問題と目的
● 問題
● 目的
● 仮説
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問題
気になる子どもとは?
近年、注意欠陥多動性障害(Attention-Deficit/Hyperactivity
Disorder,
ADHD)や高機能自閉症等、いわゆる軽度の発達障害のある児童生徒への理解・対応が、しばしば論じられるようになってきた。しかしながら、「特別支援教育」は、通常学級において特別な支援を必要としている子どもたちへの対応を積極的に行おうとするものではあるが、ADHD、高機能自閉症等の「障害のある児童生徒」への対応であって、「障害」として分類されなければ制度的に特別な教育的支援を受けることができないのが現状である(松田,
2003)。しかし、実際には、「障害」として診断はされていないが、学習や生活上で配慮を必要とする児童生徒、いわゆる「気になる子ども」が約6.3パーセントの割合で通常学級に在籍している可能性があるという現実がある(文部科学省,
2003)。
ここでいう「気になる子ども」とは、たとえば、じっと席に座っていることができず教室の中を歩き回ってしまう、教師の話を静かに聞くことができない等、「明確に障害とは診断されていないが、学習や生活、社会性の面において特別な配慮が必要な児童」を指すこととする。
仲間はどのように接しているのだろう?
気になる子どもがより豊かな発達を遂げる1
つの条件として、仲間が受容的な態度で接すること(優しく声をかける、穏やかに接する、学級の仲間と認める等)が挙げられる。なぜなら、気になる子どもに対して仲間が否定的・拒否的な態度をとることによって、本人からも否定的な反応を引き出し、それが連鎖して気になる子どもと仲間との間に否定的な関係を形成してしまう。そして、その結果として、気になる子どもに否定的な特性(攻撃性、情緒不安定、無気力等)が形成されてしまう可能性があるからである(小嶋・森下,
2004)。
このように仲間から受容されないままでは、気になる子どもの否定的な特性が改善する機会が与えられないままとなり、結果的に、学校不適応、非行、大人になってからの精神衛生上の問題等、現在および将来にわたって不利益を被ったり、さまざまな問題を抱える可能性をもつと考えられる(井森,
1997)。よって、仲間から受容的な態度で接されることは児童期以降の社会化の過程において重要な役割を果たしているといえる。
以上のことから、仲間が気になる子どもに対して受容的な態度で接することが重要であるといえる。しかし、児童期の仲間関係を扱った研究において、小嶋ら(2004)は、攻撃的であったり、仲間の活動を妨害したり、ルールを破ったりする等、非協調性のために仲間から「自分勝手だ」とされる児童は、仲間から排斥されやすい傾向にある(小嶋,
1991)と述べている。気になる子どもは、その障害特性から生じる問題行動によって、仲間から「自分勝手だ」と認識されやすい傾向があると考えられる。そのため、気になる子どもは、仲間から十分に受容されていない可能性が高いと考えられる。しかしながら、仲間が気になる子どもに対して、どのような態度で接しているかを扱っている研究は我が国ではみられない。
先行研究
・Morgan(1996)
小学校3年生・5年生の児童153名を対象に、トゥレット症候群の傾向のある子どもに対して、「どのようなイメージをもつか」といった仲間の態度と、「実際はどのように関わるか」といった行動の意図、そして、トゥレット症候群の障害特性を含む情報を与えることによる仲間の態度と行動の意図への影響を調査した。
(トゥレット症候群とは、小児期に発症し、チックという一群の神経精神疾患のうち、社会的不適応や情緒障害の症状を伴うことが多いものを指す。トゥレット症候群は、子どもたちにとってはその障害特性を理解することが難しく、学校生活の中においてしばしばトラブルが起きやすい発達障害の一つである)
結果、トゥレット症候群の傾向のある子どもに対する仲間の態度、行動の意図は、学年・性別に関係なく、全体的に受容的であること、仲間の態度や行動の意図へのトゥレット症候群に関する情報の有無による影響はみられなかったことを明らかにした。
・Low(2007)
11〜12歳児の児童120名を対象に、ADHDの傾向のある子どもに対する仲間の態度と行動の意図、そして、診断的・精神医学的なラベリングの有無による仲間の態度と行動の意図への影響を調査した。
結果、ADHDの傾向のある子どもに対する仲間の態度、行動の意図は全体的に否定的であること、仲間の態度と行動の意図への診断的・精神医学的なラベリングの有無による影響はみられなかったことを明らかにした。
上記の2つの研究は、気になる子どもが仲間からどのようなイメージを持たれているか、仲間からどのように接されているかを明らかにしようとした点において意義があるといえる。しかし、これらの研究には、検討すべき点が2点ある。1点目は、2つの研究において、気になる子どもに対する仲間の態度の結果が一貫していない点である。具体的には、Morgan(1996)では、気になる子どもに対する仲間の態度は全体的に受容的であったが、Low(2007)では、気になる子どもに対する仲間の態度は全体的に否定的であったという点である。2点目は、気になる子どもに関する情報を仲間に伝えた場合であっても、気になる子どもに対する仲間の態度には影響がみられなかった点である。
疑問点-@“仲間の態度に一貫した結果が得られていないのはなぜ?”
