問題・目的

1.教育に求められる授業形態

2.グループ学習について

3.グループ学習での動機づけ要因について

4.グループ学習に付随する問題

5.大学生のグループ学習

6.本研究の目的


1.教育に求められる授業形態


今日、PISA(学習到達度調査)やTIMSS(国際数学・理科教育調査)、全国学力・学習状況調査によって、日本の子どもにおける学習の新たな問題点が挙げられている。例えば、全国学力・学習状況調査の結果によると、知識を問うA問題には答えることができるが、学んだ知識や技能を活かして答えるB問題は不得意である(国立教育政策研究所, 2008)。またTIMSS 2007の結果によると、小学生・中学生の算数・数学の勉強が楽しいという割合は、国際的に見て低いことから勉強に対する動機づけが低いと言われている(文部科学省, 2008)。
 こうした現状から、今、学校教育を見直す試みが全国で取り組まれている。特に、授業形態はこの数年で大きく変化している。Benesse教育研究開発センター(2007)によると、2002年度以降は、国の施策を受け、一人一人の学習に重点を置いた少人数授業や習熟度別授業も急速に広がった。また、地方自治体によっては独自の教育に取り組んでいる地域もある。例えば、村上・杉江(2005)は愛知県犬山市における少人数授業における協同学習の概念を用いたグループ学習の実践報告を紹介している。「協同」とは「グループの全員が一つの目標を達成するために、個々のグループメンバーが共になくてはならぬ存在として活動し合っていくこと」という考えであり(杉江, 2004)、グループメンバーが一つの目標を達成するための、互いに協力する形態としている。具体的に犬山市では、スモールグループを用いて仲間同士で話し合いや教え合いを導入している。その結果、子どもたちの教え合い、学び合う姿や、仲間に向かって生き生きと説明する姿が多く見られるようになっている。また、学習意欲の低かった子が、少人数クラスでのグループ学習で認められ、張り切って手を挙げるようになり、少人数クラスでのグループ学習を子どもの主体的な学びを実践する条件として挙げている。
 このような取り組みから、今日では教師が一方的に学習者に向かって知識・情報を提供する従来の講義型の授業の見直しがさかんに取り組まれている。特に、子どもたちがグループを形成し、共に学び合える授業形態は、たとえ大人数のクラスであっても可能だと考えられる。


