問題と目的




1.はじめに
2.ストレスマネジメント教育について
3.ストレスと自尊感情・自己効力感との関連
4.ストレスコーピングについて
5.先行研究と本研究の目的
☆仮説☆
ストレスは私たち誰もが経験することであり、児童生徒も日常の学校生活において様々なストレスを経験していることが明らかにされている(三浦ら,1995;嶋田,1998など)。最近の不登校やいじめ、暴力や非行といった児童生徒の問題行動や、学級崩壊などの現象は社会的にも大きな関心を集めている。これらの問題の背景には、自尊感情の欠如や、学校ストレス(岡安,1994)等が原因として考えられている。その子どもたちの蓄積されたストレッサーは、一方では「いじめ」という攻撃的な方向に、もう一方では閉じこもりとしての「不登校」という形で表現される。
このような学校ストレスを軽減させるためには、不必要な心理的ストレスに対処することを具体的に考えることになる。心理的ストレスにうまく対処することはストレスマネジメントと呼ばれ、いわゆる「生きる力の育成や総合的な学習の時間の一環としても注目を集め始めている(嶋田,2002)。児童・生徒が、自分のストレッサーに気づき、それをうまくコントロールし、対処していくことは大切なことである。
筆者は、学校を取り巻く問題の中でも、適応指導教室における「メンタルフレンド」の活動を通して、不登校の子のストレスが高く、自尊感情が低いことが気になった。それに加えて、学校には、不登校にはなっていないものの、心理的ストレスを多く抱えたグレーゾーンの子どもが多くいると予想される。彼らは、自分に自信が持てず、自分を肯定的に見ることができない。そのような不登校予備軍を考慮して不登校対策を講ずる際、「学校ストレス」に着目し、ストレスをやわらげるような環境づくりや、ストレスにうまく対処できる力を育てていく教育活動を開発していくことは、非常に有効であろう。
学校不適応の問題に関しては、治療的な観点からは勿論のこと、これからはその予防という観点からも問題に取り組む必要があると考える。その予防的な教育的介入の一つとして、本研究は一次的教育援助(日本教育心理学会,1996)である「ストレスマネジメント教育(以下STM教育と表記)」を扱う。
STM教育は、「ストレスに対する自己コントロールを効果的に行えるようになることを目的とした教育的な働きかけ(山中・冨永,2000)」と定義される。問題行動を未然に防ぎ、内面の成長を促進する予防的・開発的な体験授業であり、ストレスを効果的に自己コントロールする教育的方法である。児童が自分のストレッサーに気づき、そのストレスを自分の中でうまく処理する方法を学ぶことは、現在または将来起こるかもしれないストレス問題に備えることができると考えられる。
坂野(1995)によれば、ストレスフルな出来事に遭遇したときに、その人がどのようにふるまうか(対処行動,coping)、そしてその人にどのような心身の変化(ストレス反応)が生じるかというストレス過程の個人差には、予期や判断、価値観などの信念といったその人の様々な認知が影響を及ぼしているという。そして、その中でも特にストレスと密接に関連しているのは自己効力感であるといわれている(嶋田,1996)。
バンデューラ(Bandura,1977)によれば、自己効力感が高いときには、積極的で効果的な行動が実行され、情緒的に安定した状態を保つことができるといわれている。子どもが得意なものに関する自己効力感を向上させることは、ものごと全般に対する自信につながり、ストレッサーに対する嫌悪性の評価の低下やコントロール可能性の評価の向上が期待できる。つまり、学校において、自己効力感を高めることは、学校ストレッサーの脅威度を低く感じ、学校ストレッサーに対して何とかできるという統制感を高めるという効果が期待される。したがって、学校ストレスへの自己効力感を高めることは、子どもたちのストレスを軽減させ、不適応の改善を効果的に進めていくために非常に有効であると考えられる。
また、スミスたち(Smith,M.,Wethington,E.,&Zhan,G ,1996)は、自己概念が明確であるほど能動的な対処行動を用い、受動的な対処行動に頼ることが少ないことを明らかにした。さらに、自己概念の明確性は自尊感情との間に高い正の相関(r=.71)を示し、ストレス認知などとは負の相関(r=-.50)を示すことを見出している。これらのデータは、自己概念の明確性がストレッサーへの有効な対処行動と関係し、不適応症状の発生を緩和することを示唆するものといえる。そのため、ストレス軽減を考える際、自尊感情と自己効力感を高めることが非常に有効であると考えられる。
ストレス反応を軽減するために、私たちは様々なコーピングを行う。例えば以下のような種類がある(三浦,2002)。
@ 問題解決的対処
問題の原因を取り除くよう努力する、どうしたらよいか考える、など
A サポート希求
自分のおかれた状況を人に聞いてもらう、人に問題の解決に協力してくれるよう頼む、など
B 逃避・回避的対処
どうしようもないのであきらめる、現在の状況についてあまり考えないことにする、など
C 肯定的な考え
今の経験から何かしら得るところがあると考える、試練の機会だと考える、など
D 気分転換
音楽を聴く、リラックスする、など
