研究1

問題・目的

方法

結果と考察




問題・目的

 研究1では、グループ学習としてジグソー学習を扱う。杉江ら(2006)では、学習者同士の協調的な学習活動を引き出すためにジグソー学習を提案している。

1.ジグソー学習について

 ジグソー学習とは、Aronson(1978)が考案した協同学習法の一つである。クラスを5〜6人の小集団(以下ホームグループ)に分割し、それぞれのグループから一人集め、別の小集団(以下専門家グループ)をいくつか構成する。そして、学習教材を専門家グループの数に分割し、その一つ一つの部分を専門家グループで学習する。最後に学習者はそれぞれのホームグループに戻り、新集団で学習した内容をメンバー間で伝え合う。この方法で学習する場合、ホームグループに戻ったそれぞれの学習者達は、教材の一部に関しては「専門家」となるが、内容全体を把握するためには他のメンバーに教えてもらわなければならないので、学習者間に協力的な相互関係が成立することになる。こうした仕組みによって、学習者は、他者に伝えるために内容を理解しようと動機づけられると考えられる。
 ジグソー学習の生起の背景には、アメリカの人種問題がある(蘭, 1980)。アメリカは人種のるつぼと言われているが、アメリカ国内の人種間緊張の増大に伴い、教育の現場においても、人種間の対立が生じている。特に少数民族の子どもは、仲間同士は団結するものの、他の人種の子どもと交わらず孤立し、自尊感情、学力の低下などの問題が生じてきた。この人種間緊張を減少させるひとつの方法として、ジグソー学習が考え出された。

2.ジグソー学習の先行研究
 
 ジグソー学習を用いた授業と他の学習形態を用いた授業との比較研究が行われている。Alonson(1978)は、一斉学習との比較を行った結果、学業成績の向上を述べている。Lazarowitz, Heartz-Lazarowitz& Baird(1994)では、高校生を対象にジグソー学習群と個別学習群(Individualized Mastery Learning Approach)に分け、事前と事後で学力テストを行い、感情的結果(affective outcome:自尊心、友達の数、クラスの雰囲気、凝集性、協調性、競争性、授業内容に対する態度)について尋ねている。ジグソー学習群では、学力テストの得点、自尊心、高くなり、クラスの雰囲気が良くなったと述べている。こうしたポジティブな結果が得られる一方、ネガティブな結果もある。Martin & Roland(2007)は、高校生の物理の授業において、ジグソー学習と一斉学習の比較を検討した。その際、自己決定理論(Deci & Rian, 1985)に基づく基本的な心理欲求(有能さへの欲求、自律性への欲求、関係性への欲求)が、被験者の内発的動機づけ、深いレベルへの理解、学業成績へどのように影響をするかを測定した。その結果、ジグソー学習と一斉学習の教授法の違いが内発的動機づけに影響を及ぼしておらず、学業成績においてはジグソー学習が負の影響を及ぼしていた。つまり、Martinらの研究では、教授法の違いが課題に対する興味に影響を与えなかった。一方、ジグソー学習において有能感を得ることが、学業成績を高めることにつながることが示唆された。
 このようにジグソー学習法の効果を、他の教授法と比較する研究は過去においてみられるが、ジグソー学習を通して学習者の心理的側面を追う研究はほとんどみられない。また、杉江ら(2006)では、グループ学習の一つの有効な手段として、ジグソー学習を提案しているが、学習中の学習者の心理的側面を追うことでさらにジグソー学習の有効性が明らかになるのではないだろうか。




方法



授業名 教育心理学

実験協力者 学部2年生以上の学生56名 
    (全3回の調査時期に全て出席して、欠損値のない有効回答数は40名 
     女性29名、男性11名、4年1名、3年12名、2年26名、院生1名)

対象学年 教育学部2年生以上

授業時期 2008年4月〜7月の毎週水曜1・2限
     ジグソー学習の実施日 5月14日・5月21日・5月28日

グループの構成人数 ホームグループ6〜7人 
              専門家グループ7〜8人

授業の概要・目的
 『心理学は、教育に応用できる様々な知見を生み出しているとともに、教育に関わる様々な場面をその研究対象として扱っており、本授業ではそれらを紹介した。本授業は、発達心理学とならび、教育に関わる者が知っておくべき基本的な事項を扱った。特に、教育現場で「実際に使える」ような心理学的知識を提供することを目指した。』(シラバスより)

学生の達成目標
 『教育心理学的な知識を獲得するとともに、実際にそれをどう使えばよいかについて考えることができるようになる。』(シラバスより)

授業計画 Table 1-1 参照(ジグソー学習を扱った日程のみ)

