全体要約
【問題と目的】
携帯電話は、近年で急速に普及し、様々な利用形態を生み出してきた。しかし、携帯電話の
使用において問題なのは、何が迷惑となって何が迷惑ではないのかが曖昧なことである。携帯
電話は、社会的迷惑の問題として取り上げられることが多い。社会的迷惑とは、行為者が自己
の欲求充足を第一に考えることで、他者に不快な思いをさせること、またはその行為である。
さらに、社会的迷惑には、直接被害がなくても、社会的に見れば迷惑であるという場合も含め
るべきである。
客体的自覚理論によると、自己フォーカスが高まっている(自分のことを強く意識する)
とき、その場で重要な自己の側面について考えるため、その人が正しいと思っている規準と現
実自己の姿とを比較する(Duval & Wicklund,1972)。その両者の間に不一致を起こしていると、
それを低減するために自分を望ましい姿に近づけようと試みる。
この不一致の低減を迷惑行為に当てはめると、他者に見られているという自覚があるとき、
迷惑行為を迷惑と感じ、結果として、迷惑行為を迷惑であるということが内在化されれば、そ
の人自身が迷惑行為をしてしまうことや、気づかずに迷惑行為をしてしまうことの抑制につな
がっていくと考えられる。
迷惑の感じやすさの個人的要因として、Feningstein, Scheir, & Buss(1975)の自己に意識を
向ける傾向である自己意識特性が考えられる。下位尺度は、自己の内的側面(感情や気分など)
に注意を向ける程度を示す私的自己意識と外的側面(服装や容姿、他者からの言動など)に注
意を向ける程度を示す公的自己意識からなる。
私的自己意識の高い人は、態度と公的行動との一貫性が高いこと(Scheir,1980)から、迷惑行
為を迷惑と認知できていれば、自分の行動に対しても迷惑行為をしないように心がけるのでは
ないかと考えられる。一方、公的自己意識が高い人は、規範的影響による同調行動が強いこと
(Froming, & Carver,1981)から、他者の目を気にし、迷惑行為を迷惑と認知しやすいのでは
ないかと考えられる。
本研究は、迷惑を認知しやすい自己フォーカスが高まった状況において、自己意識との関係
も考慮に入れながら検討していくことを目的とする。
仮説1 自己フォーカスが高まっている状況で迷惑行為を見たとき、現実の自己と正しさの規
準とを比較して、自分を正しい規準に近づけようとするため、迷惑行為を迷惑である
と認知しやすい。
仮説2 自己フォーカスが高まっている状況で迷惑行為を見たとき、自己意識が高い人の方が
低い人よりも迷惑行為を迷惑であると認知しやすいが、自己意識の低い人にとっても
自己フォーカスは有効である。
【方法】
被験者 三重大学学生および大学院生の91名(男性34名、女性57名)。
実験条件 以下の通りである。
手続き 被験者は「記憶の残りやすさの実験」という名目で参加した。被験者が実験室にて自
己意識尺度に記入し終えた後、迷惑行為ビデオを見て、それに対する迷惑行為尺度に
回答した。ビデオカメラを被験者に向けることで、自己に注意が向けるかどうかを操
作した。
さらに、条件@Aは、ビデオを2種類見せることの順序効果を考慮して、カウンター
バランスした。
迷惑行為ビデオ 2種類(a・b)作成。ビデオ構成は、迷惑行為と無関連行為の2場面を1
セッションとし、迷惑行為者Aさんについて聞いた。無関連行為は、分析対象としな
かった。
質問紙 菅原(1984)の自己意識尺度(7件法)。独自で作成した迷惑認知尺度20項目(2段階)。
【結果と考察】
ビデオ内容が均質かどうかを確認するため、2種類のビデオに対してt検定を行ったところ、
有意な差はみられなかった。これは、ビデオ内容の迷惑のレベルが異なるということを表して
おり、比較的ビデオaの方が迷惑度が高いと言える。以後の分析では、ビデオ内容のaとbで
分けて分析をすることにした。
自己フォーカスが迷惑認知に及ぼす効果をみたところ、仮説1を支持する結果は得られなか
った。これは、ビデオカメラで表情を撮影する自己フォーカスの効果は、実験に参加するとい
う特殊な状況下では、あまり影響がなかったと言える。
自己意識尺度に関する22項目について因子分析(主因子法、バリマックス回転)を行い、
菅原(1984)と同様の「私的自己意識」と「公的自己意識」の2因子を抽出した。また、各因
子について高い負荷を示した項目を合計したものを公的自己意識得点、私的自己意識得点とし、
その後の分析を行った。それぞれの得点について、平均より高いものをH群、平均よりも低い
ものをL群の2群に分けた。またその両因子を単純に加算した全自己意識得点を算出し、同様
に2群に分けた。
自己意識特性と自己フォーカスが迷惑認知に及ぼす効果について、自己意識が低い人は、自
己を意識する状況で、迷惑行為を迷惑と認知する傾向が見られた。一方、自己意識の高い人は、
そのような状況では迷惑を認知しないということがわかった。仮説2は部分的に支持された。
さらに、セッション回数が迷惑認知に及ぼす効果が見られた。これは、自己に意識的になっ
ている状態では、セッションを繰り返すことによって迷惑認知が高くなっていくという可能性
が考えられる。このことは、迷惑行為を抑制していくことを考えると、今後検討していくべき
課題である。
自己意識の群別による迷惑認知については、自己意識の高い人の特徴として、セッション回
数を重ねることで迷惑認知が高くなる傾向があった。また、自己意識の低い人に関しては、自
己に意識的になる自己フォーカスの状況の方が迷惑を認知する傾向があった。
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