結果と考察




4.依頼場面での要求表現とソーシャルスキルとの関連について

 今回の調査では回答者個人のソーシャルスキルについて測定をしている。依頼場面でどのような要求表現を用いるのかということについて,社会的スキル得点(KiSS-18)との関連を検討するためである。
 KiSS-18 の尺度得点と 4 条件における丁寧度得点,KiSS-18 の尺度得点と 4 条件における間接度得点との相関を 4 要求場面それぞれについて Pearson の相関係数を求めた。シナリオ A での社会的地位高群,社会的距離高群のみ,有意な相関がみられた。(r=.415,p<.05)
 シナリオAについては,一般的には,社会的地位が自分より高く,それほど親しくない相手に対して,より丁寧で間接的(婉曲的)な表現をすることができることが考えられるので,ソーシャルスキルが高い人ほど,ある種の配慮や気遣いによりこのような表現が用いられて,このような結果になったと考えられる。
 しかしながら,シナリオB, C, Dにおいては,ソーシャルスキルとの関連での有意な相関は見られなかった。全体的に,形式的に社会的地位の高い人や,それほど親しくない人に対しての要求表現においてはそれなりに丁寧で間接的な表現が用いられていたが,一方で社会的地位が同じ同級生へのお願いであったり,親しい関係性の場合は,そもそも丁寧表現を用いる必然性は薄く,自由記述による回答もそれほど丁寧ではない,また間接的ではない回答も多かったことから,ソーシャルスキルの高低との直接的な相関関係は見られない結果となった。
 丁寧な表現や間接的(婉曲的)な表現が使われる場面というのは公式的な場面であったり,目上の人との会話の場面であったり,初対面の人との場面などであり,そういう場面での丁寧表現や敬語表現というのは,相手との距離を保つ方向で使われることが多いと考えられる。そのような場面で,もし相手との距離感を縮めたいと考えるのであれば,ずっと同じ調子で丁寧表現を使っている限り距離感が簡単に縮まるわけではないので,表現の丁寧度は少し下げて,柔らかい表現になるのではないかと考えられる。
 この点については,ポライトネス理論からも言えるのではないだろうか。すなわち,丁寧表現を使っている限りにおいては,自分自身をさらけ出すことはしないというスタンスがそこに現れているわけであり,これは消極的フェイスに当たる。つまり,個人(自分)の領域を維持(保持)し,自身の行動の自由を保つことが目的となる状況であるので,丁寧表現を使っている限りにおいて相手からの高圧的な態度や望ましくない対応を回避することにつながる。端的に言えば,自分を防衛するために丁寧表現を使って,相手との距離を一定に保つという目的がそこに含まれていると考えられる。
 したがって,こちらから何かの依頼や要求をするときに,相手との距離を縮めることでそれが叶う可能性が高まると考えると,丁寧表現を用いるよりも,少し砕けた表現を用いた方が要求が通りやすくなるとも考えられる。ソーシャルスキルが高い人は,相手のパーソナリティや相手との今後の関係性なども考慮して,敢えて丁寧表現を使わない可能性もあると考えられるのである。そういう意味で,結果として相関が見られないということはある程度考えられることでもある。
 この点について,今回の被験者のなかでソーシャルスキルが高かった人が実際にどのような要求表現を用いているのか,次に,その自由記述から検討してみることにする。