T.問題と目的
三重大学教育学部においては、教育学部の学生が入学当初から在学期間中を通して教職を意識し、動機を高め、実践的指導力の形成が出来ることを目的として、「実地研究」という名称が付与された実習形式の授業がカリキュラムに組み込まれている。2006年度においては複数の授業が開講されているが、これらの授業はいずれも学生が現場経験をすることや現場での実践力を身につけることを目的として開設されている。本研究ではこの21の授業の中から著者らが関わった1つの授業(以下、実地研究)をその対象とした。この実地研究では、子どものコミュニケーションを刺激する、あるいは高めることを目的とした学生開発型授業を実施することが参加学生の課題として与えられ、それを通して単なる実地での体験を行うだけでなく、現実的な問題解決を通して専門的な学習を行うPBL(problem
based leaning)の要素を持たせた。本研究ではこのような実地研究の特徴を踏まえて本実践における学生の教育効果を検討する。
教育実習などを対象としたこれまでの研究について、職業志向に関しては、「どうしても教師になりたい」と回答する学生が実習後に増加していることが報告されている(伊藤, 1998)。また教師効力感については実習後に学生の教師効力感が高まるという結果が得られている(春原, 2007他)。他にも学生の「子ども観」が実習の時期によって変化することが明らかにされてきた(吉田・佐藤, 1991)。このように多くの研究で、教育実習が教職に関わる多様な側面で学生の肯定的な認知変化を促すことが示唆されている。しかし実地研究の特徴から、教職に関わる側面とは異なる視点で学生の変化を見る必要があると考えた。
実地研究で学生に与えられた課題を達成するためには、子どものコミュニケーションについて学ぶことや、グループ単位の活動であるために何よりも学生自身が他者とうまくコミュニケーションをとることが必要とされた。つまり学生開発型授業の実施によって、学生は子どもに関してだけではなく、自身のコミュニケーションについても省察する機会があったと考えられる。そして学生の、人とうまく関わりたいという気持ちや他者とのやりとりの中での活動への動機づけは活動を重ねる毎に高められていくことが予想された。そのことに加えて、学生開発型授業を実施するという高度な活動に挑戦的に取り組むことによって、学生の達成感が高まることが予想される。本研究では上述の2つの視点を、「コミュニケーション行為の中での動機づけ」・「達成感」として実地研究中の学生の変化を追い、実地研究の教育効果を検討する。
さて、学生を評価する手段としてポートフォリオに目を向ける。教育現場では、学習活動の経緯を詳細に読み解くことができる作成物をポートフォリオと呼称している(小池・松木, 2005)。ポートフォリオの活用については、学習者のための成果の蓄積という側面と、学習者の学びを評価するものという側面があるが、本研究では学生の変化をみる評価としてポートフォリオを使用した。
改めてまとめると本研究の目的は、実地研究中の時期による学生の変化をポートフォリオの評価項目で質的に検討し、さらに詳細な変化を記述項目で量的に考察する。その際には、学生のコミュニケーション行為の中での動機づけと達成感という側面に焦点を当てて検討する。

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