2.グループ学習について

 学校教育において、小集団単位で行われる学習形態、つまりグループ学習は、多くの学級で取り入れられている。グループ学習とは、「二人以上の児童・生徒が、一つの集団(グループ)を形成し、ともに学習するような形態の指導様式」をいう(心理学辞典, 2005)。本研究でも、このグループ学習の定義を用いる。グループ学習には大きくは二つの教育目標がある。一つはグループのメンバーがよりよく学習できることをねらいとし、もう一つは共同活動を通して、学習者の中に社会性、協調性、共感能力などを養おうとするものである。グループ学習とは、個別学習や一斉授業と対置するもので、一般に小集団の形態で行われる。
 小・中学校における教科の学習形態や指導の内容について、梶田・杉江・塩田・石田(1980)は現職の教師に対する質問紙調査を行っている。その結果、理科や社会においては、教師が講義形式で授業を行う学習形態(講義形式)との併用を含め、全学年を通じて半数以上の教師が様々な形でグループ学習を行っていることを見いだしている。グループ学習は戦後から小・中学校で多く用いられるようになった学習形態であり(梶田ら, 1980)、「学習への参加度を高める」「討論による思考の深化」「効果的な相互交渉」「人間関係・仲間意識の育成」という、児童・生徒の学習への参加や交流に関するものなどが挙げられている。
 グループ学習の先行研究では、グループ学習と一斉学習や個別学習の比較によって、グループ学習の効果が検討されている。例えば、Sharan, Heart-Lazarowitz & Ackerman(1980)は、小学生を対象にグループ学習と一斉学習による授業における学業成績を比較し、グループ学習の方がより高い学業成績を示したと報告している。また、Yager, Johnson & Johnson(1985)は、グループ学習と個人による学習における学習課題の遂行状況について比較検討し、グループ学習の方がより正確に課題が行われていたことを見いだしている。こうしたグループ学習の効果は、協同活動による構成メンバーとの質問や批判、説明の要求などの相互作用を通して、知識を協同的に構築していく過程によってもたらされると考えられる(高垣・中嶋, 2004)。
 また、教師のグループ学習に対する生徒・児童への指導についても検討されている。出口(2001)では、グループ学習に対する指導を独立変数、グループ学習の効果および問題点に対する児童の認知を従属変数として、複数の指導の組み合わせの効果について検討している。その結果、「討議に関する指導」と「参加・協力に関する指導」を共に行っている学級において、グループ学習の効果に対する最も肯定的な認知がなされていることが明らかになった。また、「討議に関する指導」のみを多く行い「参加・協力に関する指導」はあまり行わなかった学級において、グループ学習の効果に対して最も否定的な認知がなされていることを示している。また、出口(2002)はグループ学習に対する指導を行うことによって、教科に対する自己評価が低い児童(教科に対して苦手意識を持っている児童)であっても、頻繁に発言することが可能となることを示唆している。こうした研究によって、グループ活動における教師の指導のあり方が、児童の学習活動に及ぼす影響の重要性を示唆している。
 グループ学習過程での学習者の動機づけの変化に関して、中西・村松・松岡(2006)では、中学生がグループでロボットを作る活動において、フロー(Csikszentmihakyi & Rathunde, 1975)と動機づけとの関係を検討した。フローとは、究極的に内発的動機づけが高まっている状態であり、時間を忘れるほど課題に熱中している状態である。中西ら(2006)では、社会的動機づけの一つである接近的他者志向動機が、グループでの活動が進むにつれフローに強く影響していた。接近的他者志向動機とは、他者のためにがんばりたいといった積極的な社会的動機の一つである。中西ら(2006)によると、ロボット作りという共同問題解決活動の中で、当初興味によって予測されていた活動へのフローが、課題が困難な状況では、接近的他者志向動機によって予測された。つまり、他のグループメンバーのためやグループ全体のためにがんばりたいという動機づけによって、課題に対する内発的動機づけが高くなる。このことから、グループでの活動において、他者の存在や他者との関係が、少なからず動機づけに影響していることが考えられる。グループ学習において、中西ら(2006)でフローを予測した動機づけ要因のように、学習者の行動に影響を与える動機づけ要因が明らかになることによって、学習者に対する介入の仕方が示唆されるのではないだろうか。例えば、中西らの研究(2006)を参考にするならば、課題が困難な状況において他者との相互作用が活発になるような支援を行うことで、学習者の接近的他者志向動機が生起し、課題に対する強い動機づけも生まれることが考えられる。
 中西らの研究(2006)のように学習者の高い動機づけを導く「動機づけ要因」の変化を追うことで、学習者への支援の方向や学習者自身の変化がより詳細にわかることが考えられる。そこで、本研究ではグループ学習過程における動機づけ要因に注目し、その変化を追う。

