問題と目的
問題意識
日常生活において、きょうだい構成から個人の性格特性をイメージした言葉をしばしば聞くことがある。例えば、「ひとりっ子はわがままである」「長男(長女)はしっかりしている」「次男(次女)は甘えん坊である」といったものである。これらの多くは人々の間で共通していることが多いため、ある程度定着したイメージであると考えられる。そして、これらのイメージにはきょうだい構成が幼児の社会性の発達に何らかの影響を与えているという世間一般的な考えが反映されていると言える。
では、本当にきょうだい構成は幼児の社会性の発達に何らかの影響を与えているのだろうか。幼児期において獲得されると言われている「心の理論」は、さまざまな社会性の発達を支えるもののひとつである。「心の理論」とは、他者の心−目的・意図・知識・信念・思考・疑念・推測・ふり・好みなど−を推測するために必要な心の状態と行動の間の規則性の理解のことである(郷式,2008)。「心の理論」研究においては、きょうだい数がその獲得に与える影響について以下のことが明らかになっている。Perner, Ruffman, & Leekam (1994)[郷式(2008)からの引用]によると、きょうだい数が多いほど幼児の心の理論課題の成績は向上するという結果が得られている。また、松永・郷式(2008)によると、同年齢保育を受けていてきょうだいのいない幼児だけが、他の群よりも心の理論課題の通過率が低いという結果が得られている。いずれの研究も、きょうだいの存在が「心の理論」の獲得に影響を与えていることが示唆される結果である。
しかし、これらの研究は「心の理論」の獲得という社会性の発達の中でも非常に基礎的な部分について扱ったものであり、きょうだい構成と性格特性に関するイメージの直接的な根拠にはならない。そこで、本研究では、その根拠を明らかにするべく、きょうだい構成と幼児の社会性の発達について研究を進めていくこととする。
「ひとりっ子はわがまま」!?
本研究では、特に「ひとりっ子はわがままである」というイメージを取り上げる。理由は以下の2つである。1つは、ひとりっ子に対するイメージには否定的なものが多く、「ひとりっ子はわがままである」はその代表だからである。戸田・渡辺(1994) は、大学生及び専門学生195名に質問紙調査を行い、ひとりっ子に対する否定的性格イメージについて検討している。質問紙は、Aという架空の大学生が「男性ひとりっ子」「男性長子」「女性ひとりっ子」「女性長子」という設定になっている以外は全く同じものを使用した。回答者はこれらの4種のうちどれか1つについて、Aに関するエピソードの記述を読み、この人物に対する評定を求められた。その結果、7語の評定語のうち「指導力がある」では女性ひとりっ子が、「個人的に好きになれそう」「一緒に仕事をしたら楽しい」では男女関わらずひとりっ子が低く評価された。よって、大学生においては、同じ行動をとっても、その人物がひとりっ子だという情報があると、あまり高く評価されないということが明らかになった。また、山岸(1991)は、ひとりっ子がなりやすい性格的特徴のひとつとして、わがまま・自己中心的を挙げている。このように、ひとりっ子はきょうだいがいないというだけで否定的なイメージが持たれやすく、その代表として「わがまま」が挙げられることは明らかである。そして、否定的なイメージを持たれることは、肯定的なイメージを持たれることに比べて悩みや不安につながる可能性が高いと考えられる。
2つは、育児不安の原因のひとつとなっているからである。育児に関する相談サイトを見ると、ひとりっ子の子どもをもつ親からの相談が多くみられる。その中には、周囲の人々から「ひとりっ子はわがままだから…」と言われて悩んでいるもの、自分の子どもが我慢をすることができないのはひとりっ子であることと関係しているのではないかと悩んでいるものなど、「ひとりっ子はわがままである」というイメージに影響されていると思われる相談も多くみられる(Benesse子育てインフォ http://www.shimajiro.co.jp/kosodate/ikuji/,Benesse
教育情報サイト http://benesse.jp/forum/)。このように、「ひとりっ子はわがままである」という否定的なイメージが育児不安に深く関係していることは明らかである。
以上の2点から、「ひとりっ子はわがままである」というイメージに着目することは意義があるといえる。
自己抑制について
本研究では、「わがままかどうか」を「自己抑制するかどうか」ととらえることとする。大辞林によると「わがまま」とは、他人のことを考えず、自分の都合だけを考えて行動することとある。これは、自制がきかないと言い換えることができる。この「自制がきくかきかないか」という問題には、自己制御(self-regulation)機能の発達が深く関係している。自己制御は、自己調整あるいは自己統制とも言われ、「今ここ」での欲求を抑え、その欲求とは矛盾する行動をすることである(郷式,2005)。柏木(1986)は、幼児期の自己制御機能について、自己抑制的側面と自己主張的側面という2つの側面からとらえることを提唱している。自己抑制的側面とは「集団場面で自分の欲求や行動を抑制、制止しなければならないとき、それを抑制する」という側面であり、自己主張的側面とは「自分の欲求や意志を明確に持ち、これを他人や集団の前で表現し主張する」という側面である(柏木,1988)。日常生活の中で使われる「わがまま」あるいは「我慢」という言葉の意味としてより適切なのは、自己抑制的側面であると考えてよいだろう。
