問題と目的

1.はじめに

本研究の目的は、ハーディネスと自己充実的達成動機、方略・失敗活用志向、失敗恐怖との関連を明らかにするとともに、ハーディネスという概念を、楽観性の観点から明らかにすることである。

「失敗は成功の母」という昔からのことわざがある。畑村(2000)は、「人間は失敗から学び、考えを深めていく。また、失敗することを厭わず、失敗体験を積極的に活用する必要がある」と述べている。しかしたいていの人は失敗することを避ける、または怖いと思うのではないだろうか。失敗が続いても、なおチャレンジし続ける姿勢を貫き続けた企業人の一人に、本田宗一郎がいる。宗一郎は次のような言葉を残している。「チャレンジしての失敗を恐れるな。何もしないことを恐れろ。失敗が人間を成長させると私は考えている。」(伊丹, 2010)。宗一郎は、挑戦することに失敗はつきものであり、そのような失敗はむしろ歓迎する姿勢を持っていた。また小池(2011)は、工業製品の開発は失敗の連続であり、は失敗を乗り越えようとするたゆまぬ努力がその時代を牽引する様々な技術を生み出してきた。技術革新の原動力は失敗であるといっても過言ではないと述べている。そして堀野・市川・奈須(1990)は、教育において重要なことは、なるべく失敗経験をさせないことではなく、失敗に対する柔軟な態度を育成することであり、失敗しながら多くのことを学ぶということがむしろ重要であると述べている。

 

失敗をおそれず挑戦するとはどういうことがあげられるだろうか。Dweck(Dweck & Leggett, 1988)は、課題に取り組むことを通じて能力を伸ばすことを目的としたラーニング・ゴールと、よい評価を得て悪い評価を避けることを目的としたパフォーマンス・ゴールの、主に2つがあると述べている。ラーニング・ゴールを追求する人は、自分の能力を伸ばすことに関心があり、達成場面を、能力を伸ばすチャンスだと捉え、挑戦を好む。また失敗を経験してもどうすれば成功できるか、何が足りなかったのかということに注目し、努力や挑戦を続ける。一方パフォーマンス・ゴールを追求する人は、自分の能力の評価に関心がある。このため失敗して評価を下げる可能性のある難しい課題はさける傾向がある。また結果だけに注目する傾向があり、もし失敗を経験したなら、能力がないという評価をされたと考え、それ以上の努力や挑戦をやめてしまう。このように、失敗を自分の成長と捉え、挑戦を好むことは、ラーニング・ゴールを追求することであり、失敗を経験しても意欲の低下につながりにくく、努力の継続につながるのである。

 

失敗の脅威について自尊心を低下させる可能性についても言及されているが、学び・成長するという目標にする傾向である学習志向性をもっていれば、失敗を経験したときに自尊心を低下させるという脅威を防ぐことができると述べている(新谷・クロッカー, 2007)。学習志向性は内因性動機付け・適応的な学習・深い情報処理・困難な課題に対する持続力など、学業場面において様々な好ましい成果をもたらすことが多くの研究で示されている(Elliot & Dweck, 2005; Pntrich & Schunk, 2002)。以上のように、自己の成長を目指していれば、失敗を経験しても、それを次の成功に活かそうとすることができ、自尊心への悪影響も防ぐことができるのである。

小池(2011)は次のように述べている。失敗から学ぶということは、問題解決手法を学ぶことでありPBL(Problem Based Leaning)に他ならない。設定した目標に対して失敗が生じそれを克服しようとするときには、PDCA(Plan, Do, Check, Action)サイクルが働く。失敗はよく起こり、つまり失敗から学ぶチャンスはどこにでも存在する。そして失敗から学ぶことができるのはその当事者だけなので、学生自身に失敗を体験させる必要がある。

 

しかし残念ながら、社会や教育現場ではそのような考えは浸透しきっておらず、「重視されているのは、決められた設問への解を最短で出す方法、「こうすればうまくいく」、「失敗しない」ことを学ぶ方法ばかりである」(畑村, 2000)。そして失敗は隠される傾向にある(小池, 2011)。堀野、市川、奈須(1990)は、次のように述べている。児童・生徒の学習行動を支える重要な要因として「学習観」というものがあるが、現在の学校教育で形成されがちな学習観として、「結果主義」があげられる。すなわちそれは、「正答さえ得られれば良い」、「失敗は良くないことである」という考え方である。大学教育はどうであろうか。都筑(2010)は、「学生に対して失敗経験をできる限りさせないように、学生の歩む道を先回りしておこなう教育的支援が多いように思われるのである。そのことが、失敗を恐れて前に進むことをためらうような学生を生み出し、ひいては学生の成長に負の影響を及ぼす可能性もある」と述べている。以上のように、結果だけを求め、失敗をできるだけさせないような風潮が問題である。また、失敗を恐れて行動への影響がでることも問題である。

失敗を恐れることにはどのような弊害があるのであろうか。小林(2011)では、「領域別意欲低下」尺度と「基本的学習観」尺度との関連の中で、「基本的学習観」尺度の「失敗に対する柔軟性」因子は、「授業」「学業」「大学」すべての領域で負の関連を示し、また「失敗に対する柔軟性」が低い者ほど大学生活全般において意欲が乏しいということが示唆されている。失敗を恐れることは意欲の低下に影響してしまうということが、失敗を恐れることの弊害であるといえる。

 

では、失敗を恐れず挑戦への意欲を高める要因があるのだろうか。小林(2011)では、「領域別意欲低下」尺度と「自己像尺度」との関連の中で、「自己像尺度」の強靭性因子は、「授業」「学業」「大学」すべての領域で負の関連を示し、また「強靭性」が強い者ほど学業における意欲が旺盛であるということが示唆されている。

強靭性をあらわす概念として、近年ハーディネスという概念が提唱されている。ハーディネスはストレス低減、自律的行動、楽観性との関連が先行研究で明らかになっている。小坂(1992)ハーディネスは、自分自身や世界と積極的に相互作用を行い、自己決定を行うための必要条件と考えられるものであり、その語源からイメージされる堅さとか我慢強さを示す概念ではなく、むしろストレスフルな現状に柔軟に対応してゆける活発なパーソナリティを示している。そして「信念」、「勇気」、「意味の探求」の側面であると定義している。また「ハーディネス=強靭性(hardiness)」(Kobasa, S.C., 1979)とも言われる。宮崎ら(2011)は、人間が極めて強い意志の力によって選択した行動をさす言葉であるとしている。ここから、ハーディネスは失敗を恐れず、挑戦への意欲を高める要因となっているのではないかと推測する。

 

 

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