問題と目的
近年、幼児をパチンコに連れて行くといったことや、夜遅くに買い物に連れて行く、幼児を車内に残したまま親だけで出かけてしまうなど、一般的には考えられないような育児行動をとる親が注目されている。それらの行動は、当然批判されるべきである。しかし、親も積極的によいと思ってそのような行動をとるのではないだろう。このように、本来なら間違っている、子どものために良くないと頭では理解していながらもしてしまう行動は育児の中に多くにもあると思う。ただ、そうなってしまった結果だけを見て一方的に親を批判していても、何の解決にもつながらないであろう。その背後にある理由を丁寧に見ていき、根本にある原因を明らかにすることで、本当に必要とされる育児支援への道が開けてくると思われる。今回はさまざまな育児行動の中でも、一般的には幼児の成長に悪い影響を与えると認知されているテレビゲームを幼児に与えることに注目する。
テレビゲームの普及
近年、テレビゲーム遊びは子どもたちの遊びの中でも中核をなしてきている。中西・米沢(2007)によると小学生高学年(4,5,6年生)266名のうち89.5%の児童が「家にテレビゲームがある」と答えており、また、95.1%の児童がテレビゲーム遊びの経験があることが明らかになっている。また、テレビゲーム遊びは年々低年齢化してきており、増田(1999)の研究では3〜5歳児682名のうち男児48%、女児32%がテレビゲーム遊びを経験しているという。
テレビゲームがここまで子どもたちの遊びとして定着した理由として、増田(1995)は3つの要因を挙げている。1つは、外遊びに必要な空間の減少である。2つは、学業優先主義による自由な時間の減少である。子どもたちは塾などの習い事に自由な時間を費やすようになり、友人同士の日程も異なるために外遊びを複数人ですることが難しくなったのである。福岡県立社会総合センターの調査(2005)からも5歳児で過半数が習い事をしていることが明らかになっている。3つは、テレビゲームのもつ魅力である。テレビゲームには、テレビにはない応答性という魅力がある。テレビゲームは子どもたちの好きなアニメーションにゲーム性が加わったもので、それまでの媒体にはない新鮮さがあった。このような条件下でテレビゲームは子どもたちに普及していったと考えられる。
テレビゲームの影響
その一方で、テレビゲームの普及とともに、テレビゲームが子どもの成長に与える影響についての研究も数多くなされている。そのうちの多くのものはテレビゲームが子どもの成長に与える悪い影響について扱っている。山田ら(1990)は小学校の児童を対象とした調査によって、テレビゲームの使用頻度が多いほどチック様症状が強く広範囲になり、目の疲労症状が強くなることを明らかにしている。また、社会的不適応の傾向にある子どもや、不登校児がテレビゲームに依存しやすいといったことも危惧されている(山下,2006)。坂本(2004)は小学生高学年を対象とした研究において「アドベンチャー」ゲームでよく遊ぶ男子ほど攻撃性が高い傾向にあることを明らかにしている。また、幼児期の子どもは、映像世界と現実世界を大人のようにはっきりとした境界線で区切ることができていないため(木村・加藤,2006)、映像の世界に意識を集中すると二つの世界は連続して感じられ、衝撃的なシーンに対して大人以上にリアリティを感じていることが考えられる。このようなテレビゲームが子どもの成長に与える悪影響は一般常識として広く世間で認識されていると思われる。
また、テレビゲームは比較的高額な商品である。そのため子どもたちは、両親や祖父母など周りの大人にテレビゲームを購入してもらっていることが明らかになっている(中西ら,2007)。
このようにテレビゲームは一般的に悪影響と認識されており、かつ、高価であるにもかかわらず、なぜ大人は幼児に対して、テレビゲームを買い与えるのであろうか。本研究では、大人が幼児にテレビゲームを買い与えることとどのような要因が関連しているのか明らかにする。
次に、本研究において幼児期の子どもを対象とする理由を述べる。理由として以下の3点が挙げられる。1つは、大人が子どもにテレビゲームを買い与える動機と関連するものを検証するためには、テレビゲーム購入時に近いと思われる幼児期の子どもを対象とするべきだと考えるからである。2つは、これまでの調査は主に小学生に行われており、幼児期の子どもにテレビゲームを買い与える理由については明らかになっていないことから、小学生を対象としている調査と結果が同じになるのか異なるのか明らかにするべきだと考えるからである。3つに、幼児期の子どもたちは、小学生以上にテレビゲームが子どもの成長に与える悪影響を受けやすいと考えられ、幼児のテレビゲーム遊びの実態を明らかにする必要があると思われるからである。
なぜ、幼児にテレビゲームを買い与えるのか 〜育児不安・育児肯定感との関連〜
果たして、先に述べた3つの要因(「外遊びに必要な空間の減少」、「自由な時間の減少」、「テレビゲームのもつ魅力」)だけが幼児にテレビゲームを買い与える要因だろうか。小学生がテレビゲーム遊びをする理由の1位は、「ヒマがつぶせるから」である(中西ら,2007)。ここには、先行研究による3つの要因が影響していることが推測される。外遊びをする場所もなく、友達とも遊ぶ時間が合わず暇を持て余している場合、テレビゲームは子どもたちにとって暇つぶしの道具となりうるだろう。また、テレビゲームの普及に伴い「テレビゲームがないと他の子と話が合わなくなるから」といった声もよく聞かれる。
