(1)実験群A・B・Cにおける書記前後の気分の変化に関する考察
@エネルギー覚醒について
事前事後の主効果、実験群の主効果、交互作用ともに有意であり、実験群Aと実験群B、実験群Aと実験群Cの間に有意な差が見られた。
そこで、エネルギー覚醒の具体的な項目を見ていくと、「活力のある」「積極的な」「消極的な(逆転項目:以下*)」「無気力な(*)」「活気のない(*)」という内容であることから、「感情」のみを書いた実験群Aよりも「感情+自分のすべきこと・出来ること」を書いた実験群Bと「感情+なりたい自分・それが実現した時の状況」を書いた実験群Cの書記方法を行った被験者のほうが、「活力と気力があり、積極的な気分」になったといえる。
実験群Bに関しては、Pennebaker(1997)が言っているように、「抑制が除かれることは、筆記による健康効果において一定の役割をになっている可能性があるが、それよりも、認知変容のほうが、身体的健康をより強力にする」ということと関連するかもしれない。つまり、実験群Aのように日常の悩みや不安に対するネガティブな感情を吐き出すことは一定の効果があるが、それよりも「感情+自分のすべきこと・出来ること」を書く実験群Bの書記方法によって、その悩みや不安に対する理解と洞察を高めることができ、気分(エネルギー覚醒)の高揚につながったのではないかと考えられる。
また、実験群Cに関しては、King(2001)の実験で、「最も望ましい将来の可能自己」についての筆記によって、被験者がポジティブな気分になったり、幸福感を得たりしていたように、われわれの人生の最も希望に満ちた様子を探求することに有用な何かがあり(レポーレ・スミス,2004)、本研究の実験群Cにおいても、同様な効果が見られたと考えられるだろう。
また山田(1996)が、自分の考えの矛盾や不備に気づき、新しい見方や価値を獲得したり、あいまいさを明確にし、論理性・一貫性あるいは内的統合性を高める機能は、「書く」という行為の過程で生じるものとしていることから、単に実験群Aより、実験群B・実験群Cのほうが、書く量も多く、書記にかける時間も増えるため、悩みや不安についての理解や洞察が高まったのだということも言えるかもしれない。
A緊張覚醒について
事前事後の主効果、実験群の主効果、交互作用ともに有意であり、実験群Aと実験群C、実験群Bと実験群Cの間に有意な差が見られた。
そこで、緊張覚醒の具体的な項目を見ていくと、「あせった」「いらいらした」「安らいだ(*)」「気楽な(*)」「リラックスした(*)」「穏やかな(*)」という内容であることから、「感情」のみを書いた実験群Aと「感情+自分のすべきこと・出来ること」を書いた実験群Bよりも「感情+なりたい自分・それが実現した時の状況」を書いた実験群Cの書記方法を行った被験者のほうが、「穏やかで、リラックスした、気楽な気分」になったといえる。
これは、やはり「最も望ましい将来の可能自己」(King,2001)を書き、ネガティブな感情を書き出すことからポジティブな状況を想像することへの意識の転換をすることで、実際に悩みや不安が解決した時のような「穏やかで、リラックスした、気楽な気分」になったと考えられる。
B快感度について
事前事後の主効果、実験群の主効果、交互作用ともに有意であり、実験群Aと実験群B、実験群Aと実験群C、実験群Bと実験群Cの間に有意な差が見られた。
そこで、快感度の具体的な項目を見ていくと、「良い」「明るい」「いやな(*)」「暗い(*)」という内容であることから、「感情」のみを書いた実験群Aよりも「感情+自分のすべきこと・出来ること」を書いた実験群Bの書記方法、そして実験群Bよりも「感情+なりたい自分・それが実現した時の状況」を書いた実験群Cの書記方法を行った被験者のほうが、「明るくて良い気分」になったといえる。
これも、先述したように、実験群Aよりも実験群Bのほうが、ネガティブな感情を吐き出すだけでなく、悩みや不安に対する理解と洞察を高めることができるし、また実験群Cは、ネガティブな感情からポジティブな感情への転換を図っていることから、このような結果になったのだと考えられるだろう。
(2)エゴグラムIFC・UAの得点と気分の変化との関連についての考察
@IFC得点とエネルギー覚醒について