柏木(1988)は、3〜6歳の幼児について、幼稚園教諭を対象とした質問紙調査を行い、各年齢で自己抑制行動がどのくらい現れるかを検討した。その結果、年齢とともに自己抑制得点が上昇することが明らかになった。また、鈴木(2005)は、4〜6歳の幼児を対象とした仮想課題を行い、自己抑制状況において幼児がどのような反応を選択するかを検討した。その結果、柏木(1988)と同様に、4歳児よりも5歳児、6歳児で「自己抑制」の選択が多いことが明らかになった。このように、我が国において、幼児の自己抑制に関する発達的変化に着目した研究は多くみられる。
では、きょうだい構成と自己抑制との関連を扱った研究はあるのだろうか。我が国において、きょうだいの有無と自己抑制との関連について実証的に明らかにした研究は非常に少なく、山口・田中(2008)を除いてはみられない。山口・田中(2008)は、幼稚園児の保護者を対象とした質問紙調査を行い、きょうだい数と幼児の社会的スキルとの関連について検討している。回答者は、自身の子どもについて、社会的スキルを表す12項目(「対人関係能力」4項目、「自己統制能力」3項目、「問題行動の抑制能力」5項目)の評価を求められた。その結果、さまざまな社会的スキルの中でも、自己統制能力を表す「友達と一緒に遊ぶときに、お友達に何をしたいのかを尋ねることができる」という項目と、問題行動の抑制能力を表す「わがままを言わずにみんなと一緒に遊ぶことができる」という項目において、ひとりっ子の評価が最も低いことが明らかになった。特に後者は、「ひとりっ子はわがままである」というイメージと一致する結果である。しかし、この研究には問題点がある。それは、幼稚園児の保護者を対象とした質問紙調査であり、幼児自身の行動を観察したわけではないということである。そのため、無意識のうちに保護者の先入観や偏見が結果に反映された可能性があるといえる。そこで、本研究では、幼児本人を対象とした実験を行うことで、幼児自身の自己抑制に対する考えが直接結果に反映されるようにする。
以上のことから、幼児本人を対象としてきょうだいの有無と自己抑制との関連について検討することは、先行研究の問題点を改善するとともに、そのイメージによって悩みや不安を抱える人々に対して、それらを解決するための糸口を考えることができるという点で意義があるといえる。
自己抑制と関連するもの
自己抑制と関連するものは「きょうだいの有無」だけではないだろう。庄司(2008)は、自己制御機能について、人が自分の力を十分発揮してよりよく生きるため、また集団や社会の一員として他者と協調して生きていくために発達過程で欠くことのできない発達課題と深く関わると述べている。このことから、自己抑制は高次の心的機能であり、さまざまな要因と複雑に絡み合いながら発達していくものと考えられる。そこで、本研究では、自己抑制と関連するものとして「きょうだいの有無」の他にさらに2つ取り上げる。1つは集団生活の経験である。一般的に、社会性は集団生活の経験を通して身につくと言われている。鶴・安藤(2007)は、子どもたちが保育所や幼稚園の中で集団で生活する上で最も重要なメリットの1つは他の子どもとの相互作用を通して成長・発達していくことにあると述べている。そして、社会性の発達を考えるならば、人的環境としての他児の役割は極めて大きく、子どもの発達に伴ってその比重は大きくなってくるとも述べている。また、近年、幼児のほとんどが幼稚園や保育園に通っている。平成21年4月の時点で、就学前児童数約650万人のうち、幼稚園在園者数は約160万人、保育所利用児童数は約200万人となっており、半数以上の幼児が幼稚園や保育園に通っていることがわかる(文部科学省HP
http://www.mext.go.jp/,厚生労働省HP
http://www.mhlw.go.jp/index.shtml)。さらに、認可外の園に通う幼児を含めると、幼児のほとんどが幼稚園や保育園に通っていることは明らかである。これらのことを考慮すると、園での集団生活の経験を無視することはできない。そこで、本研究では、入所年数を集団生活の経験ととらえ、入所年数と自己抑制との関連について検討していくこととする。具体的には、2009年度入所である入所8ヵ月以内を集団生活が少ない群、2008年度以前入所である入所9ヵ月以上を集団生活が多い群として検討する。
