総合考察


 本研究では、グループ学習における学習者の動機づけ要因、責任感、授業に対する態度(以下、授業態度)の変化と、動機づけ要因から責任感を媒介して授業態度に及ぼす影響のモデルを仮定し、検討した。

1.グループ学習における各変数の変化

 本研究では、グループ学習における動機づけ要因として、価値である課題価値(利用価値・興味価値)、他者と関連した動機づけ要因(親和動機、接近的他者志向動機)、学習者が授業で感じる自己効力感の5つの変数を扱った。
 研究1において、ジグソー学習のグループ学習では、調査時期における授業態度と接近的他者志向動機の得点に有意な変化がみられた。まず、専門家グループでの学習者の授業態度の得点が最も高かった。専門家グループになったとき、各学習者1人1人が自分の資料を深く理解する必要があった。その時、意欲的に授業に取り組んだり、人の話を真剣に聞いていたことが考えられる。その後、ホームグループに戻ったとき、授業態度の得点は低くなった。ホームグループに戻ってから、各メンバーの担当資料について報告する活動があった。授業態度得点が低くなったということは、授業に対して意欲的に取り組めていないことが考えられる。このように、ジグソー学習のようなグループ学習は活動の順序が決められており、授業態度に変化が出やすいことが考えられる。1人1人の学習者が授業に意欲的に取り組めるためにも、グループ学習での目的を明確に伝えたり、グループ学習後に課題を設けるなどによって、学習者が授業で何を学ぶか意識しながら取り組むことの必要性が示唆された。続いて、接近的他者志向動機の得点が専門家グループでの活動の前後で有意に上昇した。本研究で用いたジグソー学習では、各メンバーが専門家グループからホームグループに戻った後、自分の担当する資料を最も深く理解している。担当資料をグループのメンバーに伝えたり、本人が他のメンバーの担当の資料内容を知ろうとしないと、全資料の内容が把握できない。この状況はホームグループのメンバー全員に共通することである。よって、自分だけでなく他者のためにがんばろうという接近的他者志向動機が高くなるのかもしれない。
 続いて、研究2と3において、PBL形式のグループ活動を扱った。研究2と3で扱ったグループ学習はどちらもPBLの要素を持ち合わせているが、活動内容は異なっている。そのため、各変数の得点の変化も異なっていた。しかし、興味価値得点が一定期間の学習の中盤で下がり、中盤から最後にかけて有意に上昇するという特徴が研究2と3で共通して見られた。そこでなぜ興味価値の得点がこのように変化したのか考察した。研究2での中盤とは、グループで選んだ課題の練習最終日であり、それから3週間後にグループごとに今までの活動からわかったことを発表し合った。研究3での中盤とは、授業案検討会の日であり、それから3日後に最終授業案の締め切りがあった。つまり、学習者にとって何らかの締め切り前に興味価値が下がることが考えられる。さらにこれについて、研究3では学生の自由記述から興味価値の変化について考察を行った。興味価値が下がった時期においては、授業案作りの反省や計画の甘さに気づいたことの記述が多く見られている。このことから、学生は今までしてきたことをネガティブに評価したり、悪い部分を反省することで、取り組んでいることそのものに対する魅力を低く感じている可能性がある。つまり、締め切り前に今まで取り組んできたことに対して低く評価することで興味価値を低めているのかもしれない。最終的に興味価値が上昇する学生は、自分たちの行った授業に対してポジティブな評価をしたり、授業はうまくいかなかったものの子どもの反応から「やってよかった」という記述が見られた。逆に最終的に興味価値が上昇しない学生は自分が行った授業に対しての評価の記述が少なかった。これらから、興味価値得点が学習の中盤から最終的に上昇する経緯には、学習者が課題として行ったことをどう評価しているか、ということに関係しそうである。

