第2章 CAMI (Control, Agency and Means-Ends Interview) 研究



第1節 CAMI研究の成立

 Skinner et al. (1988a) は目標指向的な行動が,行為者 (人),目標 (結果),手段 (行動) によって構成されるという活動理論 (action theory) を背景とし,従来扱われてきた「行動と結果」間,「行為者と結果」間だけでなく「人と結果」間においても信念を想定して,期待信念の更なる精緻化を試みている。

 Skinner et al. (1988b) は今まで動機づけ研究で扱われてきた「期待」をコントロールの認知 (perceived control) として位置づけて扱っている。そのコントロールの認知を測るため,活動理論を背景として作成された尺度がCAMI (Control, Agency, and Means-Ends Interview; Skinner et al., 1988a, 1988b) である。CAMIは「統制信念 (Control beliefs) 」,「手段の認識 (Means-Ends beliefs) 」,「手段保有感 (Agency beliefs) 」という3つの独立した信念から構成される (Figure 2-1)。




第2節 統制信念,手段保有感,手段の認識

 統制信念は,行為者と目標間の信念であり,「手段を特定することなしに,自分が目標を達成できるか」という期待である。ここでの手段とは具体的な行動ではなく,後述する努力,能力,運,他者の援助,未知の原因を包括する概念である。従来この統制信念は行為者と手段の関係 (例えば自己効力感) と,手段と目標の関係 (例えば結果予期) を測ることにより予測されてきたため独立した期待としては測定されてこなかったが,Skinner et al. (1988a) は統制信念の独立性をみいだしている。Atkinsonの期待価値理論 (1964) で扱われた「課題への主観的な成功確率」である期待は,手段などを想定しておらず,自分が成功できるかどうかだけを扱っている。そのため,これは「手段を特定することなしに,自分が目標を達成できるか」という期待である統制信念に対応すると考えられるかもしれない。また,有能感 (perceived competence; Harter, 1982; White, 1959) もこの統制信念に対応するといわれている (Skinner, Zimmer-Gembeck, & Connell, 1998)。さらに,この統制信念は「自我の保護 (protection of ego)」という役割も果たすとされている (Abramson & Alloy, 1980)。

 手段の認識は,手段と目標間の信念であり,「一般にどのような手段で目標が達成できるか」に関する期待である。Skinner (1990) はRotterのLocus of Control (1966) は,その尺度が一次元的であり (例えば,内的統制でない人は外的統制とされる),また内的統制においては努力,能力という内的要因の区別を考慮しておらず,外的統制においては運,他者という外的要因の区別を考慮していないと批判している。さらにConnell (1985) は子どもたちへのインタビューから,「何が成功につながるのか分からない」という認識も実際に存在することを確認している。以上の研究や,Weinerの原因帰属 (1979) などを参照し,Skinner et al. (1988a)は 手段の認識におけるは具体的な手段として,努力 (effort),能力 (attribute),運 (luck),他者の援助 (powerful others),未知の原因 (unknown) という5つの手段を挙げている。このように,それぞれの手段に対する信念が別個に問われる多次元的なものとなっている点が特徴的である。なお,CAMIは学習場面について扱われるため,「他者の援助」は具体的に「教師 (の援助) 」として扱われている。手段の認識はBandura (1977) の結果予期や,Rotter (1966) やSeligman & Maier (1967) の随伴性期待と同様に手段と目標の間における信念である。なおSkinner et al. (1988a) は,例えば「僕が逆上がりをできるようになったのは,努力をしたからだ」というような従来の手段の認識の測定の仕方では,「僕は努力ができる」という手段保有感を同時に暗示する可能性があり,測定上において区別がなされていないとしている。そこで,「友だちが逆上がりをできるようになったのは,努力をしたからだ」というように,自分についてではなく,一般にどのような手段が目標につながるのかを測定することで,手段の認識のみを測定できるとしている。

 行為者と手段間の信念である手段保有感は,「行為者が目標達成に必要な手段をどれくらい保有しているか」に関する期待である。手段保有感はBandura (1977) の自己効力感と同様に行為者と手段の間における信念であり,ここでは努力,能力,運,他者の援助という手段が想定されている。未知の原因が手段保有感に含まれないのは,自分の持っている手段については未知の原因が想定しにくいからである。

 以上の3つの信念を測定する尺度としてSkinner et al. (1988a, 1988b) は,CAMIを開発したが,これは従来扱われてきた期待概念をより精緻化して扱っているものであるといえる。Skinner et al. (1988a, 1988b) の作成したCAMIは小学生を対象に作成されたものである。CAMIの項目例 (Skinner et al., 1988a) をTable 2-1に示す。また,日本語版CAMIの項目例 (島袋・井上・廣瀬, 1996) をTable 2-2に示す。