しかし、これらの調査は小学校の児童を対象としており、幼児期にはこれら以外の要因も考えられる。なぜなら、幼児期においては幼児本人の意志よりも、より周りの大人の考えや心理状況がテレビゲームを買い与えることと関連していると考えられるからである。そこで、本研究では以下の2つに注目する。1つは育児不安、もう1つは育児肯定感である。まず、育児不安に注目する理由を述べる。
大日向(2002)は育児不安を「子どもの成長発達の状態に悩みを持ったり、自分自身の子育てについて迷いを感じたりして、結果的に子育てに適切に関われないほどに強い不安を抱いている状態」と定義している。また、林田・中・深田・草野(2003)は育児不安の中でも「育児負担感」が強くなると母親の疲労の身体症状が強まることや、「育児に対する自信のなさ」が高まると、注意集中力が低下することを明らかにしている。疲労感の持続は、母親の焦燥感や育児意欲の低下をもたらすと考えられ、これらのことから育児不安が高まることは、子どもへの関わり方が不適切になることに影響していると思われる。
また、育児不安には様々なタイプがある。例えば、育児不安の中でも、自分自身の育児能力に自信のない母親は、うまくいかない育児行動の結果、子どもと直接関わる育児行動を避けることが予測される。その点で、テレビゲームは母親自身が直接子どもと関わらなくても遊びを与えることが可能である。子どもとの遊び方に自信がない母親ほど子どもとの直接的な関わりの少ないテレビゲームを子どもに与えやすいのではないだろうか。また、働く母親によく見られる時間的なゆとりのなさは、育児を負担と感じさせる要因であると思われる。家事をする時間・自分自身のための時間の確保のために子どもにテレビゲームを与えている母親も少なくないのではないだろうか。専業主婦である母親は、子どもと接する時間が、働く母親と比較して長くなることから、長時間の育児に負担感を覚え、遊びのレパートリーの1つとしてテレビゲームを子どもに与えてしまうことが予想される。以上のことから、育児不安を幼児にテレビゲームを買い与える際に関連していると思われる要因の1つとして取り上げる。
次に、育児肯定感に注目する理由を述べる。上記で述べてきた育児不安さえ高くなければ、母親は、幼児に対してよりよい育児を行うことができるのであろうか。幼児にテレビゲーム遊びを与えることと関連する要因として、ネガティブな考えの育児不安と同時にポジティブな考えの育児肯定感についても関連を検討する必要があると思われる。木村ら(1985)は、子どもに関心の低い母親は、育児不安兆候を呈しにくく、不安が低ければ低いほど「健康」で「望ましい」母親であるとはいえないと述べている。育児に伴う不安は、積極的に子どもと関わるために生じる不安であり、不安があるからこそ子どもの状態をこころがけ、異常やトラブルを早期に発見して対処することができる(名越・小高,1987)というように、適度の育児不安は育児にとってメリットともなりうるのである。このことから、よりよい育児を行うためには、育児不安が低いと同時に育児への関心度が高いことが必要となると思われる。育児への関心度は、「子どもを育てることは楽しい」といった感情や、「子どもを育てることは有意義で素晴らしいことだと思う」といった育児に対する肯定的な感情の有無ととらえることができる。よって、「育児肯定感」を、育児への関心度を測る1つの指標と考える。
例えば、育児肯定感が低く、育児に対してあまり関心を持てない母親は、子どもと関わることに魅力を感じられず、子どもと直接的な関わりをあまりとらず、遊びの1つとして子どもにテレビゲームを与えてしまうのではないだろうか。以上のことから、育児肯定感を、幼児にテレビゲームを買い与える際に関連していると思われる要因のもう1つとして取り上げる。
先に述べたように、外遊びのできる環境や自由時間の減少・テレビゲームの持つ魅力も、もちろん大人が幼児にテレビゲームを買い与える理由であると思われるが、多くのマスコミや世論で子どもの成長に悪影響を与えるといわれているテレビゲームを幼児に買い与える行為には、このような育児に対して自信をもてない母親の育児不安や育児肯定感の低さによる育児への関心度の低さが関連していることが考えられる。
また、幼児を対象としたテレビゲーム遊びの実態調査は少なく、増田(1999)の研究においても約10年前の調査結果であることから、本研究では現代の幼児のテレビゲーム遊びの実態を明らかにする必要がある。また、マスコミや世論では、テレビゲームは悪影響を与えるといった風潮があるが、実際、幼児を持つ母親たちは、幼児のテレビゲーム遊びについてどのように考えているのかも明らかにする。
以上より、本研究の目的は以下の3つとする。1つは、幼児のテレビゲーム遊びの実態を明らかにすること、そして2つ目に、幼児のテレビゲーム遊びに対して現代の母親はどのような意識を持っているのかを明らかにすることとする。そして、3つ目は幼児のテレビゲーム遊びの有無に母親の育児不安・育児肯定感が関連しているのかを明らかにすることとする。
3つ目の目的の仮説として以下の2つを挙げる。1つは、「育児不安の高い母親はテレビゲーム遊びが子どもの成長に悪いと思っていながらも、子どもにテレビゲームを与えやすいだろう」。2つに、「育児肯定感の低い母親はテレビゲーム遊びが子どもの成長に悪いと思っていながらも、子どもにテレビゲームを与えやすいだろう」。
また、本研究では大人の中でも特に母親を対象として調査を行う。なぜなら、父親ももちろん子どもにテレビゲームを買い与えることがあると思われるが、主たる育児の担い手は一般的にはまだ母親であるのが現状であると考えられ、育児不安・育児肯定感との関連を検証するためには母親を対象とすることが適していると考えるからである。