問題と目的
対人認知と状況的要因
他者に対する様々な情報から相手の内面的特徴や心理過程を推論するはたらきは対人認知(person perception)と呼ばれている。主な対人認知の研究は、他者の情動の認知、パーソナリティ認知、また社会などの集団内での対人関係の認知など多くの視点から研究がなされている。わたしは、他者との出会いにおいて相手がどのような人物であるか、ということを推測することは、相手とどのような関係を築いていくかということを考える上で非常に重要であると考え、本研究においては、対人認知の中でも他者のパーソナリティ認知に焦点を当てて検討していくこととした。
パーソナリティ認知の過程において人は、相手の容貌などからその人に対しての漠然としたイメージを自分自身の中に描き出している。このように対人認知においては、自分自身の経験などから人間のパーソナリティに関して、少なからず自分なりの信念体系を持っており、このような信念体系のことを「暗黙裡のパーソナリティ観(implicit personality theory;IPT)」と呼ばれている(Bruner&Tagiuri,1954;Cronbach,1955)。林(1978)は、このIPTにおける次元性について検討し、人間のパーソナリティ認知構造を構成する認知次元として、「あたたかさ」や、「やさしさ」といった個人の社会・対人的評価の次元である「個人的親しみやすさ」、「誠実さ」や、「道徳性」といった個人の知的・課題関連的評価の次元である「社会的望ましさ」、そして、「外向性」や、「意欲性」といった個人の意志の強さや、活動性をあらわす次元として「力本性」がそれぞれ想定できることを明らかにした。この研究によって明らかにされたパーソナリティ認知の基本三次元の枠組みからパーソナリティ認知を捉えていこうとする研究は、その後多くなされておりその有効性が確認されている。本研究においても、この「個人的親しみやすさ」、「社会的望ましさ」、「力本性」の3次元が対人認知構造を構成していると仮定し、研究を進めていくこととする。
対人認知の過程において、それらに影響する要因として様々な要因が複雑に絡み合って影響を及ぼしていると考えられているが、それらの要因を大別すると@認知者の要因、A被認知者の要因、B状況の要因に分けることができる(Tagiuri,1958;Shrauger&Altrocchi,1964)。これまで認知者や、被認知者の要因に関しては多くの研究がなされてきているが、状況の要因を扱った研究はそれほど進んでいないと言える。
わたしたちは、相手との初対面場面において相手がどのような人であるのかということを考える。しかし、同じ人が同じ相手と出会う場合であっても、その相手と出会った場面や相手に対してもっている期待などの状況が異なれば、相手に対するパーソナリティ認知において注目される側面が異なるということは考えられないであろうか。例えば、サークルなどのうち解けた場所で相手と初めて会う場合と、ゼミなどの緊張した場所で会う場合とでは、同じ相手に対してであっても相手のどこを見るのかは異なるということが容易に想像することができるであろう。
親密性と対人関係期待
Crockettら(1975)は、聞き手である被験者を「理解する」というセットと、「評価する」というセットを設定し、話し手への印象がどのように変化するのかを検討した結果、相手を「評価する」セットよりも「理解する」セットの方が認知次元の数が少ないことを明らかにしている。また、相手を「理解する」セットの方が、「評価する」セットよりも話し手をより好意的に思うことを報告している。日本においても宮元ら(1994)が、日常生活における他者の連続行動に焦点を当て、観察者が連続行動をどのように観察しているのかを検討した研究において、それぞれの見方によって情報処理の仕方が異なることを報告している。このように、相手をどのように見ようとするか、相手に対してどのような思いを持って見るのかということが、相手に対するパーソナリティ認知にある程度の方向性を与えることになるのではないかと考えられる。
また、被認知者に対して抱いた期待や感情がその人をどのように見ているのかということに対して大きな影響を持っているとは考えられないであろうか。対人関係の親密さの変化が対人認知にどのように影響を及ぼすのかということについてを大学の文化系クラブの対人関係を縦断的に検討した弓削(1994)は、付き合いの長さに関わらず、その時の自他の関係の親密さにより他者認知が異なることを明らかにしている。また、Rosenthalら(1965)による教師期待効果などからも分かるように、人が他者に対して持つ期待は、意識するかどうかに関わらずこの期待が成就するように機能することが分かっている。池上(1997)は、自己スキーマが印象形成過程に及ぼす効果を友好性と知性の2次元から検討した研究において、事前情報によりポジティブな期待が形成された場合とネガティブな期待が形成された場合に、期待と一致する行動の記憶が促進される程度がどの程度異なるかということを検討している。