1.抑うつとは
ストレス社会といわれる現代において、抑うつは最もかかりやすい心の病と言えよう。うつ病の生涯有病率は、1981年〜2003年までの諸外国の調査では、地域や時期によってばらつきはあるものの、4〜15%とされている。また、日本で行われた調査では、大うつ病の生涯有病率は6.5%(男性4.5%、女性8.3%)という結果となっており(川上,2003 [坂本・丹野・大野,2005より])決して珍しいものではない。最近では、抑うつに関するテレビコマーシャルが放映されるなど、我が国においても抑うつに対する認識を広げるような活動が見られる。
抑うつは”depression”の訳語で、単純に「抑うつ」と訳されることが多いが、より正確には「抑うつ気分」「抑うつ症状」「うつ病」の3つを指しうる言葉である(坂本,1997)。抑うつ気分とは、悲しくなる、憂うつになるなどの滅入った気分のことである。抑うつ症状とは、抑うつ気分とともに生じやすい症状の集まりで、自信がなくなったり、物事に集中しづらくなったり、眠れなくなったり、食欲がなくなったりすることである。さらに、複数の抑うつ症状が一定期間持続し、統合失調症など他の疾患基準に該当しないと判断される場合、疾病単位のうつ病と診断される。また、抑うつ状態とは、抑うつ気分を含む、複数の抑うつ症状を呈した状態のことを指す。抑うつ状態は、疾病ほどの重篤さは見られないが、食欲不振や睡眠障害、場合によっては自殺念慮も見られる可能性があり、決して軽視はできない。
なお、本研究でいう「抑うつ」とは、軽度の抑うつ状態あるいは軽症のうつ病を指す。軽度の抑うつ状態や軽症のうつ病を対象とするのは、本研究の対象は普段学校に通っており、かつ調査に協力できる児童であり、そのような児童が重大な疾患に罹患している可能性は低いと考えられるためである。
2.児童期の抑うつについて
近年、うつ病の増加とともに低年齢化が指摘され、児童期のうつ病あるいは抑うつ状態が注目されてきている。従来から、児童期のうつ病は非常に稀にしか存在しないとされ、関心の外にあった。ところが、DSM-Wなどに代表される操作的診断基準が用いられるようになると、大人と同じ抑うつ症状を持つ子どもの存在が注目されるようになり、子どものうつ病がこれまで認識されていたよりもはるかに多く存在することが明らかになってきた(傳田・賀古・佐々木・伊藤・北川・小山,2004)。さらに、子どものうつ病は楽観できるものではなく、適切な治療が行われなければ、大人になって再発したり、他の様々な障害を合併したり、対人関係や社会生活における障害が持ち越されてしまう場合も少なくないと考えられるようになってきている(傳田,2002)。
では、子どもの抑うつはどのくらい存在するのであろうか。子どもの抑うつ尺度であるDepression Self-Rating Scale for Children(DSRSC)を使用し、非臨床サンプルを用いて日本の小学生の抑うつ頻度調査を行った最近の研究では、一般小学生の11.6%が抑うつ状態にあり、平均点も欧米の報告より高い値であることが明らかにされている(佐藤・永作・上村・石川・本田・松田・石川・坂野・新井,2006)。我が国において、児童期の抑うつに関する研究は未だ少ないのだが、この結果は、臨床サンプルのみならず、非臨床サンプルを対象とした研究の重要性を示していると言えよう。非臨床サンプルを使用して児童期抑うつについて検討することは、今後予防的介入を考える上でも、有効だろう。
一般に、成人期の抑うつ状態は、悲しみ、自己に対する軽蔑、恥、罪感情、自尊心の低下(Beck,1967 [武田,2000より])とされてきた。これに対し、児童期の場合は、抑うつ気分や抑制症状を自覚・認識し、言葉で表現することが容易ではなく、表情、態度、行動、身体症状などであらわす場合が少なくないという。そのあらわれ方は個人差が大きいというが、抑うつ気分の代わりには、イライラした気分、不機嫌な態度、落ち着きのない様子などが表面にあらわれることも少なくない(傳田,2004)。そして、先行研究には、児童期の抑うつは攻撃性と関連があるという指摘がある。