                Table 1-1 授業の予定



ジグソー学習で用いた各資料
 熟達・転移・誤概念に関する資料(内容はA4で2〜6枚程度)を用いた。
@【熟達】チェスでの知覚(Chase & Simon, 1973)
A【熟達】熟達者と初心者の問題解決場面における思考の相違(古賀,2005)
B【転移】転移における抽象化の役割(鈴木, 1995)
C【転移】類推的問題解決(Glick & Holyoak, 1980)
D【誤概念】地球の心的モデル:児童期における概念変化の研究(Voniadou & Brewer, 1992)
E【誤概念】高さのプリコンセプションを変容させる教授ストラテジーの研究(高垣, 2001)

質問紙の構成
「まったくあてはまらない:1」〜「非常にあてはまる:7」の7件法で用いた。
授業態度に関しては5件法「まったくそう思わない:1」〜「非常にそう思う:5」の5件法で行った。

<動機づけに関する項目>
・利用価値(中西・伊田, 2006)4項目
・教育心理学に関する知識を身につけることは将来のためになる。
・教育心理学について勉強することは、将来仕事の役に立つと思う。
・この先さらに勉強をしていくために、今、教育心理学について勉強することは重要だ。
・教育心理学の内容は生活に生かせると思う。

・興味価値(中西・伊田, 2006)4項目
・教育心理学は楽しい。
・教育心理学はおもしろい。
・教育心理学には興味がわく。
・教育心理学はわくわくする。

・接近的他者志向動機(中西・村松・松岡, 2006)* 4項目
・グループの他の人に好かれるように一生懸命やっていると思う。
・グループの他の人の役に立てるようにがんばっていると思う。
・グループ全体のためにがんばっていると思う。
・グループに励ましてくれる人がいると感じている。

・親和動機(中西・村松・松岡, 2006)* 5項目
・グループ全体で、仲良くなるよう努力していると思う。
・グループの他のメンバーと仲良くなろうとしていると思う。
・グループの他の人に好かれようと努力していると思う。
・他の人に嫌われないようにしていると思う。
・みんなに好かれるように、がんばっていると思う。

*1回目と2回目でグループの構成員が変わった。そこで、2回目の質問紙において、接近的他者志向動機と親和動機の「グループ」の箇所を、「ホームグループ」と「専門家グループ」のそれぞれについて尋ねた。具体的な教示文は、「グループ活動を振り返って、以下の項目はあなた自身にどの程度あてはまりますか。あなたに最もあてはまると思う数字に○をつけてください。ここでいう『グループ』とは、あなたのホームグループ(専門家グループ)のことです。」であった。

責任感>(金本・横沢・金本, 2002)4項目
・課題に取り組まなければ、という気持ちが強かった。
・重要な役割を担っていると感じた。
・責任を感じた。
・失敗してはいけない、と感じた。

自己効力感>(Pintrich, P.R., & De Groot, E.V. 1990) 9項目
・私は他の受講生に比べて、よくできると感じる。
・私はこの授業で習ったことを確かに理解できている。
・私はこの授業で、よくできるだろうと思う。
・私は、他の受講生と比べて優秀な学生だ。
・私は与えられた課題や役割をきちんと果たせる自信がある。
・私はこの授業で良い成績を取ると思う。
・他の受講生と比べて、私の勉強の仕方は優れている。
・私は他の受講生より、授業の内容について、よく知っている。
・私はこれからも教育心理学をさらに学ぶだろうと思う。

授業に対する態度>(中野, 2006) 9項目
・授業中は集中して聞いていた。
・授業中は熱心に取り組んだ。
・授業中は集中していた。
・授業に意欲的に取り組んだ。
・授業で自分が何を学ぼうとしているか意識して授業に臨んだ。
・積極的にノートをとった。
・授業づくりに関連のある本や資料を調べた。
・質問等を積極的に行った。
・わからないことをわかるまで調べたり、尋ねたりした。




結果と考察

1.各変数の記述統計と相関係数

Table 1-2 各回の変数の平均値・標準偏差・α係数


 因子分析を行わず、先行研究に基づく各要因を構成する項目で信頼性分析を行ったところ、各要因のα係数は.7〜.9を示しており内的整合性が高いと判断した。また、各変数を構成する項目の点数を合計し、項目数で除して得点かした平均値を今後の分析に用いることにした(Table 1-2)。