3.グループ学習での動機づけ要因について

 学習者の課題遂行を扱った研究として達成動機づけ研究がある。その中で学習者の達成行動を予測するモデルとしてEccles & Wigfield(1985)の社会的認知期待×価値理論がある。期待×価値理論とは、動機づけを期待(成功可能性に関する主観的認識)と価値(行動遂行にかかわる価値)との積によってとらえようとする理論の総称をさす(上淵, 2007)。Eccles, Wigfield & Schiefele(1998)によると、社会的認知期待×価値理論は@期待と価値の構成要素がより精緻化されていること、A現実的な場面(学業場面など)での課題に基づいていること、BAtkinsonの期待×価値理論(Atkinson, 1958)では期待と価値の間に逆比例の関係(期待が高ければ高いほど価値が低い)を仮定していたが、両者にむしろ正の関連が想定されていること、などの特徴を挙げている。Atkinsonの理論では、価値とは遂行課題に対する価値のことで、成功した場合の正の感情と等価と考えられており、課題の困難さという視点からみた価値である。しかし、現実場面において価値は課題の困難さによってのみ規定されず、より広範な内容を含んでいる。Ecclesの社会的認知期待×価値理論における価値には、本人のこれまでの社会的経験があり、Atkinsonの価値より広い意味として捉えられている(速水, 2005)。本研究においても、学習者にとっての課題価値をより詳細にとらえたいことから、Ecclesの期待×価値理論を用いる。
 さて、価値概念として、グループ学習の課題に対して、学習者がどのような価値意識を持っているか検討する必要がある。伊田(2001)によると、学習動機づけの価値的側面に焦点を当てたEcclesの課題価値(task value)の概念がある。これは、学習者が学習内容にどのような価値づけをしているのかという観点から動機づけをとらえるものである。伊田(2001)ではEcclesら(1985)は課題価値概念を取り上げ独自に3つの価値概念を提唱している。興味価値(interest value)は、ある課題に従事することによって楽しさや充実感を得られる価値である。獲得価値(attainment value)は、ある課題に従事し、そこで成功することが望ましい自己像の獲得につながる価値である。最後に利用価値(utility value)は、課題に従事することが将来の職業的な目標の達成に寄与する価値である。グループ学習において、学習者が課題そのものに対して価値を感じることは、グループ学習を継続していく上で重要な要素となる。特に、興味価値は「取り組むことが楽しい」という主観的な価値認識であり行動を促進することが考えられる。また、利用価値について、Lens & Rand(1997)は、将来の目標にとって現在の課題が道具性あるいは利用性を有するという認知は、課題自体が目的(内発的動機づけ)で将来への示唆がないという場合に比べて、課題への動機づけを促進すると指摘している。これらより価値概念として、行動を促進するであろう興味価値と利用価値について取り上げる。
 続いて期待概念に関して、自己効力感を取り上げる。Bandura(1977)は、行動変容の過程を包括的に説明するために、人がある事態に対処する際、それをどの程度効果的に処理できると考えているかという認知を重視し、これを自己効力感(self-efficacy)と呼んだ。これは一定の結果を導く行動を自らがうまくやれるかどうかという期待であり、その期待を自ら抱いていることを自覚したときに生じる自信のようなものである。そして、この自己効力感の程度はその後の遂行行動の最も重要な予測値であることを主張している。また、グループ学習において、自分の役割を感じたり、自分がグループの中で役立っていることを自覚することにより、自己効力感が上昇することも考えられる。よって、Ecclesら(1985)の期待×価値理論に当てはめると、課題価値と自己効力感から行動が予測されることが考えられる。 
 また、グループ学習は個別に課題に取り組まないという点で、一斉学習や個別学習と異なる。グループ学習では他者と共に課題に取り組むことから、他者と関連した動機づけ要因について取り上げる。グループ学習における学習者の動機づけは個人的なものだけでなく、他者を配慮した社会的な動機づけ要因も関わってくることが考えられる。伊藤(2004)は、達成行動の強力な動機としてその人にとっての「他者」の存在の重要性を述べ、「他者志向的動機」という概念を提唱している。また、中西ら(2006)によると、他者のためにがんばりたいという接近的他者志向動機がフローを予測する要因であった。さらにメンバーと仲良くなりたいという親和動機もあることが考えられる。そこで、本研究では、親和動機と接近的他者志向動機を取り上げる。
 本研究では、動機づけ要因として興味価値、利用価値、接近的他者志向動機、親和動機、自己効力感を扱い、グループ学習を通してその変化を検討する(Figure 1)。



4.グループ学習に付随する問題

 
グループ学習を行う際、一部のグループメンバーのみが課題に取り組み、不満を募らせる問題が生じることもある(杉江・関田・安永・三宅, 2006)。グループ学習では、複数人での課題解決において、課題に取り組まないメンバーが生じる。これは、社会的手抜き(Latane, Williams, & Harins, 1979)によって説明される。社会的手抜きとは、集団で作業する場面で、集団の人数が多くなる程一人一人の努力量が低下する場合のことをいう(池上・小城, 2005)。これは、集団を構成するメンバーが感じる責任の程度が低くなることによる。このような責任の分散を起こさないために、一人一人のグループメンバーが責任の度合いを感じることは重要だと考えられる。古籏(1965)は、集団参加性という概念を挙げており、集団参加性とは「集団での生産を高めるために、集団成員が集団目標に合致する共同的活動を遂行する程度」と定義している。集団参加性の尺度は連帯性、勢力性、親和性から成り立っており、集団での課題解決において競争場面と協同場面で集団参加性の得点の差を見た結果、勢力性は協同場面で最も顕著に差がみられ、高い値をとっている。「勢力性」とは、課題達成に向かって影響を企図する程度および集団過程における社会的な責任の程度とされる(古籏, 1965)。特に、社会的な責任感は、個人に作用する社会的圧力として考えられており、競争場面とくらべて協同場面で高くなり、課題解決への行動に直結する重要な要因だと考えられる。そこで、本研究では、社会的手抜きを低減する個人の感覚として「責任感」を提案する。
 「責任感」という概念については、Deutsch(1949)は「一般化された他者」の概念の操作的定義として責任感を挙げており、他者の存在の重要性を述べている。心理学の先行研究において「責任」に関して、中谷(1996)は、教室における規範やルールを守り、対人的に円滑な関係をもとうとする目標として、「社会的責任目標」を述べている。社会的責任目標→社会的責任行動→媒体要因(教師からの受容)→教科学習への関心・意欲→学業成績というモデルを検討した結果、社会的責任目標が行動を経て教師からの受容に影響を及ぼすことによって学業達成に導いていることが明らかになった。社会的な規範や期待に沿った行動である社会的責任行動は、人の目に入りやすい顕現的な行動である。きまりを守り、人に協力や援助をするといった社会的責任行動は、教師の児童に対する受容に重要な影響を及ぼしているといえる。教師から受容されることは、児童の学級への適応感を高め、児童自らの主体的、自律的な学習意欲や学習行動につながりうることを示している。ただし、社会的責任目標は、個人のもつ目標であり、達成場面で機能する感覚とは異なると考えられる。古籏やDeutschによる責任感には「他者の存在」が前提にある。本研究では、前提を含まない責任感に注目することによって、責任感が何から影響を受けるのか検討する。そこで、責任感の定義として、「責任を重んじ、それを果たそうとする気持」(広辞苑第五版)とする。責任感が課題解決に参加する行動へとつながるのであれば、責任感が何かによって影響を受け、生起したことが考えられる。そこで、動機づけ要因として課題価値、期待、他者との要因があり、行動を予測するとき、責任感を媒介して行動へと移る可能性がある。
 本研究では、グループメンバーが課題に取り組むために必要な要因として責任感を提案し、グループ学習を通して動機づけ要因から行動へのパスに責任感が媒介しているモデルについて検討する(Figure 2)。