2つは自己抑制の対象となる相手の人数である。藤島(2009)は、人は単独で存在するのではなく、互いに影響を及ぼしあっており、集団内でもメンバーはそれぞれ独立して存在するのではなく、他のメンバーと互いに影響を及ぼしあっていると述べている。そして、この影響を社会的影響(social influence)と呼び、他者の存在や言動によって、人の態度や信念、行動を変化させることを指すとしている。さらに、社会的影響は、Milgram, Bickman, & Berkowitz(1969)やAsch(1951)[藤島(2009)からの引用]の研究から、他者の人数によってその影響力が異なることが明らかになっている。この社会的影響はあらゆる状況において及ぼされるため、自己抑制状況でも何らかの影響を与えるのではないかと考えられる。しかし、自己抑制の対象となる相手の人数と自己抑制状況における反応との関連について扱った研究はみられない。そこで、本研究では自己抑制の対象となる相手の人数が一人の状況と複数の状況を設定し、相手の人数と自己抑制との関連についても検討していくこととする。
目的
以上のことから、本研究の目的をまとめると、きょうだいの有無、集団生活の経験、自己抑制の対象となる相手の人数が幼児の自己抑制とどのように関連しているのかを明らかにし、さらにどのような違いがあるのかを検討することである。
この目的を検討するために、本研究では自己抑制状況の仮想課題を実施する。鈴木(2005)は、日常場面で自己抑制が現れる文脈は様々であり、対象物についての欲求の強さや、相手が誰であるかといった様々な要因を統制した上で自己抑制の現れやすさを検討することが必要であると述べている。この点で、仮想課題は要因の統制がしやすいと考える。そこで、本研究では仮想課題を実施することとする。
また、自己抑制状況において幼児がとると考える反応は、抑制するか抑制しないかの2択とは限らない。鈴木(2005)の仮想課題では、自己抑制行動と自己主張行動の両側面の発達を検討したものであったため、自己抑制状況における反応を「抑制」「主張」「行動」の3者択一で聞いていた。選択肢の「抑制」とは「がまんする」、「主張」とは「貸してと言う」、「行動」とは「取る」というものであった。本研究では、自己抑制状況のみに着目するため、選択肢に「主張」は入れず、「抑制」と「非抑制」を入れる。「非抑制」とは、鈴木(2005)における「行動」と概ね同じ選択肢である。また、実際の保育場面の中では、自己抑制状況において、自分の欲求と相手の欲求の両方を満たすような協調行動をとる幼児も多くいるのではないかと考える。そこで、本研究では、「協調」を「抑制」と「非抑制」の中間的反応と位置づけ、「抑制」「協調」「非抑制」の3者択一で幼児の自己抑制状況での反応について聞くこととする。
仮説
仮説は以下の3つである。
1つは、きょうだいをもつ幼児は協調行動を、ひとりっ子は抑制行動を選択しやすいと予想する。本郷(1997)は、きょうだいの有無によって異なる家庭内での経験として、子ども同士の関係の経験と、多様な人間関係の経験を挙げている。きょうだいをもつ幼児はこれらの経験が多いことから、自己抑制状況においてどうすれば自分と相手の両者が納得するのかを経験的に知っていると考えられる。一方、そのような経験が少ないひとりっ子はどうだろうか。世間一般的な「ひとりっ子はわがままである」というイメージからすると、非抑制行動を選択しやすいと考えられる。しかし、山岸(1991)は、ひとりっ子がなりやすい性格的特徴としてわがまま・自己中心的の他に自発性・積極性に欠けるということも挙げている。ひとりっ子がどのような状況においてもわがまま・自己中心的な側面を出すとは限らない。特に、本研究では、自己抑制の対象となる相手を友達に設定している。相手が家族の場合であれば非抑制行動を選択しやすいという可能性もあるが、相手が友達の場合はひとりっ子の性格的特徴の消極的な側面が出るという可能性が考えられる。よって、本研究では、きょうだい有りは協調行動を、ひとりっ子は抑制行動を選択しやすいと予想する。
2つは、集団生活の経験が短い幼児は長い幼児に比べて抑制行動を選択しやすいと予想する。集団生活の経験における他児との相互作用は、幼児の社会性の発達を考える際に極めて重要である(鶴・安藤,2007)。集団生活の短い幼児においては、当然その経験が少ない。そのため、抑制の対象となる相手が友達の場合の自己抑制状況に慣れておらず、消極的な態度に出るという可能性が考えられる。よって、本研究では、集団生活の経験が短い幼児は長い幼児に比べて抑制行動を選択しやすいと予想する。
3つは、自己抑制の対象となる相手が一人の状況では協調行動を、相手が複数の状況では抑制行動を選択しやすいと予想する。自己抑制の対象となる相手の人数によって異なるものとして、対象児が相手に対して感じる緊張の程度が考えられる。相手に対する緊張の程度は、相手が一人の状況では低くなり、複数の状況では高くなるだろう。すると、相手が一人の状況では、協調行動をもちかけやすくなるという可能性が考えられる。一方、相手が複数の状況では、相手に対する緊張が高くなることによって、自己の欲求を満たすことを我慢して抑制行動をとるという可能性が考えられる。よって、自己抑制の対象となる相手が一人の状況では協調行動を、相手が複数の状況では抑制行動を選択しやすいと予想する。