考察




   本研究の第1の目的は、自閉症傾向の高い定型発達青年の職業意識を明らかにすることであった。第2の目的は、自閉症傾向の高い定型発達青年の職業意識に関する仮説を検証することであった。 まず、本研究の目的全体に関連する結果から考察する。その後、AQ全体とAQの構成因子ごとに仮説1〜3について考察する。最後に、以上の結果から、総合的に考察する。

1.勤労観の因子分析結果と仮説との対応について
 勤労観尺度における探索的因子分析の結果、勤労観尺度は「効率性の志向」、「職業的 自己実現性の志向」、「職業的公平性の理解」、「生活上の経済性の理解」の4因子から成っていた。この結果を本研究の仮説と関連付ける。
 自閉症傾向の高い定型発達青年における職業意識に関する本研究の仮説は3つあった。仮説1は、「定型発達青年のうち自閉症傾向の高い群は低い群よりも将来の職業に対する志向性が低いだろう」。仮説2は、「定型発達青年のうち自閉症傾向の高い群は低い群よりも職業における公平性の理解が高いだろう」。仮説3は、「定型発達青年のうち自閉症傾向の高い群は低い群よりも職業と生活の経済的関係の理解が高いだろう」。
 まず、仮説1について、将来の職業にまつわる事柄への志向性は、勤労観因子の「効率性の志向」、「職業的自己実現性の志向」が対応すると考えられる。いずれの因子も、将来の職業を通しての効率性や自己実現性を表わす因子であるからである。次に仮説2について、職業における公平性の理解は、勤労観因子の「職業的公平性の理解」が対応すると考えられる。この因子は、職業上の公平性の理解を表わすものであるからである。最後に、仮説3について、職業と生活の経済的関係の理解は、「生活上の経済性の理解」が対応すると考えられる。職業と生活の経済的関係を理解するためには、職業における経済性と生活における経済性、両方の理解が前提として必要である。そのため、職業と生活の経済的関係の理解の一部を表わすものとして、「生活上の経済性の理解」が適当であると思われる。
 以上の考察から、因子分析の結果をふまえると仮説は以下のように修正される。
仮説1は、「定型発達青年のうち自閉症傾向の高い群は低い群よりも、『効率性の志向』、『職業的自己実現性の志向』が低いだろう」。仮説2は、「定型発達青年のうち自閉症傾向の高い群は低い群よりも、『職業的公平性の理解』が高いだろう」。仮説3は、「定型発達青年のうち自閉症傾向の高い群は低い群よりも、『生活上の経済性の理解』が高いだろう」。

2.勤労観の下位尺度得点における自閉症スペクトラム指数全体による群差
 自閉症スペクトラム指数得点による高群、低群の2群間で勤労観について有意な差は見られなかった(Table 2-5)。したがって仮説1〜3はいずれも支持されなかった。以下、仮説が支持されなかった理由について考察する。
 これは、次に述べるAQの構成因子ごとにみた高群と低群の間で一貫した結果が得られなかったことが影響したと考えられる。例えば、社会的スキル領域、こだわり領域、想像力領域において各得点高群は低群よりも「職業的自己実現性の志向」が低かった。一方、数字とパターン領域では数字とパターン得点高群は低群よりも「職業的自己実現性の志向」が高かった。AQ全体得点の高い者の中には、数字とパターン領域にのみ高群に含まれる者が存在したと考えられる。それにより、AQ全体でみた高群における勤労観の因子得点の平均値が高くなり、低群との間に差がみられなくなったと考えられる。