例えば、Blumberg, & Izard(1985)によると、抑うつ状態にある女児は、抑うつ状態にある成人と同様、内向的敵意が高いものの、成人の場合との相違点として、怒り感情が強いということが見出されている。一方男児は、内向的敵意は高くないが、怒りの感情は強いという。また、抑うつ傾向の高い児童と教師・友人によって攻撃的な行動が多いと同定された児童とを比較した研究では、抑うつ傾向の高い児童の方が、他者の言動によってフラストレーションを喚起するような場面などで怒りがより強く、同時に悲しみ、不幸感を持ちやすいことが示されている(Quiggle, Garber, Panak, & Dodge., 1992)。さらに、アメリカ精神医学会の精神疾患の診断・統計マニュアルであるDSM-Wでは、患者が児童期・思春期である場合、抑うつ気分の代わりにイライラした気分であってもよいとされている(傳田,2004)。
本研究では、この児童期抑うつにおける攻撃性に着目する。それは、以下の理由による。攻撃性は、他者に向けられた場合、他者とトラブルを起こしたりする元になったり、他者から拒否されがちになったりすると考えられるため、学校現場や家庭において、しばしば問題とされる。攻撃性が問題行動などとしてあらわされた場合、周囲の目はその行動に向きがちで、抑うつは気づかれにくいと考えられる。一方、他者への攻撃性を有していながらそれを抑制し、表面上は適応しているように見える場合などは、アンビバレントな状態が孤独感や不安感を高め、抑うつをもたらすことも考えられる(坂井・山崎,2003)が、この場合も周囲は抑うつに気づきにくいと考えられる。そのため、抑うつと攻撃性の関連について明らかにすることができれば、学校現場や家庭において子どもを見る視点が広がり、また適切な対応も可能となり、抑うつの早期発見や予防効果も期待できるだろう。
児童期抑うつの攻撃性に関する研究で、以下の2点が明らかとなっている。1つは、抑うつ傾向の高い児童は、抑うつ傾向の低い児童と比べて、フラストレーション場面で攻撃性を他者に向けやすく、自己に対する攻撃性や自己にも他者にも攻撃性を向けない傾向は低いことである。武田(2000)は、P-Fスタディを用いて得たこの結果から、抑うつ傾向の高い児童は、攻撃性を他者に向けやすく、言い訳(適応のためにはある程度必要)のような自己正当化などにより自己を守る力や、内省力に乏しいため、攻撃性が未熟な形であらわされる傾向にあるとしている。
もう1つは、不表出性攻撃は高いが表出性攻撃は低い児童は、表出性攻撃は高いが不表出性攻撃は低い児童よりも抑うつ傾向が高いこと、また不表出性攻撃の高さは抑うつを予測することである(坂井・山崎,2003)。表出性攻撃とは、挑発やフラストレーションに対して生じた怒り感情をそのまま表にあらわしたもので、悪口を言ったり叩いたりすることである。一方、不表出性攻撃とは、怒り感情を直後には表にあらわされないが、それが他者に対する悪意帰属などになるもので、誰かのせいでいやな目にあったときに、わざと意地悪をされたと思ったり他人は信用できないと思ったりすることである。坂井・山崎(2003)は、小学生用の攻撃性質問紙(PRAQ-C)を用いて得たこの結果から、抑うつ傾向の高い児童は、挑発やフラストレーションに対して生じた怒り感情をその場では抑制し、友好的にふるまうが、そのために心理的ストレスが高まって抑うつ傾向が高まるのではないか、と考察している。
上記の2つの研究は、単に攻撃性の有無だけでなく、その性質の差異にも目を向けているという点で意義があるが、それぞれ課題もある。まず武田(2000)は、被検査者の外的反応しか得ていないことである。フラストレーション場面において類似した外的反応を示し、客観的には同じように見えても、外的反応としてはあらわれない潜在的な攻撃性(内的反応)の違いによって、心理的ストレスに差があると考えられる。そのため、外面にあらわれる攻撃性だけでなく、内面にある攻撃性も測定し、特に両者のずれを検討することは重要であると考える。一方、坂井・山崎(2003)は、表出される攻撃性と表出されずに抑制される攻撃性を区別しているが、両者とも基本的には他者に向かうもののみであり、自身に向かうものやどこへも向かないものについては考慮していないことである。攻撃性は、日常生活においては、他者に向けられるものが問題視されやすいが、例えば過度に自身に向けて不必要な罪悪感を抱いたりすることも、好ましい反応とは言いがたい。そのため、攻撃性を他者に向かうものだけでなく、自身へ向かうもの、さらにはどこへも向かないものも含め、広義に捉えて検討することは、意義があることと思われる。