いずれのコーピングも万能ではなく、一長一短がある。例えばD気分転換は一時的なストレス軽減には有効であるが、この対処ばかりではストレッサー自体はなくならないため、ストレス反応はいつまでも軽減しない。逆に@問題解決型対処は非常に重要なコーピングであるが、ストレッサーに直面する対処であるため、一時的にストレス反応を高めるとも言われている(その後、大きく軽減する)。つまり、様々な種類のコーピングを習得し、状況に応じて柔軟に使い分けることが大切である。本研究は以上のコーピングの中でも、@の問題解決的対処(以下問題焦点型コーピング)とDの気分転換(以下情動焦点型コーピング)に注目して考えていく。
4-1.情動焦点型コーピング
情動焦点型コーピングは、「直面している問題にとらわれないように、気晴らしをしたり、問題から一時的に避難したりして、ネガティブな情動状態を軽減しようとする試み」である。その中でも、リラクセーションは「不当・過剰な緊張が低下するように筋群を弛めること(成瀬,2000)」と定義され、不安などのネガティブな情動の低減とともに、ポジティブな情動も体験される(山口,1998)。STM教育には、心理学的健康教育としての側面もあることを考慮すると(山中・冨永,2000)、リラクセーション技法におけるポジティブな変化について検討することは有意義であると思われる。
4-2.問題焦点型コーピング
問題焦点型コーピングは、情報を収集して問題の所在を明らかにし、問題そのものを解決しようとする試みをさしている。児玉(1988)は、問題焦点型コーピングは心身症と負の相関があることから、問題焦点型コーピング行動の獲得がストレスマネジメントに有効であると指摘している。
[生きる力との関連から]
さて、子どもの「生きる力」を育むために、2002年から総合的な学習の時間が導入された。生きる力の定義は、Lazarus & Folkman(1984)のストレスモデルの問題焦点型コーピングの内容と重複する部分がある。つまり、問題焦点型コーピングを身につけることが、生きる力を身につけることにもなると考えられる。しかし、問題焦点型コーピングが機能するには、情動がある程度安定している必要がある。落ち着くことで、ストレスが脅威としてではなく、解決すべき問題として捉えることができるからである(冨永,2000)。そのため、自分のストレス反応に気づき、望ましい情動焦点型コーピングを習得することが必要になってくる。
さて、これまでの児童を対象としたSTM教育は、リラクセーション技法の習得を中心とした試みが主流であり(南,1999;西本,1999;山中,1997)、当該のストレス反応を直接的に低減させる事に主眼が置かれている。しかし、リラクセーション技法のような情動焦点型コーピングだけでなく、個人のストレス耐性を強化する観点を加えていく必要があると言えるだろう。小中学生の心理的ストレス過程のモデル(嶋田,1996)に従えば、自己効力感に代表されるストレス反応の個人的な軽減要因に対して介入を行うことによって、結果的にストレス反応の表出を軽減することが可能であると考えられる。嶋田(1996)は、学校カウンセリング場面において、自己効力感を高めるような介入を行うことは、個人のストレス耐性を高めることに有効であるとの結果を示している。
そこで本研究では情動焦点型コーピングと問題焦点型コーピングの2つのコーピングを扱い、両者を併用する効果に注目したい。リラクセーション技法の習得と同時に、児童が自分のストレッサーに気づき、ストレスに対するセルフコントロール能力を向上させ、ストレス耐性を高めることを目的としたSTM教育を検討する。
本研究では、情動焦点型コーピングであるリラクセーションのうち、実践者が特別な技能を有しなくても実施可能であり、児童にも比較的取り組みやすい課題として「腹式呼吸」を選択した。さらに、問題焦点型コーピングとしては解決焦点型アプローチ(Solution Focused Approach:以下SFAと表記) の理論を用いた「解決イメージトレーニング」を行う。このSFAは、問題除去ではなく、解決構築に焦点を当て、一人ひとりがもっている健康な部分やリソース、強さを重視し、カウンセラーと協同して、解決イメージをつくり、解決を構築していく特徴があり、一人ひとりの有能感、達成感、自信を育てていく(市川,2001)心理教育的援助モデルである。このSFAの理論を用い、自分のいいイメージを思い描き、それに向かって努力していくことが自己効力感を高めることになると考えられる。
以上から、本研究の目的を述べる。第一に、小学校において施行可能なSTM教育を授業プログラムとして作成し、実際に公立小学校において授業プログラムを施行すること。第二に、情動焦点型コーピングと、問題焦点型コーピングを扱うSTM教育を行い、両者を併用する効果を検討することである。
効果の予想として、腹式呼吸はストレス軽減に直接働きかけ、その結果として、自己効力感にも影響すると考えられる。また、解決イメージトレーニングでは、いいイメージを思い描くことで、リラックスしてストレスが軽減することに加えて、自分で目標を立てて実行していく過程が、自己効力感を高めることになると考えられる。そのため、ストレスが軽減することと、自己効力感が高まることは強い関係があることが予想される。そして、ストレスが軽減し、自己効力感が高まった自己に対しての評価が高まることを予想している(自尊感情の向上)。また、間接的な効果として学級(学校)に対する適応感(本研究では学級満足度とした)にもポジティブな影響が見られるかどうかを検討していく。
仮説1.
STM教育を受けた実験群は、STM教育を受けない統制群よりも、ストレス反応が軽減し、自己効力感が高まるだろう。また、その結果として自尊感情が高まり、学級満足度も向上するだろう。
仮説2.
自尊感情の低い児童やストレスの高い児童にSTM教育はより有効だろう。
方法へ