問題と目的


1.絵本への関心の高まり

 絵本には、知識絵本、物語絵本など実に様々なものがある。絵本は、楽しむものであり、心の土壌を 豊かにしていくものである。大人にも子どもにも、絵本はさまざまな恵みをもたらしてくれる。 絵本は、活字や本への親近感など様々な恵みをもたらしてくれる。今井・寥・中村(1993)は、日本 における絵本に関する心理学研究を調べ、絵本読み聞かせの教育的意義を、想像力をはぐくむ、 言語能力を高める、人間関係を豊かにすることの3点にまとめている。文字が読めると絵本が読める というわけではなく、絵本を楽しむためには本の言葉を頭の中でイメージする必要がある。 川端(2008)は絵本を読んでもらうことで、子どもは絵本の絵に助けられ、絵本の言葉を頭の中に絵として描くことができるという。また文字を習得する前後の子ども達にとって、聞く、話す、 読む、書くという言葉の力の中で、最も早くに発達するのは聞く力である。子どもたちは絵本の読み聞かせをしてもらう、つまり聞くことで、自分で読むよりもずいぶん深い内容を理解し、 情感を深めていくことができるという。また、松居(2002)は、親から子どもへ、赤ちゃんから小学校を終えるころまで、人生の先輩として愛情をもって自分の言葉で絵本のお話を語りかける ことは、子どもに将来にまで続く安心感を与えることができ、成長の根となっていくという。
 子どもたちの日常にはインターネットや携帯電話、テレビ・ビデオなどの電子メディアがある。こう いった電子メディアは、子どもの関心を喚起するが、これらは一方的な視覚的情報の受け 取りが多くなりがちである。また、近藤・辻元(2006)は近年、小学校の教育現場では、子ども達の中 に、じっと話に耳を傾けるということが以前に比べてできにくくなっている子どもが増えて おり話の途中で関係ない言葉を挟んだり、授業でも行事でも集団で何かに取組もうとする際、子ども たちの集団活動への準備状態を作ることが難しくなっているという。
 このような子どもたちを取り巻く状況がある中で、子どもたちは、家庭における親と子の絵本体験や、保育所や幼稚園における集団生活の場での絵本とのかかわりなどで、必ずといってよい程、 絵本とのかかわりをもつ。その絵本の魅力に、関心が高まってきている。その例として、絵本を仲立ちとした子育てサークル、子どもの言葉への興味関心を育てるなどのいくつかの機能を持った ものとして、0歳児健診などで赤ちゃんに絵本を手渡す「ブック・スタート」の運動が各地で広まっており、 「あふれる絵本と早まる出会い」が起こっていることなどがあげられる(佐々木2006)、(横山2006)。

2.集団での絵本の読み聞かせの意義

 子どもたちの発達に絵本がもたらす恵みについて、親と子どもの関係においてだけでなく、保育所や幼稚園などで行われている集団での読み聞かせについても考えることができる。集団での絵本 読み聞かせについて考えるために、読み聞かせを構成する変数について理解する必要がある。今井ら(1993)や、中村(1991)は、従来の絵本の読み聞かせに関する心理学的研究にもとづいて、読み 聞かせには次の7つの変数があるとした。それは1.絵本による変数、2.読み手に関する変数、3.聞き手に対する変数、4.絵本と読み手の両方に関わる変数、5.読み手と聞き手の両方に関わる変数、 6.絵本と聞き手の両方に関わる変数、7.絵本・読み手・聞き手の3者に関わる変数である。このように、絵本読み聞かせについては、絵本、読み手、聞き手という3つの変数をふまえて、考える必要 があるが、集団での絵本の読み聞かせは、1対1の読み聞かせと異なる構成をもつ。それは、複数の聞き手間の関係である。集団での読み聞かせは絵本と読み手、聞き手、聞き手同士、共同でつくら れる関係の中で行われる。
 集団での絵本の読み聞かせを友達と一緒に聞く楽しみには、1対1の絵本読みきかせにはない、互いに共感できる歓びがある。中村・佐々木(1976)は、集団での読み聞かせは、読み手と聞き手との 安定した関係づくりの過程であり、また聞き手である幼児にとって、周りにいる友達と聞き手同士、様々な体験をし、豊かな関係をつくっていくことが、重要であるという。波木井(1994)も、 集団での読み聞かせの重要な要素の一つを、読み手と聞き手、聞き手同士が絵本の作品世界を共有し、心を響き合わせることとしている。年齢の近い子どもたちが、集団での絵本の読み聞かせの世界に 共に出会うことで、子どもたちは子ども同士近い感覚をもって共感しあうことができるだろう。
 本研究では、集団での読み聞かせにおいて、子どもたちが、読み手も含め共に関係を築きながら、絵本の読み聞かせを共感しあい楽しむという点に注目し、その実態を明らかにすることを目的としたい。 集団での絵本の読み聞かせにおいて、子どもたちがそれを友達とともに共有し、楽しむ姿は、どういった姿に現れているのだろうか。
 横山(2003)は、集団での絵本読み聞かせの中で、子どもの自発的な発話や、意図・ねらいに沿った内容の発話から、保育者は集団の一体感を感じると述べている。
そこで、子どもたちが絵本読み聞かせを集団で楽しむ姿が、読み手・聞き手の発話と発話の関連に現 れていると考え、本研究ではこのことに注目していく。


