結 果 と 考 察


「肯定的期待」と「困難の不生起」の自己肯定意識に対する影響について

 「肯定的期待」と「困難の不生起」が自己肯定意識の諸側面に与えている影響は、直接因果関係が示唆された部分と、社会的スキルの側面を通して間接的に因果関係が示唆された部分があった。


1.「自己受容」に関して

 「肯定的期待」からの直接のパスと「困難の不生起」からの直接のパスがみられた。因果係数をみると、「肯定的期待」からは.663と大きな正の関連が示されたが、一方「困難の不生起」からは-.194と負の弱い関連が示された。

 「肯定的期待」からの正の大きな関連は、自己をありのままに受容することにはPositiveなことが生じると期待することが重要であることを示唆し、Positiveなイベントが自分の身に生じると現実や将来をPositiveに認知することでPositiveな見通しが立ち、Positiveに期待された自己を予言の自己成就的に実行され、それによってPositiveな自己を実現されることが考えられる。そしてこのようにPositiveな見通しを持っていることで肯定的に評定され、現在の自分をありのままに受け入れやすくなったことを示しているのではないかと考えられる。

 また「困難の不生起」から弱い負の関連が示されたことは、自己をありのままに受容することには「困難の不生起」がマイナスの弱い影響を示しているということを示している。Negativeなことは生じないと期待する「困難の不生起」はNegativeではない楽観性であり肯定的な心性と考えられるが、Negativeなイベントが生じないと期待することで実際にNegativeなイベントが生じた際に、Negativeな感情が生起され、Negativeな意識を誘発することで自己をありのままに受け入れることが困難になるということが考えられる。 逆にPositiveな「肯定的期待」に関しては、Negativeなイベントが実際に生じた際にも、Positiveな見通しを維持できることが「自己受容」にとって良い影響としてみられたと考えられる。


2.「自己実現的態度」に関して

 「肯定的期待」からの直接のパスと「関係参加行動」を経る間接的なパス、「困難の不生起」からの直接のパスと「関係参加行動」を経る間接的なパスがみられた。

 直接的な影響を考えると、因果係数は「肯定的期待」からは.649と大きな正の関連が示されたが、一方「困難の不生起」からは-.144と負の弱い関連が示された。

 「肯定的期待」からの正の大きな関連は、自分の目標に向け、生産的な態度を持つことには、「肯定的期待」からの影響が強いことを示していると考えられる。Positiveな見通しを有することで、将来における自己はPositiveに評価され、そしてそのPositiveに評価された自己は将来における自己の充実したイメージを描くことを可能にするのではないかと予想される。この将来の充実したイメージを描くことが可能になることで、自分の目標や指針は大きく動機づけられることになり、その結果「自己実現的態度」を形成しやすくなるのだと考えられる。

 また「困難の不生起」から弱い負の関連が示されたことは、自分の目標に向け、生産的な態度を持つことには「困難の不生起」がマイナスの弱い影響を示しているということを示していると考えられる。Negativeなことは生じないとする「困難の不生起」は、消極的な楽観性として捉えられたが、この消極的な期待では自分の目標に向け、生産的に取り組んでいくという態度を形成するには不十分であることを示唆していると考えられる。自己実現とは、「個人の中に存在するあらゆる可能性に向かうこと」(『心理学辞典』有斐閣p.331)であり、困難や失敗といった障害を乗り越えて自己を実現していく人間の成長における高次な目標であると考えられる。したがって単にNegativeなことは生じないとする「困難の不生起」を有することはその実現に向かう動機としては不十分であると考えられるのである。これらのことからも「自己実現的態度」に対する直接的な関係は「肯定的期待」からの影響が大きいことが示唆されたといえよう。

 また「自己実現的態度」に対する間接的な影響を考えると、「肯定的期待」、「困難の不生起」それぞれから「関係参加行動」を経る間接的な関連の因果係数は共に.140と正の弱い関連が示された。