5.大学生のグループ学習

 これまでグループ学習の先行研究や本研究の目的についてまとめた。先行研究として対象となるグループ学習は、小学校・中学校などが多い。それは、学校教育においてより効果的な学習方法が模索されているからだろう。梶田ら(1980)の研究では、小学校・中学校で多くグループ学習が取り入れられていることが明らかになっている。一方、近年、大学のような高等教育においてグループ学習が注目され始めている(杉江他, 2006)。
 大学で用いられている授業形態は、講義型のような一斉授業が代表的である。講義型とは、教師が一方的に受講生に向かって情報を提供する授業形態である。講義型の授業では講義する側が一方的に知識を送るという形態の一斉授業は、学習者が学習課題に興味がない場合、内発的動機づけが弱く授業で得た知識も時間とともに忘却されることが多いと考えられている(松田・森,1993)。杉江ら(2006)は、学生の意欲を高める大学授業の重要性を述べており、学生が授業を自らの「学び」と考え、授業へ積極的に参加でき、知識を構築できる授業実践とその評価を報告している。その中で、杉江ら(2006)は、協同の要素を取り入れたグループ学習について報告している。今日、こうした協同の要素を含み、かつ少人数のグループ編成を用いた形態で用いられることが多い。
 近年、大学教育の中でも授業形態としてグループ学習が注目されている。医学・看護系学部の授業においては、より高度な専門的知識や技術が求められることから、限られた授業の中で主体的で効率的に学ぶための授業展開が必要とされている。そこで、大学の授業のような限られた時間で学生が主体的に多くのことを学べるように、グループ学習が積極的に用いられている(沖野・米田・前川・長澤, 2006; 米田・沖野・前川, 2006)。米田ら(2006)では、学生がグループを作り、関心のあるテーマを他の学生に向けて授業を行うという形式のグループ学習を行った。そして、授業終了時の学生のレポートを質的に分析した結果、グループワークが機能することで、学生間の相互作用が促進され、知識の共有、対人関係スキルの発達、グループ内での問題解決能力が高まったと認識されていた。また、協同学習および説明活動を行うことで、自己学習スキルを高め、自己の知識をモニタリングし、足りない知識を補うことで知識の関連性や知識が拡大したことが認識されていた。
 こうしたグループ学習は、グループ学習の手法が用いられた授業形態として、医学部や看護学部では多く実践が報告されており、その有益な効果が示されている(佐藤・今泉・末永・井上・酒井・佐藤, 2001)。近年、大学において、「学習意欲を高める教育」「考える力を伸ばす教育」「自主性を育成する教育」など叫ばれているが、このような課題に応えるために、授業形態としてグループ学習は有効ではないだろうか。 

6.本研究の目的

 各変数の変化と、各変数間の影響(モデル Figure2)の検討し、グループ学習を通した学習者の動機づけ要因の変化を追う。まず、研究1ではグループ学習の一つとしてジグソー学習を扱い、各変数の変化とモデルを検討する。続いて、研究2と研究3において、PBL(Problem-Based Learning)形式のグループ学習において、各変数の変化とモデルを検討する。



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