2.動機づけ要因から責任感と授業態度に影響するモデル

 本研究では動機づけ要因から、責任感を媒介し、責任感が行動へとつながるモデルを仮定し(Figure 2)、研究1から研究3にかけて、モデルを検討した。その結果、責任感を生起させる要因は、グループ学習前半には、課題価値や自己効力感であったが、グループ学習の後半になるにつれて、接近的他者志向動機になることが明らかになった。Duetsch(1949)が責任感を「一般化された他者」の概念の操作的定義としていることも含めて、責任感に他者の存在の必要性が示唆された。グループ学習を経るにつれて、接近的他者志向動機から責任感が予測されることから、グループ全体やグループのメンバーのためにがんばりたいという感情から責任感を持つことにつながると言えそうである。グループ学習でこうした変化を経ることについて、一つはグループ学習当初はグループのメンバー同士が交流できていないが、時間がたつにつれてメンバー同士の交流が活発になるからと考えられる。研究3で学生の記述を分析しているが、グループ学習が進むにつれ、Moodleの他のグループメンバーに対する書き込み回数が増えることや、長い時間をグループで過ごすことから交流が活発になったことが考えられる。本研究で扱った接近的他者志向動機は「グループのみんなのためにがんばる」という動機づけで、グループで協調することや課題を達成することを目標としている。「接近的他者志向動機」は他者志向動機という他者の期待に応えることや他者に喜びを与えるといった他者の感情に配慮し良好にすることを目標とする動機づけ(伊藤, 2004)から作成された動機づけである(中西ら, 2007)。従来、こうした他者志向的な動機づけは達成動機づけ研究の中でほとんど扱われてこず、扱われたとしても、学習内容との関連性の低い外発的な動機として、達成行動を阻害する否定的側面が強調されてきた。例えば、堀野・市川(1997)は、学習内容の重要性が低く他者との関係を重視したり、報酬が得られるなどを理由にした「内容分離的動機」と、学習内容の重要性が高く、学習している内容そのものに興味をもつような「内容関与的動機」の2つの動機づけで学習観や学習法略との関連を検討した。その結果、内容分離的動機の方が学習観や学習方略との関連が薄いことを明らかにしている。しかし、伊藤(2004)では、内容分離的動機に含まれるような他者志向的動機は他の外発的な動機づけとは一線を画するものであり、特定の人にとっては日常的な達成行動を動機づける際に重要な役割を果たしていることが明らかにされた。また、グループ学習のような集団での達成が問題となる場合、接近的他者志向動機のように「グループのみんなのためにがんばっている」などの「他者のため」の行為が課題達成するための「自分のため」になる可能性もある。よって、本研究でも責任感を接近的他者志向動機が予測したことに関して、完全に「他者のため」を想定した責任感とは言い難い。今後、他者との関連で責任感をより詳細に検討していく必要があるだろう。
 一方、授業態度に関しては、グループ学習の後半になるにつれて利用価値や自己効力感から責任感を媒介することなく直接正の影響が与えられていることが示唆された。このように、価値と期待から達成行動を予測するモデルはEcclesら(1985)の達成動機に関する期待×価値モデルで示されており、本研究でも課題価値と自己効力感の両者から行動が予測される結果となった。特に課題価値のうち利用価値が授業態度と関連していたことに対して、中西ら(2006)の課題価値と学習方略の関連について、利用価値から幅広い学習方略への正の影響が見られたことを含め、学習者が利用価値を持つことが学習者が授業に積極的に取り組めるような望ましい授業態度につながることが示唆された。しかし、動機づけ要因から責任感に対する影響が見られても、責任感から授業態度に影響が見られなかったことに対して、本研究で扱ったグループ学習での授業態度が責任感が予測する変数として適切だったかどうかについて検討の余地がある。従来の「社会的手抜き」の研究では、集団のサイズや課題の種類、報酬の有無によって作業量が抑制されるか促進されるかが検討されている(池上・小城, 2004)。しかし、本研究ではグループ学習における学習者が感じる「責任感」を扱っており、集団のサイズや課題の種類といった環境要因は扱っていないことから、そうした要因と組み合わせて個人が感じる責任感を検討する必要があるだろう。

3.グループ学習への提案

 本研究では、グループ学習における学習者の動機づけ要因、責任感、授業態度の変化と動機づけ要因から責任感を媒介して授業態度につながるモデルの検討を行った。グループ学習を通しての学習者の変化では、ジグソー学習のような決まった形式を持ったグループ学習では、授業態度に変化が出やすく、授業者側が活動の目的を明確に伝えたり、授業後に課題を設けるなどして、学習者に何を学ばせるか意識させる必要があることが示唆された。また、動機づけ要因から責任感を介して授業態度につながるモデルの検討に関して、本研究では、動機づけ要因の自己効力感と課題価値から責任感を介さずに授業態度に直接に正の影響を与えていたことから、学習者が積極的に学べるために、課題価値と自己効力感が重要であることが明らかになった。研究3では学生の自由記述を分析したが、学習の中盤で興味価値が下がり、終盤でまた上がることについては、学習者が自分の達成体験にポジティブな評価を与えられるよう、授業者側がフィードバックする必要が示唆された。特に、研究3では各グループを、教員とチューターがそれぞれ一人ずつ担当し、教員側から受講生をよく指導できたことから、受講生の最終レポートには教員やチューターの発言内容から感じたことや、教員やチューターへの感謝の言葉が記述されていた。教員側のコメントは受講生にとって新たな視点であり、個人だけでなくグループに対するフィードバックでもあることから、グループ学習において各グループへの教員の指導という点でも、今後検討する必要がある。本研究では大学生のグループ学習を扱ったが、大学の授業だけに関わらず小学校や中学校で行われるグループ学習にも適用されることが考えられる。学校教育の現場でグループ学習が行われるとき、児童・生徒がグループで取り組んだことに対してポジティブに捉えられるようになることが、課題への興味を高めると考えられる。そのためにも、教師側の支援のあり方が重要になるであろう。
 責任感から行動につながる結果は本研究では見られなかったが、グループ学習の終盤になるにつれ、接近的他者志向動機が責任感に対して正の影響を与えていることから、責任感は行動に対して全く影響がないとは言い切れない。今後は、他者との関わりという点でグループ学習での学習者の行動を検討していくことで、責任感から予測される行動がみえてくることが考えられる。

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