Table 1-3 1回目の調査時期における各変数の相関係数


Table 1-4 2回目の調査時期における各変数の相関係数


Table 1-5 3回目の調査時期における各変数の相関係数



2.調査時期における各変数の変化

 3回にわたる各変数の変化を検討するために、反復測定の分散分析を行った(Figure 1-1)。Table 1-6 に各変数の平均値を示す。



Figure 1-1 各変数の日ごとの変化

Table 1-6 一要因分散分析の表


接近的他者志向動機
 時期の主効果がみられ(F(2, 78)=6.46, p<.01)、Bonferroni法による多重比較の結果、1回目と3回目の間に有意な差がみられ、1回目から3回目にかけて、接近的他者志向動機得点が高くなっていた(1回目と3回目のグループ活動がホームグループで行われることから、2回目のホームグループに対する接近的他者志向動機を用いた)。

授業態度
 時期の主効果がみられ(F(2, 78)=112.11, p<.001)、Bonferroni法による多重比較の結果、1回目と2回目、2回目と3回目、1回目と3回目との間に有意な差がみられ、1回目から2回目にかけて授業態度得点が高くなり、2回目から3回目にかけて授業態度得点が低くなり、1回目から3回目にかけて授業態度得点が高くなった。

 接近的他者志向動機が1回目から3回目にかけて有意に高くなったとは、他者のためにがんばりたい、という感情が高くなったということである。授業1回目のジグソー学習では、自分の担当資料を決めた。授業1回目には、グループメンバーのためにがんばっているという意識は3回目に比べると低いのだろう。しかし、授業2回目のジグソー学習では、専門家グループで自分の担当資料を学び、授業3回目のジグソー学習では、自分のホームグループのメンバーに担当資料を伝える必要があることから、自分のためだけでなく、他者のためにがんばりたいという感情が高くなったと考えられる。
 授業態度が1回目から2回目にかけて有意に上昇し、2回目から3回目にかけて有意に低下した。特に、授業2回目のジグソー学習では高い数値をとっている。2回目は専門家グループで自分の担当資料についてより深く理解するため、グループで話し合いやわからないところを質問するなどの活動が行われた。授業2回目では、授業3回目のジグソー学習のホームグループでの担当資料の報告に役立たせる必要があることから、自分のわからないところを質問したり、学んだことをメモをとって記憶するなどして、授業2回目の活動量が増えたことから、授業態度の得点が特に高くなったことが考えられる。
 利用価値、興味価値、親和動機、責任感は有意な変化が見られない。特に他者との関係による動機づけ要因の親和動機に注目すると、ほぼ一定の値を保っている。このことから、ジグソー学習において、グループのメンバーと仲良くなろうとする感情はほとんど変化しなかったことが考えられる。

3.動機づけ要因が責任感を媒介して授業態度に与える影響

 動機づけ要因が責任感を媒介して授業態度に与える影響を検討するために、各調査時期ごとに重回帰分析を行った。ただし、重回帰分析をするにあたって、独立変数である接近的他者志向動機と親和動機の相関係数が、.7〜.8の値のため、ほとんど接近的他者志向動機と親和動機が似た概念であることが示唆された。そこで、重回帰分析においては接近的他者志向動機のみを扱い分析を行った。重回帰分析に基づくパス図をFigure 1-2 Figure 1-3 Figure 1-4に示す。

<1回目の調査時期>

Figure 1-2 1回目の動機づけ要因を独立変数、責任感・授業態度を従属変数とした重回帰分析
 
 1回目の調査時期では、利用価値から責任感に対する標準偏回帰係数が有意であった(β=.566, p<.05)が、他の動機づけ要因から責任感に対する標準偏回帰係数は有意ではなかった。一方、利用価値(β=.296, p<.10)、興味価値(β=.343, p<.10)、自己効力感(β=.282, p<.10)から授業態度に対する標準偏回帰係数が有意傾向を示した。結果から、利用価値を感じることが責任感を高めることにつながり、利用価値、興味価値、自己効力感を感じることが授業態度を高めることが明らかになった(Figure 1-2)。