3.勤労観の下位尺度得点における自閉症スペクトラム指数構成因子による群差
(1)社会的スキル領域
 自閉症スペクトラム指数のうち、社会的スキル領域による高群、低群の2群間で勤労観の下位尺度得点の平均値を比較した。その結果、「効率性の志向」、「職業的自己実現性の志向」において、高群は低群よりも平均値が低かった(Table 2-6)。また、「職業的公平性の理解」、「生活上の経済性」において、高群と低群の間に差はみられなかった(Table 2-6)。したがって社会的スキル領域において、仮説1は支持された。また、仮説2・3は支持されなかった。
 「社会的スキル」とは自閉症における社会性の障害を表わす特徴的な症状である。また、社会性の障害とは、人とのかかわりにおける質的な障害(別府、2005)である。さらに、杉山(2007)は社会性の障害とは、自分の体験と人の体験が重なり合うという前提が成り立たないこととしている。
 ここから、社会的スキル領域における仮説1について検討する。仮説1が支持されたことから以下の点が示唆される。それは、自閉症の特徴的症状の一つである社会性の障害は、職業に関する達成動機の発達に影響を及ぼすということである。「効率性の志向」、「職業的自己実現性の志向」は、職業に関して何かをやり遂げたいという動機の側面をもっている。このような、何かをやり遂げたいという動機は「達成動機」と呼ばれる。(青柳、1991)。さらに、青柳(1991)は達成動機の発達について養育者との社会的な相互作用が強く関係するとしている。また、その相互作用のなかで達成動機の基礎となる認知機能が働くことにより達成動機が発達的に生起するとしている。本研究では社会的スキル得点の高い群は低い群よりも「効率性の志向」、「職業的自己実現性の志向」が低いという結果が得られた。この結果は、自閉症の特徴的症状である社会性の障害が達成動機の生起に影響するという可能性の示唆するものと思われる。

(2)こだわり領域
 自閉症スペクトラム指数のうち、こだわり領域による高群、低群の2群間で勤労観の下位尺度得点の平均値を比較した。その結果、「職業的自己実現性の志向」において、高群は低群よりも平均値が低かった(Table 2-7)。また、「効率性の志向」、「職業的公平性の理解」、「生活上の経済性」において、高群と低群の間に差はみられなかった(Table 2-7)。したがってこだわり領域において、仮説1は一部支持された。また、仮説2・3は支持されなかった。
 こだわりとはWingの三つ組に代表される自閉症の特徴的な症状の一つである。同一性保持とも言い換えられる。このこだわりの症状が生じる要因としてはいくつか考えられている。そのうちのひとつは、想像力に関する能力が障害され、自分の周りの事象の予測が立てられないことによるものである。このような状態では、自閉症者にとって世界は混沌としたものであり、不安に満ちたものである。決まったやり方を保持することで、その不安を解消しているといえる。そのため、こだわりの強さは変化に対する不安の高さともいえる。
 ここから、仮説1に関する「職業的自己実現の志向」・「効率性の志向」とこだわりの関係について検討する。仮説1が一部支持されたことから、以下の点が示唆される。それは、こだわりの強さは、職業的自己を抱くことを困難にしているという点である。「職業的自己実現の志向」では、職業人としての自己を想像することが前提として必要である。こだわり症状は変化に対する不安によって生じるとされている。そのため、今の自分とは立場が変化する、職業人としての自己を考えるということに対して不安が高くなると考えられる。
 一方、「効率性の志向」に関しては、現在の生活の中で行っている効率の良いやり方をそのまま仕事において適応することができる。したがって、職業上の効率性について考えることへの不安は低いと考えられる。また、効率性は具体的な数字で表すことができる。例えば、同じ仕事の量を今日は昨日の3分の2の時間でできたというように、数字や割合で表現できる。これは、目に見えない何かを想像するよりも彼らにとって理解しやすい。本研究では、こだわり得点の高い群は低い群よりも「職業的自己実現性の志向」が低く、「効率性の志向」については高い群と低い群で差はみられないという結果が得られた。この結果は、自閉症の特徴的症状であるこだわりが職業的自己の形成に影響するということを示唆する。

(3)切り替え領域
 自閉症スペクトラム指数のうち、切り替え領域による高群、低群の2群間で勤労観の下位尺度得点の平均値を比較した。その結果、勤労観のいずれの因子においても高群と低群の間に差はみられなかった(Table 2-8)。したがってこだわり領域において、仮説1〜3はいずれも支持されなかった。 切り替えとは、注意の切り替えの困難さを表わしている。また、杉山(1998)は注意の切り替えから生じる「視点の変換の困難」が高機能自閉症者の仕事の遂行を困難にしていると指摘している。 本研究の結果から、切り替えという障害特性は職業意識には影響しないということが示唆される。また、杉山(1998)の指摘を踏まえると以下の点が示唆される。それは、切り替えという障害特性が生活上の困難さとして現れる場面が異なるということである。これは、望月(2009)が指摘するような、就労場面において自閉症の診断に至るという事例が生じている要因のひとつとなっている可能性がある。

