峯・柳沢(2008)は,親しさの度合いによって顔文字の数は変わらないものの親しい間柄の相手の方が使用される顔文字の種類が増えるとする。この点に関してはまだ一貫した結果が出ておらず,検討する余地がある。
 しかし前述(2-3)の通り,恋愛関係にある二者では,親密さ上昇時にはコミュニケーションが活発に行われるものの,ある程度親密さが高くなった段階で停滞し,さらに親密さが増すと察知や以心伝心が発揮されるため現象としてのコミュニケーションの直接性は減退するとある。ここで,絵文字は感情伝達補完の役割を果たすものであるため,一定の親密度を超えると二者の間にメタ・コミュニケーションが発揮され,絵文字を付加しなくとも円滑なコミュニケーションが図られると考えられる。
 よって筆者は,関係初期から親密さ上昇時には絵文字を付加する頻度が高く,ある程度親密な関係になると絵文字を付加する頻度が低くなると予想する。

5.質的研究・ナラティヴ研究について
  
5-1.質的研究とは
   質的研究とは,記述的なデータを用いて,言語的・概念的な分析を行う研究法を指す。“質的”とは,非数量的と言う意味であり,数量的測定に頼らない研究は広義の質的研究と言える。質的研究は論理実証主義への批判から生まれた(灘光・浅井・小柳,2012)。合理的パラダイムが前提とする唯一かつ普遍的真理への懐疑,研究者の価値中立性や客観性を所与の条件とする研究姿勢への疑問,現実を因子に細分化しそれらの相関関係をみようとすること(量的研究方法)で逆に捨象されてしまうものへの視点などに応える知的枠組みとしてとらえることができよう。質的研究では,プロセスや物事が起こる文脈を重視し,研究対象者の発話や態度を尊重しながら記録をとること,データに忠実な態度を維持することが求められる(やまだ,2008)。
 質的研究が適している課題として,①ほとんど知られていない,また既知の理解では不十分な領域を理解するために,対象を新たな視点から見直したい,②複雑な状況や多重的な背景を持つデータ,変化しながら移ろいゆく現象の意味を理解したい,③ある状況やそれを経験しているプロセスにいる対象から,彼らがそれに置いている意味や彼ら自身が経験している解釈の仕方を学びたい,④研究者自身のものの見方や既存の研究結果ではなく,現実を反映した理論や理論的な枠組みを構築したい,⑤現象を深く詳細に理解したい,といった場合が挙げられる(高木,2011)。