3.集団での読み聞かせを楽しむ子どもたちのすがた−幼児の発話の相互関係から

 集団での読み聞かせでは、子どもたちが絵本の中で知っているものの場面、思いついたことなどを我 先にと声に出し、友達や先生にアピールする姿がみられる(近藤ら, 2006)。また時に、 読み聞かせの進行を無視して、他児の絵本視聴をさえぎってこのような発話が起こることがある。 近藤ら(2006)は、読み聞かせを経験したことがある者ならば、誰しも途中で何度も読み聞かせを 止めたくなってしまった苦い経験があるだろうと述べる。読み聞かせ中の、読み聞かせに関する 幼児の発話の中には、友達をはっきりと意識し、明確な特定の友達や先生へと向けられていると はいいがたい、全体に発せられたような発話がみられる。こういった子どもたちの発話は、一見ただ 騒いでいるようにもみえる。読み聞かせの一連の行為について、横山(2004)は、読み聞かせの上で 、保育者はなるべく幼児の発話に応えず、読みに集中し、読み終わった後で幼児とやりとりしながら 絵本の内容を振り返る活動と述べている。また、冒頭で述べたように、先生や人の話の聞けない子ど もたちが問題となっている。
 話を聞くには、まさに注意の持続・集中、話の内容をイメージする力や話す人への思いやりが大切 である。こういったことから、絵本の読み聞かせを集団で楽しみ、進行していくうえで、 絵本読み聞かせにおける幼児の発話は、一見読み聞かせを妨害する、もしくは不必要なものと考えられるかもしれない。読み聞かせ中の、幼児の発言を、あまり好まない保育者、容認する保育者様々おり、 読み聞かせ中の幼児の発言には賛否両論がある。読み聞かせ中の幼児の発話について、様々な考え方があるだろう。
 しかし一方で、集団での絵本読み聞かせにおいて、読み聞かせ中の友達の発話によって、幼児の、自分が気づかなかったところに意識を向ける姿、友達の発話をきっかけににっこりと笑ったり, 自分の発話が受けとめられ広がって嬉しくなったりする姿もみられる。また、横山(2003)は、保育者は子どもの自発的な発話や、意図・ねらいに沿った内容の発話から一体感を感じるとも述べている。 こういったことから、幼児の読み聞かせ中の発話は、子どもたちが他者との、集団での読み聞かせに参加している、また参加しようとする姿であり、積極的にかかわろうとする姿ともとらえられるのではないだろうか。 そうならば、読み聞かせ中の読み聞かせに関連する幼児の発話は、幼児が活動に主体的に、積極的に参加している姿として、あながちよくないものとはいえないのではないだろうか。 読み聞かせ中の幼児の発話について、その意義について考えていく必要があるだろう。