(4)想像力領域
 自閉症スペクトラム指数のうち、想像力領域による高群、低群の2群間で勤労観の下位尺度得点の平均値を比較した。その結果、「職業的自己実現性の志向」において、高群は低群よりも平均値が低かった(Table 2-9)。また、「効率性の志向」「職業的公平性の理解」、「生活上の経済性」において、高群と低群の間に差はみられなかった(Table 2-9)。したがって想像力領域において、仮説1は一部支持された。また、仮説2・3は支持されなかった。
 「想像力」とは、Wingの三つ組みに含まれる、自閉症の想像的活動の難しさを表している。例えば、積み木をくるまと見立てて遊ぶといったことがあげられる。
 ここから、想像力領域における仮説1に関する「職業的自己実現性の志向」・「効率性の志向」と想像力の関係について検討する。仮説1が一部支持されたことから以下の点を示唆する。それは、想像することの困難さが自己概念の形成を阻害しているということである。職業的自己実現性の志向にはまず、職業的自己を持つ必要がある。職業的自己は、自己概念を将来の職業を合わせることで成り立つ。自己概念が成立するためには、主観的自己と客観的自己を認識し、両者を統合させる必要がある(Super,1963)。また、主観的自己とは「個人が主観的に形成してきた自己についての概念」であり、客観的自己とは「他者からの客観的なフィード・バックに基づき自己によって形成された自己についての概念」である(Super,1963)。しかし、客観的自己の認識に必要となる力として菊池(2010)は、他者が自分自身についてどのように感じているのかを把握することが自閉症児においては困難であるとしている。これは他者の視点に立つことであり、想像する力を必要とする。したがって、想像力における障害から客観的自己の認識が難しく、自己概念という職業的自己実現のための前提条件が成り立ってない可能性がある。それに対し、「効率性の志向」ではなぜ差がみられなかったのであろう。これは、こだわり領域における理由と一致する。本研究では、想像力得点の高い群は低い群よりも「職業的自己実現性の志向」が低かった。一方、想像力得点の高い群と低い群との間で「効率性の志向」に差がみられなかった。この結果は、想像力における障害が高機能自閉症者の自己概念の形成に影響しているということを示唆する。

(5)数字とパターン領域
 自閉症スペクトラム指数のうち、数字とパターン領域による高群、低群の2群間で勤労観の下位尺度得点の平均を比較した。その結果、「職業的自己実現性の志向」、「生活上の経済意識」において、高群は低群よりも平均が高かった(Table 2-10)。また、「効率性の志向」「職業的公平性の理解」において、高群と低群の間に差はみられなかった(Table 2-10)。したがって数字とパターン領域において仮説3は支持され、仮説1・2は支持されなかった。
 数字とパターンとは、数字や物事のパターンに対する嗜好性を表している(Baron-Cohen et al,2010)。これは、自閉症における認知的特異性として知られている。
 ここからまず、数字とパターン領域における仮説3に関する結果について検討する。仮説3が支持されたことから以下の点が示唆される。生活上の経済意識をもつには、生活の中での収入や支出を把握する必要がある。この収入や支出の指標は金銭であり、それは数字で表わされる。また、収入と支出の関係を考える際にはそれをある程度パターン化することが可能である。したがって、数字やパターンの嗜好が生活上の経済意識を高めることと関連していると考えられる。Hendrickx(2010)の報告からも、就労しているアスペルガー症候群者の多くが仕事によって得られるお金を生活の糧として捉えていることは明らかである。
 次に、仮説1に関する結果について考察する。仮説1に関して、数字とパターン得点高群は低群よりも「職業的自己実現の志向」が高かった。この結果は仮説1とは逆の結果を示している。この理由として以下の点が示唆される。それは、数字やパターンを嗜好することにより生活上の経済意識が高まった結果、仕事の必要性を認識するためである。先に述べたように、数字とパターンへの嗜好性は生活上の経済意識を高めているということが示唆された。生活上の収入と支出の関係を意識することで、収入がいかにして得られるかを考えることにもつながる。ここから、収入を得るという目的のためには働かなければならないという、働く動機が生じているのかもしれない。そしてこの動機が生じたことで、職業人としての自己を考える意識も高まった可能性がある。Hendricks(2010)は高機能自閉症者の仕事を探す動機についてのインタビュー結果から以下の点を指摘している。それは、仕事を探す動機を起こすために重要なのは、外に出て働きたいと思わせる目標をもつということである。ここから、高機能自閉症者においては具体な目標を設定することにより、その目標を達成するために必要な事柄に対する動機が生じることがうかがえる。これは、本研究においても同様にいえるだろう。
 本研究の結果から、数字とパターンの高い群は低い群よりも「職業的自己実現性の志向」、「生活上の経済意識」が高かった。ここから、数字とパターンへの嗜好性が生活上の経済意識を向上させ、それにより働く動機が生じていると示唆される。