5-2.語り(narrative)とナラティヴ研究
 近年,心理学の諸領域で,語り(narrative)を鍵概念に据えた研究(e.g,Sarbin,1986;Bruner,1998 :Nelson,1989)や実践(e.g,White &Epston ,1992;Anderson&Goolis?han,1997;野村,2002)が盛んになってきている。ナラティブ研究は質的研究のひとつで,初期には,自らの語りを用いて抽象的な概念を説明しようとしたが,最近では,「解放と共感」(現実に対する代替案を生み出したり,他者を理解しようとするもの)という目的を強調したものもある(ガーゲン,2004)。
 語り(narrative)は,われわれ人間の在りように対する理解の手がかりとして,心理学,社会学,歴史学,文化人類学など多様な領域において研究の対象とされてきた。心理学においては,1970年代頃に「ナラティブへの転回(narrative turn)」と呼ばれる現象が生じ,ナラティブ―語り―への関心が高まってきたと言われている(McLeod, 2000/2007)。それらの関心は,従来の心理学が客観性,普遍性,一般性の名の下で排除してきた要素や側面,つまり人間の精神生活のリアリテイを取り戻そうとする試みに基づいていると言ってもよい(野田,2020)。 ナラティブという概念は用いられ方も幅が広く,その定義は多義的で一枚岩ではない。ナラティブをストーリー(物語)と同義に用いることもあれば,複数の出来事を時間軸上に並べたものがナラティブで,それにプロット(筋立て)が加わったものをストーリーとみなすこともある(野口,2009)。「語る」という行為と,行為の産物としての「物語」を同時に内包するという両義性を兼ね備えた用語であることがナラティブの捉え方に幅をもたせているともいえる(野口,2009)。例えば,話し手と聴き手の相互行為から生ずる意味の生成を重視するやまだ(2000)は,「二つ以上の出来事を結びつけて筋立てる行為」を「物語」の本質的な定義としている。また,ナラティブは限定的な意味で用いられているときと,より広義にとらえられているときがある(能智,2006)。前者は形式からナラティブを判別する場合,後者は「素材としてのナラティブ」で,たとえ構造的にはナラティブの要素を含んでいない発話であっても,その語られたことが語り手の主観的な世界を知る手がかりとして扱うことができれば,その語りはナラティブと呼ばれることになる。
 さらに,フリック(2002)によれば,物語が完結するまで話す(完結性),必要なことだけが話される(取捨選択性),必要な背景情報/文脈が述べられる(文脈性)といった要素を兼ね備えたものがナラティブになるという。一方,Riessman(2008)は,ナラティブの特徴として,Phil Salmonの定義「ナラティブは,そのような形式をとらなければ,まとまりもなく,分断されてしまうような,意味をもったパターンのこと」をあげ,その定義に幅をもたせている。能智(2006)はナラティブの多重性を指摘し,「思考としてのナラティブ(主観的世界)」「行為としてのナラティブ(相互作用,言語の実践,働きかけ)」「産物としてのナラティブ(パロール,発話,語り,意味付け)」「社会文化のなかのナラティブ(言説)」のどの部分を中心にして「ナラティブ」という用語を用いているのか,何を分析の対象としているのかを自覚する必要があると述べる。
 このようにナラティブという概念に意味の広がりがあることは否めない。異なる分野で用いられていることが,ナラティブの定義を重層的にしているともいえる。ひとつの定義に収束することはできないが,ナラティブに対するアプローチには,(1)語り手の主観的世界に注目する,(2)現実は言語活動によって構築される,(3)現実は一枚岩ではなく複数の意味付けが同時に存在する,などについては共通理解があるように思われる(藤本,2003)。語りは言語活動である限り,他者の存在が前提となっているが(Bakhtin, 1986/1988;藤本,2003;岩野,2010),特に調査面接では,語り手は第三者に聞かれることを意識して語るという構造を有している。Flick(2007,2011)によると,質的研究では,発話データを実際に起こったことの再現または表象と見なす立場と,主観的もしくは社会的に構成される表現様式と見なす立場がある。社会構成主義的な立場からは後者の見方が支持されており,調査面接は社会的現実の再構成の場であり,そこで生み出される語りは語り手と聞き手の対話的な構築物であると考えられている(山口,2006)。この考えに基づくと,語りは語り手の心の内に既に形成されたものの表出ではなく,能智(2006)が,「人は常に,何かを発話することで,聞き手に対して何ごとかを行おうとしており,そういう点から言うと,“ナラティブ”は,過去に生じた出来事を表現していたとしても,あくまで『今・ここ』の行為」であると述べているように,語り手と聞き手がともにいる,その場の関係性によって生じるものであるといえる。調査面接において,語りのオーナーシップは語り手のみに帰属されるものではなく,面接者も「その一端を担う存在と位置づけられる」(遠藤,2006)と指摘されているように,面接者としての聞き手も語りの共同生成者であることを十分に意識しておく必要がある。

5-3.半構造化インタビューについて
   インタビューは,対面式の直接的な相互作用を通して行われるデータ収集法であり,質的データを収集する主要な方法のひとつである(フリック,2002/1995;メリアム,2004/1998)。インタビュー法は,対象者の反応に即座に対応し,さらにはそれをデータ収集の新たな契機として積極的に利用することができる点で,質問紙法ではとらえられない深い人間理解,観察法では知り得ない被調査者の心的過程を直接明らかにできる点が魅力とされている(保坂,2000)。
 近年では,インタビューを,インタビュアーとインタビュイーの双方がアクティブに参与する社会的相互作用の場(語りの場)としてとらえ,両者の相互性や協同性の側面に注目した,“会話”や“対話”としてのインタビューの概念化が進められている(Holstein&Gubrium,1995;Kvale,1996;やまだ,2006)。一般にインタビュー法は,構造化の程度によって,構造化インタビュー,半構造化インタビュー,非構造化インタビューの三つに区分される。半構造化面接法は,心理学の質的研究において最も広く用いられるデータ収集方法である(Willig,2003)。この方法では,一つのテーマに関して,面接者がある程度決められた構造の中で質問をすることによって,方向性を逸脱しないように面接をコントロールしつつも,参加者はそのテーマについてオープンに語ることが許容されるため,質問紙調査からは得られない参加者の具体的・本質的な考えを知ることができる(山田・宮下,2009)。実際のインタビュー場面では,興味深いトピックや語りについて適宜質問を加えたり,話題の展開に応じて問いの順序を変えたりする等,インタビュイーの反応やインタビュアーの関心に応じて,十分な柔軟性をもたせるインタビュー法である(やまだ,2009)。

6.本研究の目的
   以上より,本研究では,恋人関係にある二者に対し非構造化インタビューを実施し,恋愛関係構築の過程について,LINEを中心とした非対面型コミュニケーションと絵文字使用に着目し,検討する。