問題・目的



近年、男女平等やジェンダーフリーが強調され、以前のような明確な伝統的な性役割意識というものが薄れつつある。

そして、その曖昧さゆえに青年期における性役割同一性の確立が困難になってきているように感じる。

青年期は、アイデンティティの確立される重要な時期であるが、芳田(1989)は、アイデンティティの確立は、自分が「男であること」また「女であること」の認識をその基本的な構成要素として包含しており、それゆえジェンダー・アイデンティティの確立もその中心的な課題のひとつであると指摘している。

このように、性役割が以前のような明確なものでなく、混乱したものとなった現在において、
この混乱が異性との相互作用に影響を与えているのではないかと考えた。

性役割が最も意識されるのは異性との相互作用場面であると考えられるため、そのような混乱した性役割意識は、異性との相互作用場面において
不適応的な反応を示す可能性につながると考えられる。

そこで、本研究は異性との相互作用場面における不適応的反応の一つとして「異性不安」を取り上げ、性役割意識と異性不安の関連について検討する。



異性不安について



異性不安は、1970年代に米国の心理臨床領域で注目された「デート不安(Dating Anxiety)」「異性社会不安(Heterosexual Social Anxiety)」
に類似した概念である。

富重(2000)は、恋愛に限らない日本の一般的な青年対異性関係を説明する目的で、内的経験に焦点化した概念として「異性不安」を「全般的な異性との相互作用において不安や緊張感を経験する傾向。苦手意識・行動の被抑制感などの否定的な認知を伴い、主に青年期に顕在化する(富重, 2000)」と定義し、研究している。 本研究ではデート不安と類似した概念として日本で研究されている「異性不安(富重, 2000)」という概念を取り上げた。

異性不安を高める要因の1つとして、先に述べた性役割意識の関連が考えられる。

性役割意識と異性不安との因果関係については、米国の先行研究から富重(2000)において示唆されているが、未だ具体的に検証はされていない。

そこで、本研究では性役割意識と異性不安がどのように関連しているのかについて探索的に検討する。

富重(2000)の異性不安尺度は、Leary(1983)の相互作用不安尺度、及びCheek & Buss(1981)のシャイネス・スケール項目の中で、特に異性間相互作用について言及している項目を参考に作成されている(富重, 2000)。

しかし、異性との相互作用における不安は、相互作用不安やシャイネスという側面だけでなく、対象が異性であるからこそ感じてしまう、
考えてしまう不安や悩みが他に存在すると考えられる。

そして、それは緊張や苦手意識といった抽象的な内的経験だけでなく、具体的な内容を含む認知的な側面として捉える必要があると考えた。

そこで、先に述べた異性不安と性役割意識との因果関係について検討するという目的から、
性役割意識と関連が深いと考えられる異性不安についても検討する。

新たに想定した異性不安の側面は、
@コミュニケーションに関する不安
A相手に満足できない不安
B自身の性としての魅力に関する不安
C理想との不一致に関する不安
D性差に関する不安
であり、従来の異性不安尺度の項目は、
「緊張・苦手意識」の側面として扱うことにする。

まず、「コミュニケーションに関する不安」は、異性とコミュニケーションをする場合、「失敗してしまうのではないか」、
「うまく自分の意見が言えないのではないか」、というコミュニケーションに焦点を当てた不安である。
異性との相互作用において、コミュニケーションをとるという重要な場面における不安を取り上げる必要があると感じた。

次に、「相手に満足できない不安」は、異性に対して性役割を高く意識しすぎた結果、現実とのギャップが大きくなり、
異性に対して不満を持つと同時に自身が相手に満足できないために異性との関係が不安定で、その不安定さに不安を感じるという不安である。

つまり、ある程度異性と相互作用を行った結果生じている不安と考えられる。

そして、「自身の性としての魅力に関する不安」は、異性との相互作用場面において、自分が女性として、または男性として魅力あるのかどうかを意識すると考えられ、その悩みが異性との相互作用を消極的にさせていると考えた。

「理想との不一致に関する不安」は、異性に対して性役割を高く意識しすぎたために、異性との相互作用に意味を見いだせなくなってしまったり、異性に対して不信感を募らせてしまった状態に焦点を当てた不安である。

