2 学業的満足遅延の因果関係についての考察
2-1仮説モデルの構造について
構造方程式モデリングによって得られた結果の考察を行う。学業的満足遅延がどういう要因に影響を受けるのか、また影響を受けた学業的満足遅延は行動にどういった形で影響を及ぼすのかという問題意識に基づいて、学業的満足遅延が影響を受ける要因に課題価値、影響を及ぼす要因に学習の持続性を仮定した重回帰モデルを作成し分析した。結果から、大学の学習に対する課題価値や心理的負担感のうち、主に課題への興味が大学生の学業的満足遅延傾向に影響を与え、学業的満足遅延は行動面において学習の持続性に影響を及ぼすという因果関係が示唆された。この結果はEccles(1983, 2005)で示されている達成行動・選択に対する期待価値モデル(general expectancy-value model of achievement choices)の一部に当てはまるものであった。同モデルの中では主観的な課題価値が達成に関わる選択や行動に影響を及ぼし、さらにその選択が達成経験につながることが示されている。このことは学業的満足遅延の観点から以下のように解釈できる。個人が学業場面において勉強への取り組みを選択するか、もしくは目の前の非学業的欲求を選択するかが、取り組む課題に対する主観的な価値の影響を受けているということである。そして、影響を受けた学業的満足遅延をするか否かの選択が継続的な学習行動に影響し、結果として課題をこなし達成経験を得るということが考えられる。本研究のモデルはこの解釈にあてはまるため、妥当なものであるといえるだろう。
以上のことを踏まえ、次から課題価値の側面の違いについての考察について述べる。
2-2課題価値の側面の影響について
本研究では、大学の学習に対する興味価値が学業的満足遅延に最も大きな影響を与えるという結果となった。課題への興味が学習への取り組みを促すという点は伊田(2002)の知見とも一致している。動機づけ研究においては、興味は学習動機づけの中でも中心的な役割を持つということも言われている(Hidi, Renninger, & Krapp, 2004)。今回の結果からは、大学生において、将来的な利用価値や達成による獲得価値よりも、大学の学習が面白い・楽しいと思うことが、娯楽や休憩などの非学業的な衝動欲求を遠ざけやすくさせるということが考えられる。
獲得価値と利用価値は、本研究ではっきりとした学業的満足遅延への影響は示唆されなかった。両変数ともに、相関係数の値では学業的満足遅延と有意な弱い正の関連が見られていた。Eccles & Wigfield(2002)では利用価値や獲得価値が学習者が課題を選択するかどうかという傾向に影響すると述べられており、本研究での相関分析の結果は彼女らやBembenutty(2008)の知見に沿うものになったと言えるだろう。しかし、構造方程式モデリングによる重回帰分析の結果ではやや異なる結果が得られた。利用価値と獲得価値がそれぞれ学業的満足遅延に及ぼす影響はほとんどみられなかった。しかしBembenutty(1999, 2004, 2008)は、将来の学業成功において、現在の課題が役立つという認識が満足遅延の決定要因であるとしている。本研究でのこうした結果について、2つの視点から解釈が可能であろう。
1つは、興味価値の獲得価値・利用価値への影響である。本研究の結果から、相関分析と構造方程式モデリングの結果の違いは、両変数は興味価値の変数の影響を取り除くと学業的満足遅延に及ぼす影響がほとんどなくなるという可能性が示唆される。従って、もしも将来的に大学の学習に利用価値や獲得価値を感じていたとしても、内容や取り組むこと自体に全く興味がなければ、学習者の満足遅延傾向は利用価値や獲得価値に影響を受けないということが考えられる。
もう1つは、調査の実施における質問が抽象的であったことによる回答のばらつきの問題が考えられる。今回は課題価値を測定するにあたって、課題を指す言葉に「大学の学習内容」という表現を用いた。個人が大学で学ぶ内容は、専門領域によってその将来的利用価値が異なる。伊田(2003)は教員養成課程に所属する大学生を対象に、授業の課題価値と学習動機づけの関連を調査した研究において、教職を第一志望とする学生は、そうでない学生よりも教職関連の授業に対する利用価値や獲得価値が自律的な学習動機づけと強い関連を持っていたことを明らかにした。このことから、学習に利用価値や獲得価値を感じるには、学習の内容が将来的な目標と合致しているかどうかや、その専門性が関係していると考えられる。本研究では課題価値を測定するにあたって、課題の内容を広義に設定したことによって回答者の学習の捉え方に個人差が大きく現れた可能性が考えられる。
以上の2点を踏まえると、今後の研究において課題の内容を限定したり、個人の学業達成の水準や興味の程度などを統制することが必要であると思われる。そうすることで学業的満足遅延に及ぼす学習の利用価値、獲得価値の影響がより明確になるだろう。
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