その結果、ポジティブな期待をいだくことにより、それと合致する正の評価的価値を持った行動情報の処理が促進されたことを報告している。つまり、相手に対するポジティブな期待が、認知者に相手に対するよい行動に注目させ、結果として相手に対するよりポジティブなイメージへ結びついていくということである。このことから、人との出会いの場面において相手に対して「友人になりたい」と思うように相手が自分に対して抱いている期待から、その後の相手との対人関係を予想させるような期待を持ち、相手を見ていくのではないか、と考えられる。つまり、被認知者の認知者に対する友人になりたいというポジティブな期待が、認知者の被認知者に対するよりポジティブな認知に結びついていくのではないかと考えられる。また、その傾向は、出会った場面が、大学生にとって何らかの対人関係を継続するために重要である場面において高いのではないだろうか、と考えられる。よって、本研究では、初めて出会う相手に対して感じる親密さと、出会った後に相手とどのような関係を築いていこうとするかという対人期待を取り上げ、それが様々な初対面場面における対人認知にどのように影響していくのかを検討していくこととする。
状況的要因としての初対面場面
初対面場面については、比較的初期の情報が全体的な印象形成に大きな影響を持つという初頭効果(primary effect)という観点から考えても、対人関係における比較的初期の情報から形成される第一印象は変容しにくく、その後のその人との関係に多大な影響力を持つと考えられる。よって、出会いの初期における対人認知がその後の対人関係を規定する大きな要因である考えることができる。そこで、本研究において、様々な対人場面の中でも初対面場面を状況的要因として取り上げることとする。
対人認知と対人場面
廣岡(1985)は、ゼミ、コンパ、デートの3つの対人場面と6人の人物の行動特徴が示されたものを組み合わせて被験者に呈示し、それぞれの人物についてのパーソナリティを評定させた結果、ゼミにおいては「社会的望ましさ」の次元が、コンパにおいては「個人的親しみやすさ」、「力本性」の次元が重視されていることを明らかにしている。また、廣岡(1985)は、対人場面における認知的側面について検討し、状況認知次元として「親密性」、IPTの「課題志向性」、「不安」の三次元を抽出している。状況認知次元の「親密性」は、「個人的親しみやすさ」の次元に、「課題志向性」は、「社会的望ましさ」にそれぞれ対応しているとしている。これをもとに廣岡(1990)は、それぞれの次元上で特徴的に認知されていた場面を独立変数として用い、パーソナリティ認知に及ぼす対人場面の効果について検討し、同じ行動であったとしても、行動の背景となる場面によってパーソナリティ特性への帰属の仕方が異なることを示した。このことから、初対面で同じ人物が同じ人物と出会う場合であっても、出会った場面が異なれば、同じパーソナリティ特性であっても、注目する程度が異なるのではないか、と考えた。以上のことから、同じ人物であっても、認知者にとって重要であると考えられる時の方が、重要でない時よりも、その場面において優勢な状況認知次元と対応したIPTの次元により注目して対人認知を行うと考えられる。つまり、同じ人物に対する親しみやすさであっても、自分の日常生活において重要である場面の方が、重要でない場面よりも、より親しみやすいと感じるのではないか、ということである。
初対面場面設定と刺激人物
このことについて検討するために、状況認知次元である「親密性」、「課題志向性(社会的望ましさ)」、「不安」の3つの次元をそれぞれ特徴的に表すような場面を設定し、さらにそれぞれの場面について、一般に大学生の日常生活において友人になるなど何らかの対人関係を築くために、重要性が高いと考えられる場面、重要性が低いと考えられる場面の2つの条件を加え、合計で6つの場面を設定した。
また、刺激人物については、同じような観点から親密性、相手に対する対人関係期待の高低によって6人の人物を設定することとする。
本研究の目的と仮説
よって本研究においては、初対面場面という対人場面が認知者のパーソナリティ認知にどのような影響を及ぼすのかということを検討することを目的とする。以下に仮説を述べる。
仮説1. 同じ人物に対する紹介文であっても、その背景となる場面状況によって対人認知は異なる。
仮説2. 初対面場面において、「親密性」、「課題志向性(社会的望ましさ)」、「不安」それぞれの次元に対応した場面では、パーソナリティ認知における基本3次元のそれぞれに対応するパーソナリティ特性が高く評定される。また、それは大学生における対人関係において重要性の高い場面の方がその傾向が高い。
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