対人恐怖的心性についての研究

 

-幼少期における母親との愛着と原初記憶との観点から-

                                   

 48期43番 尾崎美和子(平石ゼミ)

 

問題と目的      方法

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問題と目的

 

 対人恐怖とは、“対人関係の場で働く心理的な力に対して過度の過敏さや緊張を示すことに恐怖を感じる事態で

あり、他者と居合わせる場面で、不当に強い不安と精神緊張が生じ、そのために他人に軽蔑されるのではないか

、他人に不快な感じを与えているのではないかと案じ、対人関係からできるだけ身を退こうとするもの”(鍋田,1986)

である。

  対人恐怖は青年期に頻発する神経症であるが、もっと精神的に健康なレベルに位置する概念として対人恐怖

的心性がある。つまり、青年期には誰でも感じうる程度の対人恐怖のレベルを本研究では扱っている。

 対人恐怖を高める要因として、幼少期の重要な他者(両親やそれに代わり愛情を注いで育ててくれる人)との関

係が挙げられる。そこで、対人恐怖の高い人の幼児期・児童期の家庭環境について、山下(1978)によれば、1:

極端な過保護ないしは愛情過多 2:それほど極端ではないが、尚、保護的 3:平凡 4:多少問題のある家庭が

ある。母親の養育態度について鍋田(1982)は、1:被支配型 、被期待型 2:問題型 3:過保護型 の大きく3

つに分けた。こういった研究からは、対人恐怖が高い人は、両親、特に母親と、幼少期にどのような関係であった

か、その事実に対して青年期に至ってからもどのように感じているのか、については明確につかむことができない

。そこで、母親との愛着および原初記憶について注目することにした。(愛着:Bowlbyによれば、人間が、特定の

個体に対してもつ情愛的な絆のこと 原初記憶:最も初期の記憶

 Bowlby(1973)によれば、初期の対象(両親、特に母親)への愛着の仕方が、その後の他の対象への愛着の仕

方や一般的な対人関係の持ち方を規定し、ひいては社会的発達、適応などを規定すると考えられている。この考

えは内的ワーキングモデルとして知られている。

 母親との原初記憶は、想起することができる最も初期の母親との体験であり、その体験がどのようなものであっ

たかが、個人の内深くに入り込んで、本人が意識する・しないに関わらず母親の心的表象形成と結びつくのではな

いか、そして、そこで形成された表象は後に他者一般に対する表象形成に結びつくのではないか、と考える。つま

り、内的ワーキングモデル形成に影響を与えている可能性があるのではないかと考えている。(表象:対象、事象

、行為などの現前しないものを思い浮かべること。表象の手段として、動作、イメージ、記号などがある

 そこで、本研究では、以下の仮説を立てた。

仮説1.母親との愛着については、対人恐怖の高い人は、幼少期の母親との関係が良好ではなかったと予想され

     るので、対人恐怖の低い人に比べて愛着が良好ではない

仮説2.母親との原初記憶については、幼少期の母親との関係が良好ではなかったとの予想に基づき、@母親と

     の原初記憶内容は、対人恐怖が高い人には、不快記憶やアンビバレント記憶が多い A原初記憶に伴う

     感情は、対人恐怖が高い人は、対人恐怖が低い人に比べてnegative感情が高い B原初記憶の分類は

     対人恐怖が高い人は、対人恐怖が低い人に比べて、不快記憶・アンビバレント記憶が多く、快記憶は少    

     ない

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方法                   

1.調査対象、調査時期、実施の手続き                                 

 調査対象は、三重大学の男子学生195人、女子学生164人。

 調査時期は、10月下旬から11月上旬である。

 調査は、共通教育の講義で、無記名方式により一斉に行った。

2.質問紙                                    

 以下に示す3つの部分からなる質問紙を構成した。

(1)対人恐怖的心性尺度                                             

 永井(1991)が作成した対人恐怖的心性を測定する42項目からなる。

(2)母親への愛着尺度

 20項目からなる。佐藤(1993)が作成した「親への愛着尺度」 を以下のように一部変更したものである。

 例)学校でのできごとをよくに話した。→ 学校でのできごとをよく母親に話した。

「3歳頃から小学校低学年だった頃」について回想し、回答を求めた。

(3)母親との原初記憶尺度

 母親との原初記憶について自由記述させ、その原初記憶に伴う感情をpositive14項目、negative14項目から

なる尺度で評定させた。さらに、その原初記憶は、「快・不快(不快な気持ちを起こさせる記憶)・アンビバレント(快

い気持ちと不快な気持ちを同時に起こさせる記憶)・ニュートラル(あくまでも客観的に思い出せる記憶であり、特に

強い気持ちを起こさせる記憶ではない)」のどれに当てはまるかを選択させた。

 この尺度は、研究T(予備調査)・斉藤(1985,1986)、寺崎・岸本・古賀(1992)を参考に作成した。

 