このことについては、気になる子どもに関する記述の内容に問題があったためと考える。Morgan(1996)では、気になる子どもに関する記述の内容はポジティブな印象を与える要因が比較的多く含まれていた。その結果、気になる子どもに対する仲間の態度は全体的に受容的となったと考えられる。一方、Low(2007)では、気になる子どもに関する記述の内容はネガティブな印象を与える要因が比較的多く含まれていた。その結果、仲間の態度は全体的に否定的になったと考えられる。つまり、子どもに与えられた気になる子どもに関する記述の内容が、ポジティブな側面を強調したか、ネガティブな側面を強調したかによって、気になる子どもに対する仲間の態度に違いが生じたのではないだろうか。
そこで本研究では、気になる子どもとして「ADHD傾向のある子ども」を取り上げ、気になる子どもに関する記述に修正を加えた上で、気になる子どもに対する仲間の態度を明らかにすることを第1の目的とする。具体的には、ポジティブな印象を与える側面、ネガティブな印象を与える側面の両側面を同程度含んだ記述を呈示し、仲間の気になる子どもに対する仲間の態度を測定する。また、学年・性別・障害特性(多動性/衝動性・注意欠陥)の違いによって、仲間の態度や理由づけに違いがあるのかも合わせて検討する。なぜなら、児童期の仲間関係は、9
歳の節ともいわれるように、中学年から高学年にかけて大きく変化がみられる時期であり、学年や性別によって、気になる子どもとの仲間関係の築き方にも違いがあると考えられるからである。また、“多動性/衝動性”と“注意欠陥”から生じる問題行動は一様ではなく、仲間のとらえ方もその障害特性ごとに違いがあると考えられる。よって、学年・性別・障害特性によって仲間の態度に違いがあるかも合わせて検討する必要がある。
疑問点-A“情報の影響がみられないのはなぜ?”
このことについても、1点目と同様に考えることができるだろう。つまり、Morgan(1996)では、気になる子どもに関する記述の内容がポジティブな印象を与える要因を多く含んでいたため、気になる子どもに関する情報の有無に関係なく仲間の態度は全体的に受容的となったと考えられる。一方、Low(2007)では、気になる子どもに関する記述の内容がネガティブな印象を与える要因を多く含んでいたため、気になる子どもに関する情報の有無に関係なく仲間の態度は否定的になったと考えられる。情報の提供の有効性については、知的障害など他の障害においていくつか研究されている。大谷(2001)は、小学校6年生の児童35名を対象に、障害児に関する情報を提供することによって、知的障害児に対する健常児の態度に影響を及ぼすかを検討している。その結果、障害児に関する情報を提供した後の障害児に対する対象児の好意的イメージ得点及び受容的態度得点は、情報の提供前に比べて高くなることが明らかとなった。このことから、障害児に関する情報を与えることは、仲間の態度をより受容的に促す効果があると考えられる。
以上のことより、情報の提供は、気になる子どもに対する仲間の態度形成にも同様の影響を与えるのではないだろうか。つまり、気になる子どものもつ特性や、気になる子どもの問題となる行動の原因を説明することにより、仲間は気になる子どもに対して、より受容的な態度で接することができるようになるのではないだろうか。そこで本研究では、ADHDの特性を含む情報を仲間に提供することは、気になる子どもに対する仲間の態度に影響を及ぼすかを明らかにすることを第2の目的とする。
● 目的
1.
ADHD傾向のある気になる子どもに対して、仲間がどのような態度で接しているかを明らかにし、
学年・性別・障害特性(多動性/衝動性・注意欠陥)によって仲間の態度に違いがあるかを検討すること。
2.ADHDの特性を含む情報を提供することが、気になる子どもに対する仲間の態度に影響を及ぼすかを明らかにすること。
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仮説
1.気になる子どもに対する仲間の態度は、否定的な態度を示す仲間のほうが、受容的な態度を示す仲間よりも多くみられると予想する。
先述したように、気になる子どもは仲間から「自分勝手だ」とされやすい特徴をもっており、仲間から排斥されやすい傾向にあると考えられる(小嶋,
1991)。よって、気になる子どもに対して否定的な態度を示す仲間が多くみられると予想する。
2.学年・性別・障害特性(多動性/衝動性・注意欠陥)によって、受容的な態度を示す仲間と否定的な態度を示す仲間の割合に差があるだろうと予想する。
(1)
学年については、高学年になるにつれて、気になる子どもに対する仲間の態度はより否定的になると予想する。
明田(1995)は、低学年では他者のポジティブな側面だけが強調されるのに対して、高学年では他者のネガティブな側面にも言及するようになると示唆している(小嶋・森下,
2004)。よって、中学年よりも高学年において否定的な態度を示す仲間は多くみられると予想する。
(2)
性別については、男児よりも女児において否定的な態度を示す仲間が多くみられると予想する。
Hartup(1992)[川端(2003)からの引用]によると、男児の遊びは多くの個人を巻き込むことが多く、友人関係も比較的広範囲なものになりやすいのに対して、女児の遊びは二者で行われるものが多く、友人関係も排他的な二者関係を形成しやすい(Hartup,
1992)と述べられている。よって、気になる子どもに対する態度は男児よりも女児において否定的な態度を示す仲間が多くみられると予想する。
(3)
障害特性(多動性/衝動性・注意欠陥)については、注意欠陥の傾向のある気になる子どもよりも多動性/衝動性の傾向のある気になる子どものほうが否定的にとらえられていると予想する。
武田・嶋宮・藤井(2004)は、情緒障害学級担任に対してADHDに関するアンケート調査を行っており、その結果、担任教師が困難を感じる点として最も多くあげたものは、衝動的な行動に関するものであった。よって、通常学級においても、ADHD傾向のある気になる子どもにおけるトラブルは衝動性から生じることが多いのではないかと推察する。このことから、多動性/衝動性の特性から生じる多くのトラブルによって、気になる子どもと仲間はより否定的な関係を形成している可能性が高いと考えられる。
3.ADHDの特性を含む情報を提供することにより、気になる子どもに対する仲間の態度はより受容的になると予想する。