事前事後の主効果と交互作用は有意であったが、実験群・HL群の主効果は、有意ではなかった。よって、ここではどの群間にも有意な差は見られなかった。
AIFC得点と緊張覚醒について
事前事後の主効果、実験群・HL群の主効果、交互作用ともに有意であり、5つの群間に有意な差が見られたが、同一書記群のH群・L群の間に有意な差を示すものは無かったので、IFC得点が高いか否かによる気分の変化の違いは見られなかったといえる。
BIFC得点と快感度について
事前事後の主効果、実験群・HL群の主効果、交互作用ともに有意であり、2つの群間に有意な差が見られたが、同一書記群のH群・L群の間に有意な差を示すものは無かったので、IFC得点が高いか否かによる気分の変化の違いは見られなかったといえる。
CUA得点とエネルギー覚醒について
事前事後の主効果、実験群・HL群の主効果、交互作用ともに有意であり、1つの群間に有意な傾向が見られたが、同一書記群のH群・L群の間に有意な差を示すものは無かったので、UA得点が高いか否かによる気分の変化の違いは見られなかったといえる。
DUA得点と緊張覚醒について
事前事後の主効果、実験群・HL群の主効果、交互作用ともに有意であり、6つの群間に有意な差が見られたが、同一書記群のH群・L群の間に有意な差を示すものは無かったので、IFC得点が高いか否かによる気分の変化の違いは見られなかったといえる。
EUA得点と快感度について
事前事後の主効果、実験群・HL群の主効果、交互作用ともに有意であり、2つの群間に有意な差が見られたが、同一書記群のH群・L群の間に有意な差を示すものは無かったので、IFC得点が高いか否かによる気分の変化の違いは見られなかったといえる。
結果として、いくつか出てきた有意差は、(1)実験群A・B・Cにおける書記前後の気分の変化に関する結果に関連するものであると考えられ、直接IFC得点・UA得点と気分の変化についての関連は見られなかった。具体的にIFC項目を見てみると、現実から遊離するような空想やイメージを普段どのくらい活発に行っているかをみるものだったが、本研究の実験群Cの書記方法が、自分の望ましい状態をイメージし、創り出すというものだったので、創造性などについて見てみると良かったのかもしれない。また、同様にUA項目は、通常どの程度、物事を客観的視点で捉えているかを図るものであったが、普段から論理的に考え、その場の状況に応じて問題をうまく解決している人に、改めて客観性や明確性などを促すような書記方法を試してみても、大した変化は起こらなかったのかもしれない。いずれにせよ、もっと書記方法と気分の変化に関連しそうな個人の特性を吟味し、あらゆる要因と照らし合わせてみる必要があるだろう。
(3)実験群A・B・Cと「書くことによって何を感じるか?」に関する考察
感情の開放因子に有意傾向があり、また想像による消耗因子は有意であった。感情の開放因子については、実験群Aと実験群B間に有意傾向が見られたため、「感情」のみを書いた実験群Aより「感情+自分のすべきこと・出来ること」を書いた実験群Bの書記方法を行った被験者のほうが、「感情を吐き出し、スッキリした」という傾向があったといえる。
これは、先述したように、「感情+自分のすべきこと・出来ること」を書く実験群Bの書記方法によって、その悩みや不安に対する理解と洞察を高めることができ、感情の開放因子中の項目である「将来への展望が見えてきた」や「もやもやが筋の通ったものになった」などに効果を示したのではないかと考えられる。
また、想像による消耗因子については、実験群Aと実験群C、実験群Bと実験群Cの間に有意な差が見られたため、実験群Aと実験群Bよりも「感情+なりたい自分・それが実現した時の状況」を書いた実験群Cの書記方法を行った被験者のほうが、「時間と労力は消耗したが、想像力が刺激され、今までと違う自分を発見できた」といえる。
これは、自分の望ましい状況を想像し、創り出すことで、想像力が刺激され、また現実の自分とは違う自分を発見することが出来たといえるだろう。しかし、現実とは違った自分や世界を創り出すという作業なので、「想像」し、「創造」することによって、時間や労力を使い、書きごたえのあるものになったのかもしれない。
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