結果
まず、対象者について述べ、続いて自閉症スペクトラム指数(以下AQとする)尺度と勤労観尺度の尺度構成について述べる。次に、AQによる、高群と低群の設定について記述する。最後に、AQ尺度全体、AQの構成領域ごとに、高群と低群における勤労観尺度の下位尺度得点の平均値の差について記述する。
1.対象者
無回答の項目が1項目以上見られた回答者は分析から除外した。また、勤労観尺度に関して就職活動の経験が影響すると考えられるため、3年生以上の回答者は分析から除外した。除外された回答者は36名で、残り278名が分析対象者となった。分析対象者の内訳は、男性121名、女性157名で、平均年齢は18.89歳であった。
2.尺度構成
(1)自閉症スペクトラム指数尺度
AQ尺度の得点化に関しては、原論文(Baron-Cohen et al,2010)に従って得点化した。Baron-Cohen et al(2010)による尺度構成をTable 2-1に示す。また、構成因子における得点分布と信頼性係数をTable 2-2に示す。
(2)勤労観尺度
仕事への志向性に関して、どのように意識しているかという質問に対して、5件法で回答を求めた。この回答に、「あてはまる」を5点、「どちらかといえばあてはまる」を4点、「どちらともいえない」を3点、「どちらかといえばあてはまらない」を2点、「あてはまらない」を1点と得点化し、平均値を算出した。
これらの勤労観の形成における仕事への志向性に関する50項目に対して主因子法による因子分析を行った。因子の解釈可能性を考慮すると、4因子構造が妥当であると考えられた。そこで、再度4因子を仮定した主因子法・Promax回転による因子分析を行った。その結果、十分な因子負荷量を示さなかった28項目を分析から除外し、残りの21項目に対して再度主因子法・Promax回転による因子分析を行った。Promax回転後の因子パターンと因子間相関をTable2-3に示す。なお、4因子の累積寄与率は41.49%であった。回転前の固有値は、第1因子6.279、第2因子1.937、第3因子1.426、第4因子1.303であった。
第1因子は9項目で構成されていた。負荷量の高い項目は、「学習や仕事は, 目標をめざして努力しなければならないと思ったことがある。」「いろいろな仕事をするとき, その目的がはっきりしていると効果が上がると思ったことがある。」「やる気になって学習や仕事をすると効率が上がると思ったことがある。」であった。したがって、この因子は、仕事に対する効率性への志向を表わす因子と解釈された。そこで、この因子は独自に「効率性の志向」因子と命名した。
第2因子は7項目で構成されていた。負荷量の高い項目は、「将来の職業生活で, 成功するための条件を考えたことがある。」「自分をためせるような学習や仕事をしたいと思ったことがある。」「いろいろな職業の中で, 自分が持っている目標を達成できるか考えたことがある。」であった。したがって、この因子は、将来の職業生活を意識し、仕事や職業を考えることを表わす因子と解釈された。そこで、この因子は先行研究通り「職業的自己実現性の志向」と因子と命名した。
第3因子は3項目で構成されていた。負荷量の高い項目は、「公平に扱ってもらうために, 仕事の評価の基準をはっきり知りたいと思ったことがある。」「同じ事をしても, 他の人だけがほめられて不公平だと思ったことがある。」「学習や仕事の効果をあげるために, まわりの物や人などがよい環境でなければならないと思ったことがある。」であった。したがって、この因子は、職業に関する公平性を考えることを表わす因子と解釈された。そこで、この因子は独自に「職業的公平性の理解」因子と命名した。
第4因子は2項目で構成されていた。負荷量の高い項目は、「自分の経済的な生活を自分で管理するためには, どうしたらよいか考えたことがある。」「経済的に満足できる生活をするために, どのような条件を整えなければならないかを考えたことがある。」であった。したがって、この因子は、経済的な視点から生活を考えることを表わす因子と解釈された。そこで、この因子は独自に「生活上の経済意識」因子と命名した。
このように、勤労観の形成における仕事への志向性に関する項目は、「効率性の志向」、「職業的自己実現性の志向」、「職業的公平性の理解」、「生活上の経済意識」から構成されていることが明らかとなった。
3.自閉症傾向にみた群の設定
AQ尺度の得点によって、回答者を2群に分けた。AQ尺度の得点に関して回答者を降順に並べ、全回答者の上位10%(上位27名)に含まれる回答者を自閉症傾向高群、それ以外の回答者を自閉症傾向低群とした。上位10%のなかで最も得点の低い回答者と同得点の者が残り90%に含まれる場合は、その得点の回答者全員を低群とした。
また、AQ尺度の各下位尺度においても同様に自閉症傾向高群、低群を設定した。その結果、AQ尺度全体、AQの下位尺度における各群の人数の分布はTable 2-4に示す通りになった。
4.高群・低群別の下位尺度得点の平均値と標準偏差
(1)自閉症スペクトラム指数全体
AQ全体得点高群と低群それぞれについて勤労観の下位尺度得点を算出し、平均値の差の検定を行った(Table 2-5)。その結果、「効率性の志向」(t(30.824)=.424,n.s.)「職業的自己実現性の志向」(t(27.930)=1.547,n.s.)「職業的公平性の理解」(t(30.134)=.009,n.s.)「生活上の経済意識」(t(28.643)=.342,n.s.)のいずれにおいても群の得点差は有意ではなかった。