最後に、「性差に関する不安」は、異性は自分とは全然違う、という意識が異性と関わることを消極的にさせていると考えた。

性差をどのように捉えているかということに焦点を当てた不安である。

まとめると、新たに想定した側面は、相互作用における根本であるコミュニケーションの側面と、性別意識から生じる性差不安の側面、性役割意識から生じる側面として、相手に満足できない不安や、魅力に関する不安、理想との不一致に関する不安の計5側面である。



性役割意識について



性役割とは、一般に「男らしさ」、「女らしさ」といった性別に基づいて周囲、社会から期待されている役割を指し、生物学的な性差とは違い、
性役割学習を経て獲得されるものである。

そして、自己の性に応じた性役割を適切にとることは、望ましいパーソナリティー発達のひとつの主要な面であり、
社会的適応のひとつだと言われている(柏木, 1967)。

ただし、伝統的性役割と非伝統的性役割が混在する現代において、性役割に関する一貫性を適応の指標とすることには問題がある。

渡邉(1997)は、社会的に大きく変動しつつある現代社会では、一貫性(Consistency)は、かつて人格心理学・自己心理学において言われた健康の指標(一貫していればいるほどよい)ではなく、むしろ人格の固さ(rigidity,closed-mindedness)であり、不健康の指標、そして一貫性のなさは、柔軟さ・適応能力であり、健康の指標といえるのではないか、と指摘している。

以上のように、ジェンダー・アイデンティティをどう捉えるのか、ジェンダー・アイデンティティという概念の中に性役割意識をどのように位置づけるのかという問題は、まだまだ議論の余地があり、本研究においても大きく関わる問題である。

そこで、本研究は、ジェンダー・アイデンティティの一側面として性役割意識を捉えるのではなく、ジェンダー・アイデンティティとは関係ない、個別のものとして性役割意識を捉える。

性役割意識を測定する尺度の代表的なものとして、BSRI日本語版(東, 1990;1991)とM-H-Fsdale(伊藤, 1978)が挙げられる。

どちらの尺度も性役割を男性性と女性性、そして人間性(BSRI日本語版では「社会的望ましさ」として測定)から捉えているという点では同じである。

しかし、BSRI日本語版(東, 1990;1991)は、個人の性役割タイプを測定することを目的とし、アンドロジニー(男性性・女性性がともに高い男女)、セックスタイプ型(男性性が高い男性・女性性が高い女性)、クロスセックスタイプ型(女性性が高い男性・男性性が高い女性)、未分化型(男性性・女性性がともに低い男女)の4類型に分類して扱う尺度である。

それに対して、M-H-Fscale(伊藤, 1978)は、社会・自己・女性・男性にとってどれほどそれぞれの性役割が重要であるかを個別に測定し、個人の性役割に関する価値観を測定する尺度である。

本研究では、異性不安との関連を検討する上で、異性との相互作用場面では異性に求める性役割と自身の性役割には違いがあり、その両方、もしくはいずれかが異性不安に影響を与えていると考えられる。

自身の性に対する性役割意識と異性に対する性役割意識に差があることは柏木(1972)や伊藤(1978)においても示唆されおり、現代の性役割の曖昧な時代だからこそ、自身の性の性役割意識と異性に対する性役割意識のずれも大きくなり、問題になると考えた。

それ故、M-H-Fscale(伊藤, 1978)は、自身の性役割意識、異性に求める性役割の2パターンを測定するのに妥当であると判断した。



自身の性の受容について



伝統的性役割意識と社会的不適応を考える上でもう一つ重要な視点として、自身の性を受容しているか否かということがあげられる。

ジェンダー・アイデンティティを測定する上で自身の性の受容は重要な一側面として捉えられている(土肥, 1996; 佐々木・尾崎, 2007)。

すなわち、自身の性を受容しているか否かで個人の社会的適応度が大きく変わってくると考えられる。

先行研究では、自身の性の受容を、自身の性役割の受容と捉えているものもある。しかし、本研究では先に述べたようにジェンダー・アイデンティティの概念や測定方法が確立されていないこと、
そして同一性の獲得の途中であり、さまざまな性役割意識が混在すると考えられる青年期を対象とするため、ジェンダー・アイデンティティの確立に関しては扱わない。

しかし、自身の性役割の受容を取り上げることには問題が多数あるものの、性役割も含めた漠然とした感覚として、自身の性を受容しているか否かについてをとりあげることは今後の研究にもつながると考えられる。

そこで、本研究では伝統的性役割意識と自身の性の受容の関係、自身の性の受容と異性不安の関係についても検討する。



   
方法



HOME