4.絵本読み聞かせに関するこれまでの心理学的研究

 集団の読み聞かせにおける読み手・聞き手の発話に注目するにあたり、これまでの先行研究について整理する。これまでの絵本読み聞かせに関する心理学的研究の変遷を、近藤・辻元(2006)は以下のようにまとめている。 1950年代から1970年代の研究の主流は、読み聞かせの頻度と子どもの言語発達の相関関係についての研究であった。その後、1970年代後半になると、言語・認知発達に及ぼす読み聞かせの効果についての研究が盛んになった。 1980年代は、1970年代に引き続いた検討とともに、読み聞かせに関わる要因についての検討が進み、大きく進展した。そして、1990年代には、着目点に関して、量から質への転換がみられた。これは大きく二つの方向に向かった。 一つ目は、読み聞かせスタイルへの着目である。読み聞かせの要因のうち、大人の読み聞かせスタイルは、読み聞かせに多様性をあたえ、重要となるとし、明らかにしようとした研究が現れた。二つ目は、大人の読み方を統制し、 子どものリテラシーの発達に対する効果を検討したものである。
 そして、2000年から今日までの研究の特徴は、教育実践の中で、保育の文脈の中で、読み聞かせ活動を明らかにしていることである。具体的には、保育者の専門性について検討した研究(横山, 2004)や、「関係」が命であり(藤本, 1992) 読み手と聞き手の「触れ合い」が重要である(水野, 1990)という指摘にもとづいて、読み手と聞き手の相互作用に注目した研究である。横山(2004)は、保育士の絵本読みの熟達化の過程において、それには幼児との関係が重要であり、 保育者は幼児との関係において実際に行動する中で、自らの読み聞かせ観を形成し、例外への対応策が取得されていくと述べている。コミュニケーションという観点から活動を捉える必要性が明らかとなってきている。
 こういった流れの中で、絵本読み聞かせの研究においては、読み聞かせを行う保育者に焦点をあてた研究や、個々の子どもたちの発話やその他非言語的な反応に焦点をあてた研究が多く、本研究で注目する絵本読み聞かせ中の、 幼児の活動を扱ったものは少ない(佐藤・西山2007)(徳渕・高橋1996)。
 その中で、幼児の活動を扱った研究として横山(2003)、徳渕ら(1996)がある。横山(2003)は、日常保育の中での集団での読み聞かせ場面の状況を大切に、5歳児の読み聞かせでの幼児の活動に焦点をあてている。読み聞かせの過程、幼児の発話内容、保育者の活動の分析が行われ、 読み聞かせ後の保育者へのインタビューから、保育者は子どもの自発的な発話や、意図・ねらいに沿った内容の発話から一体感を感じることが明らかとなった。しかし、この研究は保育者の観点から 集団での読み聞かせの実際を明らかにする試みであり、絵本読み聞かせ中の幼児の相互作用については、述べられていない。
 絵本読み聞かせ中の幼児の相互作用に注目した研究として、徳渕ら(1996)の研究がある。高橋ら(1996)は、他児の発話が子どもの絵本の理解の仕方に影響すると考え、子ども同士の相互作用が集団での読み聞かせにおいて、 1対1の読み聞かせと最も異なる点であるとした。そして、集団での読み聞かせ中の子どもの発話と相互作用をとりあげ、その年齢による違いを明らかにしようとした。幼児の発話は他児の発話に影響を与え、発話を誘発しているとし、 そのような発話を前者の発話の繰り返しである「繰り返し型発話」と、その上さらに新たな情報の付け加えられた「発展型発話」とし分析を行った。しかしこれらの発話の判定は、厳密な判定基準を設けるために厳しいものであり、 3歳児においてこれらの発話の全発話中の割合は、全2回の読み聞かせにおいて0%、18%であった。
 分析の結果、他児の発話の影響の仕方について、3歳児群では、集団としての力動的な相互関係は、少なくとも言語的な指標を見る限り、明確にはみられなかったという。4歳児群では、他児の発話に誘発される発話が増加しはじめ、 個々の被験児にとって集団が集団としての独自の役割を果たすようになったという。5歳児群では、他児の発話を単に繰り返すだけでない発展型発話が増え、発話数の増加だけでなく内容的に異なる質を持った発達的変化を含むとした。 徳渕ら(1996)は、この年齢による違いを、被験児の理解の程度・作動記憶の処理容量の増大でないかと考えている。また、他児の発話が子どもの発話を誘発することで、物語の理解を子ども達の間で共有し、深めることが可能であることを 明らかにした。
 しかし、徳渕ら(1996)の研究では、幼児の物語理解に焦点をあてており、読み聞かせの最中に、物語理解をみる質問の挿入を複数回行っている。そのため、日常の保育の読み聞かせとは異なる、実験的なものとなっている。 また幼児の発話を「繰り返し型発話」「発展型発話」についてみているのみである。


5.本研究の目的

 本研究では、集団での読み聞かせ中の、幼児の読み聞かせに関する発話・保育士の発話の関係に注目し、幼児同士の読み聞かせにおける相互作用について明らかにする。読み聞かせ中の幼児の発話は、一見騒がしいものに感じ、 読み聞かせの進行や他児の絵本視聴を妨げるようである。しかし、読み聞かせ中の幼児の発言は、集団で楽しむ読み聞かせの一部として読み聞かせを構成する重要な役割を担っているのではないだろうか。 集団での絵本の読み聞かせ中に、幼児の発話が起こることによって、子どもたちの絵本への関心がより高まること、一人では楽しむことのできない絵本の世界の楽しさが新たに創造されるのではないだろうか。 集団での絵本読み聞かせ中の、幼児の発話がいかに保育士の読み聞かせや働きかけ、他児の発話に影響されているかを明らかにし、読み聞かせにおける子ども同士の読み聞かせの楽しさ共有と、 その相互作用の実際を明らかにする。また実際にどのようにそれが起こっているかについても明らかにする。
 そこで、本研究の目的は2つあげられる。目的の1つ目は、本研究の目的としては、特に幼児の発話に焦点をあて、幼児の発話がいかに他の幼児に受け止められ、また働きかけ、影響しているのかを明らかにすることである。
2つ目は、その年齢による違いを検討することである。


6.仮説

 読み聞かせにおける子ども同士の読み聞かせの楽しさ共有と、その相互作用の実際を明らかにするにあたり、年齢の違いについても検討を行う。徳渕ら(1996)は、3歳児群では、集団としての力動的な相互関係は少なくとも 言語的な指標を見る限り明確にみられなかったという。しかし、絵本の読み聞かせを、自分ひとりでなく仲間とともに集団で体験しているのならば、その他児意識の程度や、内言能力の発達によって、違いはあるだろうが、 3歳児においても集団への読み聞かせに何らかのかたちで参加し、また相互関係があるのではないだろうか。5歳半ころになると、心の理論や視点取得が獲得される。ルール遊びがみられ相手の動きや意図がよめるようになる(荒木, 2004)。
 また高山・徳永(2004)は、5歳児は言葉で考える力が大きく育ち、つぶやき、内言を使って考えるよう になるという。こういった能力の発達に伴い、読み聞かせ中の相互作用にも発達的変化がみられるだろ う。



NEXT