3 性差の検討についての考察 3-1学業的満足遅延の性別による平均値差について
学業的満足遅延の男女での共通性について検討するため、性別による平均値の差の検定を行った。結果より、モデル検討に用いた6変数は、持続性の欠如とコスト感覚を除き、全て女性の方が男性よりも高い値を示したことが分かった。よって、本研究においては女性の方が男性よりも大学の学習に面白みや将来的な価値を抱き、かつ学業場面において即時的な非学業的欲求を遠ざけ学習に取り組む傾向があるということが示唆された。
Rosenmaum(1986)では青年期のパーソナリティとしての満足遅延には性差がみられないとしており、本研究の結果はその主張に反するものとなった。Bembenutty(2008)においても大学生の学業的満足遅延に性差は見られていない。そのため、学業的満足遅延に男女差が確認されたことは、本研究に独特の結果であったと思われる。

3-2仮説モデルの構造の違いについて
男女で仮説モデルの構造を多母集団同時分析によって検討したところ、両群ともにほぼ同様のモデル構造となりうることが確認された。本研究では両モデルに部分的に等値制約を設けた結果を採用した。しかし、等値制約を設けずに推定値を算出した時点で適合度は十分なものであった。これらから、課題価値と学業的満足遅延と学習の持続性におけるモデルの構造について、特筆すべき男女の違いはなかったものと考えられる。

3-3課題価値の側面の影響の違いについて
 次に、男女での課題価値の側面が学業的満足遅延に及ぼす影響の違いについて述べる。多母集団同時分析において、利用価値と獲得価値から学業的満足遅延への両方のパスに対し、男女ともに値が0であるという等値制約を設けた。その結果、等値制約を設けなかった場合よりもモデル適合度が高かった。このことから、男女ともに学業的満足遅延は課題の利用価値と獲得価値の影響をほとんど受けない可能性が示唆された。興味価値は男女ともに学業的満足遅延に影響を及ぼしていた。同パスの標準偏回帰係数の推定値には男女間で5%水準の有意差がみられた。しかし、算出された推定値はそれぞれ男性がβ =.28、女性がβ =.30であり、大きな差ではなかったと考えられる。よって、興味価値と獲得価値、利用価値が学業的満足遅延に及ぼす影響は、それぞれ男女で差がみられない可能性が示唆された。 一方で、大学の学習に対するコスト感覚から学業的満足遅延に向けたパスの標準偏回帰係数の推定値においては、男女で興味深い違いが現れた。本研究においては、大学の学習に対する心理的負担を感じることが、女性には学業的な即時的報酬を選択し学業を後回しにしやすく影響することに対し、男性には即時的報酬にゆらぐことなく学業を優先しやすく影響するという可能性が示唆された。Eccles & Wigfield(1995)やConley(2012)らは課題へのコスト認知が興味や実用性と負の関連を持つことなどを踏まえ、一般的にコストは課題へ取り組む意欲を損ねるものであると述べている、女性のコスト感覚についてはこれらの知見に一致する傾向を示したといえるが、男性については正反対の傾向を示した。
本研究の結果から以下の可能性が考えられる。性別によってコスト感覚が学業的満足遅延にはたらきかける機能が異なるということである。女性は負担感によって満足遅延をしたがらなくなる反面、男性においては負担感が一種のやりがいのような意味を持って課題を優先させるということにはたらきかけているのではないだろうか。 一方で、男女で学業的満足遅延に有意な平均値差が現れていることを踏まえると、性別に関わらず、単純に学業的満足遅延の高さによってコストの影響が異なるという結果であった可能性も考えられる。そのため、性差については今後も慎重な検討が必要である。

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