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結果と考察

1.各尺度の因子分析および信頼性の検討

 各尺度について、主成分分析・バリマックス回転を行い。それぞれの因子について信頼性を検討した。

 対人恐怖的心性は6因子から成るが、本研究では、42項目の合計点のみを使用する。

 母親への愛着は3因子から成る。佐藤(1993)の因子分析の結果と類似していたため、「安心・依存」「不信・拒

否」「分離不安」という同じ因子名を使用した。「愛着の良好度」は、愛着の良好度をはかる指標を作るため、互い

に比較的相関が高かった(r=−.54)、「安心・依存」得点と「不信・拒否」逆転得点を合計して新たな変数を構成し

たものである。

 母親との原初記憶に伴う感情は、positive感情、negative感情ともに1因子から成るため、バリマックス回転は行

われなかった。

 各因子について、α係数を出したところ、どの因子も高い信頼性が得られていた(Table1

Table1 各尺度の信頼性係数                                

 α係数

対人恐怖的心性尺度

  対人恐怖的心性42項目

.95

母親への愛着尺度

  「安心・依存」

.84

  「不信・拒否」

.76

  「分離不安」

.66

  「愛着の良好度」

.86

原初記憶に伴う感情

  positive感情

.97

  negative感情

.94

                                                                           

    

※因子分析とは、複数の変数間に潜むいくつかの「因子」を見つけ出す方法である。

 例えば、ある尺度変数(質問項目)が100から成る場合、男女差を比較することにした。この時、男子の変数と

女子の変数を100回も比較するのはとても困難である。そこで、因子分析をして、互いに共通するものを見い出

し、3因子などにまとめてしまえば、男女間の比較は3回で済むことになる。

※バリマックス回転とは、因子分析で抽出された因子が単純構造を示すように直行回転することである。

回転することにより、因子分析の結果がより解釈しやすいものとなる。

                                                

2.対人恐怖の高まりと母親への愛着との関連について(仮説1の検証)

 対人恐怖的心性の高い群(以下、H群:対人恐怖的心性合計点上位60人)および低い群(以下、L群:対人恐怖

的心性の合計点下位60人)で、愛着尺度のt検定を行った(Table2 and Figure1)。

Table2 対人恐怖的心性H群・L群の母親への愛着t検定結果       

  安心・依存

  不信・拒否

  分離不安

 愛着の良好度

   L群

31.05(5.48)

11.18(3.78)

10.18(3.30)

55.87(8.06)

   H群

26.97(6.05)

15.60(5.01)

13.33(3.06)

47.37(9.22)

 t( t’値)

3.782***

−5.449***

−5.423***

5.223***

  自由度

118

109

118

118

                                            n=120  ***p<.001

 H群は、L群に比べて「安心・依存」が有意に低く、「不信・拒否」および「分離不安」は有意に高かった。「愛着の

良好度」は有意に低かった。従って、対人恐怖的心性の高い人は母親との関係が、安心・依存できる関係ではなく

、母親との関係が不信関係であり、拒否的な感情を抱いていた。さらに、分離不安も高かった。愛着の良好度が低

いことからも分かるように、全体的に対人恐怖の高い人は幼少期の愛着が良好ではなかったといえる。

 以上より、仮説1は支持された。また、これらは、Bowlby(1973)による、初期の愛着対象への愛着の仕方が、そ

の後の他者への愛着の仕方や一般的な対人関係の持ち方を規定し、ひいては社会的発達、適応などを規定する

という考えに合致していた。この内的ワーキングモデルの考えに従えば、初期の愛着対象、即ち母親との関係が

良好ではなかったため、内的ワーキングモデルがネガティブなものとなり、現在の対人関係が良好ではない、

つまり対人恐怖が高くなっていると考えられる。                                                                                                

                              

※有意差というのは、偶然の差ではないという意味である。 p<.01、つまり、1%水準で有意である場合を

以下に例を用いて説明する。

※有意差というのは、偶然の差ではないという意味である。 p<.01、つまり、1%水準で有意である場合を

以下に例を用いて説明する。平均値の差の検定を行うときに、2者間に差があるか・ないかを検定する。この場合、

100回のうち、99回は2者間に差がないという結果が出て、残り1回は2者間に差があるという結果が出るとい

うことになる。この結果は100回のうちの1回しか出ない結果なので、偶然ではない意味のある結果であるという

ことになる。

、例えばH群がL群に比べて有意に高いと出た場合、何%の確率で高いのかを調べる検定である。

                                                      

3.対人恐怖の高まりと母親との原初記憶との関連について(仮説2の検証)

(1)対人恐怖的心性の特に高い人(以下、HH群:対人恐怖的心性合計点上位30人)の原初記憶内容について

 HH群は、「脅え体験」「叱られ体験」「孤独体験」「不安体験」など、母親から厳しくされていたような記憶、恐れ

や腹立ちなどを伴う記憶もある。また、それと同時に、「日常の出来事」で特別な感情を伴わないニュートラルな記」

憶も多い。「会話」「遊び」などの快記憶を持つ人もいる。まとめると、対人恐怖的心性の高い人は、ネガティブ記憶

、ニュートラル記憶、快記憶という大きく3つに記憶を分けることができそうである(Figure2 参考のため、LL群:

対人恐怖的心性合計点下位30人も掲載した)。

 そこで、まず、人数は少ないものの、快記憶がみられた説明として、Freudのいう隠蔽記憶であり、不快な記憶の

そばにある記憶が想起され、それが快記憶だった可能性がある。また、鍋田(1982)によれば、“母親の養育態度

が過保護である場合、子どもは母親に対してネガティブな感情をもつことがない”という。母親に過剰気味に快い状

態におかれていた記憶内容が想起したので、快記憶となったとも考えられる。次に、ニュートラル記憶についてだ

が、これは(2)「原初記憶に伴う感情および原初記憶の分類」でまとめて説明する。そこで、ネガティブ記憶が比較

的多かったことは、内的ワーキングモデルが、母親とのネガティブな原初記憶に影響されて、ネガティブなものに

傾いたため、常にネガティブな対人感情、対人行動、対人認知、対人関係の記憶を持ちがちになってしまう結果、

対人恐怖が高まることにつながるのではないだろうかと推測される。以上より仮説@とは単純には一致せず、原初

記憶はより複雑な内容を含んでいたといえる。

(2)H群およびL群の原初記憶に伴う感情および原初記憶の分類について

 原初記憶に伴う感情の t検定を行った結果、positive感情はH群とL群で差がみられなかったが、negative感情

はL群よりもH群の方が有意に高かった(Table3 and Figure3)。

 原初記憶の分類については、クロス表(Table4)の中に5未満のセルがあったため、人数の多い、快記憶とニュ

ートラル記憶でχ2検定を行った結果、有意にH群よりもL群に快記憶が多く、L群よりもH群にニュートラル記憶が

多かった(Tabe5)。また、有意ではないが、不快記憶とアンビバレント記憶はL群よりもH群に多かった(Tabe4)。

この結果は、概ね仮説ABを支持していた。              

              

※χ2検定とは、数を使った検定である。本研究の場合、人数の偏りは偶然なのかどうか、偶然ではないならば

、何%の確率で有意なのかを調べる検定である。

                                                  

 Table3  対人恐怖的心性H群・L群の母親との原初記憶に伴う感情 t検定結果

     positive感情

     negative感情

  L群

   48.23(18.11)

   19.77(8.06)

  H群

   45.88(16.56)

    25.79(13.44)

  t( t’値)

     .722

   −2.873**

 自由度

      111

       90

              n=113              n=112   p<.01

Table4  母親との原初記憶の分類クロス表

    快

    不快

 アンビバレント

 ニュートラル

   合計

   L群

    25

    1

    4

   24

   54

   H群

     12

    5

    6

   34

   57

   合計

    37

    6

   10

   58

   111

Table5 母親との原初記憶の分類χ2検定結果

   快

 ニュートラル

   合計

  χ2値

   L群

   25

   24

   49

   H群

  12

   34

   46

  合計

   37

   58

   95

  6.203*

                                      p<.05                

 ここで、対人恐怖の高まりとニュートラル記憶の関係について、尾原・小谷津(1994)による、Freud的な解釈“1)

不快感情は中立的な感情へと抑圧されていく傾向がある。そして、2)その抑圧傾向は、自己を肯定する防衛的意

味合いを持つ、と考えることもできる”で説明する。

 原初記憶の内容および分類について、L(LL)群よりもH(HH)群にニュートル記憶が多かったことは、もとは不快

記憶であったものが、時間がたつにつれてネガティブ感情が抑圧され薄れた結果、ニュートラル記憶への移行して

いったことが予想される。

 不快記憶とアンビバレント記憶が有意ではないがL群よりもH群に比較的多かったことも同様に予想される。つま

り、不快記憶もアンビバレント記憶も、時間がたつにつれてネガティブ感情が抑圧され薄まっていった結果、H群と

L群で差が次第に小さくなっていった可能性があるといえる。

 (1)(2)のまとめとして、対人恐怖の高い人が低い人に比べて、記憶内容と分類がともに、不快感情(negative

感情)を伴う不快記憶、アンビバレント記憶が多い、または元々は多かったと予想されることは、初期の愛着対象

との記憶がネガティブであるということになる。この記憶が内的ワーキングモデルに影響し、現在の対人関係がネ

ガティブになっている可能性があるといえる。

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今後の課題

 対人恐怖的心性は本研究で因子分析を行った結果、6因子からなることが確認されている。そこで、今後の課題

として、幼少期の母親との愛着が、対人恐怖のどの場面(因子)に特に影響を与えるのかについて調べる必要が

ある。

 また、原初記憶については、一般の青年が抱く対人恐怖よりもはるかに高い対人恐怖を感じているであろう、対

人恐怖症の人たちの原初記憶を調べることで、より明らかな結果が得られるのではないかと感じている。

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