総合考察
本研究では、学習者にとって目標達成のために必要とされる「学習において満足遅延をする力」に着目した。これまでの海外研究を概観したところ、学業的満足遅延は自己調整学習や学習行動、そして学習動機づけ的要因と深い関連を持つものであることが述べられていた。しかし、先行研究でその役割的位置づけが理論的に示唆されているにも関わらず、実証研究が少ないことが課題とされていた。特に日本国内においては動機づけ研究がさかんに行われる中、学業的満足遅延を扱った研究が十分に行われていないことが明らかになった。そこで、日本の大学生を対象に、これまでみられなかった日本語版の学業的満足遅延測定尺度の作成を行い、同概念についての検討が行った。
日本語版尺度作成についての総合考察
作成した尺度を検討した結果、信頼性がある程度確認された。今回内容的妥当性を得るため、文化的配慮が加えられた原尺度の項目内容をそのまま翻訳し先行研究に従って類似概念との関係を分析した。具体的には、学業的満足遅延が努力を持って動機づけを維持しようとすることや、学習の見通しを立てることや自己のモニタリングに関わっていることが明らかになった。これらは学習に継続的に取り組む姿勢に影響しているということも示唆された。
これらにより尺度の基準関連妥当性も一部示された。学業的満足遅延が学習の重要な側面とそれぞれ関連が示されたことから、非学業的な欲求に直面した時の個人の内面に焦点を当てることは重要な視点であるといえるだろう。これまでに海外で中心的に扱われてきた学業的満足遅延であったが、本研究の結果から、日本の学生においても、彼らの学業場面における満足遅延傾向を検討する意義が示されたと思われる。
学業的満足遅延の展望
学業的満足遅延について本研究で検討した結果を基に今後の展望について述べる。
本研究では、尺度作成ののち学業的満足遅延を予測する要因についての検討を行った。これまで先行研究で挙げられているものの中から課題価値に注目し、大学での学習に対する興味や将来への実用性、心理的負担感が学業的満足遅延に及ぼす影響の検討を行った。
この結果から得られた重要な知見のひとつは、学業的満足遅延は学習者が実際に取り組む課題に対する主観的価値の影響を受け、さらに学業的満足遅延は学習の持続性に影響を及ぼすという因果的な仮説が支持されたことが挙げられる。ただし、縦断研究による統計的な因果関係の検討は行っていないため、明確な因果関係を述べることはできない。その上で、本研究の結果は今後の学業的満足遅延の実証研究に有効な示唆を与えることができたと思われる。
また、本研究では特に学習課題への興味が満足遅延に正の影響を及ぼすことが示唆された。学業的満足遅延は、先の目標を意識することで現在の学業に反する即時的欲求を遠ざけることである。従って、私たちが学業目標の達成に向けて学習を継続させるには、自分の目標を認識することと、学習課題の必要性や成功価値を理解することだけでなく、課題に興味を持つことが大切であると思われる。
満足遅延をおこなう時の重要な点は、課題をやめてすぐに得られる報酬の価値と、我慢して課題に取り組んだあとに得られる報酬の価値の大きさである(Bembenutty, 2008)。目の前の取り組みに面白みを感じていなければ、取り組みをやめることで得る報酬に対する魅力が相対的に大きくなるのは当然のことと思われる。我々が学習の途中で計画倒れになったり、一夜漬けに追い込まれる背景には、「やらなければならないと分かっているのにできない」や「やろうと思っているのについ別のことをしてしまう」というものがある。つまり、彼らは課題が自分にとって必要であることを理解しているのにも関わらず、実際の取り組みに至らない場合がある。今回の結果は、そのような問題を反映するものとなったのではないだろうか。そして、ゲーム機やパソコンの所持率の高さ、多様な学生生活の現状などを考えると、勉強そのものへの興味だけでなく、勉強以外の物事への課題価値も学業的満足遅延における大きなテーマのひとつと考えられるだろう。
本研究のもうひとつの重要な知見は、性差の検討によって得た学業的満足遅延の男女での共通性と異質性である。これまでの研究で、学業的満足遅延は男女共通の概念でありながら、他の学習要因との関連に性差が現れるという結果がみられていた(Bembenutty, 2007a; Zhang & Maruno, 2009; Mehdi, Parvin & et al. 2012)。実際、本研究においても、課題価値の側面のひとつである「コスト感覚」が学業的満足遅延に及ぼす影響が男女でやや異なる結果が得られた。性差の違いがこのような形で現れることに対し、本研究では明確な根拠は考察されなかった。今後は環境要因や発達的視点も絡めて検討していくことが必要であると思われる。
最後に、今後の展望として多面的視点からの研究意義を述べておく。継続的な学習を行う中でも、学習への取り組みのスタイルは個人によって様々である。1度の学習において少しずつ課題のノルマをこなすやり方が得意な学生もいれば、短時間で休みなしに多くの課題量をこなす者がいる。また、目標達成のために課題以外の欲求を排除して課題に取り組み続ける学習者もいれば、長期的な目標の達成を見越して意図的に気晴らしを間に挟みつつ、継続して課題に取り組む者もいる。つまり、週や月単位では同じ学習時間の推移で同じ課題量をこなした場合においても、そこからさらに継続性の個人差が存在するということである。学業的満足遅延が学習を阻害しうる要因を遠ざける機能を果たすならば、それは個人の学習スタイルに具体的にどんな形で現れているのだろうか。このような疑問については学習方略や個人の特性との関連に着目して検討していくことが必要だろう。
以上をまとめると、学業的満足遅延の概念は学業達成において必要不可欠な要素であることがいえるだろう。さらには現代の学生の実態をも反映しうるため、いずれ教育場面の実践的なアプローチに有効な手段を与えていくものと思われる。今後も多面的な視点から、学習における我慢と継続の力の様相についてさらに深く探っていくことが望まれる。
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