第3節 CAMIにおける努力と方略

 今までのCAMI研究で,努力保有感が重要な期待であるということが示されてきている。例えば,島袋・伊良波 (2003) は,努力保有感は達成の統制感の形成に重要であるとしており,Little et al. (1995) も努力保有感と統制信念の強い関連を示している。また遂行との関連から,熊谷・山内 (1999) は努力保有感が自己調整学習方略へ正の影響を与えることを,鈴木 (1999) は努力保有感と精緻化方略,体制化方との強い正の相関があることを示している。また成績との関連から,真島他 (1993) は,成績が高い児童はがんばり (努力保有感に対応) を成績の規定因であるとしていることを,鈴木 (1999) も高校生において理科の学業成績が高い生徒は,他の期待と比べても努力保有感を相対的に強く持つことを示している。このように,努力保有感はCAMIの中でも中心的な役割を果たしている。

 Anderson & Jennings (1980) は「努力には方略という方向的側面と,がんばりという量的側面の2つがあるにもかかわらず,従来の研究は量的側面のみに注意を払ってきた」と,「努力」と「方略」の弁別の重要性を主張している。CAMIの手段保有感と手段の認識においても「努力」という手段が想定されている。このCAMIにおける努力はAnderson & Jennings (1980) の指摘する「量的側面」を反映しているものである。そこで,手段保有感,手段の認識について新たにAnderson & Jennings (1980) の指摘する「方向的側面」である「方略」という手段を加え「努力」と「方略」の弁別可能性を検討することは重要であると考えられる。

 植木 (2002) は,高校生を対象に調査を行い,「環境志向」,「方略志向」,「学習量志向」という3つの学習観をみいだしている。この方略志向とは「勉強ができる人は,勉強のやり方がうまい人だ」などの質問項目を反映した学習観であり,Anderson & Jennings (1980) の指摘する「方向的側面」である方略についての認知を反映していると考えられる。また,学習量志向とは「勉強ができるできないは,勉強した量に比例する」などの質問項目を反映した学習観であり,Anderson & Jennings (1980) の指摘する「量的側面」である努力についての認知を反映していると考えられる。そして,方略志向は精緻化方略,モニタリング方略と正の関連が,学習量志向は精緻化方略,モニタリング方略と負の関連がみられ,努力についての学習観と,方略についての学習観ではその特徴の違いが明らかにされている。

 また,従来の原因帰属理論においては努力帰属が強調されているが,高努力下での失敗はさらなる無力感を引き起こす可能性があるとされている (市川, 1995; 桜井, 1997)。そこで更なる適応的な帰属として方略帰属が挙げられており (市川, 1995; 中西, 2004; 奈須1993),方略帰属は努力帰属よりも具体性が増すので,学習者自身が学習状況についての情報を得られやすく次の活動に活かしやすいとされている (中西, 2004)。このように,学習観,原因帰属における先行研究から,単に量的な側面である努力と,具体性を持つ方向的な側面である方略においては,それぞれに対する期待の持ち方が変わってくると考えられる。そのため,CAMIの中でも努力と方略を弁別して扱うことが必要であると思われる。



第4説 本研究の目的

 本研究では,CAMIに新たに方略という手段を加え,期待概念の構造について,また期待と学習行動の関連について検討する。今まで扱われてきた多くの期待概念を精緻化して扱うCAMIに方略についての期待を加え検討を行うことで,従来の研究よりも詳細に期待概念の検討ができると考えられる。

 研究1ではAnderson & Jennings (1980) の「努力」と「方略」の弁別の重要性の主張に基づき,CAMIに新たに「方略」という手段を加え,従来CAMIにおいて扱われてきた努力と方略の弁別可能性を検討する。また弁別を検討する際に,CAMIと学習行動との関連の中でも努力と方略の弁別可能性を検討する。

 研究2では,期待を測定するCAMIと,価値に対応する課題選択 (大学生が対象者のため具体的には授業選択として扱う) について,その関連を検討する。その際,その授業内,授業外における学習行動とCAMIとの関連も検討する。

 CAMIに方略という手段を含めて扱うこれらの研究から,期待概念の構造について,また期待と学習行動の関連についても大きな示唆を与えることができると考えられる。従来方略についての期待は扱われておらず,本研究を通してその方略についての期待の機能も明らかになると考えられる。期待概念を精緻化して扱うCAMIに方略についての期待を加え,学習行動との関連を検討することで,従来の研究よりも詳細に学習の現状を捉えることができると考えられる。



   
第3章



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