4.総合考察
 本研究で得られた結果について総合的な考察を行う。本研究の第1の目的は、自閉症傾向の高い定型発達青年の職業意識を明らかにすることであった。主な結果は2点にまとめられる。1つは、AQ全体の得点が高い群と低い群の間には、職業意識について差が見られないという事実である。2つは、AQの構成因子得点の高い群と低い群の間には、職業意識の一部に差が見られたという事実である。AQの構成因子は自閉症の障害特性により分けられている。AQ全体において高群と低群の間に差がみられなかったことは、AQの構成因子によりその高群と低群との間に差がある勤労観下位尺度の種類が異なったことが原因であると考えられる。2点の結果をまとめると、本研究から明らかになったことは、自閉症傾向の高い定型発達青年は、各個人の障害特性のあり方により自閉症傾向の低い定型発達青年とは異なる職業意識をもつという事実である。詳細には、社会的スキル領域において、高群は低群よりも「効率性の志向」、「職業的自己実現性の志向」が低かった。また、こだわり・想像力領域において、高群は低群よりも「職業的自己実現性の志向」が低かった。そして、数字とパターン領域において、高群は低群よりも「職業的自己実現性の志向」、「生活上の経済意識」が高かった。したがって、単に個人の自閉症傾向のみで職業意識のあり方が決まるのではなく、その障害特性が職業意識のあり方に関係しているといえる。
 ここから、高機能自閉症児・者の職業意識の発達にはその障害特性が影響していると示唆される。この点について、高機能自閉症児の児童期における職業に関する特徴と定型発達者の職業意識の発達についての先行研究との比較によって考察する。別府(2010)は、高機能自閉症児が客観的に見て非現実的な職業に就くことを主張する傾向にあるとしている。そして、その一因は働くことの具体的なイメージのつかみにくさであるとしている。一方、この時期における定型発達児の職業意識の発達について、Spranger[市村(1993)による引用]は以下のように説明している。それは、小学生から中学生にかけて職業の内容とどういう人たちが就いているのかという職業認知を行うということである。さらに、この職業認知は職業形成の基礎であると述べている。これらの研究に従えば、本研究の結果においても、高機能自閉症者はその障害特性により、児童期から定型発達児とは異なる職業意識の発達をさせていると考えられよう。
 しかし、高機能自閉症者の職業意識に関する事例から以下の点が指摘できる。それは高機能自閉症者多くに共通する意識がある一方で、それとは反する意識をもつ者も存在するという事実である。例えば、仕事を探す動機について、「やる気を出すことは難しい。」という多くの回答に対して、「[自分でやる気を出すのは]とても簡単です。労働に対する価値観がしみついているからです。」という回答もあった(Hendrix、2010)。これは、高機能自閉症者の職業意識は、その障害特性により不変なものとして固定されるのではなく教育や支援といった経験により変化していく可能性を示していると考えられる。

5.本研究の結果から得られる実践的な示唆
 本研究の第1の目的は、自閉症傾向の高い定型発達青年の職業意識を明らかにすることであった。本研究から明らかになったことは、自閉症傾向の高い定型発達青年は、各障害特性の程度により自閉症傾向の低い定型発達青年とは異なる職業意識をもつという事実である。ここから、高機能自閉症者の就労支援のあり方について考える。支援を考える上で大きくは2つの視点があげられる。1つは、支援者が高機能自閉症者の持つ障害特性を背景とした職業意識を理解するということである。2つは、高機能自閉症者の持つ障害特性を背景とした職業意識を踏まえた支援を行うということである。

(1)支援者における高機能自閉症者の職業意識理解の必要性について
 支援者にとって高機能自閉症者の障害特性の理解は、支援を行う際の基本的な共通認識事項である。そして、高機能自閉症者の障害特性として取り上げられていることとしては、社会性・コミュニケーション・想像力の障害や感覚過敏に関する特性がほとんどである。本研究から、高機能自閉症者が障害特性を背景として定型発達者とは異なる職業意識を持つことが示された。ここから、就労支援において、高機能自閉症者の職業意識の在り方についても特性のひとつとして加え、支援者の共通認識を図ることが必要であると考える。
 ジョブコーチ、カウンセラー、就労支援員、など、高機能自閉症者の就労支援に関わる者は複数存在する。また、支援にあたっては支援者がネットワークを構築し、それぞれの役割から支援を支えている。このような支援体制の上に、高機能自閉症者の職業意識を共通して認識すれば、より柔軟な支援が可能になるだろう。例えば、高機能自閉症者が働く事自体に意味が見いだせず、技能支援や職業紹介の支援に積極的に向かえずにいることにカウンセラーが気づけば、それを元に他の支援者に働きかけ、今の支援体制を見直すことへと繋がるだろう。このように、支援の前提として、支援者が共通して高機能自閉症者の職業意識の特異性を理解することが必要である。

