問題と目的
1.はじめに
私たちは、日常生活の中で音楽を聴いたり演奏をしたりして、音楽を楽しんでいる。音楽聴取については、自らの意思で聴取を行わずとも、様々な場所で流れているBGMを受動的に耳にするため、ほとんどの人が日常的に音楽聴取をしていると考えられる。また、自ら音楽を演奏したり、歌を歌ったりして楽しんでいる人も多い。音楽に触れることは、人間にとってポジティブな効果をもたらし、心理的な安寧につながるものと一般的に考えられている。
ところで、心理学分野において「音楽」に関する研究は多いが、音楽による心理的効果を検討している研究の多くは、音楽聴取場面を対象としたものが多い。楽器や歌唱の活動となると、学校の音楽の授業以外では、全ての人が主体的に音楽活動を経験しているわけではない。また、演奏する楽器や活動形態も様々である。このような理由から、音楽演奏活動をする人に焦点を当てた先行研究が少ないと考える。
2.表現活動の心理的効果
ところで、主体的に音楽を演奏するといった活動には、自ずと音楽を表現する、あるいは音楽を通して何かを表現するということが含まれている。表現といえば、文字や言語による具体的な表現もあるが、音楽においては例えば歌詞における言語や文字の部分と、音における抽象的な部分の両方がある。いずれにせよ、それらが融合調和して音楽を形成している。歌詞も含めて音楽を演奏するものは、自分が奏でた音楽とその表現を自分自身で聴くことにもなり、その際に自分の心の持ちように何かしらの影響や効果があることが考えられる。
表現というと、いわゆる文化芸術分野の話になるが、音楽をはじめとして、こういった表現は「表現活動」として学術的にも検討されており、特に表現活動がもたらす心理的効果について、山脇(2013)は、芸術療法の中で取り上げられている粘土による表現活動を通して、自分を見つめ直したり、ストレスを軽減したりすることが出来ると述べている。山脇(2013)の研究では、中学生、大学生、及び教員を対象とした粘土を用いた造形活動が取り上げられており、音楽とは分野が異なるが、音楽演奏活動も同様に表現活動であるため、同じような心理的効果があると考えられる。また、音楽聴取によりストレス反応は軽減する(青戸ら,2019)といった研究が多いことも踏まえると、音楽を演奏する側においても、その表現活動を通してストレスが軽減されることは十分に予想できることであるし、音楽を演奏し表現する活動を行う動機づけの一要因として挙げることができるだろう。
3.表現活動を通した人間的成長
人間的成長とは、何かしらの活動や課題を行う中で、他者と上手く関わっていくために必要なコミュニケーション能力や他者認識力、自分と向き合う力や自己認識力を高めることである。また、活動を通して自分に自信を持つなど自己肯定感が高まることも人間的成長と言えるだろう。
たとえば、内山(2016)の、ミュージカル(総合表現活動)で育まれた力の影響についての先行研究では、表現活動で育んだ力が、活動経験後にどのような影響を及ぼしているかについて検討されている。それによると人間的成長に関しては、他者認識能力・自己認識能力、自己肯定感による自信、伝える力・コミュニケーションのいずれもが、その後の生活にプラスの影響を与えていることが明らかになっている(内山,2016)。本研究で扱うつもりの音楽の演奏活動における検討課題とは少し異なるが、この先行研究の結果は大いに参考になる。表現活動がもたらす効果としては、音楽を演奏することにおいても同様のことが言えるのではないかと考えられる。すなわち、音楽の演奏活動を通して人間的に成長することが出来、その過程で育んだ力が日常生活にプラスに影響を与えていると予想される。
また、中学校学習指導要領「音楽」(2019)においても、他者とともに一つの音楽を作っていく際には、自己の主張と他者との協調とが両立していることが大切であり、他者と関わりながら音楽表現を行うことは重要な特質であると記述されている。このことから、複数の人間による音楽の演奏活動では、他者と関わりながら、その関りを通して人間的に成長ができることが予想される。
4.コミュニケーションとしての音楽
太古の昔から「音」はコミュニケーションのための重要なツールであったと考えられる。音は、それが合図であったり、何かしら言語的意味合いを持つものであったと考えられる。自ら発する音(声)も、道具を使って出す音も、とにかく音で色々なことを表現し、他者との情報交換と道具として使われていた。つまりコミュニケーションをしていたと考えられる。
今では人間は言葉でコミュニケーションを行っているが、鳥や哺乳動物は言葉を持たず、感情のコミュニケーションであると考えられる(吉永,2002)。人間の言葉も音声により発せられるわけであるが、発せられる音声の中に感情的要素が非言語的に含まれている。受け手は送り手の表現の仕方により相手の感情状態を読み取っている。この感情のコミュニケーションは、言葉のコミュニケーションよりも先に存在したと考えられていることから、音や音声の在り方を通して、人間も動物もコミュニケーションをしているわけである。
そういう意味で、人間における音楽演奏活動を通して行われる心のコミュニケーションは、コミュニケーション能力の育成に大いに影響を与えていると考えられる。
兼平(2021)によると、音楽の表現活動は、自己の内的世界を、自然の素材として試行し、外に形づくる活動である。一方で、コミュニケーションとは、共通の目的をもつ人々が環境と相互作用し、経験の意味を共有していく過程であり、共同者と共に1つの活動において協同を確立することである。つまり、音楽表現活動におけるコミュニケーションは、コミュニケーションに参加する人々が音を媒体とした音楽表現活動において表現された意味を共有していく過程となり、そこでの音楽表現活動において共同者と共に協同を確立していくことである。
吹奏楽部を例に挙げると、特にコンクールでは、部員全員が1つの曲に対して共通のイメージや想いを持ち、心を通わせながら演奏をする。音を媒体としたコミュニケーションをして1つの音楽を作り上げることで、部員の絆を深めたり他者を思いやる能力が育成されたりする。他にも、アカペラは指揮者はおらず、演奏者自身で息を合わせて行う。目には見えない心のコミュニケーションを行うことで、息を合わせた演奏を作り上げることが出来る。
これらのことから、音楽の持つ表現活動がコミュニケーションを促進し、音楽の演奏者と聴取者との人間同士のつながりを深めていくことが考えられる。そしてそれは、単独で演奏をする場合も十分つながりを持つことが出来るが、複数の人間で同じ楽曲を演奏している時の方は、演奏(=表現)を通して演奏者間でもコミュニケーションが行われて、演奏者間のつながりを促進形成されるものと考えられる。同じ楽曲を演奏し表現する際の演奏者同士の心の交流について、心理学分野ではこれまであまり検討されていないようである。本研究では、演奏者側の視点から、この部分についても検討を進めていく。
next→