(2)社会的スキル
社会的スキル得点高群と低群それぞれについて勤労観の下位尺度得点を算出し、平均値の差の検定を行った(Table 2-6)。その結果、「効率性の志向」(t(32.348)=2.422,p<.05)と「職業的自己実現性の志向」(t(27.403)=2.569,p<.05)について、社会的スキル得点高群は低群よりも有意に低い得点を示していた。「職業的公平性の理解」(t(31.105)=.782,n.s.)、「生活上の経済意識」(t(27.709)=.330,n.s.)については群の得点差は有意ではなかった。

(3)こだわり
こだわり得点高群と低群それぞれについてこだわり得点を算出し、平均値の差の検定を行った(Table 2-7)。その結果、「職業的自己実現性の志向」(t(12.111)=3.285,p<.01)について、こだわり得点高群は低群よりも有意に低い得点を示していた。「効率性の志向」(t(11.819)=.543,n.s.)、「職業的公平性の理解」(t(11.956)=1.618,n.s.)、「生活上の経済意識」(t(12.042)=.297,n.s.)については群の得点差は有意ではなかった。

(4)切り替え
切り替え得点高群と低群それぞれについて勤労観の下位尺度得点を算出し、平均値の差の検定を行った(Table 2-8)。その結果、「効率性の志向」(t(21.689)=2.85,n.s.)、「職業的自己実現性の志向」(t(20.666)=1.637,n.s.)、「職業的公平性の理解」(t(22.638)=.583,n.s.)、「生活上の経済意識」(t(21.276)=1.881,n.s.)のいずれにおいても群の得点差は有意ではなかった。

(5)想像力
想像力得点高群と低群それぞれについて勤労観の下位尺度得点を算出し、平均値の差の検定を行った(Table 2-9)。その結果、「職業的自己実現性の志向」(t(22.409)=2.38,p<.05)について、こだわり得点高群は低群よりも有意に低い得点を示していた。「効率性の志向」(t(22.325)=1.907,n.s.)「職業的公平性の理解」(t(21.886)=1.308,n.s.)、「生活上の経済意識」(t(24.298)=.241,n.s.)については群の得点差は有意ではなかった。

(6)数字とパターン
数字とパターン得点高群と低群それぞれについて勤労観の下位尺度得点を算出し、平均値の差の検定を行った(Table 2-10)。その結果、「職業的自己実現性の志向」(t(29.105)=2.989,p<.01)と「生活上の経済意識」(t(31.650)=3.38,p<.01)について、数字とパターン得点高群の方が低群よりも有意に高い得点を示していた。「効率性の志向」(t(27.674)=2.017,n.s.)と「職業的公平性の理解」(t(27.719)=1.245,n.s.)については群の得点差は有意ではなかった。