そこで本研究では、攻撃性の方向と表出・不表出の両方を考慮に入れ、児童期の抑うつとの関連を検討する。攻撃性の方向と表出・不表出の問題を同時に捉えるために、P-Fスタディ質疑法を参考にする。質疑法とは、P-Fスタディを標準的な施行法で行った後に、場面中の人物認知や、登場人物が心の中でどの様に考えたり感じたりしているかといった内面の反応について質疑するもので、被検査者の外面の攻撃性と内面の攻撃性のずれを検討することができるとされている。しかし、P-Fスタディは半投影法で呈示刺激があいまいであり、それによって、場面の登場人物の認知や具体的にどの様な文脈であるかという判断は被検査者によって様々であること、また被検査者によっては理解が困難だったり誤認が生じたりする場面もあることが指摘されている(秦,1993)。登場人物や場面の文脈の認知の差は、バイアスとなって児童の反応に影響を与える可能性があるため、本研究では、P-Fスタディと異なり、登場人物を限定した文脈のある場面設定を行うこととする。具体的には、児童が学校生活でしばしば経験すると考えられるものとして、ある児童が、級友の1人の言動によってフラストレーションを喚起する場面を取り上げる。また場面は、相手からの敵意が明確な場面とあいまいな場面を用いることとする。抑うつ傾向の高い児童は、抑うつ傾向の低い児童に比べて、相手からの敵意が明確でない場面においても相手の言動に対して敵意を感知しやすいこと、しかし行動レベルではそれらを抑制する傾向があることが指摘されており(Quiggle, et al., 1992)、敵意があいまいな場面で、抑うつ傾向の高い児童の内的反応で他責傾向が高まる可能性も考えられるためである。
以上より、本研究の目的は、抑うつ傾向の高い児童が、仮想的フラストレーション場面で表出する攻撃性・表出しない攻撃性をそれぞれどこへ向けるのかを検討することである。攻撃性は、表出されるもの(以下、外的反応とする)と表出されないもの(以下、内的反応とする)を区別し、またその方向として他者へ向かうもの(以下、他責とする)、自身へ向かうもの(以下、自責とする)、どこへも向かわないもの(以下、無責とする)の3つを想定する。
武田(2000)では、抑うつ傾向の高い児童は対人葛藤場面での反応で、他者への攻撃性が高いという結果だったが、Quiggle et al. (1992)によると、抑うつ傾向の高い児童は、怒りや悲しみを強く感じていながら、攻撃行動やアサーティブな言動など自身の感情を主張しないことが指摘されている。異なる結果ではあるが、抑うつ傾向の高い児童は他者への攻撃性を高く有しているという点では共通しているため、抑うつ傾向の高い児童は、抑うつ傾向の低い児童と比べて、内的反応のみ、あるいは内的・外的反応ともに他責傾向が高いと考えられる。第1の仮説は、抑うつ傾向の高い児童は、抑うつ傾向の低い児童よりも、内的反応のみ、あるいは内的・外的反応ともに他責傾向が高いだろう、とする。
次に、P-Fスタディにおいては、自責・無責反応は類似性が高く、他責反応の対極にある(秦,1993)といわれていることから、上記の仮説も踏まえ、第2の仮説は、抑うつ傾向の高い児童は、抑うつ傾向の低い児童よりも、内的反応のみ、あるいは内的・外的反応ともに自責・無責傾向は低いだろう、とする。
さらに、Quiggle et al. (1992)の知見を踏まえると、抑うつ傾向の高い児童は、抑うつ傾向の低い児童と比べて、敵意が明確な場面よりも敵意があいまいな場面でより他責傾向が高いことが予想される。第3の仮説は、抑うつ傾向が高い児童は、抑うつ傾向の低い児童と比較すると、敵意が明確な場面よりも敵意があいまいな場面の方が他責傾向は高いだろう、とする。
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