考察






1.本プログラムの有効性について

 本研究は、公立小学校2校において実験群、統制群を設けてSTM教育の効果を検証した。まず、時期(プレ・ポスト)×群(実験群・統制群)の2要因分散分析を行ったが、有意な差が見られなかった。そこで、事前の得点を検討したところ、学校による差が大きく、等質な集団とは言い難かったため、3学級で分析を行った。その結果、A校(実験群)において、STM教育の結果、ストレス反応が軽減し、学級満足度が向上する傾向が見られた。B校においては、実験群・統制群ともに、ストレスが高まり、学級満足度が下降する結果となった。以上より、A校においては、STM教育のポジティブな効果が見出されたが、B校では、純粋にSTM教育の効果を検証することは困難な状況があり、期待していた効果は得られなかった。そのため、STM教育による共通した効果が得られず、仮説1は支持されなかった。

しかし、実験群において、プレストレス得点による分析の結果、STM教育によって、ストレス高群の児童がストレス低群の児童に比べ、有意にストレスが軽減していた。しかし、この結果からは、回帰効果の可能性も考えられるので、統制群の2群(ストレスH群・L群)も加えた4群で分析を行った。今回は人数が少ないため検定は行えなかったが、統制群のストレス高群の児童はストレスが増加しているのに対し、実験群のストレスが高い児童はストレスが大きく減少していることが示された。ここからは、STM教育によってストレスの高い児童のストレスが軽減されることが示されたと言えるだろう。また、学級満足度についても、ストレス高群の児童がストレス低群の児童よりも向上する傾向が見られた。そこで、ストレスと同様に、検定は行えないが、統制群の2群も加えて4群で分析を行ったところ、統制群のストレス高群の児童は学級満足度が変化しなかったのに対し、実験群のストレス高群は学級満足度が向上する傾向が見られた。ここからは、STM教育が、ストレスの高い児童に対し、学級満足度を高める可能性があることが示されたと言えるだろう。以上より、本研究のSTM教育プログラムは、自尊感情の得点によってSTM教育の効果に差は見られなかったが、ストレスに関しては、ストレスが高い児童に対して効果が得られ、仮説2の一部が示された。今後は、統制群の人数も確保し、検定を行った上で、STM教育の有効性を検討していく必要があるだろう。

また本研究では、情動焦点型コーピングと問題焦点型コーピングの2つのコーピングを扱った。前者の腹式呼吸に関しては、「とてもリラックスできた」、「気もちが楽になった、明るくなった」、「すっきりした」、「眠たくなった」などの感想から、多くの児童がリラックスした状態を体験することができていた。「腹式呼吸はまほうみたいだな〜と思った」という記述に代表されるように、児童は日常生活の中でリラックスするということを意識的に行っていない。そのため、腹式呼吸を行うことによって味わうリラックスは、児童にとって、新鮮な感覚だったのだろう。後者の解決イメージトレーニングに関しては、「できるイメージをしてやる気がでた」というやる気の促進、「イメージをするとできそうな気がする」という児童の課題に対する効力感を高める効果に加え、「できそうなことで書いたことを実行したいと思う」や「1点上げるためにどんなことをすればいいのかなど、自分で考えて行動することが大事だと思った」という記述から、課題に対して積極的に行動しようという気持ちを起こさせる効果も示された。しかし、解決イメージトレーニングの効果として期待していた、自己効力感が向上するという効果は得られなかった。この結果からは、解決イメージトレーニングの効果があったとしても、自己効力感の評定そのものには影響していない可能性が考えられる。

さて、本研究の目的であった2つのコーピングを併用させる効果については、児童の感想から、「腹式呼吸をしてリラックスするといいイメージが思い描きやすい」という記述が見られた。このように、効果的なイメージトレーニングを行うには、イメージを思い浮かべる前に、腹式呼吸によって、十分なリラックス状態を作っておくことが重要であることが示された。また、解決イメージトレーニングは、問題に対して自分で目標を設定し、1点上げるために努力していく過程が、問題焦点型コーピングに該当していたのに加え、「自分にとってのいいイメージを思い描くことで、リラックスできた」という記述が見られた。ここからは、イメージを思い浮かべること自体が情動焦点型コーピングとして機能していたことが示唆されたため、「解決イメージトレーニング」は、既に2つのコーピング機能を備えていたことが考えられる。以上から、2つのコーピングを知り、併用させること、特に情動焦点型コーピングによって心身をリラックスさせた状態で、問題焦点型コーピングを行うことが有効であることが示された。


2.プログラム終了後の影響

 質問紙調査の方では大きな変化は見られなかったが、感想やその後にもらった児童の手紙などからは、STM教育の有効性を実感することができた。特に以下の3点の記述が特徴的であった。@ストレッサーへの気づきの高まり、Aストレスに対するコントロール能力の向上、Bストレスに対する脅威性の低下、である。感想(付録6)からは@の例として「今までストレスには気づかなかったけど、私たちが知らないうちにストレスを感じていると思った」がある。児童は、日常的に何となくイライラすることを経験しているが、このようにストレッサーに気づくことで、自分でコーピングを選択できるようになるだろう。Aについては、「ストレスがたまらないようにすることができるようになった」がある。ストレスに対し、逃避や回避的なコーピングではなく、積極的なコーピングが行われるようになっていることは、STM教育のポジティブな影響である。Bについては「ストレスはやっぱりイヤだけど、腹式呼吸でなんとかなるような気がした」がある。このように、ストレスに対する脅威性が低下することで、ストレッサーに対し、「自分でなんとかできそう」という見通しが立つことが、児童のSTMに非常に重要なことだと感じた。

また担任教師に対する授業終了後のインタビューからは、児童の日記に腹式呼吸を家や学校でも継続していることや、家族に腹式呼吸を教えるなど家族への影響が見られる記述があったこと、また児童の会話の中に「ストレッサー」、「腹式呼吸」が出てきていた話をうかがった。わずか3回という限られた時間で行われたSTM教育であるが、児童にとって、普段あまり意識していない「ストレス」というものを考え、関心をもつきっかけになったようだ。また、ストレス発散法などのSTMについても、腹式呼吸を時と場合に応じて行うなど、各自工夫をしており、日常生活への影響がうかがえた。
  



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