(2)高機能自閉症者の職業意識を踏まえた支援の必要性について
 実際の支援を進めるうえでは以下の点が示唆される。それは、高機能自閉症者の障害特性から生じる職業意識を踏まえた支援を行う必要性である。
 職業意識のひとつとしてキャリア発達という概念がある。近年、就職や就労に関してキャリア発達の視点が重要視されてきている。また障害者を対象とする就労支援である職業リハビリテーションにおいても、キャリア発達の支援が重要な視点として取り上げられている(松為,2010)。そこで、キャリア発達支援を取り上げて高機能自閉症者の職業意識を踏まえた支援について具体的に考える。
 Super(1953岡田訳2003)によれば、キャリア発達とは、職業的自己概念を発達させ、実現していくプロセスである。職業的自己概念とは、個人の自己概念を職業に照らし合わせたものであり、キャリア発達支援では職業的自己概念の形成を促すことが重要であると考えられている。しかし、本研究の結果から、高機能自閉症者においては想像力とこだわりの障害が職業的自己の形成を困難にしていることが示された。また、社会性の障害からその職業的自己を実現するという動機を持つことが難しいことが示された。一方、数字とパターンへの嗜好性により現在の自分から将来の自分へのつながりを見つけ、職業的自己を形成するきっかけを生じさせていることが示された。ここから、高機能自閉症者においては、自己概念を形成、つまり今の自分について知り、理解を深められるような支援がまず必要であろう。さらに、その自己概念を元に、職業に就いた自分とのつながりを見つけられるような支援が考えられる。
 このように、高機能自閉症者へのキャリア発達支援では、支援者の考える支援を行う前に、彼らが今持っている職業意識とその背景にある障害特性を理解し、それを踏まえた支援が必要であることが言える。しかし、このような支援のあり方はキャリア発達支援に限らず、他の支援においても共通することである。
 愛知障害者職業センターでは、「本人の意思決定を尊重して『待つ』」ことを重点に置いた支援を行っている(井上,2010)。それは、本人が自己について知り、受け入れ、自ら支援方針の意思決定を行うことを待つ支援である。また、支援者は本人の職業生活のための理想的な状況を思い浮かべながらも、本人自身の意思決定を尊重しつつ側面的に見守ることを大切にしている。センターで就労支援をうけ就職に至ったある高機能自閉症の男性は、「環境、仕事の内容ともに自分にあっているため、確実に成長している気がする」と述べている。支援者の高機能自閉症者の職業意識をまず理解し、それを踏まえて支援を行うという姿勢があったからこそ、本人が意思決定に注目することにつながったと思われる。
 このように、高機能自閉症者の障害特性により生じる職業意識を踏まえて支援を行うことの重要性が本研究から示される。

6.今後の課題
 最後に今後の課題について述べる。1つは、診断を有する高機能自閉症者、臨床的に見て高機能自閉症の診断が必要な者においても本研究で得られた結果が当てはまるのかを検討する必要がある。本研究では、あくまでも定型発達者を対象としたものである。また、より緩やかな基準で自閉症圏に含まれるものを想定している。したがって、診断の下っている高機能自閉症者を対象とした追試的研究を行い、より厳密に自閉症傾向と職業意識の関連について検討していくべきであろう。 2つは、高機能自閉症児・者を対象とした職業意識の発達過程と障害特性の関連について検討する必要がある。本研究の結果から、障害特性が高機能自閉症者の職業意識の在り方に関係していることが示唆された。しかし、本研究の対象者は大学生のみであり、高機能自閉症児・者における詳細な職業意識の発達の仕方は明らかになっていない。この点を明らかにすることにより、職業意識の発達においてもより早期の支援、介入が可能になることが期待される。具体的には、職業意識について高機能自閉症児・者を対象とした縦断研究や横断研究を行う必要があるだろう。


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