 このことは微弱ながらも「肯定的期待」、「困難の不生起」からPositiveな関係行動を経ることで自己意識の一側面である「自己実現的態度」に対する影響が示されたといえる。


3.「充実感」に関して

 「肯定的期待」からの直接のパス、「関係参加行動」を経る間接的なパス、「関係向上行動」を経る間接的なパスと「困難の不生起」からの「関係参加行動」を経る間接的なパスがみられた。

 直接的な影響を考えると、因果係数は「肯定的期待」からは.779と大きな正の関連が示されたが、一方「困難の不生起」からは有意な関連は示されなかった。

 このことから「充実感」は、自分がPositiveなイベントを経験することでPositiveな感情を体感することになり、そのPositiveな感情によって引き起こされるのではないかと考えられる。また充実は単に満足することとは少しことなり、自己の行動や行動の結果に関して自分がどのように評価するのかということも密接に関係していると考えられ、そこには自分の行動や結果がPositiveなものであろうと期待することが重要な役割を果たしているのではないかと考えられる。

 また「充実感」に対する間接的な影響を考えると、「肯定的期待」、「困難の不生起」それぞれから「関係参加行動」を経る間接的な関連の因果係数は共に.335と正の中程度の関連が示され、「肯定的期待」から「関係向上行動」を経る間接的な因果係数は-.277と負の中程度の関連がみられた。

 このことは「肯定的期待」、「困難の不生起」からPositiveな関係行動を経ることで自己意識の一側面である「充実感」に対する影響が示されたといえる。


4.「自己閉鎖性・人間不信」に関して

 「肯定的期待」からの直接のパスと「関係参加行動」を経る間接的なパス、「困難の不生起」からの直接のパスと「関係参加行動」を経る間接的なパスがみられた。

 直接的な影響を考えると、因果係数は「肯定的期待」からは.098と負の弱い関連が示され、「困難の不生起」からは-.363と負の中程度の関連が示された。「困難の不生起」からの負の影響に関しては、相手との関係性でNegativeな現象は自分には生じないと期待する「困難の不生起」が高いと、他者との関係がNegativeなものにならないと予測することが可能になり、その予測が他者に対しての自己開示における不安や対人関係全般でのNegativeな印象を低減させることにつながり、他者に対して自己を閉ざし、相手と距離を置くことが少なくなるのだと考えられる。また「肯定的期待」からの弱い負の影響に関しては、相手との関係性においてPositiveなイベントが生じると予測することで、その関係が自分にとってPositiveなものになると期待される。そしてPositiveな関係性の期待を持つことで、他者に対して自己を閉ざし、相手と距離を置くことは少なくなると考えられる。

 しかし、「自己閉鎖性・人間不信」に対する間接的な影響を考えると、「肯定的期待」、「困難の不生起」それぞれから「関係参加行動」を経る間接的な関連の因果係数は共に-.664と負の大きな関連が示された。このことは「肯定的期待」、「困難の不生起」からPositiveな関係行動を経ることで自己意識の一側面である「自己閉鎖性・人間不信」に対する影響が示され、またこの「自己閉鎖性・人間不信」には「肯定的期待」「困難の不生起」それぞれからの直接的な影響よりも、「関係参加行動」を経て「自己閉鎖性・人間不信」に影響する間接的な影響力の方が大きいことがわかった。このことは、関係においてPositiveな現象が生じると期待したり、Negativeな現象は生じないと期待して新たに関係を形成し、人間関係に参加することは、相手に対し自己を閉ざすことと逆行する活動であり、対人的接近を可能にする行動であることが負の大きな影響としてみられたと考えられる。


5.「自己表明・対人積極性」に関して

 「肯定的期待」からの直接のパス、「関係参加行動」を経る間接的なパスと「関係維持行動」を経る間接的なパス、「困難の不生起」からの直接のパスと「関係参加行動」を経る間接的なパスがみられた。