 利用価値から責任感に有意な正の影響がみられた。中西・伊田(2006)では、総合的に大学生の動機づけを測定する診断を作成し、学習方略との関連を検討している。その結果、利用価値からミクロ理解(習ったことを、順序立てて整理してみる)、マクロ理解(細かいことを覚えるより、大きな流れをつかもうとする)、プランニング(勉強をするときは、自分で決めた計画にそっておこなう)、他者利用(勉強でわからないところがあったら友達に勉強のやり方をきく)、外部リソース(教科に関するテレビやビデオ・インターネットを見たりする)といった幅広い方略を利用するという望ましい学習につながっている可能性を示唆した。つまり、利用価値を持っていると学習者にとって望ましい学習をしていることから、学習者は学んでいる内容に対して理解しようと努める可能性が考えられる。利用価値を感じるということは、学んでいることの内容そのものが将来に活かせられると感じたり、自分にとって役立つと感じたりしているということである。よって、学習者は自分に活かすために課題に取り組んでいる場合、自分のためという意味での「責任感」を感じる可能性が示唆された。
 続いて、利用価値、興味価値、自己効力感が授業態度に有意傾向のある正の影響がみられた。Wigfield & Eccles(2000)は、成功への期待(課題がうまくできるかに関する信念)や、興味、実用性、コストといった課題に関する主観的な価値の認識が、遂行、持続性、課題の選択などの行動に影響を及ぼすとしている。授業1回目のジグソー学習においても、利用価値、興味価値という価値意識と自己効力感という期待から、ジグソー学習中における学習者が話を真剣に聞いたり、何を学ぶか意識しながら取り組むなどの望ましい授業態度がとられるということが示唆された。

<2回目の調査時期>


Figure 1-3 2回目の動機づけ要因を独立変数、責任感・授業態度を従属変数とした重回帰分析


 2回目の調査時期では、ホームグループに対する接近的他者志向動機から責任感に対する標準偏回帰係数が有意傾向を示した(β=.406, p<.10)が、他の動機づけ要因から責任感に対する標準偏回帰係数は有意ではなかった。一方で、ホームグループに対する接近的他者志向動機(β=.227, p<.10)と専門家グループに対する接近的他者志向動機(β=.740, p<.10)から授業態度に対する標準偏回帰係数が有意傾向を示した。結果から、ホームグループに対する接近的他者志向動機を感じることが責任感を高めること、ホームグループと専門家グループ両方に接近的他者志向動機を感じることが、授業態度を高めることが明らかになった(Figure 1-3)。

 ホームグループに対する接近的他者志向動機から責任感に対して有意傾向ではあるが、正の影響がみられた。しかし、専門家グループに対する接近的他者志向動機からは影響がみられていない。授業2回目のジグソー学習では、専門家グループでの活動がメインであったにもかかわらず、ホームグループに対する接近的他者志向動機がみられた。これは、専門家グループで活動しているときも、学生が後々ホームグループで説明することを意識していることから責任感を感じているのではないだろうか。つまり、専門家グループにわかれていても、自分がホームグループのメンバーであるという所属意識があるのかもしれない。また、ホームグループに対するものと専門家グループに対する接近的他者志向動機の両方から授業態度に有意傾向のある正の影響がみられた。このことから、他者のためにがんばりたいと思うことがジグソー学習における専門家グループでの授業態度を高めることが示唆された。

<3回目の調査時期>


Figure 1-4 3回目の動機づけ要因を独立変数、責任感・授業態度を従属変数とした重回帰分析

 
 3回目の調査時期には、接近的他者志向動機から責任感に対する有意な標準偏回帰係数を示した(β=.374, p<.05)が、他の動機づけ要因から責任感に対する標準偏回帰係数は有意ではなかった。また、自己効力感から授業態度に対する有意な標準偏回帰係数を示した(β=.459, p<.01)。結果から、接近的他者志向動機を感じることが責任感を高めること、自己効力感を感じることが授業態度を高めることが明らかになった(Figure 1-4)。

 接近的他者志向動機から責任感に有意な正の影響がみられた。この場合は、ホームグループのメンバーに対する接近的他者志向動機を表している。授業3回目のジグソー学習では、学生は専門家グループで学んだことをホームグループのメンバーに伝えた。自分の担当資料を伝える活動から、他者のために自分の役割を遂行しなければないない責任感を感じていることが示唆される。
 また、自己効力感を感じることが望ましい授業態度につながることが示唆された。授業3回目のジグソー学習では、学生が専門家グループで学んできたことをホームグループで報告する。このとき、自分の担当資料について深く理解していないとホームグループでの自分の資料の説明が困難になるうえ、グループメンバーがその資料を理解できず、グループ全体に支障をきたす可能性がある。ホームグループでの授業態度が良くなるために、自己効力感が重要であることが示唆された。

 以上より、研究1では、モデルの検討において、ジグソー学習が進むにつれて責任感が接近的他者志向動機によって正の影響をうけ、授業態度が自己効力感によって正の影響を受けることが示唆された。一方、責任感から授業態度への影響はみられなかった。つまり、ジグソー学習での望ましい授業態度に責任感は影響しないことが考えられる。しかし、グループ学習をジグソー学習に限定したため、一概に言い切ることはできない。研究2では、他のグループ学習の形態でモデルの検討を試みる。

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