 直接的な影響を考えると、因果係数は「肯定的期待」からは.617と大きな正の関連が示されたが、一方「困難の不生起」からは-.188と負の弱い関連が示された。「肯定的期待」からの正の大きな関連は、Positiveなことが生じると期待することでPositiveな見通しを持ち、対人関係における自分のPositiveな成功やそこでの満足、自分にとってのPositiveな効果を予測することが可能となり、その肯定的な見通しが自分を相手に表明し、積極的にかかわろうとする動機となると考えられる。

 逆に「困難の不生起」から負の弱い関連が示されたことに関しては、自己を他者に表明し、人と積極的に関わることには「困難の不生起」がマイナスの弱い影響を示しているということを示している。Negativeなことは生じないと期待する「困難の不生起」はNegativeではない楽観性であり肯定的な心性と考えられるが、Negativeなイベントが生じないと期待することで、実際にNegativeなイベントが対人関係において生じた際に、Negativeな感情が生起され、対人関係に対するNegativeな意識を誘発することで自己を他者に表明し、人と積極的に関わることが阻害される可能性が考えられる。

 また「自己表明・対人積極性」に対する間接的な影響を考えると、「肯定的期待」、「困難の不生起」それぞれから「関係参加行動」を経る間接的な関連の因果係数は共に.354と正の中程度の関連が示され、「肯定的期待」から「関係維持行動」を経る間接的な因果係数は-.176と負の弱い関連がみられた。これらのことは「肯定的期待」、「困難の不生起」からPositiveな関係行動を経ることで自己意識の一側面である「自己表明・対人積極性」に対する影響が示されたといえる。


6.「被評価意識・対人緊張に関して」に関して

 「肯定的期待」からの直接のパス、「肯定的期待」から「関係向上行動」を経る間接的なパス、「肯定的期待」から「関係維持行動」を経る間接的なパスと「肯定的期待」と「困難の不生起」それぞれから「関係参加行動」を経る間接的なパスがみられた。

 直接的な影響を考えると、因果係数は「肯定的期待」からは-.287と負の中程度の関連が示されたが、一方「困難の不生起」からは有意な関連は示されなかった。この「肯定的期待」からの影響に関しては、Positiveな現象を期待することで、自分の将来に対しPositiveな見通しを持つことが可能となり、その見通しの中で他者からの評価も当然Positiveなものになるであろうと期待される。このことが他者からどのように見られているのか評価を気にする「被評価意識・対人緊張」を低減させることにつながったと考えられる。

 また「被評価意識・対人緊張」に対する間接的な影響を考えると、「肯定的期待」、「困難の不生起」それぞれから「関係参加行動」を経る間接的な関連の因果係数は共に-.471と負の中程度の関連が示され、「肯定的期待」から「関係向上行動」を経る間接的な因果係数は.505と正の大きな関連がみられ、また「肯定的期待」から「関係維持行動」を経る間接的な関連の因果係数は-.186と負の弱い関連が示された。

 これらのことは「肯定的期待」、「困難の不生起」からPositiveな関係行動を経ることで自己意識の一側面である「被評価意識・対人緊張」に対する影響が示されたといえる。  




   

 
図には因果係数に有意差がみられたパスのみ示し、因果係数が.2未満のであったパスは、極細の線で示し、.2以上.5未満であったパスは細い線で示し、.5以上であったパスは太い線で示した。また因果係数がプラスのものを実線で、マイナスのものを破線で示した。




「肯定的期待」と「困難の不生起」の社会的スキルに対する影響について


「肯定的期待」と「困難の不生起」の自己肯定意識に対する影響について
 






尺度の検討

 

「肯定的期待」と「困難の不生起」の高低と自己肯定意識の諸側面について

 

「肯定的期待」と「困難の不生起」の高低と社会的スキルの諸側面について

 

「肯定的期待」と「困難の不生起」の社会的スキル・自己肯定意識に対する影響について